2016年12月28日

川に落ちた天才

川に落ちた天才

石原慎太郎も肝心なところを書いてない。
一人称で書いた。なんだそれ?


戦後、昭和時代の高崎のパチンコ店は全て在日韓国、朝鮮人。
焼き肉店、キャバレー、クラブは半分がソレと博徒系組織が経営・・・・・
もちろん戦後のことですから行政(警察)、議会議員も唐栗紋々を背負った先生も。
まあ、国会議員にも入れ墨代議士もいたりして、K、H元とか。

で、高崎競馬、前橋競輪、桐生競艇の馬券、車券、船券売り場も利権でしたね。
予想屋も取締りは博徒組織。そして場内の食堂利権、お店を開けるのはテキヤ組織と満州引揚者組織。
その時代の、映画館、劇場はみんなその筋でしたね。
そしてキャバレー、劇場公演の芸能人斡旋は興行師、博徒です。
もちろん用心棒も、ガードマンとして存在しそうした世界のもめごとは警察の手に負えるものではなかった。

まあ、戦後です、朝鮮戦争特需でしたしその後の高度経済成長という時代・・・・・
大手新聞の新聞広告に「眠気知らず、いつもスッキリ❝ヒロポン❞」て、普通に薬局で売ってましたし(笑)。
そうそう、噂だけど真実、高速道路、新幹線建設のダンプ一台当たり「?円」が地元のヤクザと国会議員に。
田中角栄先生が出る杭だった時代です。
その田中先生は横田、厚木の空港、米軍住宅施設建設の請負で莫大な資産を。
ご案内の刎頚之友、国際興業の小佐野賢治社長も米軍関係のバス輸送、韓国からベトナムまで。
まあ、20代、30代でしたから頭の古いヤクザなんて相手にしなかった。

田中先生、小佐野会長は代金受け取りは全て「米ドル」(360円)。まあ、日本政府が債務者だけど。
当然、国税の入る余地はない「占領軍」お墨付きの事業。
今ではすっかり姿を潜めた「西武(国土)」も「東急」も政商でしたね。

まあ、豪い時代だったわけです。日本経済、超インフレ、預金封鎖、新円切り替えのご時世に「米ドル」ガッポ。
田中先生も道なき道に道を造り、トンネルを造り橋を架けタダ同然の山、河川を金山に。
なんたって目白通りの角栄御殿からひたすら目白通りを、当然田中先生は信号オール青ですし・・・・・
南長崎を右折、そっから関越道西山インタ降りて左折、右折で、田中角栄元内閣総理大臣生家へ。

そんなわけでお金は湯水のごとく湧いてくるわけですから、まあ、自分で予算つけて自分で使う。
それが数倍になって懐に入ってきます、高度経済成長バブル。まあ、戦後日本の象徴、それが田中角栄先生。
しかし、刎頚之友とかの小佐野賢治についてはかなりの事情、成功物語が流布されているのだが・・・・・
田中角栄についてはわからないところが一つだけある、それがコレ↓
1945年11月に戦争中より田中土建工業の顧問だった進歩党代議士の大麻唯男からの要請で献金をおこなったことをきっかけに、大麻の依頼により1946年4月の第22回衆議院総選挙に進歩党公認で
つまり、敗戦で朝鮮半島の資産をすべて失って、日本に帰ったところで「田中土建」、戦禍を逃れたとはいえ・・・・・・
どうして大麻の依頼で当時の金で300万円、今の金にしたら3億円だろう、そんな資金を若干27歳の田中角栄が持っていたかだ。
そこのところが石原慎太郎の「天才」にも書かれていないし、どこにもその300万円を証左する資料がない。

そこで勝手な推測だが、敗戦下の日本経済、無一文なはずだ、その300万円を献金した時には預金封鎖され、新円切り替えも実施。
もちろん、公になっている戦時中の軍部と、戦後の小佐野賢治のGHQとの関係・・・・・
田中角栄について残されている資料は理研をバックにした莫大な資金だが、普通に考えれば敗戦でその全てを失っていたはずだ。
そして、その昭和21年4月に300万円が用意できたとしてもその2月には「預金封鎖」「新円切り替え」が実施されてる。
つまり、その田中角栄が献金したとされる300万円とはいったい何だったのかということだ。

上記にあるように戦後いち早くGHQの御用商人となった刎頚之友、小佐野賢治の計らいで占領ビジネスで手にしたのではないかと。
まあ、今となってはどうでもいいことなんだが、そこに今日の「自民党政権」の秘密もある。

戦後71年だが、我々一般市民には知らされないまま歴史の闇に埋もれる事実。

現代、国民は貧困にあえいでる。しかし、まだその実感はないが現実はこの国の指導層、支配層というべきだろうか棄民に走っている。
失業率が改善しているというが、団塊世代以上の2000万人からの労働人口が消滅しているからだろう。
当然、人手不足なわけで、有効求人倍率は上昇傾向にある。しかし、賃金は「254」、戦後のそれ・・・・・・

「食べられるだけでも幸せ?」

川に落ちた天才

  


Posted by 昭和24歳  at 19:39Comments(0)

2016年12月28日

団塊世代の高崎市

塊世代の高崎市

<出典:高崎市広報平成16年5月1日号>

社会そのものが老化している。

行政はその街を無理やり外科手術で「若作り」しているから、その光景は陳腐。

やはり漢方薬療法か、自然治癒敵対策を講じるしかないのではないだろうか・・・・・・

この町の街中は目線の外れた高層建築物の住宅と朽ちた商店街に「コインパーキング」の入れ歯。

40年ほど昔とは、その街を賑やかす若者の数は半分ほどに減少。

その昔は「コンパクトシティ」そのものだったこの街。

駅前には「駅前旅館」「食堂」「土産物屋」が立ち並び小洒落た喫茶店が乗降客に一服を誘っていた。
それは、ディスカウントストアの走りだろうか、駅前通りには「イシヅカ」なるショップがあって当時の若者は結構重宝していたと聞く。
さらに「割賦販売」の「緑屋」なんていうのもデパートの趣の店構えであった。

「あら町」、「信濃屋旅館」のとっつきを右に曲がると、「VAN高崎」とか「リーガルショップ」があって、その斜向かいには「赤羽楽器」が唯一の楽器店として繁盛していた。
そしてその並びには「八木橋デパート」「赤かんばん」、しばらく行くと連雀町の交差点には「バラエティショップ西脇」がその四角に、そのトイ面が昭和、戦前からあった「高島屋ストア」。
その「高島屋ストア」は、聞く所によれば「10銭ショップ」、今の「百円ショップ」だろうか、結構盛っていたらしい。
そして、その連雀町交差点を通町方面に行けば、右に「十字屋デパート」、その前はたしか「銀星座」という映画館だったが、その左に「藤五デパート」そして「さくらや」が。

言われている「レンガ通り」はたしか「古着屋街」であったように記憶する。後に「ビギ」「メルローズ」とかの「ブティック」が立ち並ぶ高崎の「原宿」に。
そうだ、その一角に「メモリー」という、当時では走りの喫茶店でもない、今で言うスナックでもない「パブ」のようなお店は頻繁に寄らせてもらっていた。
まあ、その一角には「ピカデリー」なる映画館もあり、砂賀町には「三明」なるラーメン屋が忙しくしていた。

その連雀町の交差点を西に向かうと、「田原屋」があり、今では「さやモール」とかになっているがその四角には、その先が官庁街ということなんだろうか、「アサヒ商会」と「小板橋」といった文房具店両雄がその商いを競っていた。
もちろん、その「さやモール」だが、「喫茶あすなろ」があり、「東映映画館」があり、たしか「マギー画廊」なるものもあり、そして「文開堂書店」、「学陽書房」とがあり、その界隈はアーティカルなストリートの趣であった。
そう、その四角だが、「中央スカイビル」の屋上展望レストランは当時は高崎一の高層で「回転式レストラン」として、その時代の名所だった。
そのお隣が、「いわと」という、喫茶店で当時はかなり盛っていて、その先にある「スズラン百貨店」の行き帰りに立ち寄ったと記憶する。

今ではすっかり閑散としているが東電のところからの「桜橋通り」。そこには僕が二十歳前後の頃から通い始めたラーメンの「成吉思汗」があった、いや、「ある」・・・・・
そこから、中央銀座通り、アーケードを入ると「みゆきダンスホール」。今風に言うなら「ライブハウス」だろうか、まさに「団塊世代」のたまり場で昭和40年前後から空前のブームとなった「エレキ」「グループサウンズ」に沸き立ち連日超満員のその中で演奏したことが懐かしい。
そうだ、その並びには「松原楽器」、当時はピアノ専門ではなかったかそんな高尚な楽器店もあった。
紳士服の「マツヤ」、和菓子の「観音堂」、昼間から酔客で賑やかだった「田島食堂」、そして「八百為」という大規模な八百屋に「天華堂」という大型書店、蕎麦の「すかや」、高崎一地価の高かった「関口メガネ店」。
そしてご婦人専門の「おしゃれデパート」にその界隈には「衣料品店」の数々が・・・・・
そんな中に映画館「オリオン座」「松竹」、「東宝」と封切り館が華やいでいた。そうだ、歌声喫茶「風」なども忘れられない存在だろう。あっ、大映の封切り館の「電気館」も忘れてはならないだろう。そしてその地下が、当時流行たての「コンパ」が。
まあ、昭和40年前後、高崎の街中には「喫茶店」がその時代を飾っていた。

団塊世代には、懐かしくもこそばゆい「同伴喫茶」なるものもあって善良健全な若き男女の密会の場所でもあった。
それは、嘉多町の「キャメル」、お濠端の「キャンドル」「マーセル」は甘酸っぱい思い出だ。

今言われる「コンパクトシティ」は東西駅前のみを中心とした人工的なものでしかない。
ただ、朽ちてゆくのを待つだけなのだろうか、旧街中、市街地。申し訳程度の予算で「活性化」の号令だが。

本来の「コンパクトシティ」とはそんなものではないはずだ。

それは「再生」か、もっと言えば街の「蘇生」か・・・・・

先日、僕の友人の兄(独居団塊世代)がひっそりと息を引き取った。  

塊世代の高崎市  


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2016年12月27日

「老人ポスト」設置(-_-;)

「老人ポスト」設置(-_-;)

昔々、あるところに・・・・
今から61年前の爺婆です。


まあ、恐ろしい世の中になるかもね,、現実問題がコレです・・・・・

日本は20年ほど前、自民党政権下労働法改正とかで非正規雇用を増やし始め。
つまり、企業収益を保護するための雇用破壊です。
そして、その影響を最初にもろに受けたのが団塊Jr世代。そんな彼らが40代になり、膨大な低賃金労働者を生んだ。
で、政府はそれをごまかすために「働き方改革」とか、ごく一部でしか使えない「プレミアムフライデー」とか・・・・・
まあ、中小零細、そんなことしてたら倒産しちゃいます。

で、「団塊Jr」だけど彼らは実家に住んだり、仕送りをもらったりして団塊世代の親に依存してきた。
実際、僕の長女40歳、大学は二流の私大で、入学金、学費、アパート代も40僕代だった僕には払えた。
でも、末娘は今大学3年生、東京の大学は無理、県内の公立大学、それも奨学金を毎月8万円・・・・・

それは、親、僕が高齢者となってわずかな年金と、雑所得、おまけにカミさんの医療費や介護の出費ですから。
まあ、今のところは何とかしのいでいるけど、すでにお互いにもたれ合ってきた家族関係がいよいよ崩れる時期が来る。
つまり、長女も次女も子ども三人抱えて親の生活どころじゃアないわけです。

これって、日本人のメンタルだと二進も三進もいかない・・・・・・

つまり団塊世代Jrがあと10年したら50代。
で、団塊世代が全部後期高齢者で、労働人口が4千万人台になる。ってことは二人に一人が非生産人口。
そしたら、政府は官民70歳を退職年齢として、75歳以上を高齢者、85歳以上が後期高齢者。
年金給付開始は75歳からで、そら団塊世代Jrは大変です70歳まで現役で働かなくちゃあ、それも非正規。
そもそもが年金、社会保障費加入者、企業が激減してるわけだし、年金なんてありません(-_-;)

それに今だって「お一人様」の高齢者増えてるし、団塊は核家族化「ニューファミリー層」です。
で、バブルが弾けて失われた30年に社会人になった団塊Jr、ご案内の「非正規」ですから収入は低所得のまま。
で、結婚できないとか、家族がいないとか、団塊の親世代より「お一人様」が激増です。

まあ、葬儀屋が社会を反映してますね。「家族葬」とか、「友だち葬」とか。
で、病院で死ねればいい方でお一人様じゃあ死んだのもわからないから大変です。
家族、同居してるのは独身の息子、娘でそれも非正規だから家計所得は親の年金と合算。
最近のニュースじゃあ、親の年金無くなっちゃったら生活できないから死んでるのを隠す事件。

10年前は「赤ちゃんポスト」だったけど、これからは「老人ポスト」(-_-;)

正直、今は動けるからいいけど車椅子で動けないカミさんと二人きりだし、いざとなったら自分で「老人ポスト」に行かなくちゃあ。
江戸の昔なら少なくとも孝行息子がいて「姥捨て山」なんてぇのもあったけど、爺さん、婆さんを負んぶしていけません。

まあ、その江戸の昔なら「駆け込み寺」なんっていうのもあったけど、今のお寺はビジネス(笑)。
保育園は運営しても「老人ポスト」は運営しないでしょうねぇ、おカネ次第だろうけど・・・・・

まあ、東京都で嘘だかホントだか、ゼロ歳児に月、50万円で平均すると24万円くらいが給付されているとか。

そんなわけで、お一人様の高齢者のための「老人ポスト」、福祉法人でやったらどうでしょう。
だって、少なくたって年金は出てるんだろうし団塊、「老育費」はそんなにかからないと思うよ、平均したら。
だって、オレオレ詐欺で800万円とか1000万円とか持ってかれるんだから・・・・・

「老人ポスト」設置(-_-;)
  


Posted by 昭和24歳  at 11:51Comments(0)

2016年12月27日

パチンコ+競輪+競馬+競艇+オート=カジノ

パチンコ+競輪+競馬+競艇+オート=カジノ

競馬場跡地だしカジノはどう?
そしたらコンベンション大成功!!


不況なのかなあ?
不況なんだろうなぁ・・・・・
24,25日と街を歩く人もまばらでした。

思ったより人口減少、買い物客の減少が顕著です。
そらそうだ、食費は3割ほどここにきて上がってる、年末はもっと上がるだろう物価。
さらに円安でガソリン、灯油も3割から上がっている。
近くのスーパーの陳列棚は撃滅している。数年前ならケンタッキー買いに行ってたけど。
今はスーパーのローストレッグで胡麻化してる。それにしても国産チキンは680+消費税。
ブラジル産はその半値ほどだけど骨皮筋衛門のローストレッグ。

まあ、野菜がとてつもなく高い。魚も肉も高い。
で、水道光熱費が安くなってる、っていうか使用頻度が落ちてるわけだ。
で、ケータイ、スマホ代が、パソコンのネット代我が家3人で〆て2万円くらいだろうか。

ここ数年は週刊誌、月刊誌、書籍は全く買ってない。
何でも15年前の半分くらいに書籍総売り上げ減ってるんだとか。
近くの文具書籍チェーン「文真堂」も閉店した。
もちろん街中に書籍店は皆目ゼロで、郊外にポツリ、エキナカにひっそっり。

名目GDP0.2%増とかなんだが、無理やりくっつけた数字じゃあないの。
正直、孫連中にお年玉の用意に四苦八苦、それこそ減らすわけにはいかないし楽しみにしてるんだろうから。
まあ、6人に一人の子どもが貧困、全労働人口の23%ほどが低所得者層って総理、真珠湾なんかに行ってる場合?

まっ、メッキが剥げて、国会じゃあIR(カジノ)法案とかなんだが、反対している民進党だけど、
それが「パチ議連に」16名、自民党が23名。
まあ、ある地域だと、年金もらった高齢者、生活保護受給者が「パチ依存症」だとか。
カジノだって依存症対策とか言ってるんだけど、2011年でしたか?
カジノに注ぎ込んだ総額106億8000万円、大王製紙の若旦那、まっ、そんなもんで来たら依存症患者大変。

で、群馬県はどういうわけか公営ギャンブルのメッカでした。
過去形だけど、高崎競馬は終了、競輪(前橋)、オート(伊勢崎)、ボート(桐生)と揃い踏み。
まあ、カジノみたいなもんです。でそのパチンコ店の総数も群馬県は8位なんだとか。

しかしねぇ、あれもギャンブルです。アタリの監禁も景品交換とか偽装して換金ですから。
一応「遊戯」ということになってるけど、ギャンブル、「少額カジノ」です。
まあ、はまったら「遊興」どころの話じゃあない。トータルで儲けた人はいませんから(笑)。

つまり、カジノって「カジノ法案」て国会が決めるって、国家ぐるみ・・・・・
国家ぐるみで国民の身ぐるみはがそうってぇ魂胆です。
パチンコは「国家公安委員会」、競馬は「農林水産省」、競輪・オートは「経済産業省」、競艇は「国土交通省」。

で、カジノは「財務省」ですか?(笑)。

まあ、ピンキリ官僚の天下り施設です、公営ギャンブル施設。

そういえば公営ギャンブルもパチンコも消費税は非課税ですから、やパリなでした。

まあ、小金持ちなり、成り上がりをカジノ漬けにしたら財務省はウハウハです。

で、「ジャの道は蛇」ですから美香じめ料は警察庁ですか、売上デカイし・・・・・

パチンコ+競輪+競馬+競艇+オート=カジノ
  


Posted by 昭和24歳  at 09:15Comments(0)

2016年12月26日

団塊世代「占領軍の子どもたち」語り継がなければいけないこと。

団塊世代「占領軍の子供たち」
語り継がなければいけない。



安倍晋三首相、北方領土で「4島の帰属問題を解決」
 安倍晋三首相は3日の衆院予算委員会で、ロシアとの北方領土交渉をめぐり、歯舞群島と色丹島の「2島先行返還」論があることについて、「4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する考えに変わりはない」と強調した。

 岸田文雄外相も「4島の日本への帰属を明らかにする」と述べた。民進党の前原誠司氏の質問に答えた。

 首相は12月に予定されるロシアのプーチン大統領の来日に合わせて交渉を前進させたい考えだが、前原氏は、12月は米国の政権移行期である点を念頭に「新たな政権ができて動き始めてから相談すべきだ」と主張。首相は「米国の状況に合わせてしか交渉できないなら、相手の立場では米国と話をしよう、となってしまう」と反論し、主体的に交渉に当たる考えを示した。

 衆院予算委は3日、首相と全閣僚が出席して、平成28年度第2次補正予算案に関する2日目の審議を行った。政府・与党は4日の衆院通過を目指している。
a>
<引用:産経ニュース 2016.10.3 12:03更新>
http://www.sankei.com/politics/news/161003/plt1610030019-n1.html

>首相は「米国の状況に合わせてしか交渉できないなら、相手の立場では米国と話をしよう、となってしまう」

国益の損得で動くのが外交だろう。もっと言えばそれは国家のそれはなく資本のそれ。

資本は国家に潜り込み、政治を創りアンダーコントロールする。

何が国益なのかと言えばそれは資本の利益、それは現在の日本もそう。

その「国家、国益のために戦後、一般国民中小零細は翻弄され続けてきた。そこの新種がTPP。

これは、戦後教育の中でほとんど教えられてきおなかった日米開戦から・・・・・

日本の敗戦とその極東軍事裁判で勝者に裁かれ敗戦処理でズタズタに解体された日本の社会国富。

で、戦後71年なんだが、歴史軸で行ったらたいしたことのない「時間」。

安倍首相が言うように、

「米国の状況に合わせてしか交渉できないなら、相手の立場では米国と話をしよう、となってしまう」とどうして言ってしまえるのか。

まあ、普通に考えて21世紀のこの時代先進国同士で銃火を交えるような戦争などあるわけがない。

北朝鮮にしても、アメリカ製「フィクション国家」であることは言うまでもない。

団塊世代「占領軍の子供たち」
語り継がなければいけない。

  


Posted by 昭和24歳  at 15:03Comments(0)

2016年12月22日

青春のモノローグ LAX

青春のモノローグ LAX


6月のLAX は久しぶりだった。

1988年、LAX のイミグレーションを抜けると・・・・・・

アメリカ合衆国第40代大統領「ロナルド・レーガン」が笑顔で迎えてくれた。

梅雨空の夕暮れに成田を発った時とは比べ物にならないくらい「カラッ」としていてこの時差から来る独特の躁鬱感さえなければきっと心地よいに違いない。だからと言って到着ロビーでボーッとしているわけにもいかないので、「ヨイショッ」と日本から持ってきた数千個のボビン(JB用)を担いでレンタカーのカウンターに急いだ。
円形のカウンターにはレンタカー会社が数社デスクを置いていた。特別に細かいオーダーをするわけではないのだが僕は日系のお姉さんのいるカウンターで申し込みすることにしていた。

僕は一番小型のフォードにした。もちろんそのリーズナブルさからだが。

早速とランクに荷物を押し込むと戸惑いつつも「あっ、そうか」と左側の運転席に腰を落とした。キーを回すと自然にシートベルトが。自由の国アメリカでも不自由なことがあるものだと変な感心の仕方をする。日本にはこのシステムというか、サービスは無い。これがあれば反則切符の心配はいらないのに。

さて、いつもの事だ、一路、10番のフリーウェイにのる。何故ならそれはドジャーズスタジアムの裏手にあるチャイナタウンの外れ「ゴールデンシティ」という広東料理屋へ「ワンタンヌードル・エキストラ」と「チャイニーズブロッコリー・オイスターソース」を僕の胃袋が「早くしろ、早くしろ」、と急かせるからだ。5ヵ月前に通った時のウエイターがまだいた。

香港から留学している学生だという。彼は僕の胃袋の気持を察してくれたかのように、僕を見つけると聞覚えのある広東語訛りの英語で厨房に向って「XXXXXX~っ」と大声で叫ぶとお茶を手に余り清潔そうでない箸と茶碗を「ガッチャッ」とおいた。

特に愛想はない。「ハイ」と言って厨房に消えた。厨房ではまるで言い争っているかのように広東語が飛び交っていた。

数ヶ月ぶりの満足感で10番に戻るとそのまま、あの観光パンフレットでお馴染「Hollywood」のサインを正面にサンセットブルバードを西に降りた。以前シェクターのスタッフだった「ジンボ」のいる「ブギ・ショップ」にパーツの注文をしておくために寄ったが、ジンボは留守だった。

ところで、アメリカは実に面白い習慣がある。というより、アメリカ人に言わせるとその逆になるのだが。

それは楽器屋であろうがなんであろが、ローカルなショップは日曜日は休み、土曜日は半日、ウィークデーでも昼休みはしっかり2時間はちゃんととる。そんな訳だから、何か注文しておいてもそのこと忘れているととんでもないことになってしまうのだ。

亀岡君とシェクター

ジンボとはシカゴ最後の「ナムショー」に行った。行ったとは言っても一緒に行ったわけではない。ジンボたちはLAからヨレヨレのダッジで出発寸前までかけてやっと調整の終えた50数本のシェクターを積み込みルート66をまるで歌の文句のようにシカゴへ。
因みにあの「ルート66」は今はないが、やはりアメリカに憧れた青春時代を持つ僕らの世代はテレビドラマそのものの「ルート66」をひたすら走ることを夢見てしまうのである。

その時は僕は日本の優秀な技術スタッフ亀岡君と成田からシカゴ・オヘア国際空港へと向っていた。
ところで亀岡君はものすごく優秀な技術を持っているが、ものすごく変わり者。そのシカゴへの出で立ちはTシャツにボロボロのGパン、そして極めつけは履き旧しのビーチサンダル。会社へもよく雪駄だの下駄などで来ていたからそうでなかったのがせめてものすくい。
しかし亀岡君にビルドアップされたシェクターに感動した多くのプレイヤーがいたことを僕は忘れない。 そんな亀岡君も大好きだった内田勘太郎さんの試作モデルを最後にシェクターを去った。どうやら僕の経営姿勢に問題があったようで、この仕事に嫌気が点したらしい。

亀岡君とは入社以来ほとんど話しらしい話はしたことが無かった。しかし亀岡君の一途な仕事ぶりに、アメリカのシェクターから一人技術者を送れというので亀岡君を送り込んだ。
実は亀岡君は僕ばっかりでなく他のスタッフともそんな調子だからどうも「ウマ」というか「ソリ」というかが合わない。内緒の話だか僕もちょう
亀岡君にいらいらしていた所だったので「丁度いい」っ、てなもんで亀岡君に行ってもらう事にした。
亀岡君も素っ気無いが、僕も亀岡君には素っ気無かった。「亀っ、ロスに行ってくれ」。と言う僕の注文に「アッ、あ~っ」。と言う返事。その一週間後亀岡君は成田から機上の人となっていた。

さて、亀岡君が機上の人となって一週間が過ぎた頃、USAシェクターの社長「ジョー」から電話・・・・・
いやっ、まずい。「なんだナベ、変な奴送り込んで」、なんて文句言って来たのかと嫌々電話に出ると、あの特徴のある甲高い声で。

「ナベっ、ヤツ最高だぜ」

そのジョーの一声に一瞬耳を疑ったが。確かに腕はあるけどと思いつつもこっちでのこともあるし、〈ほんとうかよ〉とおもいながらも・・・・・

「なかなかいい腕だろ」  と、言うと・・・・・・

「最高だぜ、ナベ。あんなに一生懸命仕事する奴はこっちにはいないぜ」

と、弾んだ例の調子の声でジョーは言った。

そりゃそうだろうこっちにいる時だって亀岡君の仕事振りは半端ではなく、おかげで他のスタッフ、定時には帰れないは、朝は早く来なければと、いつも僕にこぼしていたその仕事ぶりは凄まじかったのだから。

それにしても僕はほっとした。もしかしたら亀岡君はいつも自然体なのかもしれない。 ピュアで、夢中で、自分の世界を持っていて。そう言えば亀岡君はロッケンローラーだった。 アナーキーの藤沼さんの大ファンで、亀岡君は自分の作ったギターを藤沼さんに使ってもらっていることを密かに大喜びしていたのだ。

ロスでは恋もしたらしい。焼き肉屋の韓国人の女の子で「ツ・ユンジュ」と言う名前。よく通っていたと聞いていた。しかしそれは亀岡君流の恋で、きっとあの仕事ぶりに負けずとも劣らない恋心だったに違いない。ついに告白することもなかったとも聞いた。そして、彼女が亀岡君が自分に恋をしているなんてことも知る由も無かったようだ。

いやっ、じつに亀岡君らしい。今何処でなにをしているか。もしギターを作っていないならもったいないな。

亀岡君と僕の唯一のエピソード

そう言えば亀岡君は大のプロレスファンで、「猪木命」と言うほどアントニオ猪木のファンでもあった。作業場の壁という壁には「アントニオ猪木」のポスターや切り抜きが貼ってあった。

僕が出張帰りのある日たまたま新幹線の中で後ろの席にその「アントニオ猪木」さんがずいぶんと酩酊した様子でいた。するとアントニオ猪木さんがトイレに立ったので、〈ヨシッ、今だっ〉と思い立ち、実は恐る恐るであるがアントニオ猪木さんがトイレから出てくるのを待伏せた。

「すみませ~ん。あのーっ、サインをお願いします」

と、僕が声をかけるとアントニオ猪木さん。

「ウッ、ウ~ン。ウィッ」

と、少し屈むようにして壁によりかかり・・・・・

「サインッ」

と、ギロッと僕を上目遣いに睨むではないか。

「アッ、いやっ、もしできましたら・・・・」

と、僕。猪木さんは「フーッ」と言いながら、「ああっ、いいよ」と二つ返事。

「有り難うございます。実は僕の息子が猪木さんの大ファンなもので、きっと大喜びします。有り難うございます」。

と、僕が言うと、猪木さんは面倒くせぇなあと言う風に、ドテっと新幹線の洗面所の壁に寄りかかると・・・・・

「名前はっ、名前」

「ハイッ。直樹といいます」

猪木さんは「これでいいかな。直樹君へ」と僕の差し出したノートに書いてくれた。

亀岡君にその経緯の一部始終を話すと・・・

「エッ、おれ社長の息子にされちゃったんすか。エ~ッ」

と、本気でいやな顔をしている。

「なんだっ、じゃあいらねえのかっ」

と、僕がむっとした風に言うと・・・

「えぇっ」

と、言いながら、ぺたっ、と壁に貼りながら、

「どうも」

と、ペコッ、と頭を下げるともう仕事にかかっていた。そんな亀岡君だった。

青春のモノローグ LAX


  


Posted by 昭和24歳  at 12:14Comments(1)

2016年12月20日

12月23日(金・祝)X'mas 昭和の風コンサート

12月23日(金・祝)
X'mas昭和の風コンサート
第二弾!!



今年、9月に高崎電気館で行われた「昭和の風コンサート第一弾」は大盛況のうちに幕。
久々に電気館周辺柳川町賑わい活気づいた。


ご光来のお客様、キャパ70席をその倍の140名様を超す団塊世代と思しき昭和の少年少女が。
そらそうです、昭和40年代高崎にはふたつのダンスホール「みゆき」と「セラビ」があって、・・・・・
いわゆる「エレキ=不良」という代名詞を看板に背負った青少年がエレキにシビレて踊ったわけです。
ツイスト、ゴーゴー、モンキーダンスにジルバにマンボにと連日が超満員。

そう、当時の二十歳前後、団塊世代高崎市だけで9万人いました。
そういう若者が、学校帰りに、仕事が終わって三々五々集まってくるわけです。
中銀もあら町界隈もそれはそれは賑やかで、街中は喫茶店だらけ。
デパートだって、藤五ができ、スズランができ、八木橋ができ、十字屋ができ・・・・・
そらそうです、作ったらなんでも売れた時代でしたから、ちなみにてんとう虫「スバル360」が新車で36万円。
ホンダのスポーツカーS6が60万円と、それが飛ぶように売れた時代。

で、「みゆきダンスホール」なんだけど連日イモの子を洗うような状態。
で、その時のトップスターが高木ケンジロー率いる「ザ・プラネッツ」でした。

「高崎のミック・ジャガーは角刈りだった!!」


まあ、その歌唱というか腕前はともかく角刈りのミックジャガーのパフォーマンスは受けに受けた。
で、昭和43年、44年と2年続けて群馬音楽センターでリサイタル、まっ、身の程知らずとも言われかねない中、
それでも2年連続2000人超満員でした。

それは高崎という狭い地域での話だけどその意味では「時代の寵児」、今振り返れば。

そんな、ロック、ロカビリーに燃えた団塊世代も全員が高齢者に。
なんと、高崎の「ミック・ジャガー」はとき既にコキです。
ローリングストーンをシャウトし、グループサウンズを情感込めてパフォーマンスする高崎の「ミック・ジャガー」。

ロカビリーならぬ「リハビリー!!」

ゴーゴー、ツイスト、ジルバにマンボ、歌って踊って、
まさに「昭和の風」、あの頃の少年少女、若者の青春パワーで・・・・・
この、高崎の街中を盛り上げようじゃないですか。

当日の共演バンド、
ルビーズ!!

↑とにかく最高のグループサウンズです!!

日時:12月23日(金・祝)
    PM6:00開場・6:30開演
会場:ココイズミ(ヤマハ楽器跡)
    連雀町四角、金子園の相向かいです。
料金:3,000円(ワンドリンク・チョイつま付き)
<お問合せは:090‐3147‐5363(昭和の風・渡辺まで)>
※チケットの販売は「ココイズミ」または渡辺にご連絡いただければ高崎市内はお届けします。
駐車場は近隣のタイムス等をご利用ください。

12月23日(金・祝)
X'mas昭和の風コンサート
第二弾!!

  


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2016年12月19日

平岡都さん「猟奇殺人事件」 被疑者死亡で

平岡都さん「猟奇殺人事件」

島根・女子大学生遺体事件 見つかった遺体には内臓の大部分がなかったことが判明
 島根・浜田市の女子大学生の遺体が切断されて発見された事件で、遺体発見から13日で1週間たつが、衝撃の事実がまた1つ明らかになった。
広島県の臥龍山で発見された平岡 都さん(19)の切断遺体には、腹部に刃物で切られた跡があり、犯人が意図的に取り出したのか、内臓の大部分がなかったことがわかった。
さらに胴体部分は、全体的に黒ずみ、たき火などで焼かれた形跡があることが判明した。
元東京都監察医務院長の上野正彦氏は「胴体部分だけっていうと、おそらく性的いたずらをした証拠を隠すための焼却かなと思いますけれども、珍しいと思います」と話した。
警察は、13日から機動隊の応援を受け、捜索活動を最大の400人態勢に拡大する方針。

(11/13 00:17 山陰中央テレビ)
http://g3s.gunmablog.net/e70661.html
2009年11月14日

7年前の事件です・・・・・

過去の性犯罪事件調べ、男浮上…撮影の画像所持
 広島県北広島町の臥龍がりゅう山の山中で2009年11月、島根県立大1年・平岡都みやこさん(当時19歳)の遺体が見つかった事件で、島根、広島両県警の合同捜査本部は近く、遺体発見直後に交通事故で死亡した当時30歳代の男が事件に関与したとして、容疑者死亡のまま殺人、死体遺棄などの容疑で男を書類送検する。

 捜査関係者によると、捜査本部が今年に入り、過去の性犯罪事件を調べ直すなかで男の存在が浮上した。男は山口県下関市出身で、当時は平岡さんが住んでいた島根県浜田市に隣接する益田市に自宅があり、同市内で働いていたという。

 捜査本部が事件前後の男の行動を調べたところ、臥龍山付近を車で走行していたことが判明。最近になり、男のデジタルカメラの中から平岡さんの画像データが見つかったという。

<引用:YOMIURI ON LINE 2016年12月17日 16時59分>
http://www.yomiuri.co.jp/national/20161217-OYT1T50060.html

つまり、その事件の2日後には被疑者は特定されていた。
まあ、被疑者死亡じゃあ調書取れませんからどうしょもないけど、なんで今頃?
もしかして公表出来ない事情でもあったのか・・・・・

平岡都さん「猟奇殺人事件」 被疑者死亡で  


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2016年12月15日

12月23日(金・祝)X'mas昭和の風コンサート

12月23日(金・祝)
X'mas昭和の風コンサート
第二弾!!



今年、9月に高崎電気館で行われた「昭和の風コンサート第一弾」は大盛況のうちに幕。
久々に電気館周辺柳川町賑わい活気づいた。


ご光来のお客様、キャパ70席をその倍の140名様を超す団塊世代と思しき昭和の少年少女が。
そらそうです、昭和40年代高崎にはふたつのダンスホール「みゆき」と「セラビ」があって、・・・・・
いわゆる「エレキ=不良」という代名詞を看板に背負った青少年がエレキにシビレて踊ったわけです。
ツイスト、ゴーゴー、モンキーダンスにジルバにマンボにと連日が超満員。

そう、当時の二十歳前後、団塊世代高崎市だけで9万人いました。
そういう若者が、学校帰りに、仕事が終わって三々五々集まってくるわけです。
中銀もあら町界隈もそれはそれは賑やかで、街中は喫茶店だらけ。
デパートだって、藤五ができ、スズランができ、八木橋ができ、十字屋ができ・・・・・
そらそうです、作ったらなんでも売れた時代でしたから、ちなみにてんとう虫「スバル360」が新車で36万円。
ホンダのスポーツカーS6が60万円と、それが飛ぶように売れた時代。

で、「みゆきダンスホール」なんだけど連日イモの子を洗うような状態。
で、その時のトップスターが高木ケンジロー率いる「ザ・プラネッツ」でした。

「高崎のミック・ジャガーは角刈りだった!!」


まあ、その歌唱というか腕前はともかく角刈りのミックジャガーのパフォーマンスは受けに受けた。
で、昭和43年、44年と2年続けて群馬音楽センターでリサイタル、まっ、身の程知らずとも言われかねない中、
それでも2年連続2000人超満員でした。

それは高崎という狭い地域での話だけどその意味では「時代の寵児」、今振り返れば。

そんな、ロック、ロカビリーに燃えた団塊世代も全員が高齢者に。
なんと、高崎の「ミック・ジャガー」はとき既にコキです。
ローリングストーンをシャウトし、グループサウンズを情感込めてパフォーマンスする高崎の「ミック・ジャガー」。

ロカビリーならぬ「リハビリー!!」

ゴーゴー、ツイスト、ジルバにマンボ、歌って踊って、
まさに「昭和の風」、あの頃の少年少女、若者の青春パワーで・・・・・
この、高崎の街中を盛り上げようじゃないですか。

日時:12月23日(金・祝)
    PM6:00開場・6:30開演
会場:ココイズミ(ヤマハ楽器跡)
    連雀町四角、金子園の相向かいです。
料金:3,000円(ワンドリンク・チョイつま付き)
<お問合せは:090‐3147‐5363(昭和の風・渡辺まで)>
※チケットの販売は「ココイズミ」または渡辺にご連絡いただければ高崎市内はお届けします。
駐車場は近隣のタイムス等をご利用ください。

12月23日(金・祝)
X'mas昭和の風コンサート
第二弾!!

  


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2016年12月13日

東京裁判

社会が壊れてる。

あったことを無かったことのように、無かったことをあったように歴史すら捏造する。
まあ、江戸時代、徳川政権以前は検証のしようがないから、嘘もまこともないです。

でも、明治新以降、近代史氏はいくらでも検証できる。
国会にしても議事録に残っているから、そら、支配層には都合が悪いわけです(笑)。

昨夜のNHK特番「東京裁判」なんだが、まだ生き証人がいることを忘れてる、無視してる。
どっちでもいいけど、日本はじゃあ、一体どこと戦争したのかが見えてこない、見せてない。

市井から見た近代史実は、搦手で近代化する日本を貶めようとする欧米列強。
確かに日本政府の「満州建国」「朝鮮半島植民地化」なんだが、既に欧米列強が「侵略」してたわけです。
今の北朝鮮を見るまでもなく、日本政府が満州に入植しなければソ連が植民地化した。
中国にしても日本政府、当時の敵は欧米列強の植民地、香港がそうで。上海が英米仏の租界地。
まあ、早い話が地位協定で「治外法権」今の米軍基地のようなもの。

そんなわけで、まあ、キリスト教文明以外では「大日本帝国」だけがその欧米列強に互していた。
で、非資源国だった「大日本帝国」としては口減らし政策として「夢の国満州」を謳った。
結果、欧米列強による制裁「禁輸」で、じゃあ、って言うんで資源獲得のためにオランダ領「インドネシア」イギリス領「マレーシア」「ビルマ」フランス領「ヴェトナム」アメリカ領「フィリピン」。
つうことは、大日本帝国が戦争したのは欧米列強であって、東南アジア諸国ではなかった。
欧米列強が資源として譲らなかったものを戦争で欧米列強から略奪しようとしただけ。

侵略にしても、欧米列強の統治にあった東南アジア諸国。
当然、欧米列強統治の東南アジアだからのそこにいる現地民族を盾に欧米列強は大日本帝国陸軍と戦った。
そうした史実を隠蔽し、真珠湾奇襲、日米開戦にしてもこれは国際法に合致した戦争。

そうした事実から鑑みれば、東京大空襲、広島長崎への原水爆投下は虐殺以外の何ものでもない。

つまりそのことから「東京裁判」とは何を裁いたのか・・・・・

たんなる、口封じではなかったのかとさえ思えてくる。

「かつて欧米諸国がアジア諸国に対して行った行為こそ、まさに侵略そのものであると訴え、全被告を無罪だと主張した。」

パール判事


  


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2016年12月12日

「ドラムエクササイズ」健康と認知症予防のためのフィットネス

「ドラムエクササイズ」
健康と認知症予防にフィットネス


認知症・介護予防のための
健康ドラム・エクササイズ
アンチエイジング「音楽を楽しみながら健康に」
「リズム感がないから私には無理かも?」


けしてそんなことはありません。「健康ドラムエクササイズ」は「歩く・ウォーキング」と同じ。つまり、一定のテンポ、そしてリズムで自分の好きな音楽をイメージして行う。
普通に、「歩く・ウォーキング」するときは一定のテンポで、リズムで、そして呼吸をしています。
「歩いているとき」あなたはいつもテンポ、リズムを完璧に保っているのです。



これでエイトビートは完成です!!
歩くように、ウォーキングするように


「認知症・介護予防のためのフィットネス・ドラム・エクササイズ」


ドラムで運動、脳トレ!「新型フィットネスクラブ!!」

ドラム演奏とは「全身の関節をスムースに動かし一定の音を出す」こと。
ドラムの楽しさや体の使い方を熟知し認知症予防・介護予防に有効な、
「楽しく継続できるフィットネス・ドラム・エクササイズ」をプログラム。

■アクティブストレッチ
肩甲骨周りや股関節周り・足首の柔軟性などのアクティブストレッチで介護予防、真似て体を動かす効果で脳の血流アップ、棒を持ってひっぱたく効果のストレス発散などのリズム運動により認知症の予防になります。
音を出しながら行うレッスンでは「思っても動かなくなった体の状態」は音量の違いやリズムのズレで表現されます。そしてちゃんと音を出そうと自然に体を意識して使うようになり繰り返すことで体の改善が見え同時に「思うように動かせる体」が得られるのです。

■「体の力」を抜くことと「呼吸法」
ドラムは基本、椅子に座って両手両足と体全体をリズミカルに運動させます。
そして一番重要なことは「体の力」を抜くことと「呼吸法」です。
そのタイミングを一定のスピード(テンポ)、リズムで脳を刺激して動かす。
初歩的なドラム演奏では、よく言われる「手足がバラバラ」ということはないです。
「右手、右足」と「左手、左足」この動作の連続です。
そしてある程度高度なテクニックになっても左右、手足のアクセント移動を習得すればけして「バラバラ」ではないことが分かってきます。

■「イメージトレーニング」
ドラムは実に原始的な楽器で、古代人は通信手段に応用していました。
それは叩く速度、音色、そしてリズムに「言葉」を乗せたのです。
ドラムの練習には最低、手足とその指を動かすトレーニングだけで行えます。
もちろんスティックを持って叩くことも重要ですけど、よく言われる「イメージトレーニング」です。手足のそれぞれの関節を柔軟にする、そこから始めることで今まで使ったことのなかった筋肉をほぐして、自分の好きな音楽をイメージしてその時にはまるでドラムの演奏をしているよう「ノリ」グルーブを表現してワクワクする楽しさを醸し出しフィットネストレーニングすることです。

●運動不足の解消!
全身を使ってリズムを奏でるので、運動不足の解消にもなります。
走るのが苦手…激しい運動はちょっと無理…
そんなあなたも大丈夫です!
まずはドラムを叩く事からはじめて体全体を動かしてみませんか?

●脳の活性化!
ドラムを叩く事によって四肢を動かします。
体の全てを使って音を出すので、脳の活性化にも役に立つんです。
また脳が活性化する事により体が活発になったりします。
一緒にリズムを取って、脳も活性化しましょう!

●日頃のストレス発散!
大きな音を出したり、何かを叩くという事でストレス発散になるってご存知ですか?
ドラムはその二つを兼ね揃えた楽器なんです。
リズムを取るという事も大事ですが、日頃なかなか出来ないドラムを一緒に叩いてストレス発散をしてみませんか?

●初めての人も安心!
ドラムってかっこいいけど、どこからはじめていいか分からない…そんなあなたも大丈夫!
プロのドラマーがイチから指導します!
保育園児からシニア世代、フィットネスクラブ感覚で体に負担なくトレーニングできます。
健康のために、趣味の時間にドラムを叩きたい!そんな皆さんを全力でサポートします。

「ドラムエクササイズ」
健康と認知症予防にフィットネス


  


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2016年12月12日

僕らが子供だった頃・・・・・

僕らが子供だった頃・・・・・



1960年をはさんで、アフリカ大陸サハラ砂漠で南太平洋で中国大陸でメガトン急を含め数十回の核実験が行われた。
日本に影響したと思われるのは中国新疆ウィグルでの大気圏核実験は一体どれほどの放射性物質を黄砂に乗せて(^^ゞ

そして実態は明らかにはされてないがその地域の人民の被爆はただ事ではないと「シのシルクロード」で。
当時日本は高度経済成長期で重厚長大産業が汚染物質を垂れ流しまくっていた。
いわゆる「光化学スモッグ」がそれで、今では何事もなかったようなその公害も僕らの身近にあった。

1938年に公害と騒がれ、1986年に東邦亜鉛が「責任を認める」といった、実に48年の長きにわたる住民訴訟の戦いだった。

「カドミウム汚染」。

その「東邦亜鉛」は高崎市に隣接、高崎市街地からもおよそ4,5キロに位置する観音山丘陵の延長線上の斜面を利用しての「亜鉛精錬所」。
今でこそ何事もなかったように創業しているが僕らが子供の頃は24時間操業で・・・・・
真夜中煌々と照らされた射影ともくもくと黒煙を上げ続ける煙突群は今でも脳裏に残る。

もう3年前だが、二人の友人が「肺がん」と「白血病」で亡くなった、1960年代の子供たち。
そして、つい最近一人の先輩が「胃がん」の手術をされた、1960年代の子供たち。
いつだったか「NHKスペシャル」で、病の起源 第1集と題して「がん ~人類進化が生んだ病~」というのをやっていたが。
その意味では「科学の進歩」もその「人類の進化」の中で起こる話。

そのは「科学の進歩」「人類の進化」も確かに人類に幸福をもたらす部分もあるが・・・・・
欲望に満ちた一部の人類は、如何にその叡智を費やしても解決することのできない「核開発」というものに手を染めてしまった。
そこで撒き散らされた「放射性物質」は長いもので数万年。
言われている「セシウム」でさえ30年の“半滅期”は1960年代の子供の体内を犯す可能性は十分想像できた。
そうした「潜在」する「放射性物質」が何かの拍子に、その老化とともに「発がん」に至ると考えても不思議ではない。

まあ、「放射性物質」だけではないでしょう、科学の進歩、経済成長の中で惹起される「化学性廃棄物」もその一因と。
そして「ダイオキシン汚染」なども、いわゆる「風評被害」と片付けてしまうのも如何なものかと。

さらには、今では騒がれなくなったが農産物の「農薬汚染」。
それはやはり食糧難時代に幼児期を過ごした僕ら世代にとっては高齢化した現代、その深刻さは否めないのでは(^^ゞ
さらには、言われている「TPP」の「規制撤廃」は輸出入農産物の「遺伝子組み換え規制」も対象だとか。
そして「中国」からの輸入農産物の「残留農薬問題」は経済至上主義の貿易大企業商社の「食の安全」を無視。
それらの「安かろう、悪かろう」の典型の上、日本の農業を衰退させていった。ひとつには日本の商社という「食糧マフィア」。
まあ、日本の「種苗」のほとんどがその「食糧マフィア」によるもので、規制撤廃を仕掛けて「食糧支配」を企てる・・・・・・
つまり、「儲ける」ためならなんでも、が国際社会の常識だろう。

そこでの「環太平洋」だが、東南アジア経済発展途上国ではまだ自動車産業は難しいだろう。
しかしそれらの発展途上国を経済成長させ「トヨタ」を大衆車としてサービスできるようにするには自由貿易を促進するしかない。
もちろん「労働市場自由化」も。つまり5000万人の日本の労働市場の自由化だ。
まあ、日本の人口減少、イコール労働力不足はそう仕組まれた結果ではないのかとの疑念は払拭できない。
とにかく、中国を除いても十数億超の人口、市場が口を開けて待っているのだからそれは日本の政官財にとって宝の山だろう。

当然、その日本国内の労働市場は「高い」方に合わせるのではなく「低い」方が標準となる。
まっ、コンビニの店員、このところ中国人留学生がめっきり減った。上海の方が時給がいいのだというから仕方がない。
その時給、ほぼ最低賃金のままなんだから直、ミャンマー、ベトナムの留学生に取って代わるかも。

因みにベトナムの時給は「80円」だとか・・・

僕らが子供だった頃・・・・・
  


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2016年12月10日

TPP参加は「表向きは貿易協定ですが、実質は企業による世界統治です」

TPP参加は「表向きは貿易協定ですが、実質は企業による世界統治です」


デモクラシーナウキャスター
エイミー・グットマン女史

「リーク草案でわかったTPPの正体とは?」
パブリック・シチズン 
ウォラック女史

「表向きは貿易協定ですが、実質は企業による世界統治です」

「全26章の内、貿易関係は2章のみ」

「他はみな企業に多大な特権を与え、各国政府の権限を奪うものです」

「これでは国庫の略奪です」

「これは、1%が私たちの生存権を奪うツールです」

「600人の企業顧問には草案へのアクセス権を与えながら
 上院貿易委員会のワイデン委員長はカヤの外です」

「ワイデン氏は、核関連の機密も知る立場なのに
 貿易協定という名の『企業の権利章典』は見られない」

「TPPはいわばドラキュラです。陽に当てれば退治できる」

「企業の権利の世界的な強制なんて私たちは許さない
 民主主義と説明責任に反します」

「意見をいうことはできるが、環境から消費者、労働者まで
 公益はなにひとつ反映されない」

「TPP交渉内容は、締結後4年間は非公開という密約もあった」

「TPPの狙いは貿易ではなく、セメントのような作用です
 一度固まったらおしまい、全員が同意しないと変更できない」

「リーク草案が示唆するのは司法の2重構造です
 国民は国内法や司法をつかって、権利を護り要求を推し進めますが
 企業は別建ての司法制度を持ち、
 利益相反お構いなしのお抱え弁護士たちが
 いんちき国際法廷に加盟国の政府を引きずり出し
 勝手に集めた3人の弁護士が政府に無制限の賠償を命じるのです
 規制のおかげで生じた費用を弁済しろとか
 不当な扱いを受けたとか言って
 国内の企業には同じ規制が一律に適用されているというのに」
 
 「NAFTA以来 大企業は貿易協定を姑息に使って
  規制を押さえ込み、底辺への競争を煽りました
  交渉のたびに規制が緩和され企業の権限は拡大した
  今回がとどめです いったん固まれば門戸を開き
  広く参加国を募ります
  企業の特権化を保証する世界的な協定になりかねません
  為替と貿易制裁が強制手段です
  TPPは強制力のある世界統治体制に発展する恐れがあります」

 「世界的なオキュパイ運動に対する企業側の反撃です
  旧来の悪弊が一層ひどくなる
  さらに、交渉のゆくえによっては、既存の国内法が改変され
  進歩的な良法が無くなるばかりか
  新法の制定さえもできなくなる
  医薬品や種子の独占権が強化され、医薬品価格つり上げのため
  後発医薬品を阻止する案まである
  各国の金融規制も緩和させられ高リスク金融商品も禁止できない
  米国政府が金融制度改革で規制強化を進めている時にです」
  
 「TPPは地域産業の優先を禁じます
  地産地消や国産品愛好は許されないのです
  環境や人権に配慮する商品も提訴されかねません
  TPPは企業に凄まじい権力を与えます
  密室だから過激になった
  どこの国の人々も、こんなものは御免です
  過激な条項を推進するのは米国政府です
  だから、陽の目にさらして分析することが重要です
  何が起きているか人々に知ってほしい」
  
 「クリントン時代にNAFTAを通過させた連中が好きにやった」

 「1%の夢なのです。ありったけの金とロビイング力をつぎこんで
   未来永劫に力を振るうのです」

アメリカ国民も反対しているという“TPP”
つまり、コレ、“TPP”を企図しているのはアメリカ合衆国政府ではないし、況や、アメリカ国民でもない。
それはここ数世紀にわたって軍事、経済で世界支配、統治を企ててきた国際金融資本、多国籍企業。
いや、それは多国籍企業というよりは「無国籍企業」という世界中の富を収奪しようという一族。

彼らによってその経済のために戦争は企てられ、それはオリンピックもワールドカップも全てその一族の自己増殖のため。
その意味では、アメリカ合衆国でさえその犠牲に貶められている、二十世紀のほとんどの戦争で。
つまり、“TPP”環太平洋パートナーシップとは最早、既に果実のなくなった「環大西洋」から、これから成長するであろう「環太平洋」にパートナーシップと称してその果実を収奪しようという企み。

99%への僅かな労働力への対価で巨万の富を掠める1%の「族」。
ここに見てとれる実相はアメリカ大統領でさえ、彼らの「執事」でしかないということ。

まあ、トランプ新大統領はエスタブリッシュメントじゃあないだろう。
いわゆる「成り上がり」の大富豪、アメリカンドリームつまり、99%の中の1%だ。
そうゆうことです。

TPP参加は「表向きは貿易協定ですが、実質は企業による世界統治です」

  


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2016年12月09日

勧善懲悪は何処へやら

勧善懲悪は何処へやら


国家公務員に冬のボーナス=1.7%増、平均70万4800円
 国家公務員に9日、冬のボーナス(期末・勤勉手当)が支給された。

 管理職を除く行政職職員(平均年齢36.3歳)の平均支給額は、前年冬と比べ約1万1500円(1.7%)増の約70万4800円。2016年の人事院勧告に基づく給与法改正で、支給月数が前年冬から0.05カ月引き上げられたため、プラスとなった。

 特別職のボーナス(期末手当)は、首相と最高裁長官が約598万円、衆参両院の議長が約551万円、国務大臣が約436万円。首相と国務大臣は行財政改革推進のため、一部を自主返納する。 

<引用:時事通信 12/9(金) 11:20配信 >
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161209-00000071-jij-pol

まあ、いい気なもんです。
6人に一人の子どもが貧困で、4人に一人が非正規、派遣労働者。

ところで、国家公務員であろうが地方公務員であろうが、国民、市町村民にご奉仕したご褒美のわけだ。
つまり、何か作って、生産して、商売して利益を上げた中からの給金ではない。

で、「人事院勧告に基づく給与法改正で」って、「人事院」ってオマエ、国家公務員じゃあないか。
自分たちで自分たちの取り分決めてどうすんの、ってぇ話です。
国民から徴税したお金、それじゃあ「ピンハネ」意外の何物でもない、なんか当たり前のように言ってるけど。

国民が塗炭の苦しみで平均年収200万円前後で、そらボーナスどころの話じゃあない。
政治家もそうだ、そこを糾すべきは政治家なのに、政務活動費ちょろまかしとか、パーティー券援助交際とかです。

やっぱり、この国人口多すぎます、少なかったら隠せませんから・・・・・

で、明治以前が人口三千万で移行していたのは、食えないから間引きして調節した結果でしょう。

その側面は拭えませんが、平均寿命の伸びは医学の発達、つまり新生児の死亡率が極めて高かったがため。 成人の死亡要因はいわゆる「成人病」とか、つまり、普通に70歳くらいまでは生きたと。
まあ、盲腸で死ぬ時代でしたし、伝染病はそれこそ死の病。結核とか、おそらく癌とうもあったのでは。

僕の祖父母は明治17年、19年の申年、戌年カップルでしたけど共に「享年73歳」と長命でしたね。
僕が6歳の時と8歳の時、二人共2年くらいは病んだのでしょうか、今のような医学はありませんでしたから祖父は膵臓、祖母は胃の病、多分ガンだったのではと。
まあ、その祖父、次女、4女、次男を人にする前に流行病で亡くし、昭和10年代のことです・・・・・
当時は「流行病」に罹患するのは時の運だったようです。つまり、6人の子供のうち半分が早死にでしたから。

結局、総中流社会を崩壊させた政治が今日の「癌」ですね。
そこに見えるのは「財閥の復活」でしょう。持ち株会社の解禁、労働法の改正で製造業への派遣を認めてしまったのが自民党清和会政権。
つまり、昭和年代までは「分かち合い」の時代だった。しかし、そこでの成功者は「富を独占」に走る。いわゆる株式上場がそこそこの成功企業にも囁かれ始めた。
つまり、「ベンチャー企業」が言われ、ジャスダックだのヘラクレスだのといった成り上がり餌に「株式上場」血眼になる。まあ、創業者としては当然なんだろうが、そこには最後は「社員」ともバイバイして株式を売却し莫大な資産を形成し終わる。
「なんとかホールディングス」、百花繚乱ではなかったか、バブル後のこの日本は。

つまり、その頃に生まれた「労働者」はホワイトカラーまでが「賃金労働者」。
今や、全労働者の35%超が、派遣、アルバイトといった「非正規雇用労働者」当然その賃金は時間給で最賃法に準ずる、この国の政府がそういう法律を作ってしまった。
まあ、年功序列の賃金上昇が保証されるのは官界、役人社会だけで、その役人社会もコネ社会で世襲が横行。
不採算部門、余剰部門には「派遣」が充てられている。教職員の世界でさえ、コネがなければ「臨時雇用」のまんま延々と。

結婚。それができるかできないかも「時代の空気」。今はその「空気」全くない。政治がその空気を払拭。
まあ、結婚できるかできないかというより、人の職業には二通りある。ひとつは「サラリーマン」としての生涯。そしてもうひとつは「職人」、手に職をつけて自分の道を生きる障害。
まっ、僕もそうだった。成功したとは言えないが、その「手に職」は音楽だった。まあ、時代だったと言えばそれまでだが大した実力がなくても「職場」はいくらでもあった昭和時代、今はないが(笑)。

「嫁さんが養えないから結婚できない」

それも空気なんだろうね。まあ、亭主の稼ぎだけで食えないんなら嫁さんも働けばいい。
そうやって、二人三脚で「時代を待つ」という発想は、やはり空気だろう。
まあ、このデフレで、賃金が下がる一方だというのに、何をトチ狂ったか「消費税増税」を決める政治。
コレは「決める政治」なんかじゃあなくて「決められない政治」。政治が官僚に押し切られている。
この20年で60兆円からの「所得」を失った平均的国民はそんな空気に慣れちゃったのか当たり前の低賃金に文句のひとつも出てこない。
まあ、欧米では当たり前のスタイルだろうから何とも言えないが、その意味では「日本は特別」だった・・・・・
ってぇことにならないような、富の再分配を考えたい。

大阪で起きた痛ましいというか、何とも言えない事件。出生後直ぐに死んだ(殺した)両親が生活費欲しさに死亡を届けず、6年間も「児童手当」「子ども手当」を受け取っていた。
そんな現実があっていいわけがないが、ところが年間1000人からの就学期の不明児童が全国に。
やはり、空気が人を腐らせる、つまり政治が空気を腐らせている。

勧善懲悪は何処へやら

  


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2016年12月09日

12月23日(金・祝)X'mas昭和の風コンサート第二弾!!

12月23日(金・祝)
X'mas昭和の風コンサート
第二弾!!



今年、9月に高崎電気館で行われた「昭和の風コンサート第一弾」は大盛況のうちに幕。
久々に電気館周辺柳川町賑わい活気づいた。


ご光来のお客様、キャパ70席をその倍の140名様を超す団塊世代と思しき昭和の少年少女が。
そらそうです、昭和40年代高崎にはふたつのダンスホール「みゆき」と「セラビ」があって、・・・・・
いわゆる「エレキ=不良」という代名詞を看板に背負った青少年がエレキにシビレて踊ったわけです。
ツイスト、ゴーゴー、モンキーダンスにジルバにマンボにと連日が超満員。

そう、当時の二十歳前後、団塊世代高崎市だけで9万人いました。
そういう若者が、学校帰りに、仕事が終わって三々五々集まってくるわけです。
中銀もあら町界隈もそれはそれは賑やかで、街中は喫茶店だらけ。
デパートだって、藤五ができ、スズランができ、八木橋ができ、十字屋ができ・・・・・
そらそうです、作ったらなんでも売れた時代でしたから、ちなみにてんとう虫「スバル360」が新車で36万円。
ホンダのスポーツカーS6が60万円と、それが飛ぶように売れた時代。

で、「みゆきダンスホール」なんだけど連日イモの子を洗うような状態。
で、その時のトップスターが高木ケンジロー率いる「ザ・プラネッツ」でした。

「高崎のミック・ジャガーは角刈りだった!!」


まあ、その歌唱というか腕前はともかく角刈りのミックジャガーのパフォーマンスは受けに受けた。
で、昭和43年、44年と2年続けて群馬音楽センターでリサイタル、まっ、身の程知らずとも言われかねない中、
それでも2年連続2000人超満員でした。

それは高崎という狭い地域での話だけどその意味では「時代の寵児」、今振り返れば。

そんな、ロック、ロカビリーに燃えた団塊世代も全員が高齢者に。
なんと、高崎の「ミック・ジャガー」はとき既にコキです。
ローリングストーンをシャウトし、グループサウンズを情感込めてパフォーマンスする高崎の「ミック・ジャガー」。

ロカビリーならぬ「リハビリー!!」

ゴーゴー、ツイスト、ジルバにマンボ、歌って踊って、
まさに「昭和の風」、あの頃の少年少女、若者の青春パワーで・・・・・
この、高崎の街中を盛り上げようじゃないですか。

日時:12月23日(金・祝)
    PM6:00開場・6:30開演
会場:ココイズミ(ヤマハ楽器跡)
    連雀町四角、金子園の相向かいです。
料金:3,000円(ワンドリンク付き)
<お問合せは:090‐3147‐5363(昭和の風・渡辺まで)>
※チケットの販売は「ココイズミ」または渡辺にご連絡いただければ高崎市内はお届けします。
駐車場は近隣のタイムス等をご利用ください。

12月23日(金・祝)
X'mas昭和の風コンサート
第二弾!!

  


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2016年12月08日

日米開戦から75年

日米開戦から75年



真珠湾攻撃から75年 追悼式典、安倍首相訪問に様々な声

 旧日本軍による真珠湾攻撃から75年となる7日、ハワイの真珠湾では犠牲者を追悼する大規模な式典が開催されました。

 「真珠湾攻撃から75年という節目の年に行われている今回の追悼式典。攻撃を受けた元兵士たちの高齢化が進むなか、例年よりも多くの人たちが参列しています」(記者)

 真珠湾のヒッカム合同基地で開催された追悼式典には、真珠湾攻撃を経験した元アメリカ軍兵士らおよそ4000人が参列しました。アメリカ兵およそ2400人が犠牲となった真珠湾攻撃。この日、全米各地で追悼式典が行われるなか、今月下旬の安倍総理大臣の真珠湾訪問について様々な声が聞かれました。

 「安倍首相に会うのが楽しみです、彼に会いたいですね」(96歳の元兵士)
 「攻撃を受けた側としては(首相の訪問は)当然のことですし、もっと早く来られたと思います」(93歳の元兵士)

 真珠湾訪問後、安倍総理はどのようなメッセージを発するのか、大きな関心が集まっています。(08日08:49).

<引用:TBS系(JNN) 12/8(木) 7:58配信>
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20161208-00000060-jnn-int

>おふくろを私に求めていたのが今頃わかりました(笑)

僕の生母がそうだったかな。僕を産んで10年病臥、脊椎カリエスという不治の病魔。
そして、多分胃がんだったんでしょう、僕が小学校4年の頃下横町の真木病院で胃の3/2を切除・・・・・
そんなわけで生母、家事どころではなかった。
果樹農家だった実家の賄いをするのは僕の10歳、8歳年上の姉たちだった。
それでも生母は大正6年生まれの巳年、最後は完全痴呆症になったが、いつもニコニコしたいた。

「アレ、あんた誰だっけ」

姉が「ハジメだよ」って言っても、「ハジメ?誰だっけ?」

生後まもなく手放した、そのことを忘れたかったように、それまでも僕にはよそよそしかった生母。

そして終末に生母は僕を見て、ニコニコしながら僕の手を握ったどこの誰とも知らずに・・・・・

生母、平成9年口元に笑みを浮かべながら黄泉へと旅立った。

>だから兄弟三人、ごく基本的な生きるための食は自分でしていたようで湯豆腐と納豆。

ご主人の年代から察すると、大変な時代だったんじゃあないでしょうか。
まあ、御多分に漏れず敗戦でどこも貧乏な時代で、生き馬の目を抜く時代だった。
ご主人のご両親、3人の男の子を食べさせるだけで精一杯。

昭和30年代ここ高崎もそうでした・・・・・・

満州引揚者家族、敗戦による離散家族。
大日本帝国陸軍第十五連隊跡には半年ほど連合軍が進駐しその後そこは満州引揚者寮となった。
そして僕が通った保育園には分け合って離散した家族の「母子寮」が。
で、そこに暮らす同級生は小学生の頃から新聞配達、牛乳配達で家計を助けていた。

そんな時代の中、僕ら親世代は懸命に僕らを育てた・・・・・
街のいたるところに親戚縁者を頼って都会から移り住む家族。
僕の家の周りも「間貸し」、6畳ひと間に家族4人、5人は当たり前。
共同便所、共同水道。亭主が夜逃げしちゃって母親と子供が1畳ひと間なんってぇのも珍しくなかった。

今でもそうした同級生に会うと「貧乏比べ」で会話が弾みます(笑)。

あなたのご主人、堅実で、仕事ができて・・・・・
会社ではどんな無理難題を言われても仕事をこなしてきた。
そして一家、家族を支え子供たちを「人」にした。

唯一、甘えることの出来いる、わがまま、無理難題の言えるのが最愛の妻、あなた。

ご主人おそらく、「すまない」と思っているはずです。

でもそれを表現する術を知らない。

僕も言われます・・・・・・

「あなたは、これまでにたった一言でも『ありがとう』ってあたしに言ったことあった?」

いつも心の中でつぶやいてるんですけどね。

「ありがとう」って。

でもそれを、その言葉を口に出して表現する術を僕は知らない・・・・・

僕も知らない。

日米開戦から75年

  


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2016年12月06日

おじいちゃんの夢の話をしよう。②

おじいちゃんの夢の話をしよう。②


「歴史的和解」「同盟誇示」=安倍首相の真珠湾訪問―韓国紙
 【ソウル時事】6日付の韓国各紙は、安倍晋三首相の米ハワイ・真珠湾訪問発表について「歴史的和解」「米日同盟誇示」などと詳しく報じ、高い関心を示した。
 
 ソウル新聞は「第2次大戦で激しい戦いを繰り広げた両国の歴史的和解を象徴している」と伝え、「安倍首相は戦後史に区切りを付け、米日同盟関係をさらに高い段階に引き上げる主役となる」と指摘した。さらに、トランプ次期米大統領も安倍首相の真珠湾訪問を求めており、次期政権との円滑な関係を望む日本側の意向も込められていると分析した。

 ハンギョレ新聞は、安倍首相とトランプ氏のニューヨークでの会談にオバマ大統領が不快感を示したという報道を引用、「真珠湾訪問はオバマ大統領への最後の外交的な贈り物になる」と伝えた。ただ、韓国日報などは「国内の保守勢力の反発を考慮し、踏み込んだ謝罪はしない可能性が大きい」と報じている。 
<引用:時事通信 12/6(火) 9:21配信>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161206-00000040-jij-pol

>「安倍首相は戦後史に区切りを付け、米日同盟関係をさらに高い段階に引き上げる主役となる」と指摘した。

「戦後史に区切り」はいいんだが・・・・・・

それでは「戦前史」、「戦中史」が全く見えてこない。もちろん学校では教えないだろう。

何故あの時代の日本が「真珠湾奇襲作戦」の「宣戦布告」に至ったかの史実が全く語られないまま・・・・・

その歴史に蓋をしようとしている。安倍首相の言う「過ちをくり返してはならない」はそこの「何故」になんの言及も説明さえない。

そして何故300万人もの日本民族の尊い命が失われなければならなかったのか、失われたのかの説明が。

「水に流しますか?」


ひとつには歴史のつみかさねかなぁ〜と・・・・・


今夜は孫娘とその歴史の話を。

それは、僕の歴史の話です。

昭和はすでに平成生まれの彼女たちにとっては歴史。

そして僕の父母は大正元年と、大正6年で説明しようもない歴史・・・・・

で、おじいちゃんのおじいちゃんは明治17年生まれ。

「明治時代」、うん、知ってるよ。

そこで僕が彼女たちに聞いた・・・・・・

「じゃあ、おじいちゃんのおじいちゃんは何時代?」

「江戸時代!!」

「ええっ、“JIN”の世界じゃん!!」

じゃあ、その頃“パパ”(僕のこと)はいたの???」

彼女たちの疑問は解けない・・・・・・

日本がロシアと清国と戦争をして、ロシアと戦争をして、アメリカと戦争をして・・・・・

今、君たちが通う図書館ののあるところからパパのお父さん、おじいちゃんが出兵した(笑)。

何のために、誰のためにということさえ今は語られない。

その当時は、それは「天皇陛下のため」と言われ「国家、国体のため」と言われた。

けして「国民のため」ではなかった。でもそれは歴史の真実・・・・・

おじいちゃんの夢の話をしよう。②
  


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2016年12月05日

おじいちゃんの夢の話をしよう。

おじいちゃんの夢の話をしよう。

高崎市立東小学校。昭和29年度入学式。
1年4組(担任:宮原ハナ先生)


来春に中一になる孫娘・・・・・

どうも国語の成績が良くない。算数はまずまずなのだが(^^ゞ

「パパ、大人になったら何になりたいと思ってた?」

その孫娘、僕のことを「パパ」と呼ぶ。

「呼ばせている」といったほうがいいのかも(笑)。

そろそろ難しい話をしてもわかる年頃かもしれないので僕の旅立ちの話をした。

「へぇ〜、ずいぶん不便な時代だっただねッ」

新幹線もなかった、高速道路もなかった、インターネットなんてさらさらなかったし。

ゲームもなかった、クリスマスプレゼントもなかった・・・・・

「パパが小学校5年の時にテレビが家に来たんだ」

「ええっ、テレビもなかったの?」

その驚きようと言ったら、可笑しいのなんのって(笑)。

「じゃあ、つまらなかったでしょ、何が楽しかったの?」

「そうだなぁ、近所にはパパと同い年くらいの子供が20人くらいいて野球をしたりお相撲ごっこをしたり、べーごま、メンコをしたり、ビー玉をしたり、そらお前、そんなゲームより全然面白かったぞ」

どうやら、それら、べーごま、面子とかビー玉とかは初めて聞く言葉らしい。

そらそうだ、その孫娘の母親だって僕の次女だからそんな遊びは知らない・・・・

「パパはね、音楽家になることが夢だったんだ」

「ええっ、あのテレビに出ている人たちみたいな?」

「そうさ、18の時その道に入るため片道180円の上野行の切符を買ったんだ」

「ええっ、上野って、あの東京の、それが180円!??」

「そうさ、しかも蒸気機関車だぞ、昭和42年」

「ええっ、うそーーー!!信じられない!??」

そしてその頃の時代がどんな時代だったか、今以上に騒然とした世の中で。

国鉄、動労の遵法闘争に労働運動、学生運動華やかりし時代、渋谷の銃乱射事件・・・・・

未だ、意味を掴みかねてる様子の孫娘(笑)。

「そうだ、パパがちょうどお前の今の歳の頃、小学校5年生の時学校の先生がストライキをやったんだ。『勤務評定反対』という」

「なにそれ??」

「それはな、学校の先生がちゃんと生徒に授業をしているかどうか、変なことを教えていやしないかを校長先生がチェックする・・・・」

「なんで、そんなことするの?」

「オマエ、今の内閣総理大臣知ってるか?」

「あっ、知ってる知ってる、最近変わった人でしょ、アベ、アベ・・・・」

「そうさ、安倍晋三。パパが小学校5年の時はその安倍晋三内閣総理大臣のおじいちゃん、岸信介ってぇ人が内閣総理大臣だったんだ」

「なにそれ、孫も総理大臣て、そんなことできるんだ?」

「バカ言え、ここの高崎だってお父さんが内閣総理大臣でその子供が内閣総理大臣だったんだぞ」

「なにそれ、え〜と、あたしのお父さんがケーキ屋さんで、お父さんのお父さんもケーキ屋さん。それと同じってこと?」

「そうさ、それとおんなじことさ」

「なんだ、じゃあ誰にでもできるんじゃないの、内閣総理大臣て」

「そうだよ、だから、オマエもなれるかもしれない(笑)。」

「もういいよその話は、パパの夢の続き聞かせてぇ」

孫娘は、僕がいつもギターを弾いたりドラムを叩いたりしていることが不思議で仕方ないようだ。

「あたしのおじいちゃんて、よそのおじいちゃんと全然違う」

そう、母親である次女に言ったそうだ・・・・・

この話を次女に話したら、

「今度パパに聞いてみれば、パパが子供の頃はどんなだったか」

そう言ったらしい・・・・・

中学一年生。どんな時代が待ち受けてるんだろうか彼女たちの人生には。

長女、次女ははなんとか無事に片付いたけど末娘は苦学生・・・・・

2012年12月28日

おじいちゃんの夢の話をしよう。
  


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2016年12月04日

「保育園落ちた日本死ね」流行語受賞

「保育園落ちた日本死ね」
流行語受賞


1954年、それを「戦後」と言った。
そこには未来への希望に満ちた・・・
「日本」という国があった。


国政関連で唯一「保育園落ちた日本死ね」流行語受賞
 「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンが1日、都内のホテルで発表された。国政関連で唯一選ばれたのは、1人の母親が匿名ブログで待機児童問題への強い不満を訴えた「保育園落ちた日本死ね」。国会で、安倍晋三首相を追及した民進党の山尾志桜里衆院議員(42)が表彰され、「年の締めにもう1度スポットライトが当たり、うれしい」。

 今年2月15日、ネットの匿名ブログに掲載され、強烈なインパクトを残した1人の母親の言葉が、今年を象徴する1語に選ばれた。子どもを保育園に入れられなかった母親が、過激なフレーズで国に不満をぶつけた。「このフレーズが先導するようにして大きな社会問題を現出させた」(選考委員会)と評価された。

<抜粋引用:日刊スポーツ 2016年12月2日9時52分>
http://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1746160.html

「男女共同参画」=「共働き」=「鍵っ子」

そう、昭和40年代、今は「学童」とかがあるが、その時代は・・・・・
「鍵っ子」って言われていた。

まあ、就学年齢児童でしたけど、ある意味「人で不足」の時代、高度経済成長。
で、母ちゃんのお仕事は街中の小売店の売り子、工場の雑務整理。いわゆるパートという言葉が囁かれていた時代。
僕んち近所でも女学校卒業して日本専売公社、電信電話公社に就職、まあ、腰掛けです・・・・・
で、めでたく寿退社で、僕んちの母ちゃんが裁縫なんか教えていたもんで結婚が決まると習いに来てました。
近所に群銀の銀行マン、高橋さんとか言った、まあハナっから専業主婦でしたね、入行数年だったけど。

で、僕んちもオヤジ、ポッポ屋で安月給だったけど、母ちゃん、専業主婦。内職はしてたけど(笑)。
で、同じくオヤジさんがポッポ屋で子どもが3人におばあちゃんがいたなぁ、そこんちの母ちゃんは近所の日清製粉にパート。
まあ、あの時代、こども3人いたら生活大変だったろうけど、おばあちゃんいたし。

で、あの時代、町内、家内制手商工業ですから大家族。
そんなわけで「大黒柱」がどこんちにもあった、しがないポッポ屋のオヤジだって大黒柱だった。
つまり、「オヤジが食してる」、オヤジ一人の収入で家族が生活できていた。

「男女共同参画」=「共働き」?

なんのことはない、平成になってからの自民党政権、男女共同参画とか言っちゃって母ちゃんもフルタイムで仕事しろです。
挙句、夜勤、深夜勤務もOK。つまり、「ピンハネ政策」です。

だって、オヤジだけで平均500万円の年収があったら、母ちゃん、少なくとも「ゼロ歳児保育」なんてしなくていいわけです。
で、「育メン」とか言っちゃって、オヤジに子どもの世話させちゃう風潮なんだが、男にはそういう機能が整ってない。
そもそも男女の性差を無視して「男も女も共同して働け」なんて言っちゃったら・・・・・
子どもの面倒誰が見るの?保育園?保育園なんてせいぜいが就学前の集団生活訓練のためですから1年です。
まあ、幼稚園っていうのがその概念ですから、文科省。保育園はその意味で社会保障の一環ですから「厚労省」。

それが、自民党政権、一切面倒みない。

縦しんばだけど、トランプが日本の防衛は日本政府でなんて言うのがホントになったら日本には兵隊がいない。
子どもがいないんだから、兵士になり手がいない。
まあ、日本の中の極少数のマイノリティっているかいないかわかんないけど・・・・・

そら、軍隊ちゃんとつくるんだったら、兵士は確保しとかなくちゃあアウト。
まさか、傭兵ですか?そんな馬鹿な(笑)。そしたら、保育園も「防衛省」の管轄です。

「自衛隊員募集」=「保育園児募集」

保育園児には食事、被覆、習い事はすべて無料。給料もあげます。いたれりつくせりです。
だって、20年もしたら納税者になるんだし国防の役にも立つんだし・・・・・

「保育園落ちた日本死ね」
流行語受賞

  


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2016年12月03日

2060年「確実に日本が終わる日」②

2060年「確実に日本が終わる日」②

つまり、開発途上国の輸入労働者と日本人のワープアだけの労働者。給料は徹底的に底辺にあわせる、差別をなくすという理由で。で、きれいなお仕事はロボットに、汚いお仕事は下流労働者の手で。

中間層の低所得化子の世代の貧困に、宮本氏
 日本財団の花岡隼人氏と放送大学副学長の宮本みち子氏が1日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、子どもの貧困をテーマに議論した。
 子どもの6人に1人が貧困という現状について、花岡氏は「衣料品や食料品が安く手に入る時代なので、親の所得が低くても生活はできるが、進学先の選択には困るような子が増えている」と指摘。宮本氏は「中間層の所得が低くなり、子の世代の貧困につながっている。学校の教師などが家庭の事情をしっかりとチェックして支える態勢をつくるべきだ」と話した。

<引用:YOMIURI ON LINE 2016年12月01日 23時05分>
http://www.yomiuri.co.jp/national/20161201-OYT1T50130.html

>子どもの6人に1人が貧困という現状について
国策ですから、1%の・・・

2050年は34年後です。
もしかしたら僕ら生きてるかもしれない「イマジン」です。

僕の長女が74歳、次女71歳、玲56歳・・・・
次女の孫娘50歳、49歳、孫45歳。長女の孫、42歳、41歳孫娘35歳。

日本の人口が9000万人台になる年です。
1.4人の現役世代で一人の高齢者をを支える時代。それは果たして可能なのだろうか?
しかし、このままでは必ずやそういう時代がやってくる。

当然、52基ある原発も全てが「廃炉」になる。そして高濃度核廃棄物「ゴミ」の捨て場は?
社会インフラもその全てが耐用年数を超え、臨海の超高層マンション群も建て替えの時期だろう。
高速道路も今ある新幹線も人口減少に伴い利用客は確実に減少する。
笑えるのはたばこ税を増税して旧国鉄の負債25兆円が完済するのが2050年・・・・・
けして遠い未来の話ではない、すぐそこに迫っている「現実」だ。当然

なぜ、時の政府は「人口減少政策」を企図したのか。
人口が減る、特殊出生率が減ると、政府にとって何かいいことでもあるのだろうか?

「男女共同参画社会基本法」が制定され、1999年(平成11年)6月23日

「女性の経済的自立(賃金労働者化)」。

つまり、女性を労働者として位置づけ「経済的自立」なんだそうだが、果たしてそれで健全な「家族」が形成され「家庭」が営まれるのだろうか。
根本的に男と女にはその生物的役割に大きな違いがある。
それは「経済的自立」以前の問題で人間が人間として健全な生活を営むための不可欠な様態があるはずだ。

図らずも、戦後から高度経済成長期までは「団塊世代」ていわれる人口膨張があった。
その人口膨張にその食糧難に危機感を持った政府は「優生保護法」の名のもとに産児制限政策をとった。
つまり、「家族計画」が奨励され、これ以上人口が増えないような政策を企図した。
そのこともあって昭和30年を境に出生数は徐々に減少傾向に、そして「団塊世代Jr」を最後にその特殊出生率の減少は顕著に。

あれから60年が過ぎ、今ではその少子高齢化を危惧し・・・・・・
このままあと60年もすれば現役世代と高齢者の比率が1対1になるという現実に未だ「働き方」を喧伝する政府。

そうした結果を見れば政府自民党の21世紀になっての政策はこの日本を滅亡に導く。

国境をなくして、国家をなくして、グローバリズムという、「資本の、資本による、資本のための政治」。
それは1%の特権と99%「男女共同参画社会」という労働者階級を創り出す。

所得再分配を強度に偏重させる「富裕層への減税、低所得者層への増税。
1980年代までは所得の最高税率は75%、アメリカも同じでその累進課税率は富裕層の労働意欲を減退させるといわれ次第に減税政策に舵取りされた。
「レーガノミクス」、日本では大平内閣、中曽根政権時代の「一般消費是導入」と最高税率の軽減化から竹下政権で導入された消費税。
そしてそこでの統計は消費税導入後の消費税総収入と、所得税法人税減税分が拮抗、大企業の内部留保は300兆円はその外ですから。
まあ、「アベノミクス」も消費税増税と法人税減税、さらに実体経済ではなく「為替」による「株高」ですから明日のことはわかりません。消費は低迷したままです。

「女性の経済的自立(賃金労働者化)」

大変です。長女、早起きしてご飯食べさせて学校へ見送って娘を保育園に送って、それからフルタイムの仕事・・・・・
延長保育で、7時ころ帰宅は亭主と交代交代で、で夕飯食べさせて寝かしつけてと、それが今の日常「男女共同参画」。
どうしたって、母親の方が負担が大きい。そこに「家族」の安らぎはあるのだろうかと気がかりです。

せめて就学児童がいる家庭は、家に帰ったらお母さんがいつもいる。
それにしてもお母さんは大変です。家事、炊事、洗濯、買い物とそれだけで普通に一日が終わります。小さな子供がいる家庭では。
現状では、物理的に子育てはひとりが限界でしょうね。「男女共同参画社会基本法」の下では。

ところで、「世帯収入」なんだが541.9万円(2014年度)とかなんだが・・・・・
なんと、1994年のそれは664.2万円と、20年前より122.3万円マイナス。

名目GDP比較なんだが1994年が≒496兆円。で、2014年が≒487兆円というわけです。
で、今年度は≒500兆円とかなんだが、アベノミクス効果で成長しましたと言ってるけど22年前よりマイナス122.4万円(予想値)。
まあ、いろいろ言われてるけど団塊世代のボリュームが全員退職してサラリーマン(正社員)の高給取りが1200万人は消滅。
で、コンピュータやなんかの普及で事務系はほとんどが派遣とか非正規ですから資本はウハウハ。
まあ、役所もそうです。窓口まで派遣、非正規、水道なんて業務民間丸投げす。
で、いいんだけど公務員人総人件費は、そんなわけで公務員総数は減ってるけど、国立の「独立行政法人」で。

それはそれとしてやっぱり「男女共同参画社会基本法」ですね。

女性、つまりお母ちゃんを「フルタイム労働者」にしちゃった。
で、労働市場だってパイ、分母があるわけだし、これまでは100/100で労働市場は男社会だった。
つまり「世帯収入」はお父ちゃんが普通に稼いできた。つうことは平均世帯所得541.9万円はお父ちゃんの稼ぎ。
お母ちゃんは子育て家事、炊事洗濯、まあこれも対価を求めるとしたら・・・・・
イマドキ、炊事洗濯、ベビーシッターを代行業に頼むとしたら時給3000円取られますから月収にしたら50万円くらい。

まあ、そうやって政府の労働政策、労働市場を「男女共同参画」で分断統治です。
昔は女性の深夜労働は違反でした、つうかそもそも女性の長時間労働はなかったわけで、女性のお仕事は「腰掛」
で、「寿退社」でハッピーエンドだったんだけど、今じゃあ、給料半々だから「奥様」にはなれないという現実。

そら、キャリア積んで働きたいという女性は女性で選択ですから当然高給取りの専門職・・・・・
つう女性の夫もキャリアで高給取りですからそれはそれでなんだが、いわゆる昭和60年代まで中流と言われた階層が消滅。
今や、「上流」と「下流」しかいなくなっちゃった。
それだものいくら安倍首相でもわかってるはずです、子どもなんか作って養育してる間なんかないってぇこと。
つまり、人口減少は「国策」。高齢者は黙っていても自然減してゆきますから、あとはロボットと低賃金「輸入労働者」TPPです。
2060年「確実に日本が終わる日」②
  


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