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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション  at 

2013年11月20日

高崎競馬場跡地・コンベンション施設 有効活用見据え提言

高崎競馬場跡地・コンベンション施設 有効活用見据え提言



高崎競馬場跡地・コンベンション施設 有効活用見据え提言
 高崎競馬場跡地へのコンベンション施設の整備に絡み、県主催のぐんまコンベンションフォーラムが19日、高崎市内のホテルで開かれた。

 有識者によるパネルディスカッションでは、「民間人をトップに据えた運営」「利用料の低さをセールスポイントに」「高度なサービス提供に向けた人材育成」などの提言が相次いだ。

 2017年度にも利用が始まる同施設の可能性を探る初の取り組みで、行政や観光、金融関係者ら約150人が耳を傾けた。

 パネリストは、原浩一郎・高崎商工会議所会頭、高田邦昭・群馬大学長、DOWAホールディングスの吉川広和相談役、国際会議の実態に詳しいMPI日本支部の浅井新介名誉会長の4人で、高崎経済大の大宮登教授が進行役を務めた。
<引用:上毛新聞 2013年11月20日(水) AM 07:00>
ソース:http://www.jomo-news.co.jp/ns/2313848728899368/news.html

>2017年度にも利用が始まる同施設の可能性を探る初の取り組みで、

ええっ、そしたら3年後?4年後???

全然、つち音聞こえてきませんねェ・・・・・

とにかく「作っちゃえ!!」ですか(^^ゞ

>行政や観光、金融関係者ら約150人が耳を傾けた。

「捕らぬ狸の皮算用」・・・・・

「耳を傾けた」って、本気度はどうなの???

行政はともかく(笑)。

>「民間人をトップに据えた運営」

なんだ、つーことは巨大な「天下り組織」づくりの為だったのか(笑)。

そ~だよねぇ、そんだけのもの作ったら「民間」じゃあないから人材って・・・・・

要所要所は役人が仕切って、末端は派遣とかアルバイトの低賃金で。

どうやら、「派遣業者」が忙しくなりそうだけど(^^ゞ

で、「館長」とか、「施設部長」とかが「天下りポスト」ですか、考えそうなことです(笑)。

>「利用料の低さをセールスポイントに」

鼻から「バーゲンセール」ですか(^^ゞ

まあ、「朱鷺メッセ」利用するのに「朱鷺」に「ネギ」背負わせてもさっぱりなのに・・・・・

そもそも、あと5年後くらいに完成とかなのに、民間ならプロジェクトにゴーサインなら、

既に、めぼしい、コンベンション開催の「業界団体」には売りこんでいなければアウト。

「利用料」安くしたところで、肝心要の「来場者」に見放されたらお釈迦です。


>「高度なサービス提供に向けた人材育成」


まあ、いいけど・・・・・

「高度なサービス」って何???

それって、まっ、「高崎」という街の問題でしょ???

で、どんな「人材」が必要なのか・・・・・

そんなもん、要所要所を「官」で固めちゃったら、人材育成もヘチマもない(笑)。

まあ、上毛新聞本紙にはもっと詳しく書かれているんだが・・・・・

上毛新聞、ネットじゃあタダなんでチョッと見だけ(笑)。

そうですね、今更なんだけど肝心なこと言ってます。

群馬大学長・高田邦昭氏・・・・・
国際学会意外に外国人を招く会議が増加傾向にあるとして、「(周辺)に外国人が安心して泊まれるホテルが必要となる」と指摘した。
<抜粋引用:上毛新聞社会面 2013年11月20日(水)>

そんなもん、はじめの一歩でしょ(笑)。

まあ、未だに「滞在型ホテル」の建設の話も上がらない・・・・・

当然、コレって「民間投資」ですから儲かる見込みがなければやりません。

まっ、そんなプロジェクト、招致のアイデアもないんでしょう。

当然、大手の「滞在型ホテル業者」は見透かしてるのかもしれません。

まあ、いくら地代が安いからといっても、そこそこに巨額な投資になります。

それに民間「投資回収」、つまり、利益をソロバンしなくちゃいけませんから・・・・・

そら、日清製粉跡地みたいに、民間デベロッパーの手先になって、

「官」が動かなければ、とてもじゃあないけどアウト。

まあ、駅前、っていうか、駅ナカ「アパ」だって、駅前「東横イン」だって、アレ、

もともと「公用地」じゃあなかった???

「アパ」は国鉄清算事業団から高崎市が押し付けられた、当時、坪単価がバカ高かった・・・・・

つまり、塩漬けになっていたところだったし、

「東横イン」だって、日本専売公社跡地で、バナナの叩き売り(笑)。

つまり、そこまでしなければ「民間デベロッパー」は参入してきません。

つまり、豪華絢爛の「ハコ」はいくつも作ったけど、お客さん呼んでも「宿泊施設」がない。

いっそのこと、東口なら「沖電」「太陽誘電」にでもどいてもらいますか???

西口なら旧市街地、シャッター通り、コインパーキング通りになっているところを。

まあ、駅から徒歩10分。ホントは5分が理想なんだけど・・・・・

うるさく言われたら「循環シャトルバス」でも数分刻みで市営で運行させるとか。

それに、アメリカのコンベンションセンターの周りにある「モーテル」。

コレ、2ベッドルーム、リビングにキッチンにプール付き、何人で泊まっても70ドル前後。

そんなのをその「ハコモノ」の周辺に作る・・・・・

あっ、高崎市場あたりなら、まあなんとか許してもらえるかも(笑)。

あの辺、まだ田んぼ、って言っても「休耕田」いっぱいあるし、

まあ、「減反補助金」終了なんていう話もちらほらだし、

行政も「農地法」とか時代遅れなこと言ってないで、転用しても課税は当面「農地」のままにしておく。

まあ、しかし、あの手この手をとか言っても「官」の発想では土台が無理(笑)。

くどいけど、コンベンション、国際会議、国際大会なら数日間、高崎に滞在するわけです。

で、そんな、コンベンション、国際会議、国際大会、誰がセールスするの???

それにしても、現状、高崎に4日間滞在しても、合間、行くところがない・・・・・

まさか、「ビックカメラ」の大規模集客施設?駅前「イオン」???

それはないでしょう、それは!???

高崎競馬場跡地・コンベンション施設 有効活用見据え提言

  


Posted by 昭和24歳  at 14:39Comments(0)

2013年11月20日

秋の夜長は“BIG BAND JAZZ”

秋の夜長は“BIG BAND JAZZ"


~原信夫とシャープス&フラッツ プロフィール~
1951年9月、10人編成で「シャープス&フラッツ」をスタート。短期間で現在と同じ17人編成のビッグバンド・スタイルを取り入れ、アメリカのスイング・ジャズからモダン・ジャズへの推移をその敏感な感覚で捉えてきた。ダンス・バンドからコンサート・バンドへと脱却を図り、「デューク・エリントン」「カウント・ベイシー」「スタン・ケントン」「ウディ・ハーマン」等の本場のトップクラスを射程におさめた積極的な音楽活動を繰り広げてきた。
1958年には初リサイタルを成功させ、「NHK交響楽団」「日本フィルハーモニー交響楽団」や国民的スターの「江利チエミ」や「美空ひばり」との共演、1967年には「アメリカ・ニューポート・ジャズ・フェスティバル」への出演を果たすなど、その音楽性は高く評価され、常に時代を切り開いてきた。「クインシー・ジョーンズ」「サミー・デイヴィス・Jr」「ダイアナ・ロス」「ナット・キング・コール」等ら海外アーティストとの共演も数知れず、これほど多くのアーティストと共演を繰り広げたビッグ・バンドは世界でも類を見ない。

ソース:http://www.amazon.co.jp/LAST-FOREVER-Tokyo-Bunka-Kaikan-11-02-2008/dp/B001NDR57O/ref=pd_sim_m_1



僕が初めて「原信夫とシャープ&フラッツ」を聴いたのは・・・・・

かれこれ50年前のこと。

当時は群馬音楽センターには音協とかの主催のトップアーティストのコンサートが。

ブレンダ・リー、ヘレン・メリル、ビッグバンドでは「シャープ」をはじめ、

「ペレスプラード」、「東京キューバン」、「ニューハード」。

もちろん「ナベサダ」も「日野てる」等など、何れも15、6才の頃。

まあ、群馬音楽センター完成からまだ2年足らずの頃・・・・・・

2000人からを収容する「音楽ホール」は地方都市では初めてだったのではないだろうか。

その後のエレキブーム、僕が18、9の頃、まさかその音楽センターの舞台に立ち、

超満員を沸かせるとは想像もしていなかった。

音楽センター完成から10年くらいの頃のことだった。

当時、僕は高崎にあった某「大型キャバレー」でのドラマー時代・・・・・・

その音楽センターに「シャープ&フラッツ」が演奏公演に来た。

その時、たまたま、一緒にプレイしていた先輩「やまちゃん」が、

その「シャープ&フラッツに」にトランペッターの友人がいるとかでゴトシの合間に音楽センターへ。

名前は失念したが、その「やまちゃん」の友人とかの・・・・・・

たしか舞台では「ビッチ」とかのあだ名でバンマスの原信夫さんから紹介されていた人、

そのトランペッター、つまり「背が低い」。まあ、ギョーカイ用語、

なんでも言葉を反対から言うので「ちび」を「ビッチ」と言って、まあ、としの頃なら当時30歳?

で、公演が終わって楽屋でチョッとご挨拶して僕らゴトシに戻ると「やまちゃん」が・・・・・

「ゴトシ、ネーハしてから、あいつ、ビーアソで来るって」

なんと、あの「原信夫とシャープ&フラッツ」のトランペッターが一緒に演奏してくれるという。

そうすると、僕らが演奏中にその「やまちゃん」の友人のトランペッター氏・・・・・

ささっと、ステージに上がってきて、一緒に演奏し始めた。

まあ、レベルが違うというか、僕のすぐそばで吹くそのトランペットは何とも言えなかった、至極。

おかしなもので、僕のドラムまでいつになくリーノしちゃってゴキゲン(笑)。

まあ、「原信夫とシャープ&フラッツ」にはそんな遠い日の思い出があります。

で、「原信夫とシャープ&フラッツ」半世紀の歴史に幕を閉じちゃいましたね・・・・・

それはそうと、最近はあまり聞かないけど「日野てる(71歳)」とかは健在でしょうか?

それよりも「ナベサダ(80歳)」、生「ナベサダ」聞いておかなくちゃァね。

秋の夜長は“BIG BAND JAZZ"
  


Posted by 昭和24歳  at 13:23Comments(0)

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