2019年03月18日

内田裕也さん逝く

内田裕也さん逝く

内田裕也さん逝く 79歳 希林さんの死から半年 もう聞けない“ロケンロール”
 ロック歌手で映画俳優としても活躍した内田裕也(うちだ・ゆうや、本名内田雄也)さんが17日、東京都内で死去した。79歳。兵庫県西宮市出身。17年11月に脱水症状で倒れてから車椅子生活を余儀なくされていた。18年9月15日に妻で女優の樹木希林さん(享年75)に先立たれ、喪失感が消えない中での死となった。都知事選出馬など常に話題を提供し続けたロック界のカリスマだった。
<抜粋引用:3/18(月) 3:01配信 スポニチアネックス>

「新宿ACB」

昭和40年、その頃はまだ東京都内はチンチン電車が縦横無尽に走っていた。

それは昭和38年、オリンピックの前の年。

僕は夏休みになると新宿の伯母の家に遊びに行った。

伯母の家は「タイル職」でたくさんの職人を使っていて、まあ、高度経済成長直前だったでしょうか。

当時中学3年だった僕は、アルバイトというか、邪魔だったんだろうけど・・・・・・

まあ、風呂場、キッチン、総タイル貼りなんていう豪邸に随分出くわしました。

僕は高崎線で赤羽まで行って、そこから赤羽線で池袋まで、その赤羽線、戦時中の「省線」のお古でしょうか(笑)。

チョコレート色した車両で、床は油が臭くて、まあ、池袋まではほんの十数分だったんだけど・・・・・・

それが、そこで初めて感じる「東京」の匂いだった。

池袋から山手線に乗り換えて新宿へ。伯母の家、新宿とは言っても渋谷区本町で最寄駅は京王線「初台」。

その頃の京王線は、新宿駅西口を降りて3分くらいのところだっただろうか、確か野天の駅舎だったような記憶が。

で、京王線、初台までは右手に淀橋浄水場(西新宿)を眺めながら、路面でした、甲州街道沿いを。

で、初台で降りて甲州街道をわたって、水道道路の隧道をくぐってしばらく行くと叔母の家はあった。

まあ、当時はそのタイル業、かなり羽振りがよくて、従兄の長男、次男は大学生で・・・・・・

昭和18年生まれの兄ちゃんが、勉強が嫌いとかで「跡取り」、当時21歳くらいだっただろうか。

その兄ちゃんに、仕事が終わると、そう、「新宿ACB」をねだった。

兄ちゃんも結構ロカビリーが好きで友達とその「新宿ACB」には通っていたらしい。

兄ちゃんの部屋には大きな電蓄があって、ステレオだったかもしれない・・・・・・・

そうだ、ステレオだ。そのステレオで当時流行っていた「悲しき願い」とか、ニール・セダカをかけて聴かせてくれた。

兄ちゃん、僕が、ドラムを習っているのを知っていて3度に一度くらいは僕の無理を聞いてくれて「新宿ACB」へ。

その頃の出演は、スリーファンキーズとか青山ミチ、中尾エミ、伊東ゆかりさんなどなど・・・・・・

僕は、そのへん、歌手には興味がなかった。そのバックで演奏する「バンド」がお目当てだった。

男性ボーカルだと、フランツ・フリーデル、ミッキー・カーチス・鹿内孝、内田裕也、そしてなんといっても「尾藤イサオ」さんだった。

そんな、ロックシンガーのバックバンドが、田辺昭知とスパイダース、そして「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」だった。

僕はその頃、ドラムというか、小太鼓を習いたてで、そんなバンドの中でも、「ジャッキー吉川」さんのドラムに夢中になった。

「新宿ACB」には1階席、2階席があって、確かバックバンド、ドラムは向かって左側だったように記憶しているが・・・・・・

尾藤イサオの「悲しき願い」、それが始まると僕はわれを忘れ、食い入るようにして「ジャッキー吉川」さんのドラミングに夢中になっていた。

それから、半世紀、とあることがきっかけで、その「ジャッキー吉川」さんが僕の目の前に現れた。

こんなことってあるんだろうか、と僕は何とも言えない、半世紀ぶりに叶った夢の現実が信じられなかった。

そんな「新宿ACB」から「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」として「ブルーシャトゥ」のビッグヒット、レコード大賞受賞。

アメリカのTV番組「エソ・サリバンショー」出演等々をテレビで見ながら、その頃は別世界の人だと思っていた・・・・・・・

その人が、僕の目の前に。そして今度は一緒のステージで演奏してくれるという、嘘のようなホントの話が。

「こういうことって、あるんだなぁ」と、まあ、場末ではあるけど、ずっとドラム、音楽をやり続けてきた僕へのご褒美なのかもしれない。

神様からの・・・・・・・  


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2019年03月13日

ピエール瀧容疑者逮捕

ピエール瀧容疑者逮捕

麻取に逮捕されちゃいました
もしかしてTVドラマのワンシーン?

ピエール瀧容疑者、未明の移送 携帯電話などを押収
 ミュージシャンで俳優のピエール瀧(本名・瀧正則)容疑者(51)がコカインを使用したとして麻薬取締法違反の疑いで逮捕された事件で、関東信越厚生局麻薬取締部は瀧容疑者の携帯電話などを押収していることがわかった。同部はコカインの入手経路などを調べている。瀧容疑者は容疑を認めているという。
<抜粋引用:2019年3月13日10時48分 朝日新聞>
https://www.asahi.com/articles/ASM3F33GLM3FUTIL001.html

「平成14年(2002年)、捜査二課次席まで出世していた三上は、突然警務部への異動を命じられ、広報官に任じられる。2年で刑事に戻るつもりで仕事に邁進し広報室の改革を目指すが、」

横山秀夫の推理小説です。

上毛新聞の記者だった横山秀夫の作品「64」・・・・・

ピエールはD県警(多分G県警)の広報官としてJ新聞記者と丁々発止する。

「64」の事件背景は横山秀夫が記者時代に体験した迷宮入りの「功明ちゃん事件」、を小説化したのではと?

それにしても、なんでピエールはコカインなんかに手を出してたんどろうか・・・・・

まあ、国会も大変なことになりそうだけど、ならないかも。沖縄の砂利屋の件がさんずいとか。

アベチャンちそんなんばっかですね。

ピエール瀧容疑者逮捕
  


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2019年03月08日

6歳息子けった母親逮捕 ツイッターに暴行動画

6歳息子けった母親逮捕 ツイッターに暴行動画


【速報】6歳息子けった母親逮捕 ツイッターに暴行動画
福岡・春日市で6歳の息子の体を何度もけるなど虐待を加えた疑いで、39歳の母親が逮捕された。

罵声を浴びせながら、子どもの体を何度もける女。

およそ2分間のこの動画は、3月5日の昼ごろに撮影され、8日午前1時40分すぎにツイッターに投稿された。

通報を受けた警察が、動画の投稿者を特定し、春日市内に住む39歳の無職の母親を6歳の次男を虐待した疑いで逮捕した。

次男にけがはなく、現在は、児童相談所が中学1年の長男とともに保護しているという。

警察の調べに対し、母親は「子どもがうそをついたりしたので、イライラしていた」と容疑を認めているという。

3/8(金) 18:25配信 テレビ西日本
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20190308-00413699-fnn-soci

>罵声を浴びせながら、子どもの体を何度もける女。

どうしてこう言う事になるんだろうか・・・・・

この母親は僕ら世代の子供だ。

この母親の父母はどうしてるんだろうか?

この母親も父母からこんな目に合わされたんだろうか。

ま、こんなことは言いたくないけど、政府、役人は平気で嘘をつくわけだ。

ムチャクチャ。世相は乱れるよね。こういう母親もできちゃうのかもしれない・・・・・

6歳息子けった母親逮捕 ツイッターに暴行動画
  


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2019年03月06日

児童虐待の日常

児童虐待の日常


大やけどの3歳、ラップ巻いて9時間放置か 容疑の母親
 3歳の長女が大やけどを負っているのに放置したとして、神奈川県警は5日、母親(22)と、同居する交際相手の男(21)=いずれも横浜市鶴見区=を保護責任者遺棄の疑いで逮捕し、発表した。長女は背中から腰にかけて3カ月以上の重傷を負い、現在も入院中だが、上半身にラップを巻かれた状態で9時間にわたり自宅に置き去りにされていたという。

 逮捕されたのは、母親の無職橋本佳歩容疑者と、自称運転手田中聡容疑者。県警によると、2人は4日正午ごろ、やけどを負った長女に治療を受けさせず、自宅で放置した疑いがある。いずれも容疑を認め、「パチンコに行っていた」と供述。橋本容疑者は「シャワーを浴びた際、過って熱湯をかけた」と説明しているという。

 長男(5)が4日夕、「ママがいない」と近くの会社事務所を訪問。通報を受けた鶴見署員が、意識がもうろうとした状態で布団に横たわっている長女を発見した。その後の同日午後9時ごろ、橋本容疑者らが帰宅したという。

 横浜市などによると、橋本容疑者の親族から昨年11月、「育児に心配がある」と相談があった。市などは家庭訪問するなど支援を続けてきたという。(田添聖史、山下寛久)

3/5(火) 19:47配信 朝日新聞デジタル
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190305-00000113-asahi-soci

>「育児に心配がある」と相談があった。市などは家庭訪問するなど支援を続けてきたという。

どういう事情でそうなったかは推測するしかないが大やけどの3歳の長女、幼児ですね。それをサランラップを巻いて自宅に放置して男とパチンコって、しかも無職の母親22歳って、どうなってるのこの国。

そら、どうしょもないのはわかるよ、だけどこの22歳の母親にしても交際相手だという21歳の男にしても、そういう感情しか生まれないっていうことはその親、つまり貧困の連鎖だろうね。

そらそうだ、安倍がいくら好景気をいおうが、有効求人倍率1.0を言おうがそのほとんどが時給800円ですから。
で、い安倍ぼ言い草がいいや、「今までは、民主党政権では働きたくても仕事がなかったんです。アベノミクスは全国津々浦々に仕事を作ったんです」だって、賃金偽装しながら(笑)。

で、この22歳の母親、その家族から「育児に心配があるってと相談」って、そんなもん、家族って誰なんだよ、親か、親も離婚してたりして。その親って言ったら50代だろ。その親も貧困だろ、どうせ。

まあ、自民党小泉政権から「人生いろいろ」で、そら金持ちはいいよ、税金どんどん安くなって、下々は半分が非正規になっちゃってこの20年まさに貧困の連鎖で、この母親だってその頃生まれたわけで、推測だけど、幸せじゃあなかった。

つまりだ、ここ30年間、自民党政権下「畠山鈴香事件」といい、「下村早苗事件」といい、なぜそのような事態になったのかは素人目にもわかる。それなのに行政は放置。
その後数々の児童虐待による子どもの死や、いじめによる子どもの自殺。まさに悪夢の自民党政権じゃあないですか、ほんとに。

それにしても、先の衆院予算委員会でも、「“嘘ついたが隠蔽でない”」という答弁って今までありました?

挙句が、その樋口委員長とか「白黒の問題ではなくグレー」だって。笑うしかないですね(笑)。

まあ、自民党安倍政権の下暗雲垂れこめてますけど、野党もバラバラ、自己中ですから桜田オリパらが可愛い。

児童虐待の日常
  


Posted by 昭和24歳  at 09:41Comments(0)

2019年03月05日

「貰いっ子」

「貰いっ子」

似てない・・・

それは小学校4年の時だった。

酔っ払った父は伯母と口論となり僕を突き放すようにしてこう僕に言った。

「オマエはお父ちゃんの子じゃあねぇや」

僕はあまりにも突然のことなので父の言っている言葉の意味がわからなかった。
伯母が泣きながら叫ぶように言った。

「自分の子を可愛がってどこが悪いのさ」

伯母が僕のことを「自分の子」って、どういうこと?
そう思いながら泣いているおばの顔をのぞいた。
すると伯母は僕をきつく抱きしめ何度も何度も「ごめんね」を繰り返した。

伯母の涙が僕の額を濡らす。

それでも僕にはそれがなんのことなのか分からずにいた。
そこへ加陽子ねぇちゃんが学校から帰ってきた。
高校3年生だった加陽子ねぇちゃんはその空気を察したのか僕を伯母から引き離すと、

「おじさん、帰って、おじさん、もう来ないで」

そう言って僕をきつく抱きしめながら・・・

「ハジメはあたしが面倒見るから」

それでもその意味が分からずにいる僕は加陽子ねぇちゃんを振り払って父のところへ。
今度はその父が泣きながら僕をきつく抱きしめて・・・

「ハジメ、帰ろ。高崎の家に帰ろ。お母ちゃん待ってるし」

伯母も加陽子ねぇちゃんも泣き崩れたまま僕が父にしがみつくのを見ていた。

「まっちゃん、悪かったな。じゃぁ帰ってみるから」

そう言って父は僕を自転車の後ろに乗せるとバラスの新道を高崎に向かってこぎだした。
僕は父にしがみついた。何かはわからないけど急に涙が溢れ出してきた。

「自分の子を可愛がってどこが悪いのさ」

そう言って泣き叫ぶ伯母の言葉が頭の中でぐるぐる回りだした。

そうなんです。僕の父と母の間には子どもがなかった。

昭和16年、東京駅に務める父と母は、渋谷でタイル工事の仕事をしていた母の姉の夫の紹介で結婚。巣鴨で生活していた。
東京大空襲で焼け出され父と母は母の実家の高崎へ疎開するようにして新田町に移り住んだ。父は終戦まで東京駅に勤務その後北高崎駅に転勤。

昭和22年、母の長兄がシベリア抑留から復員。

そう僕は復員した松原保夫を父に、満津子を母に昭和24年2月11日(金)に群馬県碓氷郡豊岡村大字787-1に生まれる。
ここで伯母と言っているのが実母、生みの母です。

その母は僕を生むと同時に脊髄カリエスという難病に冒され10年床に臥してました。
もちろん母乳は僕に飲ませるわけにもいかず。かと言って村内、ご案内のベビーブームで貰い乳もままならず母の実家、前橋の兄弟姉妹のところを東奔西走した。

それでも、いずれも叶わず・・・
父と母は思いあぐねた結果父の父母とも相談して高崎で子どものいない「妹のナツ」のところへでも預けるか、ということに話はなったが、父の母は反対したという・・・

「ナツに赤ん坊の世話ができるわけがない」

当時28歳だったナツ。夫、渡辺兼吉38歳は子宝に恵まれ無かった。

さて、そこからがこの「ヒストリア」。

「貰いっ子」
  


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2019年03月02日

君らの時代に気づいてくれ!!

君らの時代に気づいてくれ!!

「忖度と改竄の時代」ですと(笑)。

まあ、いいです。前川喜平「面従腹背」だか何だか知らないけど・・・
上流階級の人間です。この日本社会の極めて稀有な存在。

前川喜平氏の言ってることは確かに正論だが、それが世の中、社会の木鐸になるかは甚だ疑問(笑)。
それは前川喜平元文科事務次官とでは、いくら木鐸の鈴を鳴らそうが下々にどれだけ届くか甚だ疑問です。

前川喜平氏の妹君は平成の大勲位元内閣総理大臣、中曽根康弘先生の御長男に嫁いでいる。
つまり中曽根弘文(元外務大臣)参議院議員の義兄、そしてそのご子息、中曽根康隆衆議院議員の伯父でもある。
そう、前川喜平氏は華麗なる一族のお一人なのだということもご高説を賜る折には含んでおかなければならないだろう。
そればかりでなく前川喜平氏の御実家は非上場の同族企業だが日本でも有数の「前川製作所」。
そんなわけで、新宿歌舞伎町の出会い系バーとかもご愛敬ではないかと・・・

今や、この日本という国は戦後70年余にしてそうした極めて稀な上流階級が織りなす政治と行政です。
したがって、大方、99%の国民が毎日の食費、生活用品、公共料金に四苦八苦しながら生活してるなんて「知らん」です(笑)。
まあ、そうした、99%の下々の生活に万遍なく消費税をかける、江戸時代の徳川政権だって末端の町人には租税負担はなかった。

そんなわけで99%の低所得者層からは「所得税」、いや「市県民税」も徴税できないから、地方自治体までがその消費税をあてにしている。
まあ、今日の現役世代の貯蓄率は30%だそうです。もっとも貯金したところで目減りしちゃうのが自民党政権のゼロ金利政策です。
だって、年間所得200万円以下が60%だっていうんだから、現役世代。ま、時給800円じゃあそんなもんです。
そんな低所得者層の現役世代に、やれ国民年金だ、国民健康保険だ、介護保険料だって、身ぐるみはがすような地方行政。
そら、子ども産んだッて、育てるのに大変だから、子どもに八つ当たりする。それが今の児童虐待で、そう主な原因は「貧困」。

そう、国家っていうか、国は、政府は下々が国会議事堂の前で数万人がデモろうと屁でもない。
野党も野党で、国会議員歳費、ひっくるめて1億円、税金からもらってますしみんな「俺様」だから一つにまとまらない。
「主義主張」が違うって、民主党だったのがてんでんばらばら、全くやる気がない。そんなことをアベ一派に見透かされている。

そうなんだよね、国、政府なんて下々が何言ったって「赤坂自民亭」ですから、いったら、下々は放置、虐待です。
したがって、「君らの時代」、君らの時代は足元から変えなければダメだね。
フランスじゃあ、さすが市民革命の国、高校生が座り込みデモをしたというじゃないか、コレ↓

パリ郊外の高校生たちが6日、マクロン大統領の教育改革に反対し、デモをしていたところ機動隊に拘束された。ひざまずかされ、後ろ手にされた姿がSNSで配信された。ショッキングな映像はフランス警察への強い批判を呼んだ。
https://blogos.com/article/344705/

ま、そういうわけです。日本はっていうか日本政府は冷酷です、公立大学の授業料が年間50万円。
今から40年前は3万円台だった。それが独立行政法人だとか言っちゃって今では20倍。つまり、4年間で200万円。

まあ、アレです。日本政府っていうか、60年安保、70年安保でホトホト懲りたらしくて学園自治の解体、労働組合も解体。
若者の牙を抜いちゃいました。みんないい子。いやいい子っていうかご案内の引きこもりとか生涯未婚とか・・・

高崎だってそうだ。街中は完膚なきまでに破壊しつくされた。そして放置。

それが駅前ときたら、西も東も至れり尽くせり、これでもかっていう大盤振る舞いです(笑)。

「君らの時代」、どうすんの。

おじいちゃんたちはもうすぐ死んじゃうけど(笑)。

君らの時代に気づいてくれ!!
  


Posted by 昭和24歳  at 21:26Comments(0)

2019年03月01日

パラノイア政権

パラノイア政権

パラノイアとは?
自らを特殊な人間であると信じたり(誇大性)、隣人に攻撃を受けている、などといった異常な妄想に囚われるが、強い妄想を抱いている、という点以外では人格や職業能力面において常人と変わらない点が特徴。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%8F%E5%9F%B7%E7%97%85

「戦後、最大の好景気なんです。まずは大企業、東京から。そしてその経済の好循環はやがて地方へ。そういうもんなんです。いわばアベノミクスは」

もう何年やってるんだろうか、「三本の矢」から始まって「新・三本の矢」とか(笑)。
しかし現実は世代間の戦国時代が始まっている。
20代~30代の若者のみなさん、
『貧乏』なのも、『結婚ができない』のも『自分の努力が足りない』せいだと思っていませんか?
それは大きな間違いです。
就職氷河期、ネットカフェ難民、内定取り消し、フリーター、ニート、
ワープア、ロスジェネ、パラサイト・シングル、派遣切り、年金問題、
介護問題、雇用グローバル化、後期高齢者医療制度、反若者マスコミ、
etc……。
現代の若者を追いつめるこれら諸問題の元凶は、『弱者であるはずの高齢者』にあったのです……。

>現代の若者を追いつめるこれら諸問題の元凶は、『弱者であるはずの高齢者』にあったのです

60年安保世代、70年安保世代・・・
70年安保の終焉は団塊世代の高齢化の始まりだった。
支配階級(大東亜戦争遂行グループ)は政治力と行政力で「アンポ」を隠匿した。
そこに言う「安保」とは、日米安全保障条約の批准を問うている。
10年ごとに改訂条約締結する「日米安全保障条約」。
そうしていれば、沖縄普天間問題も現在騒がれている「辺野古埋め立て」問題も本来なら国民に信を問うているはずであった、それ。それが沖縄に丸投げされた。

当然、その「日米安保」の存在もその都度、国内政治問題、対米外交問題となっていた。
もちろん、過去の政権交代で言われた「最低でも県外」もそこから水泡に帰した。
そして、80年安保も90年安保も自動改訂の道筋に。
参照、コレ↓

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
<出典:ja.wikipedia.org>
さらに、2010年安保はコレ、↓
米大統領声明全文 日米安保50周年
【ワシントン共同】オバマ米大統領が19日発表した日米安保条約改定署名から50周年に関する声明の全文は次の通り。
 (改定された)日米安保条約は50年前の今日、ここワシントンで署名された。その日、アイゼンハワー大統領は、平等と相互理解を基にした不滅の協力関係を確立することを誓った。米国と日本の間の不朽の協力関係は、両国における前例のない繁栄と平和に寄与した。われわれの同盟は、アジア太平洋地域全体に多大な恩恵をもたらし、過去50年の比類なき発展を可能にした。
 今日、われわれはこの重要な同盟の最初の半世紀を祝う。この同盟は、共通の価値観と平和と安全保障の共通利益に基づいており、両国の人々と政府機関の不変のきずなを反映している。日本の安全保障に対する米国の関与は揺るぎないもので、共通の課題に対処する両国の協力は、世界とかかわっていく上で、死活的に重要な位置を占める。そして両国のきずなを築き上げた数え切れない米国人と日本人に敬意を払うとともに、彼らの(成し遂げた)進展の基盤をさらに強めていくという決意をもって未来に目を向けている。
 条約署名を記念するにあたり、地域の安全保障と繁栄、日米両国の民主主義の強化を支えてきた安保条約の役割に敬意を表する。同盟関係を21世紀にふさわしいものに更新し、両国を結び付ける友好のきずなと共通の目的を高める作業を始めよう。
<引用:2010/01/20 01:05 【共同通信】>
ソース:http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010011901000977.html

確かに、60年、70年安保には米ソ冷戦構造という時代背景があった。
ソ連崩壊と東西冷戦の終焉は世界に、とりわけ先進国といわれる国々に・・・
何をもたらしたか、そしてそこの若者に。
第二次世界大戦後、東西ドイツに見られたように、同じ敗戦国でありながら、
この日本は、幸か不幸か南北分断はなかった、朝鮮半島のように。
しかし、国内を騒然とさせた60年安保、70年安保の、ときの若者の学生運動、労働運動、それは、政治家そして、官僚、この国の支配者階層を震撼させた。そのため、政治も行政も徹底して「教育」という手段で国民の思考停止を謀った。
そして「一億総中流」と言わせた社会現象を惹起させ、社会、世の中への疑問、とくに若者に通念上の「思想」そして「哲学」への思考力を殺いだ。政治行政はそうした若者にそこそこの所得を保証し、その成長の過程で「バブル経済」を惹起。
無関心に、政治参加を忌避し、「物事」について考えることを止めた「世の中は全てカネ」。
その結末が、この過去10年来の「ニート」とか「派遣ギリ」とかの不安定社会化。そして言われる「格差社会」、さらに今日ではその「格差」そのものの「底辺層」の拡大。
>現代の若者を追いつめるこれら諸問題の元凶は、『弱者であるはずの高齢者』にあったのです
たしかに、だが、それはひとつの現象に過ぎず、側面でしかない。なぜなら、「現代の若者」も直、その「高齢者」になることは自明なのだから。そして、そこで社会として考えなければならないことは、その「負の連鎖」なのではないか。
それは、億万長者になるといった「アメリカンドリーム」でも「ジャパンドリーム」でもない。人として、人間として尊厳をもって「普通」に社会生活できること。

恋をして、結婚して、子どもをもって普通に「家庭生活」を生涯を通じておくれること。
つまり、日々の生活に「不安」のない「社会」の創造と構築。
それらは全て、政治の政策。意図された「官僚行政」を戒め正す。
そこに国民の意思ある政治が求められる。
世の中、社会に疑問を感じ、戦い糺すことをやめた「政治無関心」の犠牲は計り知れない。
行政は政治の中にある、それを具現化するのもまた、国民自身、市民自身なのである。

そこに象徴的なのがこの高崎市、廃墟化する旧市街地とふんだんに行政パワーを駆使された高崎駅周辺のパラノイア・・・

パラノイア政権  


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