グンブロ広告
ビジネスライセンス料 3,000円/月

飲食関連事業用 ライセンス 毎日1セット広告 1,600円/月

2009年05月12日
民主党党首は長妻で決まりです!!

Mr年金、長妻昭!!
岡田もダメ、鳩山もダメ・・・・・・
前原なんてもっとダメ、ダメ、ダメです!!
小沢は最初から臭いんです。
それを承知で、国民は今までのオトシマエを取らせるならで、
“小沢”って言うことでした・・・・・・
まあ、政治家んんて大なり小なり「小沢」ですね。
まあ、自民党の面々だって、みんな「小沢」になりたいと思っている。
麻生だって、「アンタが良く言うね」で、政治資金で「飲み食い三昧」だから・・・・・・
ホントのところ、「カネ」って、ありそうで、「無い」のかも知れませんね。
もちろん、当然、「僕の無い」のとは全く話は違いますけど。
ハッキリ言って、一度失敗したようなのをまた担ぐって言うのは国民をバカにしています。
もっとも、国民「バカ」なんだから、「B層」なんだからコロリと逝っちゃうかもしれません・・・・・・
って言うより、「自民党が安泰でしょう」っていう結果です(笑)。
朝のテレビで、原口とか細野とかが代表選挙のことをしゃべってましたけど・・・・・・
「今度の代表選挙は、政権交代の暁には総理になる人ですから、経験・・・・・」
が、どうしたこうしたとか言っていますが、失敗の経験じゃあねぇ。
しかも、「小沢代表」になるまでの民主党の支持率はひとケタだったんじゃあないですか(笑)。
笑わん殿下の「岡田」、すぐに切れる「イラ菅」とか、お坊ちゃまクン丸出しの「ポッポたん」とか。
前原なんて、「ガセメール」とか何とかで、仕掛けておいて・・・・・・・
「偽メール事件は永田寿康の自作自演だった」
と証言させ、自殺までさせちゃっている。
で、最近では自民党のヘナチョコ元総理と同衾で訪米とかで、「反小沢」の急先鋒です。
正直、民主党の頭は腐っています。顔に描いてあるからすぐにわかります。
頭かどうかはわかりませんけど、法定選挙費用をチョロマカシテ平気な顔の元NHKの小宮山洋子とか・・・・・・
まあ、元日本社会党の仙石ナントカとか。
まあ、そんなに「小沢」が嫌なら、民主党から出て行けばいいし、ポリシーそのものは「社民党」なんだし。
で、民主党代表選挙っていうか、「誰が一番ふさわしいか」なら、
そりゃあ、長妻か馬淵しかいないでしょう!!
経験も糸瓜もない!!
第一、国会で、その意味で一番活躍しているのは「Mr年金」こと長妻昭じゃあないか(49)!!
チョット臭いけど、「オジャマモン」の姉歯耐震偽装事件では、結局孤軍奮闘だった馬淵澄夫(49)だろ!!

馬淵澄夫は子沢山、少子化対策にも貢献しています!!
オバマ米国大統領だって今年48歳だし、今まで国政レベルでの政治的実績は皆無だったじゃあないか。
ロシアのメドヴェージェフ大統領なんて43歳ですね。まあ、お国柄というか体制は違いますけど・・・・・
あのもとKGBとかのプーチン前大統領、現首相だって、大統領就任時は47歳だったし。
まあ、顔つきからいっても、原口とか、枝野とかは「眼力」「顔力」、つまり「目」と「顔」に力がない・・・・・・
何かというと、ヒネクレッポイ物言いに終始する。とても首相の顔じゃあない。
その意味では、麻生の40代の頃の顔も結構笑えます。あんなに口曲がってませんでしたけど(笑)。
まあ、そんなわけで、長妻昭も馬淵澄夫も「眼力」、「顔力」も備わっていると見る!!
もし、日本がホントに“チェンジ”したいのならこのご両人をおいてほかにはいない!!
自民党にいるか?
共産党に、社民党に、国民新党に下地幹郎という面白いのがいるが・・・・・・
それくらいだろう。まあ、国会議員ではないが父親は元市長で、その意味では世襲かも知れないが。
細野豪志は「モナちゃん騒動」で、味噌をつけちゃいましたね(笑)。
まあ、37歳と若いから仕方ないでしょうけど・・・・・チョト、喋りの軽さが気になりますけど・・・・・・
まあ、勉強してください!!
って言うわけで、
長妻昭か馬淵澄夫で決まりです!!
もし他のポシャり組だったら、残念だけど、麻生太郎と今回は沈みましょう!!
まあ、前原は出ないとか言ってますけど、「周りがどうしても」で出るかも知れません(笑)。
正直、笑わん殿下岡田も、イラ菅も、ポッポ兄も・・・・・・
なんの実績もない、自称「黄門」とか言って回っている渡部コウゾウと一緒に黙っていてほしいですね。
ショージキ・・・・・!!
2009年05月12日
アンパンマン・マーチ逝く!!
アンパンマン・マーチ逝く!!

アンパンマンマーチYouTube
末娘が保育園の頃は・・・・・・・
毎日この「アンパンマンマーチ」で明けて、「アンパンマンマーチ」で暮れた。
昭和の宝がまた…作曲家・三木たかし氏が逝く
5月12日7時10分配信 スポーツニッポン
「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」など多くのヒット曲で知られる作曲家の三木たかし(みき・たかし、本名・渡辺匡=わたなべ・ただし)さんが11日午前6時5分、岡山市内の病院で死去した。64歳。東京都出身。06年7月に下咽頭(いんとう)がんの手術を受け、闘病しながら曲を作り続けた。昨年12月にこの世を去った遠藤実さん(享年76)に続き、昭和の歌謡界に多大な功績を残した作曲家が他界した。
僕は、「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」が好きだったなあ・・・・・
なぜか!!??
つまり・・・・・・・
♪な~んでか♪
なんですけど。つまり「ワビ・サビ」がハッキリしているからなんだろうか。
♪津軽海峡冬景色♪
石川さゆり
エレキの行商で何度もその津軽海峡を渡った・・・・・・
真冬の東北北海道営業はクルマではいけないので高崎駅から、夜行寝台“あけぼの”で。

夜行寝台“あけぼの”
確か高崎駅は22時47分発車だ、で、青森に到着するのは翌朝の9時56分。
石川さゆりの歌のように上野発ではないが、♪高崎発の夜行列車降りたときからぁ~♪
青森駅は雪の中であった・・・・・
大体いつも吹雪いていた。何と言っても楽しみなのは青森駅ホームの駅そば、
大ぶりのホタテ入り、熱々の「海峡」を頂くことだった。
青森の営業は、青森ヤマハプランズ。夜行寝台で行くときは青森では宿泊はせず、
昼食、シーメをヤマハプランズの白鳥さんとすませるとそのまま15時22分の特急白鳥に乗車し函館へと急ぐ。
函館着は17時33分。松風町の玉光堂函館店へと向かう・・・・・・
その夜は玉光堂函館店の米ちゃんと、居酒屋、“函館山”で宴会となる。
札幌行きの“はまなす”は午前1時23分発だ。真冬だが函館は意外と雪が少ない。しかし猛烈に寒い・・・・・
酔いも手伝ってか“はまなす”の中ではぐっすり。目が覚めると車窓の高さほどまでの積雪、午前6時07分着札幌駅構内だ。
その意味では、列車の旅は自由度がないのが難だ・・・・・・
まあ、運転する苦労はないが、車での東北北海道営業は軽く10日はかかる、一回の営業で4000キロ近くは走る。
っていうわけで、残念ながら、車での営業の場合は♪津軽海峡冬景色♪はない。
しかし、長い営業時代の中で一度だけあった・・・・・・
いつも、営業に出る時は、出張先の店に電話を入れ、とくに10月末あたりには天候状況を聴くことにしていた。
10月末のことだった・・・・・・
河合楽器札幌時計台のマネージャーに電話を入れると「雪は未だ」とかの話だった。
青森の営業、青森泊で終えて翌朝、8時10分の青函フェリーで。
見事に晴れ渡った津軽海峡、フェリーのデッキに立つと・・・・・・
♪あれをごらん竜飛岬北のはずれとぉ~♪
である・・・・・・
♪見知らぬ人が指をさす♪
ことはなかったが、そのころのフェリーはほとんどがコンテナ車の搬送で、
つまり乗客、観光客の影はまばら・・・・・・
竜飛岬はかすかに降りかかった雪で朝陽にキラキラと輝いていた。
紺碧の海と、その竜飛岬、そして向けるような青い空、たしかにカモメは飛んでいた。
函館埠頭着12時10分・・・・・

未だ朝市には間に合う。「朝市ラーメン」を食べる。
まあ、「観光朝市だからね」と地元の米ちゃんはいう。
「朝市・・・・・行ったことないなぁ~」
だそうです(笑)。
そういえば、札幌の「ラーメン横丁」も道産子には評判、よろしくない。
僕のお気に入りは札幌駅地下の“賓龍”だった・・・・・・
夜行で、札幌に着くとすぐにテルメのサウナで仮眠。で、賓龍を頂く。
ところで、作曲家、三木たかしさんのアンパンマンマーチですけど、
まだまだお世話になっています。優の長男(保育園・年少)が来ると決まってそのDVDです。

アンパンマンマーチYouTube
末娘が保育園の頃は・・・・・・・
毎日この「アンパンマンマーチ」で明けて、「アンパンマンマーチ」で暮れた。
昭和の宝がまた…作曲家・三木たかし氏が逝く
5月12日7時10分配信 スポーツニッポン
「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」など多くのヒット曲で知られる作曲家の三木たかし(みき・たかし、本名・渡辺匡=わたなべ・ただし)さんが11日午前6時5分、岡山市内の病院で死去した。64歳。東京都出身。06年7月に下咽頭(いんとう)がんの手術を受け、闘病しながら曲を作り続けた。昨年12月にこの世を去った遠藤実さん(享年76)に続き、昭和の歌謡界に多大な功績を残した作曲家が他界した。
僕は、「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」が好きだったなあ・・・・・
なぜか!!??
つまり・・・・・・・
♪な~んでか♪
なんですけど。つまり「ワビ・サビ」がハッキリしているからなんだろうか。
♪津軽海峡冬景色♪
石川さゆり
エレキの行商で何度もその津軽海峡を渡った・・・・・・
真冬の東北北海道営業はクルマではいけないので高崎駅から、夜行寝台“あけぼの”で。

夜行寝台“あけぼの”
確か高崎駅は22時47分発車だ、で、青森に到着するのは翌朝の9時56分。
石川さゆりの歌のように上野発ではないが、♪高崎発の夜行列車降りたときからぁ~♪
青森駅は雪の中であった・・・・・
大体いつも吹雪いていた。何と言っても楽しみなのは青森駅ホームの駅そば、
大ぶりのホタテ入り、熱々の「海峡」を頂くことだった。
青森の営業は、青森ヤマハプランズ。夜行寝台で行くときは青森では宿泊はせず、
昼食、シーメをヤマハプランズの白鳥さんとすませるとそのまま15時22分の特急白鳥に乗車し函館へと急ぐ。
函館着は17時33分。松風町の玉光堂函館店へと向かう・・・・・・
その夜は玉光堂函館店の米ちゃんと、居酒屋、“函館山”で宴会となる。
札幌行きの“はまなす”は午前1時23分発だ。真冬だが函館は意外と雪が少ない。しかし猛烈に寒い・・・・・
酔いも手伝ってか“はまなす”の中ではぐっすり。目が覚めると車窓の高さほどまでの積雪、午前6時07分着札幌駅構内だ。
その意味では、列車の旅は自由度がないのが難だ・・・・・・
まあ、運転する苦労はないが、車での東北北海道営業は軽く10日はかかる、一回の営業で4000キロ近くは走る。
っていうわけで、残念ながら、車での営業の場合は♪津軽海峡冬景色♪はない。
しかし、長い営業時代の中で一度だけあった・・・・・・
いつも、営業に出る時は、出張先の店に電話を入れ、とくに10月末あたりには天候状況を聴くことにしていた。
10月末のことだった・・・・・・
河合楽器札幌時計台のマネージャーに電話を入れると「雪は未だ」とかの話だった。
青森の営業、青森泊で終えて翌朝、8時10分の青函フェリーで。
見事に晴れ渡った津軽海峡、フェリーのデッキに立つと・・・・・・
♪あれをごらん竜飛岬北のはずれとぉ~♪
である・・・・・・
♪見知らぬ人が指をさす♪
ことはなかったが、そのころのフェリーはほとんどがコンテナ車の搬送で、
つまり乗客、観光客の影はまばら・・・・・・
竜飛岬はかすかに降りかかった雪で朝陽にキラキラと輝いていた。
紺碧の海と、その竜飛岬、そして向けるような青い空、たしかにカモメは飛んでいた。
函館埠頭着12時10分・・・・・

未だ朝市には間に合う。「朝市ラーメン」を食べる。
まあ、「観光朝市だからね」と地元の米ちゃんはいう。
「朝市・・・・・行ったことないなぁ~」
だそうです(笑)。
そういえば、札幌の「ラーメン横丁」も道産子には評判、よろしくない。
僕のお気に入りは札幌駅地下の“賓龍”だった・・・・・・
夜行で、札幌に着くとすぐにテルメのサウナで仮眠。で、賓龍を頂く。
ところで、作曲家、三木たかしさんのアンパンマンマーチですけど、
まだまだお世話になっています。優の長男(保育園・年少)が来ると決まってそのDVDです。