2017年09月15日

【My way】僕は人生の終幕を迎えているのだ



20代始めの頃の音楽仲間の訃報が入った・・・
同い年の彼はピアノ弾きで僕らの演奏するキャバレー時々演奏した。
僕と彼がそんなつながりがあったことは誰も知らなかった・・・・・

68歳。咽頭ガンを患っていたんだとか、仄聞はしていたがこんなに早く逝くとは。

こうしてブログを書き始めて15年くらいになるだろうか・・・・・
幼かった末娘も23歳、来年には僕の手から離れ「マイウエイ」を歩き始める。
まだまだと思っていた僕もカミさんも気づいたら結構な歳になっている。



My way  マイ・ウェイ

そして今や終わりが近づいている
僕は人生の終幕を迎えているのだ
友よ、はっきと言おう
確信を持って言うことが出来るよ
僕は精一杯生きてきた
どんな道も避けずに通ったが
更に、それ以上に自分の道を歩んで来たのだ

少しは後悔することもあったよ
いまさら言う程の事ではないが
目を逸らさずにするべきこととはしたし
自分で立てた人生の設計図をもとに遠回りをしながらも慎重に歩み
更には、それ以上のことを自分なりの方法で成し遂げたよ

だが君が知っての通り
自分の力を超えたことをして持て余したこともあった
だけどどんな時でも、疑問が残れば
それを食い尽くしてからそいつを吐き出してやった
僕はひるむことなく何にでも立ち向かい、自分の道を生きてきた

僕は愛し、笑い、泣いた
欲しいものは手に入れたけれど、失うこともあった
そして今や涙は乾き、楽しい思いで一杯になったのを感じるよ
僕がして来たいろいろなことを考えると
ためらい無く言えるだろうけれど
「ああ、いや、そうではないんだよ、僕に限っては、自分の信じることをしてきたのさ」

男として何をすればいいのか、何を得れば良かったのか?
自分を偽れば、彼が本当に感じた事を言う事も出来なければ
祈りの言葉も口にすることは出来ないだろう
僕の人生の履歴は僕が戦いながらも
自分の信ずるままに生きてきた証なのだ!

そうさ、それが僕の生きる道だったのさ


今度のライブでは友人がこの「マイウエイ」を歌う。
第九のメンバーで、先日の加藤登紀子さんのコンサートに出演していた。
そんな彼も第二の人生を、マイウエイを歩いている。其々だろう・・・・・

そう、僕には第二の人生というものがない。

「一筋」と立派なことを言えるわけもないが、気づいたら「コレ」だけだった。

いつも書く事だが、僕らの世代は上の写真にあるように昭和29年8月、戦争が終わって10年・・・・・
みんな無邪気な笑顔で東京大空襲も広島長崎の原爆もまるで嘘のように希望ある未来を予感させている。

母がよく言っていた「空襲警報が鳴らないってほんとにいいね」て。

でも、日清製粉の時間を知らせるサイレンが鳴ると「やだよ」と顔をしかめたものだった。

あれから60年からの歳月が流れた、そんな平穏な時を追い立てるかのように朝携帯がけたたましく鳴った。

「やだよ」と顔をしかめた母を思い出した。

高校2年の孫娘を頭に、3歳になる孫娘まで6人の顔が瞬間過ぎった、マイウエイ。



Posted by 昭和24歳  at 17:47 │Comments(0)

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