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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション  at 

2015年04月07日

北村容疑者先月“尿”で「執行猶予中でした(´Д`;)

北村容疑者先月“尿”で「執行猶予中でした(´Д`;)



まあ、この容疑者も先月執行猶予付き判決って・・・・・
育った環境に及ぶところも無きにしも非ずです。
反面、かわいそうな人間かもしれません、やめられないんですから、快感。



高崎駅で硫酸 容疑者男は先月“尿”で有罪
 群馬県のJR高崎駅などで女性が相次いで硫酸をかけられた事件で、警察は無職の男を傷害などの疑いで逮捕した。

 男の画像公開から約18時間というスピード逮捕。その決め手は市民などから寄せられた情報提供だった。

 傷害などの疑いで逮捕された高崎市の無職・北村宣晃容疑者(30)は2日、高崎市のショッピングセンターで女性会社員(23)に硫酸をかけ、コートなどに穴を開けた上、足に軽傷を負わせた疑いが持たれている。北村容疑者は調べに対し、容疑を否認しているという。

 北村容疑者を知る人「まじめで親孝行という印象しかない」

 北村容疑者の同級生「ひとりで暗いとか特に活発だとかいう印象はない。普通の子という感じです」

 警察が6日夕方、男の画像を公開した直後から複数の情報提供があり、また去年、別の事件で逮捕した警視庁からも情報が寄せられ、7日朝の逮捕につながったという。

 北村容疑者は東京・墨田区で女性のバッグに体液と尿を流し込んだなどとして逮捕され、先月16日に執行猶予付きの有罪判決を受けたばかりだった。

 高崎市では先週から、女性が硫酸をかけられる事件が他にも4件相次いでおり、警察は北村容疑者が関与している疑いが強いとみて、裏付けを進めている。

<引用:日本テレビ系(NNN) 4月7日(火)17時25分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20150407-00000044-nnn-soci

>高崎での硫酸ぶっかけ事件、

この容疑者、結構近いです。カミさんの中学の後輩、歳、28離れてるけど(笑)。
で、もしこの男が犯人だったとしたら、過去、同様の事件で「前科4犯」らしいです。
いずれも「ぶっかけ行為」(´Д`;)。

まあ、職業「ゲームクリエーター」とからしいですから・・・・・
「硫酸」入手にしても普通に薬局で住所氏名、押印で購入できるとか。
時にはみ運証明証の提示を求められるようですけど、当然警察、そのへんのところを確認した上での逮捕状請求。
で、虚位の署名押印なら公文書偽造だけど、前科あるから指紋でアウト。

でも、この容疑者が本ボシだったとしたら、どんどんエスカレートしていきますから良かったですね、捕まって。
でも、でも、軽犯罪に色が付いたくらいの犯罪ですから再再再再犯だったとしても懲役、3年執行猶予付きかも・・・・・
でも、前科、逮捕歴が13年に一回、14年に2回、で今回・・・・・

つうことは、当然執行猶予中の犯行ですからいくら、最初のが「迷惑防止法」、都条例程度のものだったとしても去年の11月のはいわゆる住居侵入による下着泥棒、窃盗犯ですから、アウトですね。
でも、こういうのって、ビョーキですから再犯率100%かもしれませんね、である種の愉快犯で他人、とくに女性が嫌がっているのを見て楽しむ(゜д゜)

そんなわけで、統一地方選、まだ県議会議員選挙だけど高崎市区定員9に対して候補者10。
しかも全員が現職9人と元職一人(笑)。
で、「熾烈な選挙戦」とかだから、嫌でも覚めます。投票率過去最低を更新します。
で、無投票当選が7選挙区で、総有権者数が前回より約1万3千人超現象とかですから・・・・・
つまり、定員数、年間1000万円からの生活保護費ですから、そもそも議員数(定員)が多すぎる。
まあ、限界集落地区がほとんどですけど「無投票」(´Д`;)

で、アベビョンだけど、最も「総理大臣」の似合わない男です。
まあ、比べるのもなんだが、「岸信介元総理」と同列って、意味成してないでしょう。
どうすんのよ、佐藤栄作とか田中角栄とか大平正芳とか・・・・・

まあ、その意味では鳩山、菅、野田ブとは同レベルでもいいと思うけど。
それでも、一緒にしないでくれって言われちゃうかも。まあ、作演出「霞ヶ関」でしょっ!!

北村容疑者先月“尿”で「執行猶予中でした(´Д`;)


  


Posted by 昭和24歳  at 20:00Comments(0)

2015年04月07日

高崎の硫酸男(容疑者)逮捕!!

高崎の硫酸男(容疑者)逮捕!!



まあこれだけ顔はっきりしちゃってると・・・・・・
それに、容疑者段階で「名前」まで。
まっ、任意同行じゃあないっていのが答えなんでしょうけど。


群馬・高崎の“硫酸”事件 傷害容疑で男を逮捕
群馬県高崎市で買い物をしていた女性に硫酸をかけてけがをさせたとして、警察は現場付近の防犯カメラに写っていた高崎市の30歳の男を傷害などの疑いで逮捕しました。高崎市ではこのほかにも先週から6日にかけて、同じような事件が4件相次いでいて警察が関連を調べています。警察によりますと、男は容疑を否認しているということです。

逮捕されたのは高崎市山名町に住む無職の北村宣晃容疑者(30)です。警察によりますと、北村容疑者は今月2日午後7時ごろ、高崎市矢中町にあるショッピングセンターで、買い物をしていた23歳の女性の足に硫酸をかけ、軽いけがを負わせたなどとして傷害と器物損壊の疑いが持たれています。調べに対し、北村容疑者は容疑を否認しているということです。
高崎市内ではこのほかにも今月2日の夕方から夜にかけて、このショッピングセンターやJR高崎駅に隣接する商業施設で女性2人が硫酸をかけられ軽いけがをしたほか、6日午後6時すぎにも高崎駅の2階にあるコンビニエンスストアで買い物をしていた女性が同じような被害に遭い、軽いけがをしました。また、けがをしていないものの服に穴が開いたという女性からの被害の届けも1件あったということです。
警察は、2日の事件の現場付近の防犯カメラに写っていた黒いバッグを持って被害者の女性に近づく不審な男の画像を公開しましたが、6日の事件の現場付近でも、特徴の似た不審な男が防犯カメラに写っていたということで、傷害事件とみて捜査を進めていました。警察は逮捕容疑以外の4件の事件との関連についても調べています。

<引用:NHK NEWS web 4月7日 11時33分>
ソース:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150407/k10010040621000.html

>北村容疑者は容疑を否認しているということです。

誤認逮捕なんてぇことはないでしょうねぇ(´Д`;)

まあ、逮捕状請求して裁判官がOK、だったんだろうから・・・・・・

まっ、起訴されるかされないかは送検後の話なんだし。

それにしても高崎変なことで全国区になっちゃいましたね。

まあ、群大医学部付属病院の一件もあるし。

で、古い話なんだけど40年前です。女性連続殺人事件「大久保清」で全国区に。

営業で全国回っていた時も、「出身群馬です」て言うと「ああ、大久保清ね」とか同年代の人からは言われました。

間違っても、福田赳夫、中曽根康弘内閣総理大臣の話は出ません。

もっとも、福田、中曽根元総理大臣が群馬県出身だなんてほとんどのニッポン人知りませんし。

いやっ、それどころじゃあなくて、「群馬」を知らない、知っていてもどこにあるか知らない(´Д`;)

まあ、ほとんど災害がない群馬県ですから・・・・・・

なんか、こういった不埒な事件でしか騒がれませんし。

で、赤城山も榛名山も知名度無いです。浅間は軽井沢があって時々、皇室関係でニュースになるから知っているけど。

でも、「北軽井沢」が「群馬県」っていうことを知っている人もほとんどいません。

知らない人は豪雪の「雪国」だと思ってますから(笑)。

群馬県人て「PR」下手くそなんでしょうか。群馬観光大使で、藤岡の中山秀征 さんと、下仁田の井森美幸さんいますけど・・・・・・

なんか、B1のポスターでもパロられてる感じしちゃってますし(´Д`;)

もっとも、出身地聞かれて「群馬」っていうのなんとなく小っ恥ずかしい感じ。「群馬」には申し訳ないけど(笑)。

「群馬って、馬がいっぱいいるんですか?」

なんていう質問されちゃったりすることもあったりして、かなり、「カッペ族」だと思われてます。

だから、そういう時はこういってやるんです・・・・・・

「そうさぁ、群馬じゃあ自動車よりうまにのってるひとのほうがおおいいんさぁ。それに公共交通機関はバスじゃあなくて馬車なんだいね」

そう言うと本気にする人もいるから笑っちゃっていいのか、笑えないのか。

あっ、でもシカゴでは馬車は高級なタクシーでしたよ、ホントの話が。別にアーミッシュじゃあないようだったけど。

高崎も交通機関「鉄道馬車」は知らせたらいいのにね。排気ガスないし、でも馬糞対策は考えないとだけど。

そうだ、コンベンションセンターとか高崎アリーナ、旧市街地、車乗り入れ禁止にして・・・・・・

「パークアンドライド」で、榛名湖では知ってるような「乗合馬車」走らせたらどうだろうか、高崎人気出ちゃうかも。

因みに、小生、「高崎観光大使」とかに、1年間任命されてます(笑)。

しかし、何で、「硫酸」なんてかけるかなぁ。っていうか硫酸なんて買うときに薬屋さんでもなんか証明証必要じゃあ?

で、まだ容疑者なんだけど、その人、もしそうだとしたら薬品関係に努めていたとか。

最もいろんな工場で使われているようだし、入手は容易らしい・・・・・・

それにしても、画像で見る限り、「そんなこと」する人には見えないけど???

高崎の硫酸男(容疑者)逮捕!!


  


Posted by 昭和24歳  at 12:53Comments(0)

2015年04月06日

ザ・群馬県議会選挙

ザ・群馬県議会選挙




50議席に67人7区9人無投票当選 群馬県議選告示
 第18回統一地方選前半戦の群馬県議選が3日告示され、18選挙区(定数50)に67人が立候補を届け出た。館林、みどり、北群馬、甘楽、吾妻、利根、佐波の7選挙区で計9人が無投票当選を決めた。11選挙区の58人は、12日の投票に向けて41議席を争う9日間の選挙戦に突入した。候補者は人口減少対策や福祉政策、コンベンション施設整備といった県政の課題について、初日から舌戦を繰り広げた…

<引用:上毛新聞 2015年4月4日(土) AM 06:00>
ソース:http://www.jomo-news.co.jp/ns/2014280766634730/news.html

立候補者数・・・・・・
前回2011年の過去最低、70人より3人少ない67人(笑)。


おまけに、無投票当選が9人とかなんだが、なんだかねぇ(´Д`;)
で、投票率、前回は過去最低の“49.08%”とかなんだが、なんだかねぇ~

で、人口減少とか言ってるわけだけど、有権者数は今回1,617,721人で・・・・・・・
前回1,631,135と、「13,414人」減っちゃってます。
まあ、少子化も相まってでしょうけど、自然減に対して自然増が追いつかない(´Д`;)

で、その無投票選挙区って過疎化、あるいは限界集落化してるわけだから県議会でどうこうできる問題じゃあないんじゃないの。
つまり、議会というよりは、行政の「対策強化」なんじゃあないのかなぁ???
まあ、県人口も自慢だった200万人切っちゃって、1,974,555人ですから、さらに拍車が(´Д`;)

で、しかしです。高崎市区新人候補ゼロって(笑)。

出る杭は打たれるのか?
で、やっぱり選挙ってお金かかるからなのか??
で、生活に余裕コケる人か、お金なくても組織力で票が読める人たち。
まあ、高崎なんてホントは今一番もめてるんだろうけど今の「ニホン国」と同じです。
官僚とメディアが作り上げた巨大「与党」。

で、こういうことです↓

地方選考慮し上西氏除籍=松野維新幹事長【統一選】
 維新の党の松野頼久幹事長は5日、大阪市内で記者会見し、上西小百合衆院議員(比例近畿)を除籍処分としたことについて、「統一地方選で候補者が維新の看板を背負って戦っている。そういうことも考慮して早い対応をした」と説明した。
 上西氏は体調不良を理由に衆院本会議を欠席しながら、その前日に飲食店を渡り歩き、党の信頼を損なったとして処分された。松野氏は4日に上西氏から事情を聴いた際、議員辞職を求めたが拒否されたことを明かし、「当然(辞職を)求め続けるが、どうしても無所属でやると言われると、今の制度ではどうしようもない」と語った。 

<引用:時事通信 4月5日(日)16時0分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150405-00000040-jij-pol

>上西小百合衆院議員(比例近畿)

で、国会議員て、初っぱなから枯れ木の山でも年収2200万円&文書通信交通滞在費で1200万円。
その他立法事務費が月額65万円(年間780万円)で、政党に所属していれば政党助成金が約1000万円・・・・・
多分、議員個人に、国からは所属政党ひとりあたり4000万円支給ですから。

で、当の>上西小百合衆院議員(比例近畿)。二期目だそうです。
去年解散総選挙でゾンビしちゃいましたから、まあ、このままバックれれば3何8ヶ月は約4000万円超と公設秘書三人分の給料。

>議員辞職を求めたが拒否された

まあ、人情でしょう。みすみす総額約6000万円手放せません。
だって、無所属になっちゃったわけですからある程度普通にしていれば総額、約2億円がです・・・・・

で、統一地方選挙なんだけどほとんどが戦後世代ですから、言語明瞭意味不明(笑)。

で、「なんでも反対」するしかない政党や議員。まあ、数少ないわけですから「反対」しても無駄。

だったら、一層のこと「なんでも賛成」してその政策の懐に入る方がいいんじゃあないかと。

県議会だと「高崎コンベンションセンター建設」だけど、みんなで「建設賛成」にしちゃったらどう?

「建設賛成」した上でどうやるかを議論する、当然「数字」の問題もそうだけど、反対ばっかしてたら中身全然見えてこない。

しかし、中身がはっきりしてたら「それじゃあ無理だ」ということで中止になるかもしれない。

で、その「コンベンションセンター」にしたって、大は小を兼ねるわけだから、規模縮小して中途半端はいけません。

つまり、「中途半端」なら建設中止です(笑)。

ザ・群馬県議会選挙
  


Posted by 昭和24歳  at 13:48Comments(0)

2015年04月02日

一国平和主義のどこが悪い!??

一国平和主義のどこが悪い!??



画になってねぇーーー!!!

安保法制改革で自衛隊は「軍」に? 将来は戦死者も出る時代〈週刊朝日〉
 専守防衛が原則の自衛隊が、“我が軍”に近づくために準備されているのが、今国会の最大の焦点である安全保障法制の整備だ。3月20日には自民、公明両党が法案の方向性で合意。その内容は「あらゆる事態に切れ目なく対応」(中谷元・防衛相)するものだという。

<抜粋引用:dot. 4月2日(木)7時15分配信>
ソース: http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150402-00000005-sasahi-soci&pos=1

まあ、日本政府って大馬鹿者ですね・・・・・
かつて、国家、国民の生命財産、その全てを賭しても無残、哀れな敗戦だったのに。
現代もだが、そもそも何で「戦争」をするのか???


まあ、この日本にも「戦国時代」ってぇのがあって・・・・・
早い話が、ヤクザのシマ争いです。だって「領地」の奪い合いなんだから。
それに、当時の日本国民にはさしたる仕事もなかったから、百姓の跡取り以外はその領主の傭兵になるしかなかった。
で、そいつらを食わせるためには、他所へ行ってケンカを売ってカッパライ、領地を分捕る。
まっ、ほとんどが自給自足だからいくら武家だって、農林漁業がなかったら生活できないし工業だってできない。

つまり、今世界で起きている「戦争」もそれと同じで宗教なんてぇのはその方便でしかない。
大体が、四の五のいったところで人間、今でこそだが70年、80年で確実に死ぬ・・・・・
そら、あんな自然環境の厳しい砂漠の中で生存していくには並大抵のことではないだろうし。
で、まずは食いもんのことで争う。砂漠じゃあ耕作できないから他所へ盗みに行くしかない。
で、行った先で「これはもともと俺のもんだ」てなことで喧嘩になるから当然武器を持った兵隊も連れて行く。
で、喧嘩した挙句には強いほうが勝つ「弱肉強食」の動物社会。

まあ、中東の「イスラム国」とかの「十字軍」云々かんぬんなんだがキリスト教がイスラム教に軍事行動・・・・・・
それって9世紀の話なんで、そういうことが仮にもまかり通るっていうのはまあ、進歩してないっていうか???
っていうか、あの中東ってそのキリスト教のヨーロッパ人が線引きした国境で、あるのは直線の国境線だけ。
で、19世紀まではただの砂漠だったところに20世紀になると「石油」が出てきたもんだからそらもうベニスの商人虎視眈々(笑)。
今まで見向きもしなかった中東めがけて植民地争奪戦・・・・・

まっ、中国の「尖閣諸島」の領土主張と同じです。
あの領海地域の海底、大陸棚に膨大な「石油」つまり、油田が眠っていることがわかったから、1968年。
つまり「主権」とかっていうけど、ただの「強欲」だけです。
ついでに言うと、中国では希少価値のあるという「赤サンゴ」を日本領海の小笠原諸島で盗掘とかも。
まあ、そこまでの船団ともなると「中国政府」の工作でしょうけど、つまり、戦争の始まりなんて「泥棒」からです。
で、中国政府に言わせたら20世紀の前半、中国を侵略したとかなんだが、たしかにそれを言われちゃうと理由はどうあれ戦争の始まりです。
まあ確かに、未だ、日本の政治家で戦争のセの字も知らないタレント上がりのセンセが「八紘一宇」とか平気で言っちゃうからアウト(笑)。

それにしてもです。あの太平洋戦争っていうか大東亜戦争の始まり・・・・・

「満州国」

まあ、昨今、世の中を騒がせている「イスラム国」もなんだが、まっ、土地柄っていうか宗教とかもなかったようだし、清国、最後の皇帝「愛新覚羅溥儀」を執政に建国。
でそれを、当時の国際社会、独立国3分の1が「国家」と承認しちゃいました。つまり、「国家」である以上は国連決議なしには戦争しかけられません。
そんなわけで、当時の日本政府、国内、国民向けには「神の国」宣言しちゃってますから、そら、一種の「宗教国家」でした。
まあ、よその国から見たら「そんなわけねぇだろう」なんだが、今の北朝鮮と一緒です(笑)。
で、そのころのその「満州国」総務次長ですから実質「満州国」の最高幹部でした。で、戦後は戦中、いろいろあって東京裁判で「A級戦犯」にされちゃいましたけど(´Д`;)

そんなわけで、今の内閣総理大臣のおじいちゃんが、その満州国総務庁次長、そして東条英機内閣の商工大臣。
なんか、出来過ぎた話で、そのおじいちゃん、岸信介氏、A級戦犯から釈放され自民党の「内閣総理大臣」になっちゃったわけですから、実にわかりやすいこの「日本国」のシステムっていうかカラクリ(笑)。

で、日本国憲法だけどその「九条」には・・・・・・

1・・・・国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

まあ、これを世界中の国々が実践すれば多くの人々「戦争」の犠牲にはなりません。

ただし、世界の軍需産業」は壊滅状態になります。

戦後世代、父が徴兵され、復員後も苛まされ53歳で他界・・・・・・

つまり、父母世代大正生まれの青春は「戦争」に明け暮れてました。

そして、徴兵された国民を含め300万余の民間人、その尊い無辜の命が「国家」、政治の犠牲になりそれでも負けた。

「人間やめますか?」それとも「爆弾つくりますか?」

一国平和主義のどこが悪い!??
  


Posted by 昭和24歳  at 18:50Comments(0)

2015年04月02日

高崎の歴史散歩「赤ちょうちん」の談

高崎の歴史散歩「赤ちょうちん」の談



赤提灯

「歴史散歩」と洒落てはみても、所詮は下々がこの身の上です。したがってこの談はもちろん飲み屋の話である。
それは、縄暖簾、赤提灯、ちょいとした横丁の下々、庶民のオアシスとでも云ったところだ。
しかし、それも今は昔で昭和の終わりを前にして消え去った遠い日の思いで、既に30年は経っているだろうか。

それが、その頃でさえ歴史が染み付いた趣の赤提灯でした。
柱もカウンターも黒光りしていて、ぐつぐつと煮えたぎるモツ煮のアルマイト製の大鍋も相当年季が入っているのか小気味良い音を奏でながら客をまっている。

そう・・・・・・

そんな店はなにも小奇麗である必要はない。できれば、灯りは「松下式」二股ソケットの紐付き2段切替スイッチあたりが隙間風に触られていると嬉しい。
それにそこかしこ傷のついてる、やはりアルマイトの灰皿と箸も使い古しの年季の入った塗りのやつ。
更に欲を言えば格子の障子窓には雨露を忍んだ幾重もの染みでもあれば肴には困らない。
そして、開け閉めに一工夫させられる滑車の引戸。もちろん取っ手の所は庶民の血と汗と涙が染み付いて黒光りしているやつ。
で、時期でも良ければ、開け放たれた障子、格子の隙間から知った顔がちらほら・・・・・・
それでもどう云うわけかそれなりに気を遣い開けかけた暖簾を避けて具合のいい席を選る。

「ここが空いてるよ」

と、常連だろう、何気に気安い。

そう云った店は団体で来る客はそうはいない。大概がお一人様かお二人様と相場は決まっている。
それでも3人寄らずとも、高崎の高度経済成長の縁の下だ、そこそこに仕上がってくるとつまらない揉め事を肴に結構賑やかになる。
もちろん贅沢なブランデーやウイスキーなどは無い。精々が「角」ではないだろうか。
店の中は口角に泡を飛ばした五月蝿さが、日々の溜飲を下げる。蝿取り紙に吸い付かれた蝿が裸電球にに透けてジタバタしている。
贅沢だろうか。
そうかもしれない。否、贅沢である。

本当に贅沢であった。今はもうその店はない。

「中熊」

僕らはそれを「チュークマ」と呼んでいた。
高崎の夜の政官財界奥座敷として名を馳せていた「宇喜代」の路地を挟んで、その辻向かいにその「中熊」はあった。
「宇喜代」がお偉方の奥座敷なら、「中熊」は労働者、縁の下の奥座敷とでも言わせてもらおうか。
それにしても棲み分けの良い時代ではあった。

「中熊」は亭主は厨房で肴を、おかみさんはカウンターで鍋守。
何と言っても、一番のウリ「モツ煮込」。相当に年季の入った仕込であることはその味が証明している。
器は瀬戸物、箸はけして割箸などではない。上物ではないにしろその塗り箸の持て成し。それに、季節物の「漬物」、これが絶品である。
当然、夏場は茄子と胡瓜、カブ、の糠漬け。そして冬場は白菜漬け・・・・・
申し訳ないが、その「糠漬け」に「煮込み」があれば、粋な黒塀見越しの松の「宇喜代」とて敵うまい。
とは言うものの、「宇喜代」とやらに上がれるほどの身分でないので、只の僻みかもしれない。
何しろ、「宇喜代」とやらで言ったどんなものを飲ませて食わせてくれるのかは想像もしたことが無いのだから。
酒の銘柄は記憶の彼方である。と云ううより「中熊」。「チュークマ」と呼ぶくらいだから・・・・・
呑むのは焼酎。ご存知「ウメ割」。これも矢鱈と逸品である。
分厚いカットグラス・・・そんな気取った物ではない「コップ」。皿受けに零れても尚、並々と注いでくれる。

中学で習った・・・?

小学校だったか、元来学習意欲のなかったオキュパイドベイビィの僕だがそれくらいは知っている(笑)。
その「表面張力」とやらに嬉々としながら、それは極上のワイン、ロマネ・ コンティをいただくかのように恭しく厳かに・・・・・
まるで儀式のごとく、まずは両手を膝の上に置き徐を装いグラスに口づけ、「チューッ」っとイクッ。
まさに、「チュークマ」。途中、溢れ零れた皿受けの「ウメ割」を、まるで子どもの頃に駄菓子屋で「さぐり」に中った時のような気分でコップに戻す。

<少し増えている・・・>
 
その梅割を裸電球に透かして量を確かめ「ニンマリ」。

「チュ―クマ」のもうひとつの売りは「濁り酒」だろう。誰とはなしに酒飲みが度胸試しのつもりでそれを覚える。変な話、胃カメラの時の「バリュウム」のような感じが最初の憶えである。
慣れて来ると確かに美味いに違いは無いが兎に角、足腰に来るのが騒ぎである。僕は2杯目は遠慮する事にしていた。
「チュークマ」のそれは、昭和45年、僕が当時隆盛の「キャバレー」でドラムを叩いていた時の話である。

高崎の歴史散歩「赤ちょうちん」の談
  


Posted by 昭和24歳  at 12:48Comments(0)

2015年04月01日

戦後「昭和の高崎」風物史①

戦後「昭和の高崎」風物史①



通町の「三富士食堂」



平成の今日「コンパクトシティ」を提唱するが・・・・・

昭和、それも戦後の高崎は見事なコンパクトシティだった。
街中、本町通りから田町通り、連雀町、あら町から駅前通と所狭しと公共交通機関が忙しくしていた。
昭和28年に廃線された「チンチン電車」はなぜ廃線となったのかは今にして思うと合点の行かないところだが。
たしか、戦前からあった。いや、戦前というよりは物の本によれば大正3年頃の営業開始だったとか・・・・・

僕は仕事で富山、豊橋、福井、広島等々でその「チンチン電車」をよく利用した。
その意味では、高崎の「チンチン電車」の廃線も、言われるモータリゼーションとは関係ないようだ。
もっとも、本格的「モータリゼーション社会」を迎えたのは昭和40年代以降からだし、その「廃線」からは干支一回りの時間差があった。
そもそも、現状、高崎市と同規模の豊橋、福井、富山市ではその自動車社会の中を共存している。
で、廃線の理由が設備の老朽化と累積赤字とかだが、今日そこにあるべき公共交通機関の乏しさに百年の計は見えない。
その意味での条件ならば、豊橋、福井、富山市も同じことではなかっただろうか。

まあ、ないものねだりをしても仕方のないことだが・・・・・・
もし、「高崎=伊香保」間にその「チンチン電車」が走っていたらと想像すると思わず楽しくなる。

さて・・・・・
そこで、高崎の街中を考察すれば、なんと「喫茶店」らしきものが全て姿を消している(喫茶コンパルは営業してるが)。
まあ、喫茶店だけにあらず、食堂、ラーメン屋等も、それらしきもの中銀の「田島食堂」と通町の「三富士」の昔ながらだけである。
と、とやかく言っても仕方がない。戦後70年だ。その70年を言えば、敗戦時の昭和20年から70年を遡れば・・・・・
「幕末」だったわけだから、団塊世代も「思えば遠くへ来たもんだ」といったところだろうか(笑)。

で、その昭和40年代の始まりの頃の高崎だが、街中「喫茶店」だらけでした。

そこで、僕のファースト珈琲は何時のことだろう(実はコーヒーを窘めない僕)。

多分、それはエレキバンドの仲間と行ったオシャレデパートのとこの「ナポリ」か。否そうではない。昭和四〇年も明けたばかりの頃恐る恐る、胸を高鳴らせ始めて入ったのが本町三丁目の「あすなろ」ではなかったろうか(間違っていたら乞う連絡)。
たしか、やはりエレキバンドの先輩に連れて行ってもらったような記憶がある。

その「あすなろ」はもうひとつ、鞘町の学陽書房の隣あたりに映画館と並んであったように憶えている。何でもその「あすなろ」はクラシックを専門に聴かせる「音楽喫茶」で、リスニングルームも確かあったのではなかっただろうか。本町三丁目のそれとは大分趣を異にしていた。

時にはそこ「あすなろ」では群響の楽団員の人たちがコンサートをやっていた。もとも僕の場合はクラシック、交響楽と言った高尚な芸術はチンプンカンプン。なにせ、その頃は「エレキ」に夢中で誰と行ったのか、いや、誰に連れて行ってもらったのかさえ全く憶えていない。ただ、一、二度、入ったような気がするだけだ。

僕はもっぱらその手前、うなぎの「銀直」の隣辺りの、床屋の二階の喫茶「コンパル」だった。エレキバンドで出演していたダンスホール「みゆき」の休憩時間にはいつもメンバーとそのコンパルへはよく通った。

そうだ、連雀町だったかの噴水のある「喫茶ローマ」。
そこには早い時期、昭和40年頃から高経のハワイアンやらウエスタン、フォークソングをやるバンド演奏をやっていた。うなぎの寝床のような間口2軒ほどの細長い店だったが、その一番奥まったところにステージのようなものがあったように憶えてる。
  そうした意味では古きよき時代だったのかもしれない。


あの頃の喫茶店

駅前の「喫茶うえの」・・・カウンターだけの小さな喫茶店。その隣には「キングバー」なんていうのもあった
ロータリーの所には、「喫茶ブリッジ」。
ジャズを専門に聴かせる「モーニン」なんて言うのも・・・・・
八間道路の「喫茶モリエ」・・・ここは僕が小学校の時から在った。同級生のお母さんがやっていて・・・どう言う訳か「アベック」と言う徒名でそいつを囃した覚えがある。
兎に角、「喫茶店」と言うと、「アベック」を連想させた。

あの頃は「同伴喫茶」なるものも流行った。まだ町には車などそうは走ってはいない時代だったし、流行かどうかは知らないが僕らが色気づいた頃は「連込み」。いわゆる「さかさくらげ」と言うやつだったが、まだ僕らはその「連込み」に入る歳ではなかった。ませた同級生や先輩から話を聞くのが精々で。
もっぱら僕らは「キャンドル」、「キャメル」、「マーセル」など等と、若い男女の秘め事に重宝させてもらっていたようだ・・・・・チョイト気恥ずかしいが(笑)。

話は変るが、実は僕は「珈琲」とやらが全く駄目。今まで正直な所そのコーヒーとやらを「飲んだ」と言う記憶はない。今まで一切口につけない・・・なぜか判らない。
あの「珈琲」の香は嫌いではないのだが(好きではない)、仕方なしに飲まされると胸焼けが酷いのには閉口する。
ついでに、「タバコ」も生れてこの方吸ったことがない。もちろん、未成年の時は特訓をしたがその成果はなかった。
アルコールはその限りではないが・・・・・

「喫茶店」と言えば・・・もう昔からのそれはあまり見られない。あまりと言うかほとんどなくなっているのではないか。
一時隆盛を極めた、喫茶「いわと」、さきの名曲喫茶「あすなろ」・・・・・
今も昔をしのばせるのは柳通りの「ゲレンデ」くらいだろうか。ここは古い・・・・・とは言っても昭和40年代の中頃からだろうか・・・・・
マスターが中々の男前で「お水」のお姉さん達の憩いの場であったようだ。

僕がニュージャパンでドラムを叩いていた頃はもっぱらお堀端の喫茶「プリンス」か、その同伴喫茶の「キャンドル」。その「キャンドル」、二階席が同伴専用席になっていた。
昭和47年頃はモータリゼーションか、既に「同伴喫茶」の趣も薄れ、店によってはスナック喫茶風に趣を変えていった。

柳川町のど真ん中には「スクール」なんて言う喫茶、田町通りの喫茶「アラスカ」、新町の「くらくら」、今のさやモールの「コンパル」など等・・・・・・

移ろいの風物「たかさき」と言ったところだろうか。

戦後「昭和の高崎」風物史①
  


Posted by 昭和24歳  at 12:32Comments(0)

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