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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション  at 

2018年04月15日

腐臭する平成という時代の風

腐臭する平成という時代の風

現代を読み解く鍵は歴史にあり。テロ特措法、北京五輪、オバマ政権誕生、北朝鮮問題…国際関係史・イスラム史研究の第一人者が、激変する世界の潮流を見つめて紡いだ随想録。

  社民党との復縁、公明党への擦り寄り、そして大連率となりふり構わぬ姿勢だが、本当は何がしたいのか

  民主党は12月12日投開票の茨城県議選で、推薦1人を含めた24人のうち当選が6人にとどまった。菅政権の支持率が下落し、地方選でも極めて厳しい結果が続いている。そんな中、政局が話題になっている。新聞の紙面には連日、小沢国会招致、大連立の言葉が踊っている。


まあ、これも「日本の腐臭する時代の風」です。

少々古いが・・・・・・

鈴木善幸元内閣総理大臣という政治家がいた。

享年93歳・・・・・

実に長寿。元社会党員で後に田中角栄元総理の腹心となる。

いわゆる、水産族であった。

目立たないがものの見事な閨閥を築き一代にして日本の頂点に一族を成す。

典型的な「棚ぼた政治家」であろう。

で、田中角栄の安全パイで、内閣総理大臣に任命(-_-;)

大蔵官僚を婿取り、長女は吉田茂の孫、麻生太郎に嫁がせ、さらに皇族へと繋がる長男、現代議士。

しかし時代の風はここまでだろうか・・・・・

後は、その時代をどう繋げるか、しかその道はない。

現下の国会議員代議士は自民党、民主党のほとんどが官僚の頂点と婚姻している。

それはその為政者、官僚を含めたこの国の管理者がそこの「私」を守る為に他ならない。

国民が灼熱に焼き尽くされようが、濁流にのみ込まれようが、寒風に吹き荒まれようが、そんなことはお構いなし。

しかし、それは当り前といえば当り前で、国民大衆とて己の「私」はなにが何でも守り通そうとする。

しかし為政者、管理者は血を流し、汗を流した結果での「私」ではない。

国民大衆から「税」という名で国家権力を持って「徴税」したものが全て。

今日のように、今日の徴税がママならなければ未来の徴税分を国民の預貯金から寄生するが如く吸上げる。

腐臭する平成という時代の風

おそらく、この夏の異常気象とも思える熱風と世界規模の集中豪雨は海水の温暖化による海流異変。

それでも、安全に、清涼に生活できる極一部の階級にとっては別段取るに足らないこと。

自然発生か、人為的かは兎も角、近年発生の伝染病も、国民大衆の「食の安全」より極一部階級の「私」が優先する。

幕末から維新へ・・・・・・

武士、官僚社会での政権交代。武力を持たない「公家集団」を神輿に、

それでも維新政府官僚政治はつい昨日までは丁髷侍、理由はどうあれ武装集団で、日清日露を戦った。

腐臭する平成という時代の風

大東亜戦争の維新政府二世官僚はその先代の戦勝バブルのオトシゴ。

親世代の勇敢な先頭に護られ幼少、少年時代をすごし、その戦勝バブルのまま大東亜戦争、太平洋戦争へと盲進。

神国「大日本帝国」が負けるはずがないと侵攻に次ぐ侵攻・・・・・・

そのうちに「神風が吹く」と本当に信じていたかは分からないが、敗退に次ぐ敗退にも、

一億火の玉、総玉砕を絶叫。

二発の「ピカドン」にも、国家総動員の戦艦大和不戦撃沈にも本土決戦を叫んだ、現中国大使の親父。

腐臭する平成という時代の風

彼の昭和20年8月15日の無条件降伏が、外圧の「明治維新」なら、

漆黒、焦土の中に復興に務めた世代が・・・・・・

その無条件降伏下の現役世代の官僚たちだったのではないだろうか。

A級戦犯総勢十数名の死刑。

そして極東軍事裁判での司法取引の末に敗戦国「日本」の管理を任された六〇年安保の為政者。

腐臭する平成という時代の風

六〇年安保、七〇年安保、八〇年安保の為政者は、大東亜戦時下全員が二十代、三十代。

敗戦時の第一回普通選挙、後の、田中角栄、中曽根康弘、鈴木善幸は二十代。池田隼人、佐藤栄作が三十代。

そして今日・・・・・

その生まれながらにして、野球でいうならバッターボックスにも立たずいきなり塁上に立つ。

生まれながらにして押出しのホームインが約束された為政者。

第二の戦艦大和・・・・・・

日本列島そのものが今まさに沈没しようとしている。

日向灘に眠るといわれる「戦艦大和」、もしかしたら撃沈されたのではなく、

リコール対象「戦艦」だったのではないだろうか。

「三菱」、スリーダイヤマークつき、今の金に換算して7兆円とも・・・・・

腐臭する平成という時代の風  


Posted by 昭和24歳  at 21:32Comments(0)

2018年04月15日

知古創新

知古創新

僕が生まれたのはこんな時代だった・・・
それを知り、新しきを創ろう。繕うことなく。


昭和24年2月11日金曜日。生まれるべくして僕は生まれた。

どんな格好で生まれたかは詳らかには知らない。

おそらく村の産婆さんが取りあげ、ボロ布と新聞ガミに包まれて(笑)。

姉の言によれば凡そがそんなところであったようだ。

僕の生まれた村・・・・・・

なんとその昭和24年、いわゆる早生まれだが、
男の子が5人、女の子が3人ほぼ時期を同じくしての“ご生誕”だった。

もっとも僕だけ生後半年ほどで生母病臥のため一里半ほど離れた町、子供のいなかった実父の妹夫婦のもとへ養子に出された。

折に触れ生家へお客に行くと「町の子」と大人からは腫れ物に触るように大事にされ・・・・・
村のガキ連中には虐めと言うほどではないがよく“仲間ハズレ”にされては泣いていたという。

知古創新

今日を知るには、昭和24年・・・・・・

と言うよりは戦後の10年ほどの新聞を読み返すとその“今が”手にとるようにわかる(笑)。

>1949/01/01,昭和24/01/01

マッカーサーが国旗の自由使用を許可する。

>1949/07/04,昭和24/07/04

マッカーサーが、アメリカ独立記念日にさいして「日本は共産主義東進阻止の防壁」と言明する。

ちなみに昭和20年はこうだ・・・・・

>1945/07/26,昭和20/07/26

対日ポツダム宣言が、米英中共同で発表される。日本は黙殺する。

>1945/08/06,昭和20/08/06

8時15分17秒、B29エノラ・ゲイは、広島の上空9600mで広島にウラニウム型の原爆「リトル・ボーイ」を投下する。

原爆は高度580mで炸裂する。

11月までに原爆で死亡した人は14万人、5年後の1950年までには24万7000人に達する。
被爆者は36万人以上になると見られている。

>1945/08/08,昭和20/08/08

ソ連が対日宣戦を布告する。

>1945/08/08,昭和20/08/08

ソ連軍が、北満州、朝鮮に進攻する。

>1945/08/09,昭和20/08/09

深夜、最高戦争指導会議構成員による御前会議で、
ポツダム宣言受諾に国体維持(天皇制維持)だけを条件とする東郷外相案と、
他に3条件を加える阿南陸省の案が対立する。

>1945/08/09,昭和20/08/09

B29ボックス・カー号は、小倉市を目標として飛来したが、
上空が曇天のため、午前11時2分、長崎市にプルトニウム型の原爆「ファット・マン」を投下する。
原爆は地上503mで炸裂し、12月までの死者の数は8万人以上になる。

>1945/08/15,昭和20/08/15

阿南惟幾陸軍大将が、未明、「一死ヲ以テ大罪ヲ謝シ奉ル」の遺書を残して割腹自殺する。
59歳(誕生:明治20(1887)/02/21)。

>1945/08/15,昭和20/08/15

天皇が終戦勅書をラジオ放送(玉音放送)し、太平洋戦争が終結する。

>1945/08/18,昭和20/08/18

内務省が、占領軍向けの特殊慰安施設を設置するよう指示する。

「この後、占領政策が続く」と、新聞ガミにはある。

今日に至るも米国政府は占領政策を解いたとは思っていないだろう。

「日米安保」

よくて、江戸幕府との「日米和親条約」の不平等、片務条約の域を越えてはいない。

ポツダム宣言受諾を躊躇する間に広島・長崎への原水爆の惨禍。

軍人の「大和魂」が齎した大惨劇だ。

さかのぼって、「ハル・ノート」にいかなる難題難問があったにせよ、この国に“外交力”があったなら・・・・・
馬鹿な戦争に突き進むことはなかっただろうに。

まさに、今の北朝鮮が米国に宣戦布告するようなものだったのだから。

政治家官僚、己らの「恥」を隠し通すために国民に「百万弁の嘘」をつく。
それは今の財務省の公文書改竄嘘のデッチ上げで嘘を嘘と認めないという、それは戦前、戦中からの体質。

>内務省が、占領軍向けの特殊慰安施設を設置するよう指示する。

これが、中曽根康弘、後藤田正晴、読売の正力松太郎らの、敗戦の漆黒に更なる国民への仕打ち。
僕らの母世代が敗戦に打ちひしがれる日本女性を「従軍慰安婦」に米兵に差し出す。

国民、この国の政府の悪辣振りをもう一度知る必要がある。

人権を訴えるなら・・・・・・

日本国民、戦争被害者、戦後占領政策被害者として、国連の人権委員会に「米政府」と日本の「宦官政府」を提訴すべきだ。

その時初めて日本国民は、日本人は世界から認められる。

もうすぐ終わる僕らの遺す言葉は、そして行動は?

知古創新  


Posted by 昭和24歳  at 08:44Comments(0)

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