2012年09月22日

【のりピー】文科省、群馬「堀越学園」に解散命令へ

【のりピー】文科省、
群馬「堀越学園」に解散命令へ




堀越学園ったら「創造学園大学」、
のりピーなんだけど、どうしましたか?
のりピーも芸能界復帰とか・・・



のりピー、信長の妹「お市」で12月舞台復帰
 覚せい剤事件で執行猶予中の元女優、酒井法子(41)が12月中旬に戦国~安土桃山時代を描いた時代劇舞台で芸能界に復帰することが21日、分かった。
<抜粋引用:サンケイスポーツ 9月22日(土)7時51分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120922-00000002-sanspo-ent

まあ、そんなわけで「堀越学園(創造学園大学)」です。

まっ、時代って言っちゃったら、それまでなんですけど・・・・・

コレ、↓

文科省、群馬の「堀越学園」に解散命令へ
 経営が悪化している群馬県高崎市の学校法人「堀越学園」(大島孝夫理事長)に対し、文部科学省が解散命令を出す方向で調整していることが20日、分かった。

 10月上旬に学園側の言い分を聞く聴聞を実施する。解散命令が出れば、学生が通学している大学の経営母体に対して初のケースとなる。

 学園や文科省の関係者によると、文科省は今月、学園に聴聞の実施を文書で通知した。私立学校法に基づく解散命令を前提に、意見を聴取したいという内容だったという。同学園は、東京都中野区で堀越高校を運営する学校法人「堀越学園」とは無関係。

<引用:読売新聞 9月21日(金)10時55分配信>
ソース:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120921-00000362-yom-soci

まあ、アレです、一番被害を被るのはそこの学生でしょ。

で、「堀越」っていったら、昭和40年代、50年代は名門幼稚園、たしか?

当時は高崎二中と道路を挟んだところにあって・・・・・

まっ、チョイとしたいいところのお坊ちゃん、お嬢ちゃんの通うところ。

そういえばいち早くスクールバスというか、通園バスで。

で、「団塊世代ジュニア」の時代がピークだったんではないだろうか。

で、今日、現代、お寺というお寺が保育園作っちゃったりして・・・・・

まあ、人口集中する大都市部では「待機児童」とかだが、この辺じゃあ、アレ、

「園児募集」が今頃大変なんじゃあないの、少子化だし今後は一そう(^^ゞ

で、まあ、昭和40年あたりから、高校もどんどん新設されて、消えるところもだけど。

で、高校だけじゃあやってゆけないのか、短大、4年制大学、専門学校とかも・・・・・

まっ、僕らの時代、昭和30年代後半あたりからが、やはり黎明期?

まあ、僕らは「ミュージシャン」を夢見てだったんだけど、いろんな奴いました。

カメラマン、グラフィックデザイナー、ファッションデザイナーとか色々でした。

「セツモードセミナー」とか「千代田デザイナー学院」とか色々、いろいろ(^^ゞ

で、平成も24年の今日、そういう若者もほとんどが「還暦」過ぎちゃって(笑)。

まあ、大学もそうです。高度経済成長期で重厚長大企業とか流通とか。

とにかく、「コカ・コーラ」、「ペプシ・コーラ」のボトリングが始まったばかりの頃でしたから。

高崎の街中だって商店は活況で、デパートも藤伍、スズラン、八木橋、十字屋、田原屋etc

おまけに、「高崎問屋町」まで出来ちゃって求人は引く手あまた。

さらに、沖電気やらマックスやら、プラス工業団地も造成されちゃって・・・・・

夜の街は夜の街で、グランドキャバレーやら、クラブ、純喫茶やら、

ファミレス以前のお話で、当然、らっちゃん、三明、大連、五十番、来来軒とか、

そうそう、白銀町のサカイレーコードの並びにあった、たしか「東海楼」だったか?

あそこの、大ぶりの「ギョウザ」も美味かったなぁ。

今、往時を偲ぶって言ったら、「成吉思汗」くらいしか見当たりません(^^ゞ

そんなわけで、その「純喫茶」だけど、高崎の街もそんな「純喫茶」で溢れかえっていた。

で、「純喫茶」だけど、「スナック」っていう言葉が闊歩する前のお話です。

つまり、高崎駅前にもあったんだけど「上野バー」だったか、「バー上野」だったか?

そのぉ、つまり、「お酒」、アルコール類を供さない、まあ、コーヒーショップ?

いったら、「スタバ」みたいなもんですね。今の高崎の街中には一軒もないけど「純喫茶」。

で、古い話なんだけど「昭和恐慌」、戦前です。そんな時代に・・・・・

「大学は出たけれど」

『大学は出たけれど』(だいがくはでたけれど)は1929年に公開された小津安二郎監督の日本映画。サイレント映画である。

公開当時は70分の長編映画であったが、現存するのは11分ほどのフィルムのみである。

解説 [編集]大学卒業者の就職率が約30%という不況の底にあった昭和初期を舞台に、職に就けない男が奔走するさまを小津がコメディ・タッチで描いた作品。

この映画は、小津映画の中でも比較的初期の作品だが、作中には庶民生活の詳細な日常を描写する作風の原型がすでにあらわれている。また、本作は原作で小津の盟友の清水宏が監督する予定で企画が進められていたものだった。

あらすじ [編集]大学を卒業したものの定職につけない徹夫は、故郷の母親に「就職した」と嘘の電報を送ったことから、母は婚約者(町子)を連れて上京。ふたりの嬉しそうな顔を見ると、徹夫はなかなか本当のことを言い出せずにいるが、徹夫の嘘を見抜いた町子は、徹夫に内緒でカフェで働き始めた…。

<出典:ja.wikipedia.org>

まあ、小津映画、「トーキー」です(^^ゞ

で、僕が知ってる「大学は出たけれど」は、昭和30年のやつ・・・・・

ちょうど干支が一回り上の従兄が大学入試の頃の話でした。

その従兄は、実家が戦後最も好況だった東京のタイル業で、まっ、ホントは跡取りなんだけど、

どうしても大学に行きたいと、職人になるのは嫌だと。

「バカヤロー、大学なんて出たった大した稼ぎにゃあなんねぇぞ」

従兄の親父さんのセリフ、で、結局跡をとったのは男3人兄弟の末っ子、昭和18年生まれ。

で、従兄は大学卒業して「水産会社」へ、2番目の従兄は「サンウェーブ」へ。

まあ、跡を取った末っ子のタイル業も、当時は好況に沸いたけど、今は後継なし。

まっ、アレから従兄達にしてみたら50年だけど、何良くて何が悪かったんだか?

そんなわけで、堀越学園(創造学園大学)の「解散命令」とかなんだけど・・・・・

たしかに、学生さん、逡巡の思いだろうけど、そういう時代と諦めるしかないのかも(^^ゞ

まっ、いろんな時代があるわけですから、なんともし難い。

そのうちには、いいこともあるでしょう。「近いうちには」は?ですけど(笑)。

【のりピー】文科省、
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Posted by 昭和24歳  at 14:58 │Comments(0)

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