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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション  at 

2015年06月06日

今日、6月6日は次女“優”の誕生日ヽ(*´∀`)ノオメデト─ッ♪

今日、6月6日は次女“優”の誕生日ヽ(*´∀`)ノオメデト─ッ♪



保育園の運動会でいっぱい頑張って、
メダルをもらった年中さんの優・・・・・



人が人に優しくなれる時はどういう時なんだろう。
それは言葉であり、眼差しだった・・・・・
次女のその「足」を人に見られていやな思いもずいぶんした。
しかし、人の優しさにも、いっぱい出会えた。

僕が僕である理由は、僕のことでもそうだが、
次女「優」のそれには十分すぎるほど「育てられた」・・・・・
そして、いろいろなことを教わった。



街外れの小さな産院で、次女が生まれた。

誕生の知らせに、急いで産院へ・・・

僕は長女、千春の手を引いて戸を開けた。そこは畳の部屋だった。

「赤ちゃんは?」

千春はお姉ちゃんになる期待と不安の様子でママに聞いた。

「赤ちゃんね・・・病気なんだって、だからまだ先生のところにいる」

「な~んだ、早く見たかったのに」

千春は保育園の年少。ヒヨコのアップリケのついた遊び着をつまみながら残念そうに言った。

「パパ・・・」

ママの顔が曇っている。うっすらと涙を浮かべている。
得もいえぬ動揺が僕を過ぎった。

「女の子」

僕は瞬間「五体満足」と言う言葉が突き刺さるのを感じた。

「直ぐ手術しなくちゃダメだって・・・先生言ってた」

しばらくすると看護婦さんが産着に包まれた赤ちゃんをママの横にそっと寝かせた。

「ママ・・・どうしたの」

千春が不安そうにうっすらと涙を浮かべたママに寄り添う。

「先天性内反足」・・・・・・

2万人に一人くらいの「奇形」だと後で先生から説明を受けた。
2680グラムの両足に添木をされ包帯がぐるぐる巻きに。
今まで他人事だったそう言う現実。
それが自分の身に降りかかってくることは想像もしていなかった。

「3日後には整形で手術をしなければ・・・って。整形外科はここの先生紹介してくれるって」

「そっか・・・」

僕はそれを言うだけが精一杯だった。

「病院通いなれてるしな・・・」

「うん・・・」

ママも少し笑いを浮かべながら頷いた。

実は長女も早産で、とは言っても予定日より20日ほどだが、それでも2700グラム。
その千春はママの母乳を一切受け付けず、産院から退院後すぐ石原の「村田小児科」へほぼ毎日通う日々がつづいた。
結局、村田先生の勧めで「ボンラクト」をミルク替わりに飲むことで、お誕生の頃には超健康優良児に。
そんなこともあって「病院通い」は日常ごとだった。

次女には、優しい子であってほしいと、「優」と名づけた。

産院を三日で退院すると、紹介された樋口整形外科に行った。

「お父さんお母さん、大丈夫。心配しないで」

樋口先生は僕らを元気づけるが、僕らの不安はいっそう高まるばかりだった。

「お母さん、赤ちゃんをしっかり抱いていてね」

そう言うと先生は優の足首を力一杯に捻った。

「ギュギュギュッ」

優は火がつくようにどころか死んでしまうのではないかと思うほどの叫び。
それは、泣くと言うよりは悲鳴をあげるように・・・・・

「先生っ・・・・」

「大丈夫、大丈夫」

僕もママも声を上げて泣いていた。

<きっと恨んでるだろうな、優>

生まれて直ぐ地獄に突落されて、一生分の苦しみを、そして涙を・・・・・

「大丈夫大丈夫。生まれてすぐの赤ちゃん骨柔らかいしこうして矯正するだけでよくなるから」

「歩けるんでしょうか」

「大丈夫大丈夫。まあ普通の赤ちゃんよりは歩くの遅いかも知れないけどね。
でもギブスをして、装具をつけて、幼稚園に行く頃3才くらいになれば元気に飛び跳ねますよ。
ただし、装具は小学校卒業するくらいまでは必要かな」

先生のその言葉に幾分かは救われたような気がした僕とママだった。
それからと言うものは「優」毎日の整形外科通いが始まった。

優は長女、千春と違ってママのおっぱいをむしゃぶりつくように飲んだ。
それでも足りなくてミルクをいっぱい飲んだ優。丸々と太った優。

そんな優の脚に六ヵ月後、重い石膏のギブスがその丸々とした脚に硬く巻かれた。
石膏のギブスは一年は外せないと言われていた。
冬はいいにしても夏の暑い時は痒がって泣いた。でもどうすることもできない僕とママだった。

一歳半くらいのある日のことだ。ママが突然大きな声で言った。

「パパ、パパッ、優が歩いた、優が歩いた。ほらっ、パパ、パパ、優が自分で歩いてる」

顔をくしゃくしゃにしながらママは叫んでる。嬉しくて嬉しくて叫んでる。その目には涙が・・・・・

<ゴツンッ、ゴッツン、ゴツンッ>

と音を立てながら優は歩いてる。
ニコニコしながら歩いてる。
僕に向かって「パパッ、パパ」と、キャッキャ言いながら歩いてくる。

<良かった、良かった。本当に良かった>

 僕はそう自分に言うとそんな満面の笑顔の優を抱きしめていた。
ママも嬉しくて目を真っ赤にして泣いていた。

「少しでも歩くようになったら、ギブスとろうね」

先生はそう言っていた。

その頃は樋口整形外科にはほとんど通わずにすんでいた。

「先生。優、歩きました、優が歩きました」

僕が電話でそう先生に告げると先生も〈良かったね〉っと言った風に・・・・・

「そうか、歩いたか。優ちゃん歩いたか、早いな。じゃあ、ギブスを取ろう。
そしたら今度は取り外しのきく装具だからね。お風呂にも入れるし痒がって泣くこともないよ。
それでは明日来なさい」

「優、良かったな、明日このゴッツンゴッツン、先生が取ってくれるって」

僕は受話器を置くと優を膝の上に載せて頬ずりしながら、優のホッペの温もりを感じながらそう言った。
ママもとっても嬉しそうに優のそのギブスを擦っていた。

「良かったな優ちゃん。偉いぞ!」

先生はニコニコしながら優の脚を擦っていた。

「お父さん、お母さん、ギブスを取りましょう」

そう言うと先生は鋸のような物で優の脚のギブスの上から「ギッギッギ」っと削るようにして裂いていった。

丁度二年、生まれてからずっとそのギブスに包まれっぱなしだった優の脚。少し赤みがかった皮膚。

「可哀想に優ちゃん今夜はお風呂に入ってよく洗ってもらいなさい」

なんとその赤身がかった皮膚とは、溜まりに溜まった垢と剥けた皮。
優は優で軽くなりすぎた自分の脚に気持ち悪いのか今にも泣き出しそうな顔をした。
痒み止めの湿布薬を塗って、包帯を巻いて、
それでも優はその痒みから解放されたせいか何故か気持ちよさそうに転寝を始めた。

「パパ、軽い」

ママは優を抱っこしながらそう言うと僕を見つめてとっても嬉しそうに笑った。

そんな優が、今から16年前にとっても優しい彼とめぐり逢って今は2人の娘、一人の男の子の「ママ」になっている。
そんな優に、そしてそんな優の彼に、僕もママも・・・・・・

「ありがとう」

を、いつまでも忘れない。

平成6年生まれの末娘とは6歳しか違わない、優の長女次女・・・・・・
まるで姉妹のような彼女たち。

その優の長女も来年は高校受験。次女は2年生。二人とも部活は体操部。
そして長男は小学4年生、サッカークラブで毎日忙しくしている。

ありがとう。ありがとう・・・・・・
何度言っても言い足りない「ありがとう」。

昭和54年6月6日(水)

それは、もう一人の僕の始まりだった。

「万事塞翁が馬」

あの頃は、みんなが「大変でしょう」って言ってくれたけど・・・・・
少しも大変じゃあなかった。

「幸せは心の中にあるんだから」

今日、6月6日は次女“優”の誕生日ヽ(*´∀`)ノオメデト─ッ♪
  


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