2008年03月31日

高崎駅西口


昭和四五年、未だ「高崎駅」西口も停車場の趣をなしていた。

そう、「昔ながら」のそれだ。

駅舎は明治からの物だろうか白塗りの壁に年季の入った鴨居と頑丈そうなベンチに風情があった。
改札口は入り口と出口は別棟で何れも木戸に駅員が番を張っていた。

正面の大戸を入ると高い吹き抜けの天井・・・・・
そこには何かの絵画か彫刻があったように記憶するが、其れがなんであったかは定かではない。
左手に「切符売場」、右手が待合室に売店が。冬場には大きな石炭ストーブが焚かれていたような気がする。
1番線のホームには上野からの電気機関車が電気機関のうなりを立てながら出入り・・・・・・
夜の7時、8時ともなると金沢行きや秋田青森行きの夜行列車がホームを賑していた。

「西口」と言うからには「東口」もあったわけだが、しかしそれは「ついで」のようにひっそりと佇むようにしていた。
東口は「工業地帯」で、今は「109」などと囃されているが・・・・・・・
往時は「昭和電工」、高崎製紙、古川鉱業と東町、栄町一体は煙と騒音でけたたましく揺れていた。
東口改札はこじんまりとした駅舎と言うよりは“小屋”といった趣で、
西口と結ぶ通路は幾重にも並ぶ線路の上の屋根つき高架橋、100メートルくらいはあった。
其処から先一帯は田圃だらけではるか先には「高崎競馬場」も透けて見えていた。
もっともご案内の“マルキュー”こと“109”は棟高の“イオン”のせいかどうかは知らないがこのところさっぱりらしい。

西口には駅舎を抜けると旅館、土産物屋が軒を並べ、まあ観光都市ではないのでその賑わいは知れたものだったが、
それでもそこは“商都たかさき”である、
森繁の東宝映画“駅前シリーズ”じゃあないが、じつにそれらしい・・・・・・
「万年屋、永楽」の食堂に、当時では流行の駅前喫茶「ブリッジ」、レストラン喫茶「ナポリ」なんて云う飲食街が栄えていた。
今は、ブリッジはコンコースに、ナポリは豪華な「ホテル」に衣を変えている。

その頃はその飲食街を通り抜けると南小辺りには屋台の「おでんや」を商う店が未だ数件あったような記憶が在る。
昭和四二年に「問屋町」なるものが仕上がるまでは、「吉野藤、国光」の老舗繊維問屋が新町の角に羽場を利かせていた。
当然商人の街、その停車場から数歩に「豊田屋」、「信濃屋」の老舗旅館と旦那衆の帳に料亭「岡源」。
さらには、元紺屋、中紺屋の繊維問屋街を過ぎれば「たかさき」の奥座敷、花街「柳川町」が袖を引かせた。

どうやら、昭和四〇年代が時節を分けているようだ。
「藤五デパート」は今の「本店タカハシ」から再開発の走りで連雀町に6階建てのビルディングに店を移した。
もっとも、その最初の「藤五」が在ったところはたしか、高崎では初めての百貨店「有賀園」だった。

その“有賀園百貨店”記憶は定かではないが屋上には「飛行塔」、「動物園」のような物があったような・・・・・
僕が未だ、オシメをあてている頃、オフクロに強請ったような気がしないでもない。
有賀園は、何でも下仁田の方の出で、先々代が「糸商」、高崎に糸偏華やかりし時一代をなしたと云う。
今のゴルフのデパート「有賀園」がそれである。
以降、百貨店に遊技場があったのが、僕等が子供の頃、昭和30年代後半は「八木橋」くらいだっただろうか。

何を隠そう、群馬、西上州は「川魚」である。
それも、高崎辺りからは「川」も流れは緩やかになり・・・・・
昔から、「鯉、鰻、鰌、鮒」と、中信、南信の方からも買付けされてました。
と云うのも、西毛地域は農業の傍ら、河川漁猟も江戸以前盛んだったようだ。

それは高崎のと云うより、旧碓氷、群馬、多野郡は上杉とか武田の落武者が多く・・・・・
加えて土地は痩せ近年までは稲作には適さず、畑作、養蚕、狩猟、漁猟が主だったようである。
秋から、春にかけて比較的乾燥地帯なので、小麦、漬物は「絶品」。
またここは商人、町人の街と云う事もあって、明治の初頭より「ハイカラ」な食べ物・・・・・
つまり“流行モノ”に弱いとでもいうのだろうか上州人(笑)、
「牛鍋」、今は栄華盛衰の歴史に沈みましたが、「なべや」なんと云う“料亭”。
宇喜代、魚仲、暢神荘、岡源、等々「川魚料理」を中心に華やいだそうです。

そうだ、流行モノといえば“洋食”。因みに、「栄寿亭」は、大正期の創業とか・・・・・
「とんかつ」。これも、それまで近世の食文化には無かったようだし、高崎の“ハイカラさん”の垂涎のまとではなかったかと想像する。
しかし、添えもんの「お新香」・・・・・どうせなら、もう少し気を使うべきでしょう。
でもそれっ、僕、嫌いじゃあないですけど(笑)。

昔ながらの「食堂」が通町にある。都市計画区画整理とやらでだいぶこじんまりとした店構えになってしまったが・・・・・
その“三富士”。栄寿亭で修行をした御年70過ぎの亭主が商っております。
「昔ながら」がカップラーメンになってしまった昨今。

「生昔ながら」は、貴重な存在かと・・・・・

そう云えばその・・・・・「昔ながら」がもう残り少ないですね。
“らっちゃん”のヤキソバと餃子、“オリタ”のヤキソバ、そして“ピナン”のナポリタン・・・・・
そんな「昔ながら」がほとんどなくなってしまった。
それはそうと“もりや”の「昔ながら」、“やきそば”は如何でしょうか?
キャベツと揚げ玉だけの・・・・・・

  


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2008年03月30日

社会崩壊を操作する為政・・・・・

社会崩壊を操作する為政・・・・・
ヒトには分相応に生きる知恵がある。

貧乏を恥じない生き方がある・・・・・清貧な生き方がる。

本来、この国は周りを見渡せば庶民という生活は凡そそれは間借住まいであったり、
借家住まいであったり、精々が“ウサギ小屋”住まい・・・・・
みんなそれで十分満足していた。

いつしかこの国の庶民、大衆は己の“30年分”の稼ぎを前借して“持ち家”という錯覚に陥る・・・・・
大方の生活者、給与生活者がその錯覚の中に生涯を送る。

そしてそれを“閉じる”

家庭をもてばよほど恵まれた者でもない限りはその持ち家の借金返済と子どもへの教育資金で・・・・・
実は、“人間らしい”、生活らしい生活を送れる者はごく限られたものたちでしかない。

住宅金融公庫の融資残高“70兆円”・・・・・・
何の根拠もない“土地価格”と“住宅価格”にあたかも価値があるように見せかけ、
先のバブル崩壊にその住宅(マンション)購入(ローン)価格に最大で3倍強の開きがある・・・・・・
公団分譲マンションにしてその被害に何の救済もない。


昨今の奇態な事件・・・・・そして社会現象。

それはこの国の自堕落な為政の財政感覚と無縁ではないように思える。
意図しての“警察力”の低下・・・・・
そしてその警察自体の堕落。裏金、組織犯罪との癒着。

教育の現場、公教育の現場もその現象はその管理を放置状態。

岐阜県の“裏金問題”と言うのがあった・・・・・・・

いうまでもないが、それは“岐阜県”だけだろうか?
わからないだけ、ばれないだけで、そうした“公”、オオヤケが市民のなけなしの税を泥棒してはいないか。

社会保険庁がそうであった。厚生省がそうであった。そして防衛省が、外務省が、財務省がと、ほとんどの“オオヤケ”が。

いまやその実態は“白日”に晒されている。

福島県知事の弟が事情聴取・・・・・・
かつての茨城県知事(元官僚)の逮捕や仙台市長の逮捕。

腐りきった“オオヤケ”を誤魔化すには、社会、一般大衆の社会も壊れてもらわなければ・・・・・
一般大衆が健全で、清貧であるとしたら、それこそ大衆の怒りは頂点に達し暴動だろう。

一般大衆同士が殺し合いをしたり、憎しみあったり・・・・・・

「誰でもよかった」

という無差別殺人。見ず知らずの他人を通りがかりに殺す。

為政はそう仕向けている。

国民保護法。まさに国民“保護”法・・・・・

檻の中に閉じ込める法律・・・・・精神的にも、肉体的にも・・・・・・

子どもたちにはそれが分るだろうか。

テレビが腐ってる・・・・・
大衆を腐らせる為にあまりにも醜い映像見せて。

社会崩壊を操作する為政・・・・・


  


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2008年03月30日

カエルの子は蛙

わが娘・・・・・・・

平成6年生まれ(僕が45歳の時)。



この春休み、部活の休みに“東京紀行”だという。

しかも“ママ・チャリ”で(笑)。

高崎から渋谷のNHKまで・・・・・・

>日本の社会は、契約に関して甘い社会ではないのか。と考えます。

カレンダーの原語は“支払いの約束”だとか・・・・・・

四季折々は日本の美でもあるが、その時の移ろいが目くらます。
為政者の言い訳にはなんとも好都合なカレンダーがここニッポンではないか。

ケンタ。

その距離、凡そ“90km”。10kを60分として9時間。
20km毎に休憩、高崎線沿いに・・・・・・

「パパ、NHKまで迎えにきて!!」

高崎、自宅を午前4時に出発して休憩時間をいれ凡そ12時間、午後4時に僕と“NHK前”で落合おうと言う。

「先生に話したら“ガンバレ”って言ってたよ」

「友達に話したら、『よく親が許したね』だって」


目の中に入れても痛くないほど“だった”わが娘・・・・・・

とてもじゃあないがもう“目の中には入らない”ほどに成長してしまった。

そういえば、僕の教育方針・・・・・といえば大げさだが・・・・・・

“自分のことは自分で”

長女、次女も全てがそうだった。
娘たちが決めたことに反対したことはこれまで一度もなかった。

それは、僕も「そうしたから」といつも思っていた。

ここ連日その娘の冒険の資料作り。
昨日は“20k走行”の体験で自宅から前橋県民会館までを往復・・・・・・
今日は、自宅“新町駅”間を往復。これは40kある。

「絶対にやるんだ、東京まで!!
・・・・・・自分自身の自信にもつながるから」

13歳の少女の夢って何だろう?
僕にはそれがなんだかはわからない。
きっと、いろんな、大きな夢がその心の中に錯綜しているに違いない。

「アタシ、絶対にフランスに行くんだ!!」

なぜフランスなのか理由はわからない。もちろん理由は聞かない・・・・・・

「カエルの子は蛙」

自分が決めたように生きる。
もちろん「塞翁が馬」の人の人生。それが僕の人生観・・・・・・

4月1日午後4時。
渋谷、“NHK”前で僕は娘のゴールを待つ!!

  


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2008年03月28日

ふるさと創生基金

ふるさと創生基金


皆さんはお忘れだろうか(笑)。

99年小渕内閣は地域振興券発行。



発行額はなんと“7000億円”!!

市町村が発行し、その地域での通用を原則とする。

対象はこどもと高齢者3500万人に一人2万円ずつ。通用期限は6ヶ月。

2次使用、他人への譲渡は認めない。振興券の印刷費など“1000億円”の経費は国が負担(都合8000億円)。
振興券を受け取った業者は郵便局などに持ち込んで現金化する。

券面はは千円券で、全体で7億枚。

この“地域振興券”の後日談として、
当時内閣官房長官であった野中広務が「地域振興券は公明党を与党に入れるための国会対策費だった」と(笑)。


そして1988年(昭和63年)の“ふるさと創生基金”。

竹下内閣の全国地方自治体3300に“一億円”づつのばら撒き。



合計“3300億円”。

しかし国民もいい加減な者である。笑うしかない。

丁度この頃、昭和63年と言えば僕もエレキ製造業として独立して3年、全国を営業しながら結構笑わせてもらった。
そしてこの話に落ちがついたかつかないうちに・・・・・・今でも忘れない。
名古屋の都ホテルで“竹下登のリクルート疑惑”の証人喚問に釘付けになった日のことを。

そうそう、
“三本指”の宇野宗佑が急遽中曽根康弘の傀儡内閣になったテレビに釘付けになったのが秋田のワシントンホテル。

小沢一郎の“佐川急便事件”での証人喚問が小樽の国際ホテル。

第一次湾岸戦争のイラク総攻撃の実況中継はロスアンゼルスのモーテル。

オウムの松本サリン事件の実況は丁度松本の工場のテレビで。

1993年の北朝鮮“ノドン発射”の実況は、
そうそう“1993年”といえばそれは日本全国“米騒動”の可笑しな可笑しな時代でした。
僕は会津若松の取引先で“北朝鮮は怖いなあ”と国権を酌み交わしながら話してた。

その“米騒動”の翌年は“大豊作”だった。

そしてその4年後、1997年にはコメ50万トン支援を森訪朝団が約束と北朝鮮高官が発言。
のちに国会参議院予算委員会でも問題になるがその“北朝鮮支援米50万トン”にからむ自民党幹事長一味の疑惑。

政府備蓄米“ササニシキ”などのブランド米は、日本では高価な価格で売れるので、
この米は全て北へ送られたわけではなく、半分近くが北朝鮮へ送られず、日本で商社を通して換金され、
そのうちの5%前後を支援に関わった自民党の議員が自分の懐に入れた“らしい”。
50万トンの米の総価格は、1200億円で、そのうちの25万トンが北へ送られた。
とすれば、25万トン分の米が日本で換金され、600億円のうち30億円ほどを手数料として自民の議員が懐に入れた“らしい”。
もしも“タイ米”を50万トン送るとすれば日本政府が支払う金は“120億円”程度ですみ、
何も日本の米を送る必要はないと『平沢議員は反対意見を唱える』と、“鈴木”と“松岡”が猛烈に食いつき、

「人道支援をお前は、邪魔するのかっ!!」

と反対意見がかき消され12万トンどころか、50万トンの米支援がいつのまにか決まってしまった。

このことは金正日は全てを知っている。
そして後の“小泉”も全てを知った。もちろんこのことは米国政権中枢の知れるところとなった。
この時点で急追、橋本元総理は“米国”に呼びつけられ、結果、橋本派、旧竹下派、旧田中派はお釈迦になった。

まさに北朝鮮の拉致問題が表面化し始めたその時代。

少なくともその意味では“小泉”は身奇麗であったから訪朝でき、拉致を金正日に認めさせ、
拉致被害者4家族を、それでも奪還できた。

皆さんお忘れだろうか?

そんな昔のことではありません(笑)。

野中広務という自民党の実力者も政治の表舞台から自ら身を引き座労えなくなった。
おそらく引導を渡したのは“小泉純一郎”であろう。
中曽根にも引導を渡し、宮沢にも。
その意味では稀代の政治家であった。
小泉純一郎は次の選挙には出ない(次男が後継とか)。

奇人変人が国民に見せた“政治劇”。

「後は勝手にしろ」

は国民に向けたメッセージではないだろうか。

安倍と福田を天秤にするということは“森派”の終わりを意味している。
その時こそ、戦後政治の終焉ではないだろうか。

そして、わが郷土の誉れが、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三・・・・・・・・
そして福田康夫が「アベッちゃった」あと「やすお」ちゃっているこの現実に。

福田康夫内閣総理大臣は伏魔殿の道路特定財源(特別会計)を来年度には“一般財源化”すると言ってしまった。

総理の発言は重い。自民党のヤクザ役員の言葉なんかよりもその重さは天と地ほどの違いがある。

しかしこれでほぼ自民党は終わった・・・・・・・・

今こそ“国民が勝手にさせてもらえる”最後のチャンスではないだろうか。


  


Posted by 昭和24歳  at 17:09Comments(0)

2008年03月28日

力道山の時代

なんとなく「力道山の時代」を考えた・・・・・

みなさんは“力道山”を憶えているだろうか?



「憶えている」とかということは、リアルタイムでの“力道山体験”がなければ始まらないのだが・・・・・・
まあ、昭和24年生まれの僕が10歳の頃の話だから若い人たちからすればだいぶ昔の話になる。
つまり、まだ太平洋戦争終結、無条件降伏から10年そこそこの時代の話なのだから、僕の末娘に言わせたら、
その“力道山”の話は江戸時代とそうは変わらないように感じているらしい(笑)。
憶えているとすればせいぜいが、今50歳代以上の昔の若者しかいないだろう・・・・・・・


僕の街に「プロレス興行」が来た。
県立高崎商業高校の校庭に設えた、特設リング・・・スカイ・ハイリーにヘイスタック・カルホーン。
芳の里、豊登・・・あの「パッコ~~~ン」と云うのを練習した覚えがある。
力道山は「MG」のオープンカーで、街をパレードしながらその校庭の会場へ入ってきた。

僕が小学校の5年生の頃の話だからそれは「昭和35年」頃。
季節は秋だったような・・・・・・

あの噛みつき吸血鬼“フレッド・ブラッシー”はまだ参上していなかった。
「吉村」なんかはどうしただろう・・・・・
そうだ「芳の里」、あの下駄の芳の里。素足にゲートルのようなものを巻き「カタッカタッ」と入場してきた。
キング・コングなんていうのもいた。ボボ・ブラジル、オルテガ、シャープ兄弟・・・・・
身体に鎖を巻きつけバスを引っ張るとかのプロレスラーは何といったか、それが「カルホーン」だったかが定かでない。
大分古い話だ・・・・・・

もちろん小学生だった僕がその会場に入れたわけではない。
ひと目でも“力道山”を拝みたいがためにその学校の中をうろうろ。
とにかくその時代は“力道山”といえば神様のような存在だった。

僕らが子どもの頃の遊びといえば“メンコ”や“ベーゴマ”。
そのメンコやベーゴマにはそのプロレスラーの絵柄が大人気だった。
またプロレスのほかには“相撲”も人気のある絵柄だった・・・・・・

吉葉山、鏡里、千代の山・・・相撲の場合はベーゴマよりも“メンコ”のほうに人気があった。
白黒のテレビの頃の話だ。もちろん“白黒テレビ”とはいえどこの家にでもあるというものではなかった。
当然僕の家にはまだなかった・・・・・・
僕らは近所の悪がきが連れ立って近くにある魚市場の休憩室にあるその神々しい“電気テレビ”に傅くようにして見せていただいた思い出がある。

そうだ・・・・・野球は、野球といえば当時は“川上”が引退寸前の頃だろうか長島がまだ立教の『野球学部』の時代、稲尾、中西、豊田・・・水原監督。選手も監督もえらく“ゴッツイ”そんな時代だった。


あの時代の「パワー」。今思ってももの凄い時代だったなあとふり返る。 

暗殺された、浅沼稲次郎。ズーズー弁の佐々木更三委員長。
野球の司会は「まあ、なんと申しましょうか」と言った小西トクロウ。その時代の流行り言葉にもなった。

何れも荒涼とした焦土だったが、軍国主義から開放され、国民大衆がようやくその時代の変革を肌で感じ取った・・・・・
そんな時代の“力道山”だった。

しかしあの頃の父母たち、今日を想像しただろうか・・・・・父は48歳、母は38歳・・・・・・
未来なんて想像できなかったろうに。

そんな時代の父母の齢をもうとっくに過ぎている僕・・・・・・

そんな“力道山の時代”の子どもたち。

みんなどうしてるかなぁ・・・・・・“力道山の時代”の子どもたち。


  


Posted by 昭和24歳  at 08:22Comments(0)

2008年03月27日

アメリカの中の“DNA”

北米大陸を侵略した“欧州人”は当時いたとされる先住民、2000万人をほぼ虐殺・・・・・・
もちろん“欧州人”はその行為を『神の名の下』に聖書を片手に実践した。

アメリカ大陸を“インド”と間違えて『インディアン』とは笑い話ですませるが、
その“インディアン”を“白人”を襲う“ならず者”・・・・・
そうしたてての『西部劇』はその“インディアン”、先住民からの歴史としたなら、
そこに部族共存していたであろう先住民を侵略、虐殺しまくった“インベーダー”(invader)そのもの。

それが今日の『神の名の下』の“アメリカの正義の振る舞い”でその正義にたてつくのは全て“テロリスト”。ならず者。

かの太平洋戦争はその“アメリカのDNA”であった・・・・・・

日本民族、“日本軍”はその“DNA”の中のアメリカの正義にたてつく“先住民”そのものに映った。
アメリカにおける“排日法”も日本人強制収容政策もその“DNA”は先住民“アメリカ・インディアン”を映していた。

東京大空襲のジェノサイドもヒロシマ・ナガサキの原水爆も“皆殺し”、ジェノサイド思想。
もっともアメリカ人に限らずその思想は欧州人特有のものかも知れない。

中近東の砂漠はいったい誰の土地か・・・・・・
ただ“燃える水”が出ると言うだけで、ただ反米と言うだけでそこに戦争を仕掛ける。
南北アメリカ大陸の先住民から見たその歴史は語られることはない。
すべてそこにいる“侵略者”からの歴史でしかない。

もちろんあの太平洋戦争の歴史もその“侵略者”からの歴史でしかない。
中国大陸を舞台に、戦場にアジア人同士が争うように仕掛けた欧米白人。そうさせることで両者の力を殺ぐ。
その戦後は、片方では“蒋介石”の片棒を、そしてもうひとつは“毛沢東”を・・・・・・
そうやって半世紀“中華分断”を策略し両方に武器を売りまくり自国経済を潤わせた。

そして今は、“金正日(先住民)”に核開発をさせ、日本(先住民)に武器を買わせる・・・・・・
それはまるであの西部劇の中の先住民同士の争いの様。

まるで劇画国家の“アメリカ合衆国”。
“銃社会”はその意味ではジェノサイド思想。少なくとも“銃所持規制”すれば多くの犯罪は防止できる・・・・・・
それが国家レベルの“軍事産業”。

インドの核も、パキスタンの核も、中国の核も欧米製・・・・・・
もちろん北朝鮮の“核”もだ。

世界中に紛争の種を蒔きそれを“刈り取る”。

紛争当事者に双方に武器を供給し、片方を“正義”、そしてもう片方を“悪”に仕立て自国経済を成り立たせる。
日中戦争もそうだった・・・・・・
そして中台紛争もそう。両者に近代的武器を開発製造する能力はない。

中近東にも、アフリカにも近代的武器を開発製造する能力はない。

アメリカの中の“DNA”・・・・・・

日本(先住民)を軍事解放するつもりはない。
先住民は必ず敵対する。

大相撲の中の“モンゴリアン”。

横綱“朝青龍”が言っていた・・・・・・・

「“モンゴル人”は適応力が勝れている。言葉も自然に憶えたし、
“モンゴル人”は日本語でも中国でも英語でもすぐに憶えられる。僕だけが特別じゃあない。
子どものころ受けた教育では“日本”は“極悪人”と教わった・・・・・
そして日本に来てみて、でもそれは見ると聞くとではまるで違った。」

その土地にすぐ順応する“遊牧民”のDNAかな・・・・・・とも・・・・・・

そこへ行くと日本人は・・・・・・

しかし世界でそこに根をおろし活躍する日本人は枚挙にいとまがない。

  


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2008年03月26日

“一つの色”の幸せ

“ネグレクト”

経済的困窮がもたらす精神的児童虐待。

“生まれてしまった”と言う不幸・・・・・・

こんな悲しい現実はない。

僕の甥っ子・・・・・

以前にも書きましたが、中二の時父親(僕の義兄)の自殺、家業の破綻。
母親(姉)が喫茶店経営でその後も二男一女を育て上げましたが、その長男・・・・・・
少年院、少年刑務所、成人してからは懲役刑・・・・・
何れも暴力沙汰と覚せい剤。昨年4月に42歳、心筋梗塞で逝きました。

その甥っ子の長男・・・・・来年成人式です。

その甥っ子の長男・・・・・・・・
三歳の時両親、甥っ子夫婦は離婚。僕の姉が母親代わりになって養育しました・・・・・
その甥っ子、自分が育てるといって聞かず姉から暴力的に連れ去るようにしてその息子と同居するようなこともありました。

暴力的虐待と言うより“ネグレクト”です・・・・・

「俺の子どもだから俺が育てる」

といいながら、現実的には養育できず、その息子が小学校三年の時・・・・・やはり覚せい剤がもとでの懲役刑・・・・・・
でもそれが幸いしてか、その息子は児童福祉施設で3ヶ月・・・・・
そして姉、祖母とがの長男の息子と養子縁組することで、親子として育てる。

甥っ子、出所後は保護観察つきでその息子とは一年間接見禁止。

それから6年・・・・・・長男の息子は中学2年生になっていました。

中学では柔道部で県大会でも上位入賞・・・・・身長も・・・・・・
当然体格もその父親に勝っていました。

一昨年の僕の母親の葬儀の時・・・・・・
その甥っ子、もう身体はぼろぼろで、酔っ払って周りの親戚に絡む始末。

でもその息子、高校3年生・・・・・・

「オヤジ・・・・・しょうがねえなあ・・・・・」

と言うと、“ヒョイ”っと抱きかかえるようにして持ち上げると・・・・・

「父ちゃん、俺の隣に座ってろっ!」

と、その“ネグレクト親父”を愛しむように抱きかかえるようにして放さなかった。

今ではその息子看護士として、姉の息子として頑張っています。


この子ぐらい不憫で、不幸な子はいないと思っていた・・・・・・
だけど、そんな不幸をものとせず立派に成長してくれた。
姉の愛情も、ものすごかったと思う・・・・・なにせ姉にとっては“初孫”だったその息子。
ものすごく苦しんだと思う・・・・・・

でも、そんなどうしょうもない父親のもとでも立派に成長してくれたその息子。

一部始終を知る僕はその息子を見ると嬉しくて思わず涙がこみ上げてくる・・・・・・

「オフクロ・・・・・俺が楽させてやるから・・・・・」

と言ってくれると姉は嬉しそうに話していた。


その息子の実母は再婚して近くに住んでいる。
息子とは今はその再婚相手の理解もあってか時々は家族ぐるみの付き合いができてるとか・・・・・・

時間が解決してくれた。

幸せは一つの色・・・・・・
でも、不幸せは様々な色・・・・・・

でも、生きていればいつかは“一つの色”の幸せにもなれる。

短い生涯で生まれなければならなかった虐待される子供たち。
その中には生まれたことさえ知らぬままの命も・・・・・・・

こんな不幸を繰り返させてはいけない。
せめて祈るだけでも・・・・・

生きていれば必ず・・・・・と・・・・・

しかし、「誰でもよかった」と繰り返す通り魔的傷害、殺人。

たしかに世の中狂ってしまったかのような凄惨な事件。

他人ごとを装う政治にはもううんざりだ。  


Posted by 昭和24歳  at 20:54Comments(0)

2008年03月25日

旧聞ですが・・・・・

福田内閣がヨレヨレの趣(笑)。

福田さん、今時に総理とはあまりにも間が悪い。まさしく手詰まり。

しかし今日の政治状況は昨日今日が原因ではない・・・・・・
今では、彼岸の人となってしまったが橋本、小渕の“竹下政治”の尻拭いではなかろうか。

2005年の話である・・・・・・・

11月の新聞紙上に“長銀の破綻”の見出し。

橋本政権を引き継いだ小渕政権は、
長銀を“国有化”したあと緊急経済対策として新たに“24兆9千億円”のばらまきをした。
そのためのバブル崩壊後の経済対策の財出は国家予算をはるかに超える・・・・・“108兆1千5百億円”に達した。

それは全てゼネコン、商社、大企業の“借金棒引き”にあてられ、
銀行家、政治家、官僚はぐるになり己たちの犯罪を闇に隠した。

12月には日債銀が破綻。そして国有化・・・・・
日債銀といえば竹下、金丸の“財布”のプライベートバンク。

さらに興味深いのは、むつ小川原開発、苫東開発、日本開発銀行、麻布建物、拓銀、みどり銀行・・・・・・
等々への破たん処理、救済資金には“郵貯”を充当。

そして今日“郵政の民営化”・・・・・

何故、民営化かといえばそれはひとつには間違いのない正論だろう。
しかし、郵貯、簡保に預かり資金があるかは疑問で、
確かに帳簿上は残っているが、実際にはない。

“ゼロ金利政策”

これは金融機関救済政策・・・・・・

例に、預貯金金利が正常の“6%”前後となれば全ての銀行が破綻するだろう・・・・・
郵便貯金にしたって、その口座数が“5億口座”強、
規則違反の口座が罷り通っている。

郵政民営化・・・・・

民営化にすれば300兆余りの郵貯簡保資金。
どんなことになっていようが、政府には責任がない。

もっとも、旧、田中、竹下、小渕の失策を、
縦しんばこれから、岸、福田、小泉がその負の遺産を引き受けるわけもない。

福田さん、あまりにも間が悪い。

郷土の誉れ、贔屓目に見てだが(笑)。  


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2008年03月25日

地図

みなさんは“地図”という遊びを覚えてらっしゃるでしょうか?

特別に僕のほうの地方だけの遊びとは思えないのですが、
校庭や広場でよくやりました。

“地図”という遊び。

校庭、広場に適当な地図を描いて、真ん中に“38度線”を引いて、
じゃんけんで仲間を取りっこする。

そう・・・・・

昭和33、4年の頃の遊び・・・・・・

朝鮮戦争の名残か、その板門店、“38度線”を子どもながらに考えた遊びだった。
その“38度線”の意味する所は、その当時は考えても見なかったが(笑)。

そう言えば、どこで手に入れたか大きな磁石で鉄くずを拾ってバタ屋に売りに言ったっけ・・・・・
仲間の一人が、線路には砂鉄がいっぱいあるとばかりに、
磁石を以って線路に入って機関車を止めてしまって“どえりゃぁ”騒ぎになった。

入れ知恵だろう・・・・・・

“アカ”が高く売れるってなもんで、何処をどう探したのか、
はしこい連中は東電の敷地に入って“銅線”の切れ端を集めては売っていた。

ここ下町・・・・・・

小学生で新聞配達、牛乳配達、納豆売りは当たり前で、
あの時代・・・・・
ゲームなんかより、ベーゴマ、メンコ、ビー球、
まさに博打。“身上”を賭けるなどといって大人顔負けで“勝負”を張っていた。
それが小学生の頃だから今にして思うとなんともイヤハヤである・・・・

小学校4年の頃だ・・・・・・
“フラフープ”なるものが流行った。
そんな下町の横丁でもそこそこの俄か成金の子女は先を競って“フラフープ”に興じた。
もちろん僕なんかはそれ、買ってもらえるわけもないから遠巻きに眺めている内に、
その“フラフープ”のし過ぎで腸捻転かなんかを起したとかで、
学校出も“フラフープ禁止令”が発布された(笑)。

まあ横丁のガキどもの遊びといえば、
相撲ごっこか、馬乗り、地図・・・・・・
隣町に殴りこみに行って度胸試しをしたり。

喧嘩にでもなって負けてないて帰ろうモンなら、
オヤジもオフクロも、家には入れてくれなかった(笑)。

まあ本気だったかどうかはわからないが、
竹の棒を持ったり、石ころを投げたり・・・・・・
それでも“知恵”とでも言うのだろうか、
適当な所で“引き際”は心得ていたし、
また、少し年嵩のいった“兄貴分”が必ず仲裁に入って、双方のガキ大将が殴られて喧嘩両成敗・・・・・・

バーチャルなんかじゃあない。
たんこぶが出来たり、酷い時には骨折をしたり、

「死ね!!、殺せ!!」

流石生身の人間相手、そんな言葉は出るわけもなく、
双方が“正義”を賭けて闘った。

“戦った”ではない、“闘った”である・・・・・・

時々会う、当時の“ガキ大将”。
それがNTTの課長であったり、チョイとした会社の社長であったり・・・・・
横丁の飲み屋で会おうもんなら話は尽きない。
どちらかというと決まりの悪そうなのは“ガキ大将”の方・・・・・・

「相変わらず口がへらねぇな」

と、そのガキ大将は僕に言う(笑)。

そう言えば、僕はいつも逆らってばかりいた。
要するにいうことを聞かない“下士官”なのである。

思えば、29で独立、一端を気取っていた。
30で会社を興し、太平洋を股にかけ・・・・・

そう・・・・・そんな連中がこの楽器業界にも数人いた。
残念ながら今はもういない・・・・・・
一世を風靡した“エレキ野郎”だったが、

どうも道楽が高じた商いは難しい(笑)。
夫々が細々とだが、大志を曲げることなく・・・・・・
“高楊枝”を決込んでいるのか。


あの頃は、走りながら考えていた・・・・・
“朝令暮改”どころか、“秒令分改”。

さっきの正義は今は悪・・・・・・

だった。

この業界にも寵児はいる・・・・・・
しかし不思議なことにその寵児は全員昭和10年台生まれ。
第一次エレキブームで大儲けした世代・・・・・・
何のことはない僕等が餌食になっていたのだが(笑)。

ミイラ取りが“ミイラ”の僕。

実に始末が悪い。

  


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2008年03月25日

<お産>全国77カ所の病院・診療所で休止や制限

<お産>全国77カ所の病院・診療所で休止や制限 厚労省

厚生労働省は25日、全国77カ所の病院・診療所が今後、分娩(ぶんべん)取り扱いを休止したり制限するとの実態調査結果を発表した。
このうち3施設は地域でのお産継続に支障が出るが、対応が決まっていない。
厚労省は「大学病院からの医師派遣などの対策を早急に決めたい」としている。
3月25日11時51分配信 毎日新聞

このことには政府はまったく“知らぬ顔の半兵衛”を決め込んでいる。
早い話が「金で解決すること」なのに財政難、予算がないの言い逃れでこれまでわかっていながら放置してきた政府与党。

“道路”にはあれほどに目を四角にしてその必要性を喚くくせに、こと一般国民の生活に関してはまさに“他人ごと”。
もっともいわれる“お産難民”も“保育所難民”も富裕層や官僚、政治家にはまったく無縁の話だから現実味、実感はない。

どうだ!!

政治が、「道路道路」と言っている間に、国民の中には完全にオカシクなっちまったのが茨城に、名古屋に・・・・・・
茨城のは自分の母校小学校を「襲撃するつもりだった」とか言っている。
そうかと思えば、宮崎県が自殺率“ワースト2”で、東国原知事が“そのまんまショック”だって(笑)。
調子付いて大相撲大阪場所で朝青龍に宮崎牛一等分とか野菜を一トンとか言ってる間に宮崎じゃあ県民苦しくてとんでもないことになっている。

ガソリン暫定税、道路特定財源を守ってくれと福岡の麻生知事が真顔でわが郷土の誉れ“福田康夫内閣総理大臣”に泣きついているが・・・・・・

「私も困ってるんです。話し合いにすら応じてくれないんですから」

って、あの独特なポーズで、定まらぬ眼差しで、まるで他人ごとみたいに応えていた。

この国の予算総額、一般会計で80兆円、特別会計で240兆円。
一般会計の80兆円のほとんどが国家公務員、地方公務員当の給金と国債の利払い政府債権の利払いに消える。
実際この国の事業はほとんどがその240兆円の“特別会計”。つまり国会で一切審議されずに官僚の胸先三寸で右から左に。

国土交通省の無茶苦茶なカネの遣いっぷり、厚生労働省、社会保険庁の滅茶苦茶なカネの遣いっぷり。
民主党が言うとおり、この国の国家予算の2割からが水増し、それは防衛省でも守屋事務次官が証明してくれた(笑)。

医療に金がかかるといいながら、先進国では最低の医療費に対する国家支出。
何のことはない、一般国民にかかる医療費のほとんどは一般国民自身が納める医療保険料、特別会計を一般会計に組み入れて賄われている。
年金もそうだ、一般国民から集めた“140兆円”の年金基金はほとんどの公共事業に使い込んじゃって残金はいくらかさえいえない。
それが、消えた年金“5000万件”の本当のところではないのか(笑)。

75歳以上は自己責任で健康保険料を支払え!!

そんな制度“後期高齢者医療保険制度”が4月1日から現実のものとなる。
滞納すると、未納者は医療費全額窓口負担だという・・・・・

何なんだこの国の政治行政は!!??

お年寄りを大事にとか、子供は国の宝とか言いながら、現実にやっていることは正反対の物言えぬ弱者いじめ。

「国の財政が大変なんだから応分の負担を」

とかホザクが、そんな財政にしてしまった、借金、国民の金を勝手に使い込んじまったのは政治家官僚じゃあないのか。
なぜその後始末に、その貸し手の一般国民が負担して苦しめられなければならないのだ。
こんな財政にしてしまったのは“能無し官僚”と、欲の皮の突っ張った政治家の仕業ではなかったか!!

それはそうと、横審の“ウチダテマキコ”が朝青龍に「品格がない」なんてまたまたくどいが、
お前の顔のほうがよっぽど“品がない”。
ウチダテマキコは気味が悪い。自民党の伊吹文明幹事長くらい気味が悪い!!
ついでに公明党の冬柴鉄男国交大臣のあの脂ぎったメタボ顔もウチダテマキコくらい気味が悪い!!

朝青龍バンザーーーイッ!!

  


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2008年03月23日

このままでは大変なことになる!!

「このままでは大変なことになる!!」

元首相が、二度目の大蔵大臣の時のセリフだ。

「このままでは大変なことになる!!」

現・自民党幹事長“伊吹文明”がそこいら中のテレビで喚いているセリフだ。

さて、“伊吹文明”はおいといて、二度目“故・宮沢喜一元首相”大蔵大臣時のセリフだが・・・・・・

金融機関、銀行を破綻させないために“公的資金”総額『70兆円』もの税金が投入。
しかしその後「長銀の破綻」に「山一證券他の破綻」、そして拓銀等数々の地銀、信金までが破綻していった。

つまり宮沢の言う“公的資金”とは破綻、潰れることを前提に「国民に尻拭い」させ、潰れることによる「証拠隠滅」工作。
後に、最終的な国民負担額、総額約“4.5兆円”で一時国有化し、
その後たったの“10億円”で外資に売却、それが“新生銀行”に化けている。

「このままでは大変なことになる!!」

早い話、“大変なことになる”のは宮沢をはじめとする自民党“保守本流”の一族。
結局このことで宮沢一族の“大変なこと”を救済したために国民が、

「大変なことになってしまった」

という、笑い話のような現代ニッポンだが・・・・・・・

さて、伊吹文明自民党幹事長の言う、

「このままでは大変なことになる!!」だが。

このままでは今月いっぱいで、ガソリン暫定税率分の道路特定財源のうち、地方道路財源分の“1兆2千億円”あまりが不足。
そのため来年度予算がすでに確定しているにもかかわらずそのことで財源不足、予算の組みなおしよりも道路事業が執行できない。

それで・・・・・・・

「このままでは大変なことになる!!」

らしいのだが、確かに大変なことになる。
しかし、“改革”なり、もっと大げさに言うならば“革命”とは、“革命的に”ということはそういうことなのではないのか。
どこかの国の革命のように、政治家、官僚、役人“生首”が飛ばないだけでも良しとしなければならない。

国民にとっては“暫定税”の失効は“減税”である。
レギュラーガソリン1リッターあたり約25円の減税、安くなるのである。
しかも、今日のガソリン高は投機的投資のための先物市場高騰主たる要因で、これまでの“高騰劇”のようにそのうちに収まるだろうし、
今回の円高は恒常化しそうだし、米英による中東石油資源の一極支配もなんとなく怪しそうだし、
そうなれば、1リッターあたり“100円”なんていうことにもなるかも・・・・・・
そうすればさらに暫定税率分25円が差引かれ、

な、ななんと、1リッターあたり“75円”なんていうことにもなるかもよ(淡い春の夢)。

さらに伊吹文明の、「このままでは大変なことになる!!」だが、

じつは、このままでは“大変”になるのは伊吹文明をはじめとする自民党“道路族”なのでは(笑)。
なぜなら、伊吹文明一族はそこいら中にその道路特定財源の収入を見込んで手形の乱発をしている。
もちろん、当然その振出し先は道路族支持者が大多数だが、その中には「コワイ」支持者もいる。

ご案内の、国土交通省のその道路特定財源を当てにした「10年“59兆円”」の手形。
それが“不渡り”にでもなろうもんなら伊吹文明一族の国会議員の首どころか生首さえ危ない。
さらに、国交省天下り機関のオイシイ“役人天国”もお釈迦になる・・・・・・

ホント!!

「このままでは大変なことになる!!」

のである。

週刊誌にも出ていたが・・・・・・・
ここ、高崎の国交省の出先機関でも数台の道路特定財源で購入した(?)と見られる国産高級車が数台。
それに、山間部道路管理視察にはあの“タクシー券”が使われていた(?)の話も・・・・・・

たしかに、「このままでは大変なことになる!!」らしい。

国民も、道路特定財源が一般財源化されずにいる・・・・・・

「このままでは大変なことになる!!」

ということももう一方の事実ではないかと(笑)。




  


Posted by 昭和24歳  at 12:19Comments(0)

2008年03月22日

弥生に雑感・・・・・・

勝手な推測だが、無血開城した徳川幕府が今のこの国の姿かな・・・・・

明治維新は欧米手弁当革命。
もっともその植民地主義政策の詰めとして極東の処女国家を腕づくで手篭めにしたようなもの。
さすが、欧米の白色人種は自ら手を染めることなく先の見えた下級武士に金品、兵器を供与しての代理戦争・・・・・

欧米の資本家は高利の借款で日本の丁髷経済を近代工業経済に画策。
さらには、清国とロシアと戦争をさせ廃艦、廃棄同然の軍備を下げ渡し“神の国”を訓練した。
もっとも、その“神の国”はもしかしたら欧米の発想、欧米のアイディアではなかったかと勝手な推測・・・・・
世界では稀に社会の底辺までに“教育文化”の発達していたニッポンに着目した“クリスチャン国家”は天皇に着眼。

だいたいが、生身の人間を“神様に”などという発想は日本人には当時も今もないのではないか。
ましてや“現人神”などというわけの分からない発想・・・・・

まあ、フランシスコ・ザビエルの時代からこの、処女国家の民はそれを疑うことなく信じてしまう・・・・・
欧米人のように片方の手に“聖書”、そしてもう片方には“銃”というわけにはいかない、
両方の手に“聖書”で、身も心も奉げてしまう純真ぶり。

米国に招待された、欧州に招待された丁髷連中も欧米人特有の外面のよさと、外交上手にはイチコロ・・・・・

「行きはよいよい帰りは怖い」で、

「武器弾薬ならいくらでも譲る」と言われ、

幕府転覆を約束させられちまった。

まあ、結局、徳川幕府は大政奉還だかなんだかで、その一族までが神の国の“貴族”に。
しかし、一般国民大衆は“士・農・工・商”のまま・・・・・
しかし、しかし、士は官僚、農は豪農、地主。そして工も商も富国強兵を目途に官僚、国策。
そこには町人もいなければ、農民もいない。町人、農民の存在は軍隊か国策企業にみるだけ・・・・・・
しかも、その国民大衆は納税もしていないから政治参加はできなかった。
しかし、本当に納税していないか・・・・・
じつは得られるべき所得のほとんどを労働という形で徴税されていたのではないか。

「労働という形での“納税”」

今日もそこのところが肝心ではないか。

話は変わるが、“髭の殿下”がアル中とのご案内・・・・・
その髭の殿下の妃殿下は「私の内閣」の外務大臣の妹君。チョイト可笑しいのはその妃殿下、どことなく当時の、外務大臣に似てらっしゃる。
お噂では、アベ内閣総辞職のあとには“麻生”後任説が喧しいが、そうなると戦後初の皇室内閣誕生ということに・・・・・・
ならなかった(笑い)。

もっとも、アベ内閣もその意味では遠縁の皇室つながりだったがそれも“麻生がらみ”。
身内でシャッポのとりっこしていれば世話はないが・・・・・・

まあ、先の総裁選ではアキバあたりで“オタク”ブリを披露していたが・・・・・
国策大企業、麻生財閥の総氏、皇位継承の可能性のある殿下の義兄、吉田茂の孫、世襲三代目代議士。

つまりは貴族の中の貴族。

その意味では、国家そのものを私物化してきた人間がくり返しくり返しこの国を掌る。
さらには開戦の理由が時代の流れとはいうものの、敗戦、戦犯、公職追放にあてられた一族が再度、
この国の頂点に位置し“官・財・政”が縦横に繋がり戦後に言う“民主”が戯言のように為政する。

チャンネルを変えると平野貞夫氏が出ていた・・・・・・

氏の著作を何冊か読む・・・・・・
一貫して、小沢一郎擁護論者だがあまり賛成はできない。
村上正邦・筆坂秀世との共著『参議院なんかいらない』はその表題に反して“参院”の重要性を説いている。
その中での村上正邦の“言い訳”も面白いし、セクハラ問題で日本共産党を“除名”同然の扱いをされた筆坂秀世の言い分も面白い。

今度の選挙は国民、考えたいですね。

何れにしろ野党に投票したい。
さっきのサンプロを見ていても中川秀直は無茶苦茶だし、小沢一郎も「なぜ、小沢一郎」としか思いは見出せないでいる。

世相は腐壊しつつあるし・・・・・・
一番純真であるはずの世代の学生が政治には全く興味を示さない。
その意味では“教育”は実にうまく施されているではないか。それなのに何故に、これ以上の“教育改革”なのか。
国家の奴隷とすべく“教育改革”か(笑)。

米国が北朝鮮と“国交樹立”でもしたらどうする(笑)。
近い将来、必ずある(?)。

今ほど国民が試されている時代はない・・・・・
  


Posted by 昭和24歳  at 21:03Comments(0)

2008年03月22日

塚原俊平

塚原俊平

故・塚原俊平衆議院議員(通産大臣)、奇しくもアベ晋三と同じ成蹊大学、昭和の妖怪、岸を源流とする清和会にあった。
存命ならば丁度還暦から少々・・・・・・・
今ごろはあのキャラからも自民党において旧田中派、経世会消滅に相当の地位にいたのではないか。

「そんなに、経世会というか橋本派は怖いんですか?」

「怖いなんていうもんじゃあないですよ!」

橋本内閣、海部内閣の1980年代から1990年代初頭にかけての旧田中派、
つまりは竹下謀反からはじまった旧田中派の崩壊という政変劇の渦中にいた、
どちらかと言うと官僚体質の岸、佐藤、福田の“自らの手を汚さぬ”といった政治手法の派閥に実力を示していた塚原俊介。
その間の小泉純一郎自民党総裁選レースには心血を注いだ。

「そんなに・・・・」

という田原総一郎の問いに、

「怖いなんていうもんじゃあないですよ!」

と、半分冗談交じりとも取れるもの言いの発言だったその塚原俊平。

その“怖い”とは他でもない今では一見、好々爺ともとれなくない“小沢一郎”のそれであった。
当時はテレビにはほとんど出ない。出てもいつも怒ったような、苦虫を潰したような顔で・・・・・・・
当時は海部内閣、与党自民党の、若干、48歳の幹事長。
その総選挙では経団連傘下企業から“300億円”の政治献金を集金したり、
第一湾岸戦争には総額“130億ドル”を多国籍軍に支援。

その小沢一郎が・・・・・

「アベ総理はっ、そう仰いますが・・・・・」

「小沢さんはそう仰いますが、では小沢さんが幹事長だった時アメリカに・・・・・」云々と切り替えされて、
どうも話がかみ合わない。

まるでバカボンパパの“アベ首相”と、いつのまにか子『二代目・泣き爺』の趣の“小沢代表”。
(初代は小沢一郎の後見人だった故・金丸信)

二昔前なら、アベ晋三なんて畏れ多くて言葉を交わすことすらできなかった小沢一郎。
いつまでもセブンイレブンの売れ残りのハンペンみたいなことを言ってないで、

「貴様俺の言うことがわからんのかつ!!」

と、一喝したらどうか・・・・・・
それこそ、そうでなくても胃腸の具合の悪いアベ総理、びっくりして座りションベンしちゃうかもしれない。

最も今は“サラリーマン総理”、その政治的キャリアも“悪質さ”からもその敵ではないというか、「格の差」さというか。
しかしまあ、ルーツはといえば岸信介の“サラリーマン総理”と、佐藤栄作の“子泣き爺”なのだが、

岸信介と佐藤栄作は実の兄弟で。

サラリーマン総理の御父君、「天の声にも変な声がある」と仰った福田赳夫元総理と、
子泣き爺のボス、闇将軍は同じ佐藤派、佐藤栄作の後継総裁・首相の座を争った仲、結局闇将軍が勝利したわけだが、
つまり、“サラリーマン総理”も“子泣き爺”も根っこは同じ。やはり国民蚊帳の外ということではないか(笑)。

田中角栄は児玉誉士夫との面識はないとか書いてあった。
その意味では田中角栄は稀代の“政治ヤクザ”の大親分。自ら手も汚す、人も切る、大博打もする。
投獄もされている。2回も(笑)。
官僚政治家であった、岸、佐藤、福田は自分では手は汚さず国家権力を盾にヤクザ、暴力団、右翼を使う。
官僚であり、党人派でもある中曽根もやはり陰に陽にもっとも右翼暴力団を政争の具に使った。

そんな清和会にあってやはり小泉純一郎前総理は異形だ。
政治家三代目だが、初代小泉又次郎は全身に昇り龍の刺青を入れた・・・・・・・・
浜口雄幸、若槻礼次郎内閣での“逓信大臣”となる祖父をもち、

小泉組の稼業は横須賀湾港湾役務の人入れ稼業。
つまりは侠客の独占市場。神戸港、大阪港、名古屋、横浜、東京がそうであるように。

その意味では、小泉純一郎は“カタギ”ではない。
小泉純一郎の論法もそれはまさに“ヤクザの機転”そのものである。
だから、一般大衆にはわかりやすい・・・・・・
ヤクザの大親分に諭されてるようで「そうかなあ」と思えてしまう。

田中角栄を言うならそれは戦後闇市の“愚連隊”。
岸、佐藤、福田は古式ゆかしき侠客、博徒のそれ・・・・・・

まあ、実は“新円成金”ということでは五十歩百歩でその意味では国民なんていうのはその道具でしかない。
まあ今の政治状況は跡目を継いだ二代目三代目の「腕試し」てぇところだろうか(笑)。
まあ、喩えて言えば“梨園”の世界、十八番も役者が大根ぞろいではアクビも出ようというものではないか(笑)。

塚原俊平。

今ごろ草葉の陰で何を思うか・・・・・・
  


Posted by 昭和24歳  at 16:18Comments(0)

2008年03月21日

日本人とユダヤ人

大分昔・・・・・
20代の頃ですが“イザヤ・ベンダサン”著のそれを読んだ。

20代の頃のことだから良し悪しはともかくその意味では“三つ子の魂百まで”と。
テレビで時々見かけた、山本七平がどうやら“その人”らしいのだが、
それ以来“日本教”の解説もいつも“なるほど”が、ついて回る人生を送っている。

氏のの著書は臭いの無い“うんこ”のような・・・・・
それもしっかりした形のやつで、
すこぶる体調のいい時の朝一番の“うんこ”のような・・・・・
それでいて“うんこ”臭くない、

まるで僕を元気付けるかのように・・・・・

「おいっ、しっかりしろっ、頑張れ!!」

とでも言うようにお出ましになる。

そんな、山本七平“イザヤ・ペンダサン”の本・・・・・・
変わった先輩に勧められて読んだが、それ以来その手は病みつきになっている。

ご案内の、高坂正尭、松原泰道も好きだ・・・・・
女性作家のその手のものは曽野綾子なんかを好んで読んだが・・・・・
日本博打振興会の管理人に納まってからは、読んだことは無い。

前置きが長くなってしまった。

日本の職人芸・・・・・
これは日本の気候風土のなせる業かもしれないと僕は思っています。

日本のモノづくりは、“作る”のではなく、“作られる”にその時間を置かなければ成らない風土では・・・・・
木造文化なんかはその典型でしょう。

まさに木造建築は“木”生き物として細工を施す。
何度でも修理が効く・・・・・・
時間が経てば経つほどしっかりとしたものに成る。

そして、出来上がったらそれでお終いではなく・・・・・・
出来上がったところから新しい命が始まる。
楽器もそうですが・・・・・・

今はこの日本、“職人”が食えなくなっている。
あらゆる分野で職人が悲鳴をあげている・・・・・

大量浪費文化。
まるで国民は電器メーカーのために働いているようなもの、自動車メーカーのために働いているようなも。

そのせいか、自分達の食文化、食糧自給のためには働かなくなった・・・・・

農林漁業の衰退。
モノ作りよりも、商業が優先したためでしょうか。
農業立国が、貿易立国になり・・・・・・
やがてこの国からの一次産品は消えてなくなりのでしょうか。

ダイエーの中内氏が小説の中で、値段は消費者が決めるといっていた30年前。
結局決めたのは、ダイエー、“商人”でした。
そしてその流通革命の寵児も消えてなくなろうとしています。

日本人の労働者は押並べて“職人”のような気がします。

僕の友人のNCの熟練オペレーターなんかも凄まじいほどの技を見せてくれます。
コンマ何ミリを削りだす・・・・・

新幹線の運転手、山手線の運転手・・・・・
秒単位のタイムテーブルをこなす。
それは、この国の風土に育った職人気質、“プライド”がそうさせている。

米の工作を制限する政府。
貿易と漁業水域をトレードする政府。

生命にかかわるものは全て輸入に頼る。
しかも輸出とバーターの経済援助で・・・・・

日本教。

これは父母が、祖父母が教祖ではないでしょうか。
やはりこの国の社会はその何かを教えている・・・・・


“親はなくとも子は育つ”

下手な親ならいないほうがいい・・・・・
下手な政府、国家なら潰した方がいい。
職人気質のほぼ7千万人もの大衆労働者。

その意識変わるか、変わらないかは分かりませんが、

鎌倉時代でさえ140年、室町は250年。
信長と秀吉がたったのほぼ40年。

江戸幕府の政権交代から未だ、たったの140年がいいとこ。

またいずれかはそうした政権交代はあるやも。
しかし今度は、武家対武家ではなく、武家対町人のそれであって欲しい。

  


Posted by 昭和24歳  at 21:02Comments(0)

2008年03月19日

傷痍軍人と僕らの夢

僕が物心ついての祭りというと・・・・・・
そこいら中の神社という神社の入り口にはアコーディオンやバイオリンを物悲しそうに奏でる白服の傷痍軍人の姿が必ずあった。
もちろん兵隊帽子を深々と被り、色眼鏡に松葉杖、義足に片腕での演奏と、色々だった。

それをまるで無視するかのように、いや、無視するというよりは忌み嫌い蔑視するようにして聴き流し、見て見ぬフリをする父母のその時の何故かしかめた顔もその音とともに思い出される。

ほぼ同世代。戦前、戦中と南方、北支にお国のためと、家族の、国民のためと銃後の守りを信じての末の負傷復員兵。
新生日本「万歳万歳」の出征も敗戦焦土に迎える同世代の目はこうも冷たいものだったのかと今にしてみると思えてならない。
そして、それはこの平成の世に上野公園、墨田公園のブルーテントの脇を見て見ぬフリをしながら通り去る僕らの顔を映しえに見るようで心地は悪い。

何れの時代それは「傷痍軍人」も、ブルーテントの「ホームレス」のみなさんも、その時代を括る風景としての「音」をそこに見る。
時代に作られた「音の風景」。
それは今にして作られたのではなく、おそらく「ホームレス」の人たちは僕等世代に違いない。

高度成長期、バブル経済―――
いや、それ以前の受験戦争、企業戦士といわれた競争社会を生き抜いてきた―――
それが僕ら世代の答えなんだろうか。
こんな答えを得るために僕等は生きてきたのだろうか。

〈それはいいことだろうか?〉

そんな気がしてならない。

月光仮面世代がこの国の中枢で悪戯にどうしたことか余念がない。
かとおもえばニュースを騒がせるのは「子殺し、親殺し事件」や、得体の知れぬ「伝染病」やら、
当時では想像することもなかった「ネット事件」を報じる新聞、テレビの毎日。
情報過多なのだろうか・・・・・・
あの時代、知らされないことも随分とあったようにも思えるが、
逆にそれが嘘のニュースを創作することもなかったような良心の時代だったのかもしれない。

言われる敗戦直後からの政治腐敗、汚職、疑獄。
それらも単純明快でそこには幾分その「良心」の呵責が見て取れたような気がする。
それはいつでもやり直しの利く「悪戯」のようなもので「嘘に嘘を重ねる」と言ったような慇懃なものではなかったような気がする。
今の平成のそれは、ひとつの嘘に幾重にも重ねに重ねてもなおボロボロとほころびの絶えない疑惑、事件。
そこには聴く「音」は何もない。空耳か、耳鳴りか――――
記憶に留まる「音の風景」は何処を探しても見当たらない。そう感じるのは僕だけだろうか。



僕ら戦後世代には「夢」があった。

それは「戦争を知らない子どもたち」と歌われ・・・・・・・
その意味では極めて「幸せな」な時代を過した世界でもまれな時代に生まれ育ったからではないだろうか。
 
 まあ、それにしても何もなかったせいなのかも知れない。
 たしかに何もなかった。

テレビどころの話ではない。ラジオだって物心つくころでさえそう記憶はないし、オモチャや、ゲームがあるわけでもない。
毎日は学校の校庭で、原っぱで、横丁で汗まみれ、泥まみれで仲間同士遊ぶしかなかった。

履物はズックなどは上等な物で、正月にやっと買ってもらえるくらいで、普段はゴム草履か下駄。
靴下なんていう洒落た物はなく「足袋」それも幾重にも継ぎ当てをしたような代物で、真冬だって素足に草履、下駄なんていうのも珍しくはなかった。
真冬はしもやけ、アカギレ、青ん洟垂らしたり、ハタケにタムシなど等。
着るものといえばお下がりのズボンに詰襟のツンツルテンのテッカテカで汚いの汚くないのと今時のパパやママが見たら目をむいてひっくり返ってしまうかも知れない。
このところテレビで良く流してるお隣の「地上の楽園」の子ども達さながらのよう。

それは今に言う、〈あの頃は良かった〉などといった代物ではない、それしかなかったのだ。
それは時代そのものが貧しく、それまでの軍国主義、富国強兵一辺倒時代から解放された親世代の安堵感・・・・・・・
その中にも明日をも知れぬといった不安な毎日を暮らしたに過ぎなかったのだろうが。

しかし僕等、子ども達には「夢」があった。とてつもなくデッカイ夢をもてた。
それは敗戦による自由解放、民主主義のお陰なのだろうか。おそらく物不足の中にもその時代、初めて手にした自由。
大人たちは雑誌を読み漁り、僕等子どもたちは次々と発刊される「少年王、冒険王、漫画王、少年画報」。
そしてそれらに連載される月光仮面、赤胴鈴の助、はては二一世紀の現代を予測する鉄腕アトム、等々・・・・・・・
正義、正義、正義のオンパレード。

やがて、ラジオ、映画から―――
そして、それは白黒テレビの西部劇に、アメリカ製のホームドラマに、そして洋楽のヒットパレードに夢中になる頃になると、
夢は外国へ行くこと、自動車を乗り回すこと、自分のなりたいものになると言う将来未来を描くこと。
しかしそれはけして手の届くことのない叶うことのない「夢また夢」の毎日だった。
それでも僕等は夢を追いかけて、求め続けた。

はたしてそれが今はあるだろうか・・・・・・
僕らが夢にと描いていたことが今ではそれがいとも簡単に「手品」のように叶ってしまう。
しかし、その「夢」は掴むのではなく買う「夢」。じっくりと時間をかけて、心から願ってのそれではない「お金で買う夢」。
自分で想像した夢ではなく誰かが拵えた売り物の夢。

僕の言う夢とは小学生が見るような夢ではない。
女の子なら看護婦さんになりたいとか、ケーキ屋さんになりたいとか・・・・・・・・
男の子ならパイロットとか野球選手、サッカーの選手とかのことではない。

やはりそれは一五、六で見る夢。それは「自分」探しの夢――――

まさか僕自身、その時には自分が五八歳になるなどとは「努々」思いもしなかったがその一五、六で見た夢。


それは、その夢はまるであのころ押入れの中で見た「幻灯写真」のように、今僕に話しかけてくれる。
  


Posted by 昭和24歳  at 21:06Comments(0)

2008年03月18日

10年一昔

田波耕治の存在。1983、松下康雄の下で主計局主計官に抜擢。
1994、理財局長として財政投融資の配分査定。1997、行革に内閣内政審議室長として参加。
義父ともども大蔵族、官僚が省益を目論むのは、ある種当然の事と言える。

田波-伊原-佐々木-澄田と続く大蔵ファミリー、
その監視下で進む行革審が、財政と金融の分離を認める筈がなかった。
日銀と大蔵省の亡霊が、会議室を包んでいた。
1997.8/21、行革と同時にまとめられた、恥知らずな九八年度予算。
道路整備五カ年計画は78兆と前年比3%の伸び。整備新幹線は横這い。
8/28、予算要求総額は4.1%増の80兆5500億。

ますますの借金地獄、何の為の行政改革か。
高額の予算を獲得すれば、偉いのではない。それは逆に、馬鹿と無能の証明。
と言うより、その大半が利権や裏金に使われるのが落ち。

広瀬隆著『私物国家』より抜粋引用。

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日銀総裁に“田波耕治”とは・・・・・・

竹下登元首相が大蔵大臣当時の秘書官。その後主計局主計官から理財局長。
つまり“田波耕治”とはその“財投”での今日の日本を借金大国にした張本人ではなかったか。
しかも大蔵ファミリーで閨閥を組、橋本行革で画を描き、その後今日にいたるまで未だその“行革”を言わせている。
つまり、政府の言う“行革”とは「何もしないこと」、
いや、なにもしないどころか、広瀬隆著に書かれているとおり日本国の『私物化』なのである。

涌井洋治事務次官の“大蔵スキャンダル”・・・・・・・
いわゆる、“泉井事件”の贈収賄事件に、“ノーパンしゃぶしゃぶ事件”MOF担エロ接待事件。

その業転石油商“泉井純一”から再婚祝いに絵画をプレゼントされたのが“涌井洋治”で、
涌井洋治が事務次官を更迭され、その後釜に座ったのが“田波耕治”だった。

笑えるのが、その涌井洋治、現在は“JT”日本たばこの会長だという。
中国“毒ギョーザ”輸入元の・・・・・・

福田内閣“武藤”がだめなら“田波”ですか(笑)。

どこを切っても“金太郎飴”の日本政府。いずれもバブルの戦犯ではなかったか。

この先この日本はどこへ行こうとしているのだろうか・・・・・・

船長のいない日本丸(笑)。
今の若者かわいそう。もっとも、二世三世が総理、官房長官なんだからそれも仕方ないか。

参議院の審議を見れば“グズグズ”の内閣。
誰一人として、まともな答弁をするものがいない。政府委員からしてが・・・・・・
ネコババした特定財源の言い訳に終始。

しかしね、町村官房長官・・・・・・
国民が10年ほど前のことを忘れているとでも思っているのかねぇ。

もっとも日銀総裁がしばらく空席だってどうってことはない。
なにせ「アベッちゃって」、内閣総理大臣がしばらく空席でもどうってことはなかったんだから、この国(笑)。
  


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2008年03月17日

止めてみないか!!

無駄に電気を使うこと。

昔は・・・・・僕が子どもの頃はよく停電があった。
そんな時代は、ある意味、自然の流れの中に起きて寝てを繰り返していた。

使ってもいないのに一日中通電している電話機・・・・・・
昔の黒電話は電力は使ってなかった。

無駄に余分な食糧を溜め込む冷凍冷蔵庫・・・・・
おかげで新鮮な食材を食べたためしがない。

昔の市場はそれこそ採れたて新鮮野菜、獲れたて新鮮な魚介類・・・・・・この辺は干物だったけど(笑)。
それらが夕方の八百屋、鮮魚店には店先に並んでいた。

今はどうだ・・・・・野菜といえば中国。
魚介類は東南アジア、南米大西洋の似た物ばっかり。
大手食品スーパーに並ぶ時は既に本来の賞味期限は過ぎているのだろう。

未だ東京の下町の方が気が利いている。
それぞれに「○×銀座商店街」がありおそらく築地辺りからの荷物だろう・・・・・・
総菜屋にしてもそれなりに旬を食わせている。

地方は車社会・・・・・・
大型ショッピングモールでどこで仕入れたかわからないような「新鮮」な食材が売られている。
しこたまそれを買い込んで大型冷凍冷蔵庫へ仕舞いこんでそのまま(笑)。
ほとんどが国産と輸入物との混ぜ物・・・・・・

米もそう・・・・・・
流通が自由化になってスーパーでも米が売られるようになって、
米屋がバタバタ廃業している。

テレビでやっていた・・・・・・
市場には「新米」と言ってるが、純粋に新米は100%ない。
酷いのは全部古米で、よくて60%が新米で混ぜて売られてる。
精米業者は「農協に聞いてくれ」だと・・・・・
農協は全て玄米で出荷して業者が精米しているので実態はわからない・・・・・・

止めてみないか・・・・・
自動車に乗るの。

自動車税、保険、ガソリン税・・・・・・
これに国民反対したことあるか?

「お上が決めたことだから反対したことはない」

ガソリン税のガソリン価格に対する割合は60%が税金。

原油を輸入するにしたって表向きには商社が輸入しているようなフリを見せて実際は税金。
イラクにだって原油を担保に7,000億円累積の円借款も、1兆円からがこの戦争で「パー」になってる。
その上国民はガソリンの値上げ・・・・・・

どうして反対しない・・・・・・

政府、法律を作った時の約束を守れ!!

「電気料金は原発で限りなくただになる」

と言ったではないか。

「高速道路は30年後には無料化にする」

と、30年前には言っていたではないか。
それが無料になるどころかますます高くなっている・・・・・

集めた税金、消費税、所得税、法人税の直接税のほとんどが公務員の平均年間所得37兆円。
税収40兆円何がしだから公共事業もなにもない。

だから公共事業だといって赤字国債30兆円で公共事業・・・・・・
なんなら税収を公共事業に回して、公務員の給与を赤字国債でまかなったらどうか。
もっとも、団塊世代の公務員退職金は“●×債”を発行して支払う。

一度、税金、消費税を払うの止めてみないか。

脅せば取れると思うから平気な顔している政府。
「主権在民」ではないのか・・・・・


そうしたら政府の本心がわかる。

我われを「国民」と思っているか、奴隷と思っているかが・・・・・・
  


Posted by 昭和24歳  at 20:07Comments(1)

2008年03月17日

霞ヶ関の官僚特権

霞が関の官庁街を歩くといろんな≪不思議≫に出会う。
例えば、この街では消費税がゼロなのだ。

厚生労働省の地下1階に大手コンビニがある。
お昼時になると、レジには弁当やおにぎりを抱えた職員たちの列ができるほど大盛況だ。

ふと見ると、レジのカウンターに大きく、
<(一部の商品を除き)5%引です>
 ――という掲示があった。

5%引きなら消費税分がゼロということではないか。
早速、『手巻おにぎり紅鮭』(124円)と『ジョージア エメラルド』(96円)を買う。
レシートには、「消費税5%11円」が加算され、合計231円になった。税金は取られている。

同じコンビニの官庁街以外の店舗で同じ商品を買ってみた。確かに値段が違う。
・紅鮭おにぎり 130円
・ジョージア  115円
 消費税を合わせて257円になった。
 霞が関の方がなんと1割以上安く、消費税分がそっくりいらないばかりか、さらに値引きされていた。

消費税ゼロの証拠も発見した。
厚労省内のあるテナントで商品を買うと、レシートにはっきりと、<非課税>と印字されていた。
厚労省以外にも、経済産業省、農水省、税金を徴収する財務省(国税庁)でさえ、
庁内の売店の多くは5%以上の値引きを行なっており、消費税は実質非課税だった。
一体いつから、役人だけに消費税免除の特権が与えられたのか。

それだけではない。食堂でも職員だけが1割引きのサービスを受けている。
国民の福利厚生政策を担う厚労省が、職員の福利だけを充実させているとはどういうことか。

同省にぶつけると、≪非課税≫の仕組みをわかりやすく解説してみせた。
「食堂は職員共済組合のテナントです。まず、共済組合が厚労省から庁舎の一部を無償で借りる。
そのうえでテナントを選び、家賃を無料にするかわりに値段を安くしてもらっている。
コンビニなど他の店は、年間数十万~200万円の賃料をとっている」(福利厚生室)

都心のテナントが月10万円前後とは、どう考えても安すぎる。
一等地で家賃がタダ同然なら、店は喜んで消費税分ぐらい負担するはずだ。

役所の建物は国有財産である。
財務省の通達では、
<国有財産を貸し出す際には賃貸料を取らなければならない>――と定めている。

国民から税金を取るだけではなく、国の資産を貸して国家収入を増やし、
できるだけ税金を安くするのが公平な政治・行政というものだ。

大手不動産会社の担当者によると、
霞が関周辺の民間ビルの店舗の家賃は「1坪あたり3万円前後」という。
厚労省の食堂の床面積は30坪はありそうだ。
有料にすれば国に月額90万円、年間にして1000万円以上の家賃収入が入るはずだ。

ところが、厚労省はじめ中央官庁のテナントの多くは家賃が無料か格安というのだから、
霞が関全体、さらに全国の官庁の施設を合わせると天文学的な損失になる。
役人が国有財産=国民共通の資産を利権化し、
勝手に無料で貸して自分たちだけで消費税を逃れているわけである。

役得にとどまらず、法律上の背任行為ではないのか。厚労省側の反論には驚かされるばかりだ。

「確かに財務省通達では家賃を取ることになっている。
ただし、国家公務員共済組合法によると、
福利事業など共済組合の運営に必要と認められている場合は国有財産を無償で貸与できることになっている。
だから、同じテナントでも、共済組合ではなく、
厚労省と直接出店契約を結んでいる喫茶店やファーストフードの店からは所定の賃貸料を取っているのです」

なんと、役人たちは共済に国有財産を無料で使わせるという法律までこっそりつくり、
役得を合法化していた。
お手盛りの法律で合法を装う悪辣さには唖然とする。

週刊ポストより・・・・
  


Posted by 昭和24歳  at 14:17Comments(0)

2008年03月16日

長寿小切手、子育て小切手


「江戸幕府のように「通貨」を発行せよ!!」2004/10/ 6

「地域振興券」ならぬ、
長寿「親孝行振興券」、「子育て振興券」等・・・・・政府通貨の発行。
受取り事業者はそれを税務署で換金し課税分を納税する。
公務員の給与は政府通貨で給付。

今でも霞ヶ関公務員の、コンビには消費税なしだと言うではないか、そんな馬鹿なである。
霞ヶ関官庁街の診療所、役人医師が診療する医療費は限りなく「ただ」だと言うではないか。

政府通貨の発行、紙幣なら原価は知れているし、国内通貨ならば外国勢力が奪っても意味がない。

憲法を前提に、「国民の生活」を政府は守れ!!

『年金、医療』

とくに子育てには専用小切手を発行してもいい。
公教育終了時まで教育、医療専用の「子育て小切手」、そして・・・・・・
高齢者世帯への「長寿小切手」・・・・・
政治家とつるんだ特老医療法人に手当てせず、直接高齢者に財政出動せよ!!

“後期高齢者医療保険制度”などは論外ではないか。
あの敗戦の時代に10歳前後の今日の“後期高齢者層”。何故にそのような仕打ちを受けなければならないのか。

高度に発達した日本経済、生産技術も内需拡大でさらに向上、発達発展する。

使えば使うほど安くなる、燃料電池、ダムも要らなければ原発も、石油も要らない。
風力発電、太陽光発電も波発電も・・・・・・
エネルギー生産の構造改革だ。

借金苦の家庭崩壊、精神崩壊から来る強盗殺人事件の多発・・・・・・
この世界第二の経済規模の国で国民生活が崩壊と言うのはあまりにもばかげてる。

1千兆円の負債なら、
2千兆円の政府通貨を発行し、1千兆円は負債の穴埋に、
残り1千兆円は国民に・・・・・

インフレは起きない・・・・・
日本人の技術開発は日進月歩、生産品目の価値を「時間」が消耗させる。
食糧の完全自給化、エネルギーの完全自給化・・・・・・・

江戸時代の最善の頃の通貨体制を手本とせよ。
これほどに進んだ世界に類例のない「国形」。

ならば「不可能」はない!!

国民の生命と財産を守る・・・・・・
真に国民の幸福を願う政治、この国はそれが可能な豊かな国なのだ。

この国に負債はない。
ならばその“負債”を言う前に外国への債権を明文化、国民に知らせよ。
それも国民の財産のはず。

朝鮮に、中国に戦後賠償の如き金品を巻き上げられるくらいなら、
日本国民にも戦後、戦災賠償せよ・・・・・

大日本帝国陸海軍一兵卆、赤子、臣民、いや、民草とまで蔑まれた我われの祖父母、父母、兄弟姉妹たちのためにも、
「平民」、大衆は起つべきだ・・・・・

明らかにこの国は大きな歴史の転換期に立っている。

今ならできる、国家ではなく「国」の威信。
拉致問題も「テロに屈せず」即刻解決せよ。
拉致犯、国家テロに「粘り強い交渉」の必要はない。
専守防衛の自衛隊、国民の生命と財産の安全を守れなくてなにが「日本国政府」か。

米国が恐れるのは、日本国民、大衆の覚醒だ。

政府、国会議員、大マスコミはケツの毛まで抜かれ懐柔されている。

そのことに国民自身が目覚めるべきだ。
そして国会の解散を要求しよう・・・・・・
今の日本には、日本の国会には「野党」はない。

真の野党は“国民”である。

この現実を認識すべきだ・・・・・・

政府通貨発行。

ならば鎖国も辞さず!!
日本の科学技術は日本国内に止め置け。
個人消費総額のたった10%の純貿易、今さら「貿易立国」である必要はない・・・・・
欲しければ売ってやればいい「日本製品」。

財閥財界の自民党。
創価学会の公明党。
連合、官公労の民主党、共産党、社民党。

平民、民草を代表する政治は今、ここにはない。




  


Posted by 昭和24歳  at 17:10Comments(0)

2008年03月15日

過去の日記から・・・・・・

04年10月14日・・・・・

>ホームで乗客3人切られる=ナイフの女逮捕、東京・品川駅

>全身傷だらけの女性死亡 群馬県警、殺人事件で捜査

>列車内でスプレー噴射 JR中央線、6人救助

><殺人未遂>男性に重傷負わせ、容疑者自殺 群馬

>34歳女性、書き込みで仲間募る=「練炭、睡眠薬、車」-自殺サイト運営・埼玉


世相・・・・・・
ひたひたと迫り来る面妖な世相。

救えない「命」、そして救われない「命」。

そしてニュースは続く・・・・・

「年金の積立金運用、03年度は6兆8千億円の黒字」と。

>厚生労働省は14日、
2003年度末の公的年金(国民年金と厚生年金)積立金残高が145兆6000億円と、
前年度末に比べ4兆1000億円増えたと発表した。(読売新聞)

ならば、耳を揃えて見せてみろ・・・・・
今は2004年度も半ば過ぎ。

4兆1000億円増えて、
一体いくら証券会社に手数料を払ったのか・・・・・
もう国民は忘れている(笑)。

そういやあ、臨時国会・・・・・・
所信表明演説するほうも、代表質問するほうも紙っぺら見ながらの下手な朗読。
いや朗読じゃあない、朗読は「朗かに」して「読む」だ・・・・・・

ブッシュじゃあないが、背中に無線機と高性能イヤホーンの方が洒落が効いてる。

世相が大変だ・・・・・
本当に大変だ。

ダイエーだってまごつく間に億単位の「利息」が積み増しされている。

産業再生機構・・・・・・?

官僚の天下り社長。
結局、公的資金の再注入・・・・・
主力が「UFJ」じゃあ、
産業再生機構も、元の木阿弥。

そう言えば、
あの、中坊なにがしもさんざ偉そうにしていたが、被告席。
たしか、優秀な弁護士ではなかった(笑)。

橋本龍太郎も弟までが・・・・・・

日歯連、1億円の小切手が本筋じゃあない。
共産党以外の与野党に渡った、虫歯献金。

国民・・・・・

あちこちでキレまわっているね。

その答えが今日か・・・・・・


ところで、コイズミ元首相がテレビで顔面偽装写真の“片山さつき”を持ち上げていたが・・・・・・・

「日本の総理を目指せる」

って、さつき氏パーティーで講演野中で。


さつきと純ちゃんの2ショット!!

「私は過去の人」

だとか言ってたけど、そう願いたいですね。
しかし、郷土の誉れ、あまり言いたくはないけど、過去の人が首相になっているというか・・・・・・

http://www.satsuki-katayama.com/index2.html
<片山さつき自民党代議士のHP>
このトップページの“写真”・・・・・
いくらなんでも修正しすぎじゃありません???。




  


Posted by 昭和24歳  at 20:49Comments(0)

< 2008年03>
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