2008年12月31日

ヒルズの刃物男「派遣切れ」

ヒルズの刃物男「派遣切れ」





調べによると、椎名容疑者は平成17年に都内の有名私大を卒業。定職に就かず、美術関係のアルバイトなど職を転々としていた。
直近の仕事の業種は不明だが、派遣社員として働き、12月中旬で契約が切れていた。住居は杉並区天沼のアパートで、1人暮らしだった。

椎名容疑者は「今後、仕事に就くあてがなく、人を驚かせてやろうと思い、包丁を振り回した」と供述。
六本木ヒルズを選んだ理由としては「自分を誇示するため、繁華街を選んだ。六本木ヒルズならたくさんの人がいると思った」と話している。

また、「逮捕されなければ、人を傷つけてしまったかもしれない」とも供述している。

ということだが・・・・・
“都内有名私大”といえば「六大学」しかないじゃあないか(笑)。

そもそも派遣ってなんなんだ!!???

これまでだったら、特殊技能、技術をもった人間・・・・・
例えば、特別なコンピュータ技術者とか、通訳とか会計士とか、そういう者がより有利なギャラを求めて、
また、そうした特殊技術者を紹介する会社が、いうところの“派遣会社”ではなかったのか。
その意味では“弁護士”なんて典型的な“派遣”じゃあないか・・・・・・

派遣労働法は、原則自由化、つまり工場労働者にも適用される改正で、平成15年6月6日可決成立し、平成16年3月1日から施行された。

今日の“派遣労働法”は明らかに、経団連をはじめとする大企業、製造業がその政治力を背景に、嘘で固めた“グローバル化”とか、
国際競争力に勝つためとかで、人件費抑制、社会保障費負担逃れ、つまり脱税を前提に工作した政治犯罪ではなかったか。

これがその犯罪的政治工作の証拠だ!!

トヨタ自動車の場合、期間工の日給は約一万円。二交代制の手当を含め年収約三百万円(残業代を含めない)です。
年間九十億円あれば三千人の雇用を守ることができます。九十億円は株主への〇八年度の中間配当総額二千三十七億円の5%分にもなりません。
トヨタの発行株式数は三十億株超です。一株当たり一円の配当で約三十億円。


以上、赤旗引用抜粋なんだが・・・・・・

08年度中間配当が2317億円で、派遣切りした3000人余りの人件費が90億円だという。
こんなことがまかり通るような政治体制をゆるしてきたのも、残念ながら、実はわれわれ国民なんだ。
森、小泉、安倍、福田と・・・・・
小渕政権の「世界一の借金王!!」を豪語しながらカブを持ち上げてオドケテ見せたそのふざけた政治以降が今日のこのありさまなのだ。


しかしだ、こんな時代の中にあってもほとんどの国民、大衆はそれこそ賢明に生きている。
それを、“都内有名私大”を卒業したという、それなりに教育を受けたであろう一人前の男があろうことかその“派遣切り”を理由に・・・・・

「刃物を振り回す」

僕のところだって、ご案内の時代、その不況の波はもろに受けている・・・・・
娘たちだって子育てをしながらこの厳しい環境を、それこそ懸命に生活している。

そろそろ気づくべきだろう・・・・・
政治は、与野党、しらばっくれている。その法律が改悪だったことははっきりしている。
派遣労働者とはつまり“日雇い”でなんの保証もない・・・・・それを法律が認めてしまった、憲法違反!!
今からでも遅くはない、そうした派遣労働者を使った企業に、“雇用保険税”、“健康保険税”、そして“年金保険税”を強制徴収しろ!!

「100年に一度の危機」をいうなら、「100年に一度の政策」だ!!!!!

この際、愛国心を言うなら大企業法人税の増税、高額所得者への累進課税強化・・・・・
少なくとも昭和40年代、50年代の税制に戻すべきではないか。

そんなことをすれば、富裕層がこの日本から逃げていく・・・・・・

NHKの討論番組でも9月の時点でそんなことを言っている奴もいたが、
出て行くなら出ていけばいい・・・・・
で、一体どこへ出ていくというのか(笑)。
小さい政府、自由競争のアメリカですか?アジアですか?中国ですか?ヨーロッパですか???
日本人でいるからこそ、日本で仕事をしているからこその高額所得ではないのか・・・・・・

まあ、政治はその富裕層と国民大衆の板挟みというか、政治家そのものが“富裕層”。
今の政治を変えることは、今の政治家には誰もできない!!
しかも、1年ごとの二人の首相辞任、と首相交代で、今の麻生首相も1年未満は確実だ(笑)。

共産党も、社民党も思想が邪魔をしている。解党してでも国民政党として糾合するというなら話は別だが・・・・・
民主党は自民党と何ら変わるところはない。半年前だったら、中途半端な誤魔化し、それで「政権交代!!」とお茶を濁せたかもしれないが、
今は、その様子は一変してしまった。

幕末、そして大東亜戦争敗戦、占領・・・・・

そこから、変わった時のようなダイナミックな変革がもはや待てない状況ではないのか。
そして、今日のそれには、幕末の時のような、あの敗戦時のような“外圧”がまったく存在しない。

日本人自らが“変革”しなければならない・・・・・・

グローバルスタンダードも死んだ、アメリカもその意味では死んだ。
世界で、誰もこの日本にこうしろああしろとはいえない状況に今日はある・・・・・
日本人が、日本国民が自ら決しなくてはならない時代になってしまったのだ。

年明け、その試金石の時代が明日はじまる!!
良いお年を!!!!!


  


Posted by 昭和24歳  at 19:41Comments(0)

2008年12月31日

“赤ちょうちん”

“赤ちょうちん”

それは34年前の僕らの始まりでもあった・・・・・



“赤ちょうちん”というか♪神田川♪なんだけど・・・・・・
僕が手拭いをマフラーにして、彼女が石鹸カタカタ言わせたのは成田町の竹の湯でした。
たしかに、裸電球で西日さえあたらない街はずれのアパート。
驚いたことにまだそのアパートあるんです。もちろんだれも住んではいませんけど・・・・・

で、よく二人で“赤ちょうちん”へ行きました(笑)。


“赤ちょうちん”


さて・・・・・

それは、できれば縄暖簾のその横に“さも”といった趣でぶら下がる“赤ちょうちん”。
それはどちらの“赤ちょうちん”もチョイとした横丁の・・・・・それ・・・・・
それを麻生太郎風にいうなら、いわゆる「下々のみなさん!!」、庶民のオアシスとでも云ったところだろうか。

それなりの歴史が染み付いたというか、手入れの具合のいい店だったりすると・・・・・柱もカウンターも黒光りしていて、まあ、化粧っ気はそこそこの飾り気のない女将というかカミサンがその亭主を厨房に商っている。
そんな、気の利いたというか、オアシスと言うか、夢のような“赤ちょうちん”はもうない・・・・・

「ぐつぐつ」と煮えたぎるモツ煮の大鍋も相当年季が入っているのか小気味良い。それが音を奏でながら客をまっている。
そう・・・・・そんな店があった・・・・・

そんな店はなにも小奇麗である必要はない。
できれば、灯りは「松下式二股ソケット」の「紐付き2段切替スイッチ」あたりが隙間風に触られてかすかに揺れていると嬉しい。
それにいくらかヒシャゲタ“アルマイト製”の灰皿と、箸もけして割りばしなんかじゃあなくて、やはり年季の入った塗りのやつ。

更に欲を言えば格子の障子窓には雨露を耐え忍んだであろう、幾重もの染みでもあれば肴には困らない。
そして、それの開け閉めにはいつも一工夫させられる滑車の引戸・・・・・・
もちろん格子に曇りガラスで取っ手の所は庶民の血と汗と涙が染み付いて黒光りしているやつ。
そして時期でも良ければ、開け放たれた障子、格子の隙間から知った顔がチラホラ覗ける。
それでもどう云うわけか素のままだとそれなりに気を遣いながら開けかけた暖簾をそっと避けて具合のいい席を選る・・・・・・

「ここが空いてるよ」

と、常連だろう何気に気安い。

そう云った店は団体で来る客はそうはいない。大概が一人か二人と決まっている。
それでも3人寄らずとも、そこそこに仕上がってくるとつまらない揉め事を肴に結構賑やかになる。
贅沢なブランデーやウイスキーなどは無い精々がニッカかトリスのか「角」、それもポケットだったりする・・・・・
店の中は口角に泡を飛ばし、日々日頃の溜飲を下げるかのような俄か天下人の五月蝿さが滑稽さを誘う。
しかし、そんな“俄か天下人”もそこのカミサンにあってはとりわけ形無しで一言文句も言われようもんなら・・・・・
そう、それはまるで蝿取り紙にと捕まっちまった蝿が裸電球にに透けてジタバタしているさまのようにオロオロする。

贅沢だろうか・・・・・

そうかもしれない。否、贅沢である。
本当に贅沢であった。今はもうその店はない・・・・・

“中熊”

僕らはそれを、「チュークマ」と呼んでいた。高崎の夜の政官財界奥座敷として名を馳せていた“宇喜代”の路地を挟んだ、その辻向かいに“中熊”はあった。
“宇喜代”がお偉方の奥座敷なら、“中熊”は「労働者の奥座敷」といったところだろうか・・・・・
それにしても棲み分けの良い時代ではあったものだ。

“中熊”は亭主は厨房で肴を、おかみさんはカウンターで鍋守奉行・・・・・・
何と言っても、一番のウリ「モツ煮込」である。相当に年季の入った仕込であることはその味が証明している。
器は瀬戸物、箸はけして割箸などであろうはずがない。上物ではないにしろその塗り箸の持て成しだ・・・・・・
それに、季節物の“漬物”。これが絶品である。当然、夏場は茄子と胡瓜、カブ、の糠漬け。そして冬場は白菜漬け・・・・・
申し訳ないが、これにその「煮込み」があれば、“宇喜代”とて敵うまい!!
とは言うものの、小生、“宇喜代”とやらに上がれるほどの身分でないのでその比べを知る由もない、只の僻みかもしれないが。
何しろ、“宇喜代”とやら、蛇が出るのかヘビが出るのか畏れ多く、そこで一体どんなものを飲ませて食わせてくれるのかは想像もしたことが無いのだから。

酒の銘柄は憶えていない、その“中熊”・・・・・・
と云ううより“中熊」”を、「チュークマ」と呼ぶくらいだから、小生、頂くのはもっぱら焼酎、ご存知の「ウメ割」だ。これも矢鱈と逸品である。
分厚いカットグラス・・・・・そんな気取った物ではないただの分厚い「コップ」。まあ、その分厚いコップにもそれなりの商いのコツがあったようだが・・・・・
その分厚いコップとその皿受けに零れても尚、並々と注いでくれる「ウメ割り」。

中学で習った・・・・・?

小学校だったか、「表面張力」。その表面張力に嬉々としながら・・・・・
まず、両手を膝の上に置き、嬉しさを隠し、徐を装いながらグラスに口づけ、「チューッ!!」っとイクッ!!

まさに、それこそが「チュークマ」!!

途中、溢れ零れた皿受けの「ウメ割」を、まるで子どもの頃に駄菓子屋で「さぐり」に当たった時のような気分でコップに戻す・・・・・

<少し増えている・・・・・!!>
 
裸電球に透かして量を確かめ「ニンマリ」する。

その“チュ―クマ”のもうひとつの売りは「濁り酒」だ。
誰とはなしに酒飲みが度胸試しのつもりでそれを覚える。変な話、胃カメラの時の「バリュウム」のような感じが最初の覚えである。
慣れて来ると確かに美味いに違いは無いが兎に角、足腰に来るのが騒ぎである。僕は2杯目は遠慮する事にしていた・・・・・

“チュークマ”のそれは、昭和45年、僕が当時隆盛の「キャバレー」でドラムを叩いていた頃の時代の話である。
まあ、そんな店は今はもうない・・・・・
いや、一つや二つはないとあまりにも寂しすぎるので、大事にしまって置いてあるところが、あそことあそこにある。

そのあたりを次回は描いてみたい・・・・・  


Posted by 昭和24歳  at 13:37Comments(0)

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