2008年04月28日

2058年のわが街、高崎

つまり50年後のわが街“たかさき”である。

もちろんそのころには僕はいない。とうぜんお墓の中にもいない・・・・・

50年後と言えばわが末娘が63歳、
長女は82歳、次女が79歳・・・・・そんな時代の話である。

そうそう、長女には来年生まれるだろう子ども、その子どもですら49歳。
次女の長女が56歳、次女が55歳、長男が53歳である。

2058年、厚生労働省予測では日本の人口は“8000万人台”とか。

さて、わが街“高崎”はいったいぜんたいどのくらいの人口になっているだろうか?

日本の人口、1億2千万人、それが30%以上減少するとかの予測だから、
わが街高崎もそれにならって30%減とすると今が34万人だから、≒21万人チョいということになろうか。
もっともその頃には高崎と前橋も近隣の町村を合併させて“上毛野市”とにでもなっているかも知れない・・・・・

そのころには天を突く絢爛なご自慢の21階建て“高崎市庁舎”も築後70歳になってしまう。

ところで、現在の庁舎、今のもてなし広場のところにあったのが昭和29年4月に完成と言うことだから、
西暦なら1954年、そして新庁舎が1998年、なんと44年で老朽化を理由に新築だから、
そんなことを言えば、今の21階建ての絢爛豪華な庁舎もはたして70年も持つのだろうか?

“総工費343億6000万円”

70年ローンで毎月≒3800万円の返済の計算になる。

もちろん、大きくは高崎市と前橋市の合併で今の、地上21階、地下2階、高さ102.5m、
なぜか消防法とかで設置が義務付けられている“屋上へリポート”。
だけど航空法では高層ビル火災等の緊急避難でしか離着陸が許されていない、
そんな平成生まれの新庁舎も無用の長物になるかも知れない・・・・・

もっともその時代、当然今の、今上天皇は崩御、今の皇太子でさえ50年後と言えば、
いかに現人神のお孫さんとは言え、50年後と言えば98歳、その存命や如何にである・・・・はずである。
愛子様、女帝の時代か、今7歳だからその頃には57歳・・・・・

2058年のわが街、高崎・・・・・

ところで“わが街、高崎”もいいが、国債発行残高700兆円、国地方あわせて1200兆円にもなるというわが日本国の台所事情。
50年後、人口が30%も減少して、それも限りなく高齢化が進む、なんてったって、わが娘の息子が中高年になっちまうんだから(笑)。
国民の半数が“後期高齢者”なんていうことにもなりかねない・・・・・

その、1200兆円にも上る国地方の借金はどうなってるんだろうか?

巷間言われていることは、戦争で解決するしかないとか、超インフレ策で借金をチャラにするしかないとか物騒な論調が。
しかし50年後、これから50年の間に一体全体どんなことが起こるか。

因みにわが群馬県の財政も“とんでも”な状態になっているとかなっていないとか・・・・・
http://www.geocities.jp/mkqdj167/gunma.htm

その負債は1兆円を突破。大阪府が6兆4千億円で橋下新知事泣いて見せたが、大阪府の人口が883万人。
その人口規模と経済基盤からしたら、わが群馬県は200万人チョい、
それにいくら大阪が東京と比べたらしょぼいからと言ったって大都会で大手企業は腐るほどある・・・・

大阪府6兆円、群馬県1兆円は“デカクナイかい”???!!

そんなに、一体なにに使っちまったんだろう?
きっと何かに使っちまったことには違いはないが、その財政難規模は人口比較からしたら大阪府並。
しかも、経済基盤規模は大阪の比ではなくショボイ・・・・・

2058年のわが街、高崎・・・・・

わが娘たちの息子の息子たち、きっと生まれているだろう、わからないけど特殊出生数1.29にしても(笑)。

そんな、子どもの子どもの子どもたちが20代にならんとする50年後のわが街高崎は一体どんな街に?

そうさあねぇ・・・・・・

思えば、今から50年昔は昭和33年。敗戦、戦後干支がちょうど一回りの頃、ラーメン一杯30円したかしないか。
その時代に、僕らの祖父母は2008年をはたして想像しただろうか。

自分の子どもの子どもの子どもが小学生になっていて・・・・・・
つい昨日の出来事、陸軍高崎十五連隊から日露戦争に出征して、自分の子どもが大東亜戦争に出征して・・・・・
孫が、インターネットで・・・・・・

“2058年のわが街、高崎”なんて想像しているなんて、想像していただろうか。

さて、2058年のわが街、高崎はいったいどんな街になっているんだろうかな・・・・・・

  


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2008年04月28日

春うらら

昨日は僕がドラム教室の講師を務める某楽器店“Pプラザ”の主催で、
活躍中の若手プロドラマーを招いて、某楽器メーカー“ロ社”の電子ドラムの宣伝を兼ねての“ドラムクリニック”、

驚き!!

なんと普通のお母さんがお父さんが子どもを連れて・・・・・

小学生、中学生、高校生・・・・・それに普通のおじさん、おばさんも(笑)。

「ドラムたたいてみたい」とか、「ギターよりかっこいいから」とかは少年少女。

普通のおじさん、おばさんは「一度でいいからたたいてみたいと思っていた」と・・・・・

その若手プロドラマー、約1時間汗だくでの名演奏と演奏指導。

「ドラムはスポーツ、とてもハードなスポーツです!!」

リズムとテンポ、そして何よりの有酸素運動・・・・・

「ドラムでメタボ対策!!」

なんていってながら、当人、おなかが“ぽっこり”。美味いモンの食べすぎか(笑)。

でも、ドラム演奏は両手両足、身体全体を使ってのスポーツ美容と健康にお勧めです!!

そんなのどかな“春うらら”でした・・・・・・

そういえば高知競馬かどっかのブービー馬“春うらら”はどこへ行ったのでしょうか?
まさか、桜の季節が去って“さくら”にだなんてぇことには・・・・・


ところでこのところの硫化水素自殺・・・・・

>人生の旅をしないで死に急がないで。

教科書どおりの育児、そして家庭教育。
親も学ばなければいけない・・・・

娘の、長女、次女が小2、小1で昨日は育成会の“写生大会”でおおわらわ。
末っ子長男はボロボロこぼしながらの夕ご飯・・・・・

お母さんも、お父さんも、子育て毎日が“一年生”。

>命の瑞々しさを見いだせない社会になったものだ。

子どもの成長、その毎日が初体験なんですね・・・・・・

それこそが命の瑞々しさなんですね。

そんな母親になった娘を見ているとあの頃の僕たちを思い出す。

まあどちらかと言うと呑気者の僕ら・・・・・

その意味では子どもたちの病気怪我以外はほとんど無頓着だった・・・・・

そのせいか、子どもたちはさっさと巣立っていった。
あと一人、それもすっかり“巣立ち”の準備はできているようだ(笑)。

>天災、人災から生き延びて、学び、働いて、次の世代へとつなぐ。

その通りですね。
よく生き延びてきましたよ、来年は還暦ですからね。信じられません。

娘たち、わりとしっかり者、親を反面教師にして・・・・・

末娘、学校の自由作文で「税金の無駄遣い」ですって。
僕にも“無駄遣い”を注意していました(笑)。

「パパ、福田さんてどうなの?」

「わからん!」

水泳部の玲は今日は学校のプール掃除とかで元気に出かけていきました。

そう言えばあのちびだった末娘がいまや思春期・・・・・

“若きヴェルテルの悩み”

淡い初恋から、大人の恋の予感・・・・・たぶん(笑)。

身長160センチ、体重?キロ。

「娘さん、だいぶ大人っぽくなったね、お父さん心配でしょ」と、近所のオバサン。

肌を離すな、手を離すな、心を離すな・・・・・

離れていくものを、懐かしく見守るだけの、

そんな“春うらら”でした・・・・・
  


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2008年04月27日

偽装する民主主義

官僚社会主義が偽装する民主主義

本来の民主主義であるなら政治家、官僚に多少の悪太郎はいるだろうが、
ここまで官僚が政治家を手玉に取り見せかけの民営化、偽装民営化で国民を足蹴に役人天国がまかり通る国はない。

どうです・・・・・

防衛省の守屋武昌前事務次官の行状。
なにもこのお方だけではないのだろうが、それにしてもこの守屋武昌前防衛事務次官、
事件発覚当初は、各メディアの質問攻勢にも・・・・・

「私がそんなことするわけがないでしょう」

と、例の山田洋行からの“ゴルフ接待”や“ワイロ工作”を完全否定していた。
それどころか、国会の証人喚問でも「ゴルフのたびに1万円を支払っていた」と“真っ赤な嘘”をつき通していた。

実際は妻同伴のゴルフ接待にもびた一文払うどころか、高級料亭のオネダリやらカラオケやら、
もっと露骨なのは、守屋武昌事務次官婦人(当時)単独の接待でも、そこでの飲食まで山田洋行に付回していた。
さらに、娘の米国留学費用やら息子の消費者金融からの借金返済も山田洋行に・・・・・

それらが、裁判、公判過程で次々と明らかになり守屋武昌前防衛事務次官、その事実をほとんど認めることとなった。

まあ、守屋武昌前事務次官だけが特別だったわけではないだろう。
これまでも、政府各省庁の事務次官、局長、審議官が贈収賄で逮捕されその刑は“予想通り”に確定している。

つまり、犯罪者が“高級官僚”を演じている・・・・・・
だもの裏歳入の特別会計“240兆円”のカラクリは死んでも現政権下ではその“パンドラの箱”が開かれることはない。

まあ、単純にいえることではないが日本のGNIが“500兆円”で、一般会計・特別会計歳入が実質“280兆円”と言うことは歳入イコール・・・・・
特別会計の歳入、年金特会、健保特会、石油特会、自動車関連特会、原燃特会etcとあげたらきりはないが、
それらは直接税(一般会計)、間接税(特別会計)であり、その間接税歳入の方でさまざまな国家プロジェクトや、

「官僚の、官僚による、官僚のための事業」

けして、公にされることのない使途非公開の莫大な、天文学的数字の国家予算を強大な権力の下に使っている。

では、実際に“280兆円”も使い切っているのか・・・・・

実は、それぞれの会計で、当然赤字のところもあるだろうが多くが予算を消化しきれず、
「消化したことにして」プールしている。その額が毎年数兆円、十数兆円。
それらがいわゆる“埋蔵金”とかいわれているやつなのだが。

実は先に述べた“280兆円”の歳入と“500兆円”のGNI(国民総所得)からすると、
その“500兆円”から生まれる歳入(税収・事業収入)“280兆円”は結果としてそこでの課税率換算では“56%”にもなる。

したがって、実際は、世界一高い電気料、上下水道料、高速道路料金、年金保険料、健康保険料、教育費、医療費、等々で、
それらからなる政府の間接的歳入(税収)さまざまなややこしい経過を経て政府の懐に入る。
当然、≒37兆円の公務員給与とその事務費、そして独立行政法人(特殊法人)の職員給与、事務費・・・・・・
もっとも、それら給料の他に、“遊興費”やら、“水増し出張費”やらなんやらにも流用されたり、
もっとひどいのは厚生年金資金、失業保険資金を流用した“ハコモノ建設”。

つまり、この国の場合はその“税制”制度が悪いのではなく、その制度を司る人間の質が“ヤマシイ”だけなのである。
その制度は極めて効率的で、それは秒単位で運行する“山手線”のように世界に類例のないシステムと、そこに働く“人間の質”。その差ではないか。

繰り返される“天下り”。
それはそうだ、毎年歳入が280兆円からあればそれをいかにうまい具合に山分けしようかの邪さはある意味“人情”であろう(笑)。

法律を観ればわかる・・・・・・

「役人は悪いことをしないことになっている」

だから、その“善人を罰する”決まりがどこにもない。

そんな偽善の役人に重宝される政治家、それを選ぶ、そのオコボレに預かりたい下種な国民。
早い話、いまの政治家は特定集団の利益代表、ゆえにどの選挙でも50%あたりの投票率しか得られない。
と言うことは、やはりこれらの責任はやはりわれわれ国民にあることは間違いのない事実。
つまり、政治家、国会議員とは何のつながりもない国民がどんな政治家を選ぶか・・・・・

ではないか。

さて山口は?   


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2008年04月26日

希望

希望

何に怯え・・・
何に狼狽え・・・
何に慄く・・・

こんなにも快楽ではないか、世間は。
それなのに何故・・・

何に怯え・・・
何に狼狽え・・・
何に慄く。

暑い夏が熱くない・・・
撓わな秋が枯れている・・・
深々とした冬は心を甚振り・・・
待つ春をも嘲るのは何故・・・

置き去りにされたものの憤りが風になる。
屍の時代の少年達の慟哭が嵐になる。
灼熱に消えた無辜の彷徨が大地を揺する。

それでも・・・希望に希望をつなげようとしない。
言い放つ口先だけの「正義」は余りにも無残で儚い。

もう終わりなのに・・・

  


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2008年04月25日

僕の中の少年

すっかり変わってしまったなぁ・・・・・

空も、雲も、山も、川も・・・そして海も・・・・・

もう、少年の孵る所は何処にも無い
清らなせせらぎも、寝転んでまどろむ草叢も
そして、「お~い」と呼べる入道雲も

すっかり変わってしまったな・・・・・

街と云う街にはぺんぺん草だけが踏み敷かれた瓦礫に賑やか
おたまじゃくし、どじょっ子、フナッコ
そしてゲンゴロウと遊ぶ小川も時代に踏み潰されてしまった

裸足で翔ける野原・・・・・
シオカラ蜻蛉、ギンヤンマ、赤とんぼを追い掛け回した麦藁帽子も。
「キーーーン」と、何処までも高い青空に描く飛行機雲も・・・
時代に掻き消されてしまった。

少年の居場所が無い・・・・・

心地よい、母の胸のようなやすらぎが無い
逞しく優しい、父の背中のような安堵が無い
あるのは薄暗く、目まぐるしい閃光と空想の世界

少年は気づいている・・・・・

自分の住む世界が、一体全体どんな世界なのか
そして、籠の鳥が、籠から放たれたら瞬時も「生きられない」ことを

少年達は、そうして「罪」を重ねながら僕らに、時代にメッセージしている
それなのに、僕らは目を覆い、耳を塞ぎ、口を噤んでしゃがみ込む・・・・・

そして他所に言葉を借りて、虚ろな正義を振りかざすだけの僕

そんな僕を知っている僕の中の少年を思ふ

  


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2008年04月24日

溜めると腐る。

溜めると腐る。

人間は実に醜い。
人間と言うものだけが、同種、同族、平気で殺し合いをする。

まずもって「醜い」のは、物を「貯める」。
貯まって、使わなければ大概の物は「腐る」。
同種同族、殺しあって、その腐臭極まりない「貯まり」をほくそ笑む。

森であれ、海であれ、川であれ、我が物顔に「貯まり」を求め亡者となる。

きっと、人間は何もかも全部自分のものにしたいのだ・・・その為には弱い他の人間、動物はお構いなしに「殺す」。

一対一で適わないと思えば、どんな手段を使ってでも、他人の分まで収奪する。

この地球と言う星に「人間」と云う動物がいなくなれば、どれだけ豊かな「惑星」であっただろうか・・・
空の生き物は空で、山の生き物は山で、海の生き物は海で、サバンナの生き物はサバンナで・・・
必要な時に、必要なだけの生きるための術に多種他族を「食す」。

この星に、人間さえいなければ・・・


溜めると腐る・・・・・・

貯めると腐る。

冷蔵庫の中身・・・半分がゴミになる。
また、ゴミになるように「売られている」。
銀行の金庫の中・・・大半が腐臭を放っている。
何代にも亘っても使い切れないほどの「金銀財宝」を人間は独り占めしようと魂胆する。

いくらあっても足りないらしい・・・
醜態な生き物・・・人間。
僕は、そんな人間でなくて良かった。
その日暮を嘲笑するが・・・・・

人間以外は全部・・・「その日暮」。

  


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2008年04月23日

裁判員制度

裁判員制度

ひとつの“徴兵制”のようなものではないか(笑)。

一般大衆、そう、“民草”に絶対機密(秘密)を科せる“裁判員制度”

つまり国家の“イヌ”なれということなのだろうか。

国家のイヌなら、警察官、検察官、裁判官、公安で十分ではないか。

国民、一般大衆を裁判員にして民草同士で“裁かせる”、つまり人民裁判。
アメリカのようにそもそもこの国では国民自身が国民自身で自分を守ると言うような、
そしてそれの正当性を主張するような、つまり“主権在民”を徹底して主張するようこの国の国民は教育されてきてはいない。

個人では“判断”できない、集団で生きるしか術のない、しかも都合よく権力にくくられて“塊”で生きるしかない、
生きることしかできないように国家によって、公教育によって躾けられてきているのが日本国民・・・・・

国家よ!!

日本国民という悲しい存在ではなかったか。

だから、仰る“戦争犯罪人”、もちろん戦争に負けたからそう呼ばれてしまったのだが、
しかし、はなから負けるとわかっていた戦争を、国民を騙してまで推し進めたのだから、その時点ですでに犯罪者であったとも言えるが。

その親兄弟、夫、妻、恋人をも平然とその唯一、人間として生きる当然の感情をまるで虫けらでも殺すかのように・・・・・

「一億国民、全てが玉砕してでも天皇はお守りしなければならない」

とかほざいた時の大本営、軍官僚。

「国軍は尚余力を有し志気も旺盛なれば、なおも抗戦してアメリカ軍を断乎撃攘すべき」と徹底抗戦を奏上は阿南惟幾陸軍大臣。

もっとも新聞と言う新聞が「一億総特攻」とか「一億総玉砕」とかだったのだから・・・・・
そして敗戦したら自らの妄言妄動ぶりをよそに「一億総懺悔」でGHQに尻尾を振る。

つまり、今でも国民全体が“戦犯”ということになっている。
そして、その戦犯(国民)の担ぐ戦犯の子、孫らの一族がのうのうとこの国に、象徴天皇制に胡座し為政する。

日本国民、民草は被害者なのか、加害者なのか、そして国家と同罪なのか・・・・・

大日本帝国と今日の日本国の体制はなんら変わってはいない。
そしていつになったら変わるのだろうか、戦前に構造改革される中で。

“裁判員制度”

これは、国家に加担する、させるものではないのか。
なぜ、今、一般国民が“裁判員”にならなければならないのか、そしてそれを有無を言わせず特別の理由がない限り避けることのできない強制を、

“国家がするのか”

そしてその裁判過程は全て秘密、職業裁判官だって、警察官だって、検察官だって漏洩はあるだろう。
よしんば、一般国民の裁判員がその秘密を漏洩したらどのような処罰があるのか・・・・・・

国民が、国民を裁く。

そんな制度がこの国にあっていいのだろうか。

このことが市民が市民同士秘密裏に監視しあう“監視社会”。
そんな社会への助走ではないのか。

光市母子殺人事件差戻し審判決“死刑”

当然だろう!!

「二人を殺して死刑は前例にない・・・・・・
少年(事件当時18歳と数ヶ月)は真実を話してくれた。
こんな極刑を許してはならない。このままではより極刑化が進む」

白髪の弁護団長が言う・・・・・

少年が前述を覆して話した“真実”とはなんだったのか。

「復活の儀式、生き返ってほしいと“死姦”した」

そのことが真実なのか???

「殺害後押入れの天井裏に・・・・・・
ドラえもんがナントカしてくれるだろう」

それが真実なのか。

それを最高裁で供述させたその弁護団は常軌を逸している。

生後数ヶ月の愛娘を殺され、幸せの絶頂にあった家族、その愛妻を死姦された夫の心境。
しかし、年月が経つとともにその犯人への憎悪の極みにありながらも崇高な悟りともいえる心境になってゆく・・・・・

それを、“復活の儀式”とか“ドラえもん”では鬼にもなろう!

「真実を話してくれた」

いいかげんにしてほしい。人権派がその“人権”に恍惚とする・・・・・
実に気味の悪い姿をさらす弁護団。

本村さんは、

「もし彼がもっと前に、自分の罪を認識したり、いろいろな人との出会いの中で反省する機会があれば、このような結果は出なかったのではないか」。

と、言っていた。
  


Posted by 昭和24歳  at 07:47Comments(0)

2008年04月22日

バレエ教室の発表会

土曜日19日は優の長女次女のバレエ教室の発表会だった。

前橋市民文化会館の大ホール・・・・・・

バレエなんていうものを観るのは生まれて初めてだったからなんか妙な気分だった。
まず、最初は次女の出番。出番とはいっても8人ほどで踊っているので正直どれがどれだかわからない。
とにかく一番ちびがそれである。だからそれで観るしかなかった・・・・・
今年ぴかぴかの小学一年生、バレエ教室に通い始めて3年目。
とにかく、当人も終わってみたらただ草臥れただけだったようであった。

長女の出番はチャイコフスキーの“くるみ割り人形”の一場面。
これも一番ちびだからそのつもりで観る・・・・・
やはり、次女と同じで習い始めて3年目には違いないがそこはひとつお姉ちゃんである、
さすがそれなりに役をこなしているようだった。

発表会にはおばあちゃんも来た。
母方、つまりわが妻の母なのだが、わが妻の妹が連れてきたようで、その愛らしい曾孫娘の晴れ舞台をことのほか喜んでおられた。

それはまるで時をあわせたかのように、わが長女が夫となるべく男性を伴って僕の前に現れた。
つまりそれは・・・・・“それ”と言うやつだ。

娘たちの発表会の労いもかねて食事をすることになっていた・・・・・・

其処で、

「正式にご挨拶をするべきなんでしょうが、この機会をお借りして・・・・・」

と、その和風レストランの一室でその長女の夫となるべく男性から、

「お許しを・・・・・」

僕、妻、優夫婦と、長女、次女、長男、祖母、妹のシチュエーション・・・・・

祖母、つまりわが妻の母の前で「お許しを」と来た。

「お許しも何もねえだろう・・・・・・
おまえ、俺たちのことを話したのか?」

と、僕はわが長女に尋ねた。
するとすかさずその長女の夫となるべく男性が答えた。

「はい、ちょっと」

わが長女はニヤニヤしているだけ・・・・・

目の前にわが妻の母がいる。

実は今から33年昔のことだが僕は目の前にいるわが妻の母を泣かせてしまっていた。
もちろん今は亡きわが妻の父は激怒で「二度とくるなっ!!」と言われた。

その時にできていたのが今その夫となるべく男性の横でニヤニヤしているのが、祖母、
つまりわが妻の母の前にいるわが長女・・・・・
こんな場面を誰が想像しただろうか。

僕はこの場面、瞬時にその33年昔の出来事がその母を前にして脳裏に駆け巡った。

「いいよいいよ、仲良くしなさい、おたがいが我慢しあってね」

そのわが妻の母は僕の顔を見ながら、ニコニコして・・・・・・

「よかった、よかった」

とつづけた。

わが妻の母はことのほか喜んでいるようであった。

実はわが娘、長女はその母が48歳の時の初孫、
30過ぎても一向に春めいた話のないわが長女、初孫を気にかけていたのだった。

「よかったよかった」はいいが、僕はそのご母堂を目の前にしての心境・・・・・
もちろん、その後、33年昔以降はその母堂を悲しませることもなくきたのだが、
なんていってよいか朝日ビン生の二本目にも一気によいが失せた気分だった。

わが妻はいい気なモンである。わが長女と一緒になってニヤニヤしているのである。

「で、ですが・・・・・実はお腹に・・・・・」

と、その、今となっては婿さんが。

「やっぱりそうか・・・・・
いや、そうじゃなえかと思ってたんだ、なあ優」

と僕は僕の右隣(左隣は婿さん)に、

「優、おまえ4人目できたんじゃねえか。
夢に見たぞ・・・・・お前の三人ともパパは夢に見たんだから・・・・・」

「ぜんぜん、それはないよ・・・・・
パパ、もしかしてそれお姉ちゃんじゃあない。結婚するんだし」

「そうか、あいつか・・・・・」

しかしそんな話も3週間ほど前のこと、すっかり忘れていたのだったが・・・・・

「目出度いことがいっぺんに重なった、おばあちゃん今日は嬉しいよ」

僕が四の五の言う前にその婿さんの話を引き取った。

そこは女系家族、僕のことなどはそっちのけでもうお腹の赤ちゃんの話で盛り上がってる。

「あたしなんて6歳で“叔母ちゃん”デビューだったからなんてえことないよ」

と末娘の玲。

そう言うと、その婿さんに“ママチャリ東京紀行”の話をし出して盛り上がり始めた・・・・・

「パパとNHKの前でドッキング!!」

その話を聞いて祖母は・・・・・

「おばあちゃん知らなかったよ。やめとくれそんな危ないこと・・・・・」

そう言って、僕をにらむのだった。


バレエ発表会の疲れか優の次女は爆睡状態。

いや、僕もいささか酔った。まさかこんな一日になるなんて・・・・・
  


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2008年04月22日

サッカリン

サッカリン

自転車の荷台に水色の・・・・・

所々、塗料の剥げた水色の箱に“アイスキャンディー”と書かれている。
これまた幟旗も水色で“アイスキャンディー”・・・と白抜きで。

おじさんが「チリ~ン、チリ~ン」と鐘を鳴らしながら・・・

それは“サッカリン”を水に溶かして凍らせたやつ・・・・・昭和三〇年代初めの真夏の「風物」。

たらたらと、落ちる“アイスキャンディー”の水滴を恨めしく思って、下の方を舐めようとすると、間の悪い時には、
上のほうが「ポトリ」と地面に・・・・・

「あ~っ、僕は何と運の悪い男なのだ」

と、子どもながらに、そう思った「麦藁帽子の夏休み」。

地面に落っこちたアイスキャンディーは見る見るそこにしみ込んでいく。
しばらくするとありんこがアイスキャンディーの黒い染みに集っている。
〈あ~あっ、もったいねぇ〉

たしか、五円だっただろうか。
やっとの思いで母ちゃんにねだって貰った小遣い。そう簡単にあきらめ切れるものではなかった。
あの頃の「五円」と言えば大金だ。

今ではそこいら辺の駄菓子屋でもアイスキャンディー・・・・・・
もちろん甘味はサッカリンなんかではないが“ガリガリ君”、一本六〇円はする。

なにせ親父の月給が一万円そこそこの頃だろう。
僕は一人っ子みたいなもんだったのでヘマさえしなければ一本丸ごと一人で食えたのだが、
兄弟姉妹三人も四人もいれば一本のアイスキャンディーを喧嘩騒ぎで食わなければならないのだから、
僕の落っことした“アイスキャンディー”がいかに貴重なものであったかがわかる。



味噌おにぎり

そうだ、おやつと云えば・・・・・
夏は、竹の皮で梅干を包んだやつを、よく作ってもらった。

「これ喰え、腹こわさねえぞ・・・・・

と、父は庭先の笊に干されたシソの絡まった梅干を、竹の子の皮に「ヒョイ」と包んで。

その時代、横丁と言う横丁でで「ツーーーン」とした梅干の匂いが漂っていた。
昭和三〇年代とは言え、未だどことなく、「戦後」の臭いのする街の風景。
夏休みともなれば近所の同い年同士、七、八人が連れ立って毎日川遊びやら時には近くにある観音山『仙人隠れ』に化石拾い、
沢ガニ捕り、堤防の芝ソリ・・・兎に角遊ぶことには事欠くことはなかった。

そんな時は決まって「味噌ニギリメシ」もちろん梅干入りの。
どう言う訳でいつも味噌ニギリメシだったのかといえば・・・・・あの時代ほとんどの家が麦飯もちろん白米とのミックスだが、
どうやら味噌の粘りが麦飯のツナギになっていたようだ。
それと、茄子、キュウリの糠漬。
「茄子の糠漬」は口ん中を紫にして、中身を穿り返していつまでも、いつまでも食いつづけていた。

腹が減ると、味噌のニギリメシ・・・・・
冬場は、「ジリ焼き」うどん粉に味噌とか、砂糖を少し混ぜて・・・
たまに母親の手が空いたりしていると「炭酸」なんかを入れて、ちょいとフックラさせてくれた。
しかしその炭酸入りの“ジリ焼”、ふっくらするのは良いがその頃のうどん粉が悪いのか炭酸粉が悪いのか、
はたまたオフクロのうどん粉のこね方が拙いのか・・・・・・

よく親父と夕飯かなんかのことで喧嘩をしていたので料理自体がそんなに得意ではなかったようだたのでもしかしたら、
「こねかた」のせいかも知れない。
そのジリ焼に炭酸粉の塊が混ざっていて、それをかじった時の苦いこと苦くないこと大変な思いをしたことを覚えている。

親父が、七輪で「カルメ焼き」なんかもしてくれた。
七輪に真鍮製の柄杓を小さくしたようなお椀状の小鍋。
それをその七輪にかけ、ザラメを入れて小さなすりこ木のようなものでかき混ぜる。
今では、「うどんの手打ち」なんて商売になってるけど、昔は何処ん家も「手打ち」。
僕の家にも今でもあるが、手回しの「うどん鋤機」。

どうせ、水団なんか食わされた時は「米びつ」空っぽだったんだろうね(笑)。

「突貫豆屋」なんて云うのも来た。
大豆を持ってくと、煎餅にしてくれる・・・のとか、今で云う「ポン菓子屋」。
米を2合升ぐらい袋に入れてもってくと「ドカーーーーン」と云う音と共に豆菓子にしてくれる。

小学校の遠足には戦前戦中も戦後も、そして現代も『佐久間のドロップ』・・・・・あの缶のやつだ。
野坂昭如の『ほたるの墓』。セツ子が死ぬまで放さなかった『佐久間のドロップ』。
戦後しばらくは砂糖は統制品。きっと高かたんだろうけど、遠足にはいつもそれをねだった・・・・・・

おまけ付のグリコのキャラメル、森永ミルクキャラメル、もちろん佐久間のドロップもだが、駄菓子屋には売ってなかった。
神田だったろうか、太陽堂だったろうか・・・・・・

紙芝居の、水あめ、べっ甲アメ、ニッキアメ。

紙芝居の小父さん、5円出すと水あめを、薄い煎餅と煎餅で挟んでくれる。
『黄金バット』を見ながら時間の経つのを忘れていた・・・・・

でも、不思議と・・・・・紙芝居屋のおじさん、決まって“色めがね”をかけていたように憶えている。
今にして思えば、その紙芝居屋のおじさん、他人に知られたくない過去があったのかな・・・

朝は、卵屋と納豆屋の売り声で・・・よく目を覚ましたもんだ。
そう云えば3年生くらいまで、毎日のように寝小便をしていたのが恥ずかしい・・・・・

まさかその・・・その僕が、59歳になってるなんて、信じられない。でも事実なのだから仕方が無い。

ゆっくり、マッタリ・・・急がず生きよう・・・


  


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2008年04月21日

“長寿医療制度”が始まりました

“長寿医療制度”が始まりました

長寿医療制度(後期高齢者医療制度)は、75歳以上の高齢者の方々に「生活を支える医療」を提供するとともに、
これまで長年、社会に貢献してこられた方々の医療費を、国民みんなで支える「長寿を国民皆で喜ぶことができる仕組み」です。
<厚生労働省>

()閉じの後期高齢者医療制度“長寿医療制度”(笑)。

いくら“後期高齢者”呼ばわりがひどいと非難されたからって掌を返して“長寿”はないだろう・・・・・・

『後期高齢者医療広域連合の設立について』

まさに「ジャッジャジャ~~~ン!!」である。

この広域連合は、高齢者医療確保法の施行準備のため、平成18年度末までに設けるものとされており、
平成19年3月30日をもって、全都道府県において後期高齢者医療広域連合が設立されましたのでお知らせします。

もちろん元締めは善意の御旗“厚生労働省”である。

全国、一道一都ニ府44県に「新しく設置された」後期高齢者医療広域連合事務局だかなんだかが各県に・・・・・
つうことは、そこには「新たに」、事務局長やら理事やらの役員、そして部長、課長やら大勢の職員。
なんと、そこの人件費は一般サラリーマン等からの“保険料”が充てられると『週刊ポスト』がスクープしていた。

なななんとーーーー
そこの中央のトップは厚労省からの天下りでその給料は年間“1400万円”とか書いてあった。
そして問題は地方だが、その後期高齢者医療広域連合事務局の局長だか、理事だか、部長だかなんだかは県市町村から天下り。

つまり、これから団塊の世代、大量退職時代の受け皿・・・・・
60歳で退職しても65歳まではその“後期ナントカ連合会”に再就職し、給料は一般サラリーマンの健康保険料で賄う。

バカにするなと言いたいが、小泉政権下で立法されちまったものは国民地団太踏んでも後の祭り。
すでに平成18年6月21日公布され、その国家公務員・地方公務員の定年退職後“生活安定法”までが仕込まれていた(笑)。

>“長寿医療制度”が始まりました

しっかしねえ・・・・・

“長寿医療制度”をいうなら、「お年寄りは無料」が筋だろうが!!

しかし、そんな高齢者を出汁にしてまたまた“特別地方公共団体”。

“特別地方公共団体”とは・・・・・・

消防、上下水道、ゴミ処理、福祉、学校、公営競技の運営などが行うという、
つまり“特別法人”。

早い話、本来ならそんなややこしいことをしないでも“国民健康保険”制度内でやりくりできた話ではないのか。
ここでまた数万人の人間を養うための「新しい組織」が何で必要だったのか・・・・・

ああ、バカバカしい。

なにせ総額“285兆円”の国家予算(国家には国民は含まれません)・・・・・
  


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2008年04月20日

雨上がり

雨上がりに息子の手を引いて散歩・・・・・
息子はお気に入りのお姉ちゃんのお下がりのスノーブーツで“タッタッ”と走り出す。
其処彼処に“泥濘”が春雲を映している。

子どもは可笑しなもので何故か“泥濘”が好きだ。
黄色い帽子にランドセル、そして黄色い傘でまだぴかぴかの一年生が「ぴちゃぴちゃ」とその“泥濘”に。

長靴を履いていようがいまいが、いつも子どもは“泥濘”を遊ぶ・・・・・

僕も息子と一緒に“泥濘”に入った。

泥濘をかがむようにして息子も僕も覗いている。
ゆらっとゆれる泥濘に息子も僕も笑っている、ゆらゆらっと笑っている。
そのうしろを春雲が足早く流れていった・・・・・

そんな泥濘に遠い日のそれが過ぎる。

時代は変わっても・・・“泥濘”は束の間のアメンボウの世界。

アメンボウはどこで生まれてどこへ行くのだろう・・・・・

僕も結局は泥濘に生きているのではないだろうか・・・とふと思う。
泥濘・・・人生は泥濘なのかもしれない。

今度は何処の“泥濘”で遊ぼうか・・・・・

  


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2008年04月19日

<財務省>国の財政は夕張以下 試算示す

高崎市の隠れ借金は???(笑)。

<財務省>国の財政は夕張以下 試算示す
4月18日20時20分配信 毎日新聞

財務省は18日、「国の財政が財政破綻(はたん)した北海道夕張市よりもはるかに悪化した状況に置かれている」、
との試算を財政制度等審議会(財務相の諮問機関)に示した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080418-00000100-mai-bus_all

つまり、財務省は自らの失政を吐露したようなものだ。
福田赳夫内閣当時、100兆円規模の赤字国債にも相当の危機感を表明していた・・・・・
それが今日、07年度では“674兆円”

財政法第4条では―――――

「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。」

とあり、国債発行を禁止している。

そして財政法第4条の但し書きにおいて―――――――

「公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」

と規定されており、この規定に基づいて、建設国債が発行できるとしている。

一方、「一時的に赤字を補填するだけで国民に対して後世に残らない経費に対しては国債は発行できない。」

つまり後世に残らない“経費”とは財政赤字補填のための“国債”。
そしてその赤字国債を発行するには「1年限りの公債特例法」を“毎年制定”、つまり、と言うことはその法律は恒久法ではなく“暫定”、一年限りの。

しあかしねぇ・・・・・・

「財政難、財政難」というが、じゃあ一体その“財政運営”はどこがしてるの??!!!

自分たち、灯台卒官僚の頭の悪さ、知恵のなさを暴露しているようなものでは(笑)。
いや、それは“悪知恵”・・・・・・

第一、 借金するその相手はほとんどが国民。もちろん間接的にだが。

その“国債”の持ち主は“市中銀行”や、“生保損保”・・・・・・
と言うことは、“1400兆円”と豪語する国民の財産。

ところで、“債”それは手形のようなもので、もちろん市場にも流通する。
つまり、それは日銀が発行する“日銀券”通称“円”・・・・・・
したがって、“国債”とは政府が発行する、もうひとつの“円”。

早い話が、“円”を刷って公共事業に、天下り役人の給与に、財政補填に帳簿上帳尻を合わせているようなもの。
なぜなら、貸し手と借り手が、“国民”。もちろんもしこの国が“民主主義”の国であるということが前提だが・・・・・・

>財務省>国の財政は夕張以下 試算示す

ほんと・・・・・「大本営発表」(笑)。

>国の政は夕張以下

だとしたら、国家公務員給与、地方公務員給与、特殊法人給与の50%削減。
さらに新規事業の禁止、国会議員、地方自治体市町村議員の50%削減、国地方の関連特殊事業の廃止・・・・・・・

そうした“歳出削減”を、まず先行すべきではないか!!

老人保健保改正(後期高齢者保険制度)、障害者自立支援法による障害者年金の削減は順番が違う。

まず国会議員、地方自治体議員の半滅とその歳費の削減を行ってからではないのか!!
そして少なくとも、官僚の衆議院議員選挙(参議院はOK)への立候補禁止。

国土交通省だけで、年間12兆8千億円の天下り団体への補助、支出金。
実態は他省庁も似たようなもん・・・・・・


  


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2008年04月17日

天引き

天引き

日本の老人医療が“無料化”されたのは1973年。戦後からの高度経済成長はピークを迎え・・・・・・
大方の日本人は日本の明るい未来を信じ若者は一生懸命働けば21世紀の老後は国の社会保障制度が生活を支えてくれると教えられた。

1973年(昭和48年)といえばヴェトナム戦争ではアメリカの撤退、時は田中角栄内閣。
そして僕はミュージシャン修行と称して今風に言えばフリーターか・・・・・
なぜか正月にも家には帰らず新宿紀伊国屋の街頭テレビでWBAフライ級タイトルマッチ大場政夫の防衛戦を見ていた。

その1973年(昭和48年)、今日の“後期高齢者”の皆さんは今から35年昔は40歳働き盛りの企業戦士で、
まさに高度経済成長の牽引役で納税もし、年金も負担し、健康保険料も相当額を“天引き”されていた。
それもこれも、家族を養い、その家族、そして自分の明るい未来を信じて・・・・・

思えばその後期高齢者の皆さん、あの無謀な戦争、敗戦、その直後は食べ盛りの12、3歳。
そして昭和24、5年からは戦後復興の貴重な労働力“金の卵”だった。
そして老人医療費が無料化された1973年(昭和48年)、そのころは健康保険料も給料からばっちり“天引き”されたであろう。
そしてバブル崩壊の頃に定年、年金生活。しかしその明るい未来にも政府は財政難を理由に年金給付年齢の改正、給付額の改定・・・・・

年間支払われる医療費が32兆円超。そして老人医療費が10兆円超。
少子高齢化、この日本のその構造的変革はとっくの昔にわかっていたことではなかったのか。それをいまさらのように言う政府。
おもちゃの兵隊、防衛費に、米軍思いやり予算に、テロ特措法に、湾岸戦争支援に〆て年間10兆円。
公共事業には国地方で80兆円、政府系独立行政法人に12兆円超・・・・・

そればかりではない、特別会計という国会で一切審議されない歳入歳出が240兆円。
当然その中に健康保険会計も入っているのだが、その“20%”からが、無駄遣いというより中抜きされているとも。

やがて人間は否応なく高齢化、老人になる。
それは今日生まれた赤ちゃんも、小学生も中学生も20代の若者も確実にそうなる。
そしてその中で“医療”というのはもっとも重要な問題であり、大切なことではないのか。

本来なら、国、行政のやるべきことは他の事業予算を削ってでも“国民の安心”に施策を講じるべきではないのか。

そして今日の不況、財政難・・・・・・
その責任は一体どこにあるというのか。すべてこのように政策決定してきた政府にあるのではなかったか。
国地方の公務員給与の総額が37兆円超。さらに政府機関のみなし公務員の給与10数兆円。
そして都合が悪くなったかどうかはわからないが民営化、民営化の日本道路公団は年間1兆円からの溜りが。首都高速も。

1億2千万人のうち数パーセントの人間が莫大な借金を作りそれを国民に背負わせ、
そこにいう公務員は平均年間所得700万円とも800万円とも・・・・・
民間の凡そ倍の所得を何のためらいもなく受け、それどころかその増額を要求する。

公務員、その公僕が国民の生活を豊かにし、ゆるぎない安心をもたらしているのなら、いくら高給を食んでも称えこそすれ、非難などはしない。
それが国民がこれほど疲弊し、しかも年金だけを便りに生活する高齢者をさらに不安に貶める。

いくらでも、高齢者、老人医療費などは捻出できるではないか。
政府は歳出配分をかえるだけだ!!

しかし“天引き”とはよく言ったものだ。
ここでも“天”なのか(笑)。
  


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2008年04月17日

メルティング・ジェネレーション“団塊世代”

“団塊世代”

池口小太郎(堺屋太一)――――――

池口小太郎がなんで“堺屋太一”なのかはわからないが、その池口小太郎氏の著書が『団塊世代』。
せめて大臣になった時くらいは本名“池口小太郎”を名乗ればよかったものと思うのだが・・・・・
そう言えば日本共産党の頭目も本名は“上田健二郎”とかで見栄を張って“不破哲三”とかの渾名で大衆の目を曇らせている。

まあそんなことはどうでもいいが、最近どうでも良くないと思っていることがある。実に世の中が“ヘン”である。
そう思うしかない事件がこの『団塊世代』――――とくにその男社会に“生物本能的”な異変が起きているような気がしてならない。

『団塊世代』――――――

これを辞書で引くと“グレープ・ジェネレーション”とある。つまりは“葡萄の房”のような“ひと塊”と言うことらしいのだが。
その『団塊世代』。“葡萄の房”が、どうやら戦後60年を経て腐りかけて、溶け始めているのではないだろうか。
つまり、“メルティング・ジェネレーション”『溶解世代』ではないか。

“戦後”――――実は「敗戦後」と言うのが正確な表現だろう。

その“敗戦後”。突然として下げ渡された“民主主義”と“婦人”の人権の確立。
けして悪いことではなく、むしろ歓迎されるべきことだったのだが・・・・・・
あまりにも急激な“自由”と“民主主義”であったがためにその副作用らしきものもあったのではないだろうか。
どんな良薬でも副作用があるように。

そしてここで言う『団塊世代』はその副作用の中、成長してきたように思われる。
それが昨今の、なんとも「モノが“饐えた”ような」、それが“腐臭”を放つような事件の数々に見るような気がしてならない。
そしてその“副作用”が家庭崩壊、家族崩壊。
実は、家族の中心、家庭の中心、大黒柱はその“副作用”の末の男“父親”などではなく、女“母親”だったのではないかと最近思い始めている。

なぜなら―――――子どもは男の子も女の子も“母親”の影響は極めて大きい。

父親にその影響があるとすれば、精々が良くて“反面教師”でしかない。
要するに子どもの成長には“父親”と言う存在は「いないよりいたほうが・・・・・」といった“マシ”程度でしかなく、
かえっていない方がいい時の場合の方が多い(笑)。
その実、僕自身が子どもの時はどうも“オヤジ”は出来ればいないほうが・・・・・・
存在しない方がということではなく、
今風に言うなら「亭主元気でルスがいい」といった感覚だろうか、どうも煙たい存在で“オヤジ”がいるときの家は居心地が悪かった。とくに思春期のそれは。
しかしながら自分自身がそんな“オヤジ”になっているのだからなんともイヤハヤだが・・・・・・

“ヒト”が生きる――――――

“ヒト”が社会生活を送る上においての男、いわゆる“オス”の役割は種の保存・存続以外の用は大してなしてない。
“ヒト”以外の動物の場合は大方がそのようで『それ』さえ済ませてしまえばたいていはお払い箱である。

“ヒト社会”でも実は“そういうこと”がただ隠されているだけで実態は動物のそれと変るところはないのではないかと。
男“オス”の社会活動は実はその“ヒト社会”の雑用をさせられているに過ぎない。
肉体構造からしてそのような仕組みで、“肉体労働”、雑用に適しているようにできている。

“ヒト社会”から『経済』と言うものをのぞけばそこには自給自足。農業、漁業であろうが工業であろうが・・・・・・
いつの場合も“エネルギー”を最大限に消耗させいつしか“労働”苦役が美徳とされるように“オス”の脳内にはプログラミングされているようだ。

男を見るときそれにはたしかに経済的自立はこの“ヒト社会”においては最も重要とされているようだが、
それ以前に“ヒト”として自立しているかどうかだろう。
このことは、男“オス”という生き物が他の生き物の社会では見られない“ヒト社会”オスだけにあると思われる、

同種同族(属)の殺し合い。いわゆる『戦争』。
少なからず“ヒト社会”のオスの脳内には生存の理由という、原始的には生存競争もあったろうがその『戦争』と云うものがプログラミングされている。
またそれをさせているのも実は、女“メス”ということもひとつの事実だが。

母親を見ると大体その“ヒト”の男は分かる・・・・・・
母親というものは子ども(オス)を胎内から生み出し二足歩行し知恵がつきだし思春期を向かえてもなお自分の従属物であると本能的に思い込んでいる。
そして多くの母親はその成長過程にある子ども(オス)の『甘え』には最大限に応える。
そこのところが、男“オス”の“ヒト”として一人立ちできるかできないかの分岐点ではないか・・・・・・

“妻”に母親を見る男“オス”

どんな無理難題も引き受けてくれる“母親”という存在。
多くの男“オス”は妻“メス”に母親を見る。見てしまう・・・・・・

今盛んに世間は囃す『熟年離婚』。

残念ながら今はその熟年の男に最大限の甘えを許す“母親”はいない。
いたとしても老身の母親でしかなく、最早、そんな“オス”が甘えるかつての“母親”ではない。
40年近く“ヒト社会”の雑用、苦役をさせられ気付けばその社会は一変していた。
既に“狩”の出来ない“オス”を暖かく温めてくれる“ヒト”はどこにもいないことに気付く。

四の五の言って取り留めがないが、

その『団塊世代』――――――

よくよく考えてみると“女”はその範疇にいないように思えてならない。

“女”はメルティング・・・・・“溶解”するどころかマスマス元気、闊達そのもの。
溶解と言うよりは“妖怪”ではないかとさえ思えてきてしまう(笑)。

怒られてしまう・・・・・・考えすぎるのはよそう。

まあ、濡れ落ち葉、溶けてしまうフリをするのも一考かも知れない。
最近スーパーなどで意気揚揚とするカミサンの後を力なく歩く年金受給以外にさほど用もなさそうなご亭主のお姿をよく見かける。
おそらく僕もそんな一人なんだろうが(笑)。

  


Posted by 昭和24歳  at 05:08Comments(2)

2008年04月15日

“まだあげ染めし前髪の”

別に“ジョニーの伝言”ではない・・・・・

昨日TBSラジオ“大沢悠里のゆうゆうワイド”でゲストの加藤登紀子が言っていた。

「私たちが言い伝えなければならないことってたくさんあるのよね」

って。(確かこんな語り文言だったと思うが)

ふと思った・・・・・

最近、娘がいろいろなことを訊いてくる。

何でもかんでもだ。
わからないことがあると何でもかんでも訊いてくる。

笑っちゃうのが・・・・・

「パパたちって、SLに乗ったことあるの」

「SL?・・・・・蒸気機関車のことか。
馬鹿を言え、乗ったことがあるかどころか、
信越線なんてパパがオマエの頃にはあれしか走ってなかったんだ」

「ウソーーーッ!」

「4年生の秋の旅行は小諸の“懐古園”でな・・・・・
信越線でアプト式の碓氷峠を2両連結の蒸気機関車で登ったんだ。
トンネルに入ると先生が『オーイッ、みんな窓閉めろ真っ黒けになるぞーーー』って」

「エーーーッ、なんで、どうして???」

「あったりめぇだろ、汽車の煙がトンネルの中だ・・・・・・そっくり窓から入っちまう。
それでも閉めない連中は顔中が煤だらけになって大騒ぎだ」

娘はいかにも「面白そう」という風に声を立てて笑った。

「懐古園ってな~に?」

「懐古園か・・・・・
“小諸なる古城のほとり 雲白く遊子哀しむ・・・・・”
未だ習ってないのか『島崎藤村』、
ほら・・・“椰子の実”音楽で」

「知らない・・・・」

と怪訝に頭を横にふる娘。

懐古園の解説・・・・・
娘にとってはどうでもいいような話のようである(笑)。

「じゃあな・・・・オマエの通っていた保育園、ほら“法輪寺保育園”なっ、
あれはオマエ、1576年に高崎にできたんだぞ・・・・・」

「なにそれ???」

「『なにそれ』があるか・・・・・
豊臣秀吉の時代だ。ほれ、万博やった愛知、名古屋の殿様だ」

「それがどうかしたの・・・・・?」

てんで話しにならない・・・・・


世代の伝言。

“まだあげ染めし前髪の・・・・・”

の頃、“初恋”頃には、親父は用無し。

しかし、伝え残すこと・・・・・
まだまだ、あるんじゃあないのかなと、

・・・・・・と、ふと、思った。


  


Posted by 昭和24歳  at 14:25Comments(3)

2008年04月13日

首相「物価高、耐えて工夫して」

拝啓 福田内閣総理大臣閣下殿

郷土の誉れ、福田康夫内閣総理大臣閣下殿の、新宿御苑にて“お花見”に際しての発言です。

さらにつづけて・・・・・・

「物価が上がるとかいったようなことがあるが、しょうがない事はしょうがないので、耐えて、工夫して切り抜けるのが大事なんです」

と強調した。



(読売新聞)

郷土の誉れ福田康夫内閣総理大臣閣下どのは言うに事欠いて、

「しょうがない事はしょうがないので」

これはないでしょう・・・・・・思わず笑っちゃいましたね。

さらに、さらに、

「耐えて、工夫して切り抜けるのが大事なんです」

郷土の誉れ、福田康夫内閣総理大臣閣下殿、ご自身のことを仰ってるんでしょうか(笑)。

もっともご自身、「可哀相なくらい・・・・」云々なのだから、

「耐えて工作してやり過ごす」んじゃあないんですか?

しかしねえ、郷土の誉れ福田康夫内閣総理大臣殿・・・・・・
庶民大衆が工夫しても工夫しても物価は上がるし、しかもそれが食品生活必需品。
さらに、健康保険料とか年金保険料とか医療費とか全部が、郷土の誉れ福田康夫内閣総理大臣殿・・・・・・
その全てが郷土の誉れ福田康夫内閣総理大臣閣下の一族郎党がお決めになった“法律”の結果ではなかったでしょうか?

郷土の誉れ福田康夫内閣総理大臣閣下のお身内の“ポチ閣下”がお決めになった“湾岸戦争拠出金”。
円安の見返りに13兆円、テロ特措法で1兆円、ペルシャ湾の“ジャペインガソリンスタンド”に600億円、北朝鮮に身代金数兆円(多分?)。
その間、サラリーマンの厚生年金料は上がるし、医療保険は引き上げられるし、郵政は民営化されるし、道路公団は、空港公団は、石油公団は・・・・・・

民営化ということはそれ以前の“ツケ”は全て国民の負担で、儲けは「謎の民間」のもの。

そういえば国民は「耐えながら工夫した」。
さきのアベチョコボール内閣の参議院選挙で自民大敗、結果正常な“参議院”が構成され、国民の意思が反映される結果となった。
魑魅魍魎の衆議院で可決しても、良識の府、参議院で否決・・・・・・
結果、とりあえずの“ガソリン暫定税”は廃止となり、少なくとも国民生活は救われた。

しかし、“ポチ閣下”のときの三位一体の改革は国民生活、とくに一般大衆、戦時中なら“草民”、“赤子”と蔑まれたほぼ1億人の国民、
かつては“一億層中流”とかいわれ、「狭いながらも楽しい我が家」だった暮らしがズタズタに切り裂かれた。

町のガソリンスタンドは次々に閉鎖され、商店街のシャッターは閉ざされ、

「改革なくして成長なし」

「米百票」まで持ち出して夜店の“バナナの叩き売り”よろしく結局“吠えっぱなし”だったポチ内閣総理大臣閣下殿。
安部チョコボール閣下に至っては、

「私の内閣で5000万件、最後の一人まで、最後の1円までお支払いいたします」

とかなんとか、あのオチョボ口で仰っていましたがその舌の根も乾かないうちに敵前逃亡の快挙。

たしかに「可哀想なほど」といえば仰るとおりの郷土の誉れ福田康夫内閣総理大臣閣下なのだが・・・・・・
とは言え、閣下は“シンキロー内閣”の時代から“ポチ内閣”の長きの間城中主席家老“官房長官閣下”であり、
ご案内の、「改革なくして成長なし」の政策、肝心要の長におられた筈ではなかったでしょうか。

福田康夫内閣総理大臣閣下殿・・・・・・・

「可哀想なくらい困っているんです」

は、大衆、民衆、国民なのですよ。
10年ほど昔には“ワーキングプア”なんていう言葉もなかった。労働法、派遣業法の改悪、商法の改悪、障害者自立支援法、国民保護法・・・・・・
極めつけが、“後期高齢者医療制度”の『老人保健法』改悪、絞りに絞られて国民、

「可哀想なくらい困ってるんです!!」

ところで、新宿御苑のお花見はそれとして、新宿御苑の“ミサイル迎撃発射装置”のほうはいかがでしょうか?
防衛省の“ヤマダヨ-コー”問題も、オネダリ“守屋次官”問題も御苑の桜吹雪とともに散ってしまいましたかねっ?

さて、郷土の誉れ福田康夫内閣走路大臣閣下殿、
貴閣下の“政権”も、五月の甍の波に悠然と泳ぐ鯉のぼりとなるべく風が吹くでしょうか・・・・・

もっとも、「可哀想なくらい困ってしまう」ような弱音をお吐きになる内閣、政府では国民たまりません。

とは言え、小生、過日、スナック“ダイヤル”での御一献の際の閣下の労いのお言葉今も心に残っております。

敬具
  


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2008年04月12日

“後期高齢者”

「お金が天から降ってくるわけじゃあありませんから」

これ、桝添厚労大臣のセリフ。

「年金の掛金を直接持ってきて運営すれば、年金を払うのは先のことだから今のうち、どんどん使ってしまっても構わない。
…将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえばいいのだから、それまでの間にせっせと使ってしまえ」

これ、厚生年金制度生みの親といわれた戦前のたしか年金保険局長“花澤武夫”氏のお言葉。
まあ、氏の本意は無茶苦茶に使っちまえということでもないだろうが、今日を見れば結果、そうなってしまっている。

僕のところにも“年金特別便”がきた。明けてみると平成8年以前の厚生年金の記録が全部消えている。
早速、年金手帳を持参して社会保険事務所へ・・・・・・
おそらく全職員を動員しての“年金特別便対策”なんだろうが、11時に受付、12時半に面談。
しかし、これだけでも年金特別会計から相当なカネを使っているんだろうなぁと思うとバカバカしくなってきた。
僕のように100%証拠を持っているのにデータが消えている(笑)。
僕を担当した職員も言葉もないといったような平身低頭。

「お金が天から降ってくるわけじゃあありませんから」

つまり、カネがないから75歳以上の高齢者の医療は制限した上、保険料を天引きする。
医療に金がかかるといったって、今現在の30兆円の60%は国民の保険料、窓口負担じゃあないのか。
これは先進国最低の国の負担。
しかも、医療、30兆円の30%が、水増し請求だという“医療詐欺”。

カネがないどころか、12兆円からが独法に支出されている。
国地方の公共事業費総額、ほぼ80兆円の10%~20%がこれまた水増し・・・・・

それだけインチキをやっていても予算が使い切れなくて毎年10兆円からが余剰金として、
特別会計に積み立てられていることが会計検査院からも公表されている。

何のことはない、「カネが天から降ってくる」のじゃあなくて、国民からせっせと吸い上げる。

天のために「地から湧いてくる」のだった。

使っても使っても使い切れない、それなのに戦後、この国の経済発展に尽くし、今日75歳を超えた国民に・・・・
本来なら医療費は無条件無料にするべきなのに、
医療費がかかる、さらに“後期高齢者”の保健医療を制限するといった非常の政策。

「お金が天から降ってくるわけじゃあありませんから」

といって、地から吸い上げようとする極悪非道な政治。

若い人たちも他人ごとではない。
市町村も財政難を理由に保育料、公立学校給食の値上げ、上下水道料金の値上げ、国民保険料の値上げ。
それでいて“道路”だけは政官財ぐるみで再採決までしてその“既得権益”を守ろうとする。

そこで、先の党首討論でも・・・・・・・

「官僚政治という悪弊を断つ!!」

と言い放った民主党代表小沢一郎。

いずれにしろそこに先鞭をつけるというなら民主党政権をまとうではないか!!
  


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2008年04月12日

“償還準備金繰り入れ”

そういえば“後期高齢者医療保険”も小泉劇場型政治の最中に、郵政民営化に紛れしらぬまに可決されていた(笑)。
おそらくここで今日のような、いわゆる“ねじれ国会”だとしたら『再採決』の連続だったに違いない・・・・・・

「福田首相は北朝鮮に行くべきだ」

とリチャード・ギア気取りの元首相がテレビで演説していたが、
そういえば北朝鮮の“拉致被害者”とその家族すっかり沙汰闇ではないか。

小泉劇場型政治に利用されるだけされて、無用となればお蔵入りさせられる・・・・・
ここで30%をきってしまった福田政権の人気挽回策として“訪朝劇”でも再演(笑)。
まあ、出たとこ勝負のアドリブのきかない福田首相ではシナリオを書いたところでどんな風に演じるかだが・・・・・
官房長官以外、閣僚経験のない政治家、しかもハッタリも糸瓜もない早い話普通のオッサン先の党首討論ではないが泣きを入れるのが精々だろう。

ところで、ガソリン暫定税が再採決の意気込みの政府与党だが、となると“テロ特措法”に続いて同じ政権で“二度”も禁じ手を使うつもりか。
暫定税率を維持で道路特定財源を特別会計から一般財源化というが、これから決めること、
20%台の“福田政権”が続けばの話なのだから・・・・・・

「5000万件、最後の一人まで、最後の1円まで私の内閣できっちり解決します!」

が前内閣、安倍川餅チョコボール内閣だったことを思えば、ただ期待させるだけのことを言ったに過ぎないのではないか(笑)。

ところで、民営化された“道路公団”だが、経常利益が2兆円強、その上“償還準備金繰り入れ”と称する・・・・・
つまり、本来ならその都度“償還”させればいいものを帳簿の中で「貯めている」、しかも“費用”の科目で。

なんとその額が年間“1兆円”からあるというのだから驚きだ。
旧道路公団の説明では、将来、高速道路開放無料化に向けての準備金だからとのことらしいが、
開放無料化どころか、さらに収益のほうでは“プール制”とかで高速道路を造り続ける算段なのだから無茶苦茶な話である。

その“償還準備金繰り入れ”の積立金は12兆円も旧道路公団には“あった”のだったが、
完全民営化後、その“大金”の行方が議論されたのを聞いたことがない。
もちろん“特別会計分”であったことだし、完全民営化ともなれば、それを問いただせるのは“株主”だけなのだから国民は埒外である。
しかも、旧道路公団の『資産の部』では“43兆8053億円”。つまり国民の資産が“43兆円”。それが民営化されたということか?
そして、『負債の部』の“41兆4819億円”が民営化で、国民負担・・・・・・
しかしその負債の中の“償還準備金繰り入れ”の12兆円の行方は?

つまり民営化ということで、将来高速道路の無料開放は完全になくなった。
そして、本来国民の資産であったはずの高速道路施設、土地等々は民営化会社のもの、株主のもの・・・・・
そして、旧道路公団の負債だけが将来に渡り国民負担。日本国有鉄道の顛末と同じに。

“償還準備金繰り入れ”の12兆4494億円、これは無料開放のための準備金なのだから、
その必要のなくなった資金は、ガソリン暫定税廃止で不足するという、可哀相なくらい苦労しているという福田首相・・・・・

その財源に充てたらどうか(笑)。

それとも、すでに、旧道路公団の赤字分に充当したというのだろうか。
ならば、旧道路公団解散時の負債“41兆4819億円”から差引かれているのだろうか?

そういえば、首都高も毎年“1兆円”近いそれが溜りとしてあった。

ところで・・・・・

「そういうのを権力の乱用と言うんです!!」

福田首相のセリフだが・・・・・
それなら、政府与党の強行採決、二院制を尊重しない再採決は(笑)。
  


Posted by 昭和24歳  at 08:22Comments(0)

2008年04月11日

この星になりたい

この星になりたい

僕が死んだら・・・・・
僕は死んだら・・・この星になりたい。

空っぽになった肉体は、燃やして灰にしてください。
そして、この星のどこかに・・・・・
この星のどこかに小さな穴を掘って埋めてください。

そして、その上に1本の樹を植えてください。

そうすれば、その樹も、その樹の周りの草も苔も、
やがて僕になってこの星を蒼く輝かせることができるだろう。

そうすれば、僕は胞子になって、風に乗って、この星を旅して・・・・・
また、素敵な出会いができるかもしれない。

そんな僕を、
そんな僕を・・・僕の子々孫々、子どもたちが・・・・・
そんな僕の・・・そんな樹の下で、すやすやと寝顔を見せてくれたら・・・・・
少しばかり、陽をよけて、
少しばかり、爽やかな風をとどけたい。
僕を子守唄にして・・・・・

小さな壺に入れられて・・・・・
重たい石の下では哀しい。

だから僕はこの星になりたい。

それは、苔でも、草でも、樹でも・・・・・何でもいい。

そして、僕なんか忘れればいい。
僕も、僕だったことを、

きっと、忘れるから・・・・・星になって・・・・・

だから僕はこの星になりたい
  


Posted by 昭和24歳  at 18:38Comments(0)

2008年04月11日

親方が日の丸

塩川元財務相ではないが・・・・・・

「心配ない・・・・・この国にはなんやかんやゆうても・・・・・・
個人金融資産が1400兆円もあるんです・・・・・・」

元財務相の発言である。

国民が“1400兆円”も持ってんだからいざと言う時は国民の金が“担保”、質草ということじゃあないの(笑)。
早い話が、“国家”、一朝有事国民の金融資産を“召し上げる”と言うことだろう・・・・・・

細川護煕が小沢一郎のダミー政権の時突然“福祉目的税”を会見発表。
もっともすぐさま“目的税”では盗めないので撤回となるが、時の大蔵省も流石浮世離れしている・・・・・・
“目的税”なら“盗める”、国民はお人よしで馬鹿だと侮っていた。
“福祉”目的とでもしておけば反対はしないと思っていた(笑)。

いつの時代も国家と言う“星”に棲む人種と“世間”に棲む人種とでは行って来いの隔世の感が在る。
大東亜戦争の時の“国家”もそうであった・・・・・・

確かに、真珠湾攻撃での日米開戦だが終わってみれば“国際連合軍”の“勝利”で、
今の“イラク”と全く同じ・・・・・
イラクの“クエート”侵攻”が第一次湾岸戦争なら、理由はどうあれ“世界貿易センター”等への同時多発テロが、
巷間言われる“仕組まれた”宣戦布告なら“真珠湾”テロと同じで、

アメリカが仕立て上げた、育て上げた“ならず者国家”イラク・・・・・・

この日本・・・・・・
“大日本帝国”も黒船以降、日清日露、日中戦争とアメリカが仕立てたあげた、育てた、
吹けば飛ぶようなちっぽけな極東の島国・・・・・・
いずれにしろ、米国本土、欧州にまで侵攻侵略の力などハナからあろうはずもなく、
締めくくりは“日独伊”そのアメリカを中心とした連合軍にコテンパンにやられる羽目に。

その時もこの国の国家、政府は真っ赤っ赤の嘘を国民につきとおして、
“絶対に勝”と“絶対に負け”た。
もちろんこの時も国民の金融資産と生命のほとんどを奪って・・・・・・

その時が既に国民総生産の倍額以上の国家財政赤字だったと言う。
もっとも国家、大日本帝国は・・・・・そのことで当時の公共事業・・・・・・

東南アジア、中国大陸侵攻、侵略という公共事業を失敗させ国民の多くの生命と全財産を代償にしてその失政を隠蔽した。
笑えるのは、その時の大日本帝国政府が三代に亘ってなんの責任を国民に対し取ることなく、
60年経った今日、その禍根を繰り返すかのように天文学的数字の借金財政にどう幕を下ろすか算段している。

いずれにしろ、戦後世代がこの世から消え去ったあと・・・・・・
“DNA”として生き延びるであろう大日本帝国政府、国家はこの失政を隠蔽、
責任逃れをするには消耗破壊の為だけの“公共事業”、

“国民の生命と財産”そして“安全”を守ると言う理由で、
その公共事業で“国体の護持”、愛国を御旗に“繰り返す”という“歴史”を繰り返すだろう。

その時代には僕らはもう居ないか、
身体どころか、口さえ満足に利けない役立たずの・・・・・・・

もちろん団塊の世代1千万人。そしてそれ以前の世代が長寿であれば2千万人からが目出度くも存命・・・・・・
となれば都合3千万人からの60歳以上人口と言うことになる。

どう考えても年金、医療は持つわけがない。今のこの政府の財政で。

もっとも年金にしても“賦課方式”ということで年金制度施行以来自分の支払った分は自分のものではないと言う制度。
そして、やがては自分の為に払ってくれるであろうとする世代が受給世代の3人に対し一人(笑)。

かといって、元来基金とした部分は役人が運用と言う目的で使っちまって・・・・・・
早い話が、その使っちまった部分を新たな税金で穴埋めするというのが、
言うとすれば“福祉目的”ということではないのか。

しかし、米政府は知っているんだろう・・・・・・
だから“3兆円”を平気で言い出す。
と思ったら、それは日本政府が言い出したことだとか(笑)。

ガソリン税もいいがイラク戦争、イラク特措法での日本の負担は一体全体いくらになるのか?

“あるところには在る”ということなのか。

どの道、担保は国民、それも平民の・・・・・・
天皇に日の丸を振る平民の生命と財産。
“安全を守る”と言われりゃあ返す言葉にも困る。

因みに、政府関係者、国会議員等が日の丸を振っているのを見たことがない。

これが“親方が日の丸”だからか・・・・・   


Posted by 昭和24歳  at 07:14Comments(0)

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