2019年10月06日

10月2日、北朝鮮がSLBM、やらせとけ!!

10月2日、北朝鮮がSLBM、やらせとけ!!

所詮、イラク、フセインの二の舞。
消されます世論を味方に。



北朝鮮の新型SLBM、日本全土が核攻撃の標的に

数多 久遠 (数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)

 10月2日、北朝鮮がSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を発射した模様です。SLBMは北朝鮮にとって、核兵器の投射手段として当面の最終開発目標と考えられており、北朝鮮は、これ(と核)さえ手に入れれば、アメリカを抑止し、攻撃されることを防ぐことができると考えていると思われます。

 このため、今回の発射は、日本ではそれほど大きく取り上げられていませんが、軍事・安全保障面では非常に大きな意味のあるものです。

<抜粋引用:2019/10/06 06:00 産経新聞>

あのね、もししれが事実なら俺ら眠ってる間に天国ゆきです(笑)。

やらせとけよ、どうせ軍産複合の芝居なんだから。

イラクのフセイン見ればわかるだろっ、「大量破壊兵器ない」って言ってるのに、「ある」って。

小泉もいい加減な奴で、「無いなら無いことを証明しろって、ま、フセインから言わせたら無茶苦茶(笑)

で、金正恩なんだが、どこまで続くんだろ、この猿芝居。

北朝鮮、技術もなければ金もない。「やったやった」は日本政府だけ。

まあねぇ、拉致家族奪還するんなら、安倍ちゃんが政府専用機で航空自衛隊を警護につけて、平壌へ飛びなさい。

そして、拉致被害者を全員自衛隊の輸送機に乗せるまでは一歩の平壌空港を退きませんと。

その間、航空自衛隊の戦闘機、輸送機が平壌空港を出たり入ったり・・・

どこか問題ありますか、日本政府として日本人拉致被害者を救出することに何の問題があるんでしょうか。

ま、その模様、様子は国際中継です。北朝鮮が日本政府専用機、及び自衛隊戦闘機を不法侵入というんなら、北朝鮮こそ日本に不法侵入して、日本人を拉致した。

明らかに戦闘行為です。そしたらそれを救出、奪還するのに、それが不法侵入ということはありえません。

まあ、いつまで金正恩と軍産複合体の茶番に付き合ってないで、我が、日本政府本腰を上げませんか。

もしどこで、平壌の政府専用機が北朝鮮軍によって攻撃されて爆破されるんなら、いいじゃないですか、全面戦争です。

超法規的手段によって自国民を救済しようという政府、咎めを受ける理由はありません。

これまで、3家族の奪還、その後何の対策も講じられないまま月日ばかりが過ぎている。

ま、本星は北朝鮮じゃあない。北朝鮮には技術も金もない。とすると日米合作でしかない。中ロもやる意味がない。

10月2日、北朝鮮がSLBM、やらせとけ!!
  


Posted by 昭和24歳  at 20:15Comments(0)

2019年10月06日

不器用な月

不器用な月


それは、友人の突然の訃報だった。

一昨年の3月のことだ。毎年恒例の僕のシューベルトサロンでの演奏会のご案内を兼ねて近所のファミレスに児玉を誘った。

「ああっ、行くよ行くよ、今度はカミさんでも連れて行くかなぁ」

いつものように上機嫌で快諾してくれた。

児玉はイベント催事の仕込み業を県内のみならず北関東全域と手広くやっていた。
もちろん、その多忙の中にも僕の演奏会にはご光来いただいていた。ご同伴者は奥さんではなく息子さんであったが。
そしてその後も、月一、定例でやっているライブハウスでの演奏会にも都合のつく限り駆けつけてくれていた。
アレは一昨年の暮れの演奏会だったが、足利のデパートでの催事が片づかなくてとのことで演奏会終了後だったが、やはり息子さんと「悪かったなぁ」と例のあの調子ですまなそうに僕を労うように言っていたその時の児島が今でも僕の脳裏から離れない。
それから年が変わって、毎月のライブの案内、携帯のショートメールで欠かさなかったのだが、一度だけ「悪いなぁ」という返信があっただけでその後、決まって案内しても返信は来なくなっていた。
来なくなっていたというのも毎月のライブの案内は100通以上するので、まあ、児島のことだからさぞかし多忙なんだろうとあまり気にも留めることはなかった。
いつも、至って快活で元気な児島だったので夢々、その真逆を想像すらできないでいたのだった。

この3年ほどの短い時間に立て続けに音楽関係の仕事仲間だった先輩、後輩が亡くなった。死因はいずれもガンだたが。そして僕の義姉も闘病の末逝った・・・
さらに、僕のバンドメンバーの兄、僕より一つ年下だったが脳梗塞で急逝した。さらにこのところ僕のライブには必ず来てくれていた岡島さん、昭和28年生まれだが飲食中にとある店でやはり脳溢血で急逝。
しかし間違っても児島にそんなことはないだろうと想像さえしなかった僕は決まって今年2月にもライブの案内のメールをした。すぐに児島の携帯から返信が来た

「おおっ、今度は来てくれるのかな」と嬉しくなり受信ボックスを開くと…

「いつも、いつもご連絡ありがとうございます。主人は昨年の10月に他界しました。渡辺様のご案内はいつも主人には伝えております。これからもお元気で頑張ってください」

そうだったのか。あれほど、人一倍元気だった児島が、一昨年の年末から一年としないうちに亡くなっちゃうなんて。
後にうかがったのだが、「誰にも言うな」ということだったらしい。今自分の身に起きていること「なんでなんだと」もちろん児島、当の本人が「真逆」の心境だろう。死ぬなんて想像もしていなかっただろうと。

児島と僕は同い年で、ある友人を介して親しく付き合うようになった。
児島は優秀だったようで、某進学校を卒業していた。一方僕は落ちこぼれで、というかあの時代エレキをやっていると不良だと言われたその時代に市内の某ダンスホールでエレキ弾いて小遣い稼ぎしてたのだから、不良も不良、その児島とは別物の人生だったのだが、児島の話では…

「俺、よく行ったよ。お前たちが演奏しているダンスホールへ、なからやばかったけどな」

まあ、その当時のダンスホールって言ったらタバコは当たり前で、シンナーやってる奴とか薬でラリってる奴とか、さすが「ヒロポン」はなかったけど、風邪薬のアンプル注射しているチンピラさんもいたし。もちろんそのダンスホールの用心棒は本物のヤクザ屋さんだし、ホールでケンカが始まると、まず警察は絶対来ません。本物のヤクザ屋さんが数人でドカドカ来るだけで蜘蛛の子が散るように収まりましたから、そんな時代でした。
まあ、ケンカが始まってもヤクザ屋さんが緊急出動してきてもバンドはしっかり演奏してましたけど。で、バンドの連中、基本、「不良」でしたから何が怖いたって「補導」のセンコーでした。
もっとも、補導のはバンドの連中をどうこうするわけではなく、タバコ吸ったり、シンナー吸ったり、薬でラリってる奴を補導するのがお仕事ですけど、まあ、ダンスホールとしてもバンドの連中を補導されたらたまりませんから、2階にあったホール、補導がモギリのところで押し問答してる最中にライトが点滅します。すると、ステージの後ろからダンスホールのママさんが、そっと扉を開けてくれて・・・・・

「ちょっと、あんたたちここに隠れていなさい」

そう言って、

「タバコとか変なもん持ってたらおばさんに預けなさい」

まっ、「変なもん」さへ持ってなければいざという時は逃げられるからです。まあ、あの時代です、ダンスホールの経営者ともなれば警察にもその筋の方とも深い絆があったようですし。

そんな昔、50年近く前を思い出して、児島「もう一度あの頃の曲やってくれよ」という、リクエストにお答えしての今年からのライブだったのに…

「聴いてるかい、児島。ほらトミさんが歌ってるよ『悲しき願い』『ストップザミュージック』『アンチェインマイハート』だぜ」

思えば、みんな不器用な生き方だったけど、児島は器用だった。
そのせいか、少し急いじゃったのかもしれないね。

不器用な月

  


Posted by 昭和24歳  at 08:47Comments(0)

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