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2012年08月20日
民主党、その政権交代で失われたものは?
民主党、その政権交代で失われたものは??

私は、政権交代が必要だと思いながら、それをためらう人々に、「一歩踏み出す勇気をもってください」と言う。このままでは日本は変わらない。必要なのはリスクをとる勇気だ。誰かが変えてくれるのではなく、 1人ひとりが変えようと思わない限り、この国は変わらないのだ。――<「はじめに」より>
まあ、今となってはそれも・・・・・
水泡に帰した観だが、どうですみなさん?
民主党惨敗は不可避の情勢…“蜃気楼”の「近いうちに解散」■首相にはどう聞こえる? セミの声
日本人選手のメダルラッシュで沸いたロンドン五輪も終わり、永田町のセミたちも夏を名残惜しむかのように鳴き声のボリュームを上げている。
セミといえば、民主党が政権交代を果たした3年前の衆院選直前、当時党幹事長代理だった野田首相は自著『民主の敵ー政権交代に大義あり』(新潮新書)で、こんなことを書いていた。
選挙前は手応えの有無によって、目に見えるもの、耳に入るものが不思議なほど違うというのだ。曰く「4年前の夏、郵政選挙ではセミの声が『ジージージー』、2年前、参院選逆転の夏は『ミンミンミン』と聞こえた」と。
ぞれぞれの国政選挙で自民、民主両党が大勝したが、どちらの結果も聞こえてくるセミの声で“予測”できたというのだ。
<抜粋引用:2012/08/19 21:17 産経新聞>
ソース:http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/584956/
まっ、「ミンミン」も「ジージー」も泣き比べだけ(笑)。
終戦記念日だったんだが、尖閣騒動と竹島騒動でミンミンゼミもアブラゼミも終わり(^^ゞ
まあ、宗主国様が作った自民党政権、発端は史実からもそのよう・・・・・
で、自民党、大方の傀儡は鬼籍に入っちゃったし、事実上お払い箱があの政権交代。
つまり、宗主国としては御用済み。なにせ長老ばっかりなんだから(^^ゞ
で、残ったのはプリンスメロンばっかりで、まあ、瓜坊ばっかですからそらアウト、
下野しちゃっても「与党気分」が抜けきれないから始末が悪いわけです。
現実、日本社会はすっかり変わっちゃっています。まずそのことに気づくべきっていうか・・・・・
発想の転換でしょうか、古い世代、つまり僕ら戦後世代が「アラカン」で過去の人です。
で、よくも悪くも日本社会の転換期が高度経済成長の末期にあった。
それは、日本の政治的独立ですね、宗主国からの。
当然その時代は戦時中の若者、つまりあの大戦からの「生還者」たちです。
まあ、リアルタイムで生死を分けた戦争してたわけだし、終いには本土大空襲と2発の原子爆弾。
オヤジが言ってました、「復員してきて見た光景はこの世のものとは思えなかった」と・・・・・
それが、敗戦の焦土からたったの20年ほどでオリンピック、高速道路、新幹線でしたから。
たしかに、戦後、爆発的な人口増加はその都度内需拡大に大きな効果を奏した。
住宅建設、道路建設、そして家電、自動車は作れば作っただけ売れた。
国内需要があるということはモノづくりには欠かせない要素・・・・・・
たしかに、最初のうちは「MADE IN JAPAN」は粗悪品との評判だったが、まあ、今思うと、
パクリも、中国や韓国のことは言えないのかも(笑)。
とはいえ膨大な内需にさせられ、かつ、日本人特有の「モノづくり」へのこだわりが、
その製品の精度を直、世界のトップレベルにまで押し上げた。
しかも、すべての部品に至るまで中小零細の町工場が、世界のトップレベルに。
さらに、いわゆる「護送船団」と言われた「経済官僚」がセールスマンにも・・・・・
資源外交もその一つかもしれない、そして当時の通産省官僚の働き著した、
城山三郎著「官僚たちの夏」も一読の価値有り、だが、今は遠い日の夢かも(^^ゞ
そして、日本社会が一変しだしたのは田中角栄内閣がそこの分水嶺かもしれない。
それは大きな、ある意味リスクのある挑戦だった。コレ↓
日中国交正常化
アメリカにとっては中国をパートナーとした新しい東アジア秩序の形成を模索するものであったが、キッシンジャーがその東アジア新秩序構想において日本抜きで事を運ぼうとしていることを察知した日本政府及び田中角栄は、アメリカの先手を取ってでき得る限り早く日中国交正常化を果たすことを決断する。そしてニクソン訪中宣言からわずか1年2ヶ月という異例の早さで日中共同声明(1972年9月29日)に持ち込んだ。
なお、当時の自民党内では中華民国(台湾)を支持する勢力が圧倒的であり(石原慎太郎や浜田幸一なども親台湾派であった)、様々な権益が絡んでいたこともあり、国交正常化交渉にあたった外務官僚も省内ですら隠密行動を余儀なくされていた。また当然のことながら、中華人民共和国、中華民国の両政府はともに、他国による中国の二重承認を認めないため、日中国交正常化交渉を進めることは中華民国と断交することも意味していた。
時間的な制約があり、かつ国際政治状況から見ても差し迫った政策課題であったため、交渉にはあらゆる手が尽くされた。例えば、佐藤派から福田派に移った保利茂は、田中の意を受けて密かに訪中する日本社会党委員長、成田知巳に田中の親書を毛沢東に渡す様に託し、田中の日中国交回復を真剣に目指している事を中国側に伝えた。
1972年7月7日に内閣総理大臣に就任した田中角栄は、同年9月に自ら中華人民共和国を訪問した。
<出典:ja.wikipedia.org>
>田中角栄は、アメリカの先手を取ってでき得る限り早く日中国交正常化を果たすことを決断する。
つまり、「アメリカの先手を取って」ということは、
この時点で田中首相の中でのアメリカとのパワーバランスは対等だったということだろう。
そして、田中首相はその後「金脈」とか「ロッキード事件」とかを仕掛けられる・・・・
コレ、↓
ロッキード事件はアメリカ合衆国の当局が仕掛けた陰謀だ、という説がある。 ホワイトハウス在住記者ジュリー・ムーン(文明子)がヘンリー・キッシンジャー国務長官に「ロッキード事件はあなたが起こしたんじゃないんですか?」と問いただしたところ、キッシンジャーは「オフ・コース(もちろんだ)」と答えている。
<出典:ja.wikipedia.org>
つまり、田中角栄の失脚は「自民党の終わりの始まり」だった・・・・・
そら、アメリカだって宗主国のつもりだったんでしょうから「先手」取られちゃったら(^^ゞ
当時、田中首相は石油資源の外交による直接調達もいわゆる「メジャー」の琴線にとも。
そして自民党政権は「小泉時代」、その5年で、現実メルトダウンした。
その後の、安倍、福田、麻生政権の実態はモノのついでだったのかもしれない。
今、想像できるのは、沖縄返還等の功績はあるものの、それは官僚政治の時代だった。
そこへ、「官僚を使いこなす」平民宰相、田中角栄内閣総理大臣・・・・・
30年余の時を経て、まあ、「政治主導」とかの民主党政権、宗主国がそれを良しとしたか?
いきなり、辺野古基地「最低でも県外」の「先手」で挙句ボロボロに(^^ゞ
結局、菅、野田と「官僚丸投げ政治」で、消費税増税、自民党ですら成し得なかったそれ。
まあ、宗主国の思わく通りとすれば、安倍元首相に粉かけた大阪維新の会と、
民自残党に公明とがくっつく・・・・・
それ以外に「消費税増税法案」の実行はできない。
そして「国民の生活が一番」の小沢さんちだが、あれほど小沢さんを持ち上げていた、
あの、田中真紀子センセが「野田内閣」を信任したのはどうしたことか?
普通に、奇異に映ったのだが、あの日の衆議院「野田内閣不信任案採決」の場面・・・・・
ところで、今の若者にこの日本の社会はどう映ってるんだろうか?
アメリカ社会化する日本社会、「多様なは働き方」というが、一生賃金はそのまま。
たしかに、アメリカンドリームがアメリカにはあるが日本にはあそれがあるか?
いっとき言われた「ジャパンドリーム」は見事に水泡に帰した。
現実、一生アルバイトのまま、非正規社員のまま、それが普通と考える社会。
そういう社会になってしまうのではないか、豊かだった日本を知らない世代・・・・・
いや、今でも「豊か」なんだが、そこにある「格差」がそれを教えない。
民主党、その政権交代で失われたものは??

私は、政権交代が必要だと思いながら、それをためらう人々に、「一歩踏み出す勇気をもってください」と言う。このままでは日本は変わらない。必要なのはリスクをとる勇気だ。誰かが変えてくれるのではなく、 1人ひとりが変えようと思わない限り、この国は変わらないのだ。――<「はじめに」より>
まあ、今となってはそれも・・・・・
水泡に帰した観だが、どうですみなさん?
民主党惨敗は不可避の情勢…“蜃気楼”の「近いうちに解散」■首相にはどう聞こえる? セミの声
日本人選手のメダルラッシュで沸いたロンドン五輪も終わり、永田町のセミたちも夏を名残惜しむかのように鳴き声のボリュームを上げている。
セミといえば、民主党が政権交代を果たした3年前の衆院選直前、当時党幹事長代理だった野田首相は自著『民主の敵ー政権交代に大義あり』(新潮新書)で、こんなことを書いていた。
選挙前は手応えの有無によって、目に見えるもの、耳に入るものが不思議なほど違うというのだ。曰く「4年前の夏、郵政選挙ではセミの声が『ジージージー』、2年前、参院選逆転の夏は『ミンミンミン』と聞こえた」と。
ぞれぞれの国政選挙で自民、民主両党が大勝したが、どちらの結果も聞こえてくるセミの声で“予測”できたというのだ。
<抜粋引用:2012/08/19 21:17 産経新聞>
ソース:http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/584956/
まっ、「ミンミン」も「ジージー」も泣き比べだけ(笑)。
終戦記念日だったんだが、尖閣騒動と竹島騒動でミンミンゼミもアブラゼミも終わり(^^ゞ
まあ、宗主国様が作った自民党政権、発端は史実からもそのよう・・・・・
で、自民党、大方の傀儡は鬼籍に入っちゃったし、事実上お払い箱があの政権交代。
つまり、宗主国としては御用済み。なにせ長老ばっかりなんだから(^^ゞ
で、残ったのはプリンスメロンばっかりで、まあ、瓜坊ばっかですからそらアウト、
下野しちゃっても「与党気分」が抜けきれないから始末が悪いわけです。
現実、日本社会はすっかり変わっちゃっています。まずそのことに気づくべきっていうか・・・・・
発想の転換でしょうか、古い世代、つまり僕ら戦後世代が「アラカン」で過去の人です。
で、よくも悪くも日本社会の転換期が高度経済成長の末期にあった。
それは、日本の政治的独立ですね、宗主国からの。
当然その時代は戦時中の若者、つまりあの大戦からの「生還者」たちです。
まあ、リアルタイムで生死を分けた戦争してたわけだし、終いには本土大空襲と2発の原子爆弾。
オヤジが言ってました、「復員してきて見た光景はこの世のものとは思えなかった」と・・・・・
それが、敗戦の焦土からたったの20年ほどでオリンピック、高速道路、新幹線でしたから。
たしかに、戦後、爆発的な人口増加はその都度内需拡大に大きな効果を奏した。
住宅建設、道路建設、そして家電、自動車は作れば作っただけ売れた。
国内需要があるということはモノづくりには欠かせない要素・・・・・・
たしかに、最初のうちは「MADE IN JAPAN」は粗悪品との評判だったが、まあ、今思うと、
パクリも、中国や韓国のことは言えないのかも(笑)。
とはいえ膨大な内需にさせられ、かつ、日本人特有の「モノづくり」へのこだわりが、
その製品の精度を直、世界のトップレベルにまで押し上げた。
しかも、すべての部品に至るまで中小零細の町工場が、世界のトップレベルに。
さらに、いわゆる「護送船団」と言われた「経済官僚」がセールスマンにも・・・・・
資源外交もその一つかもしれない、そして当時の通産省官僚の働き著した、
城山三郎著「官僚たちの夏」も一読の価値有り、だが、今は遠い日の夢かも(^^ゞ
そして、日本社会が一変しだしたのは田中角栄内閣がそこの分水嶺かもしれない。
それは大きな、ある意味リスクのある挑戦だった。コレ↓
日中国交正常化
アメリカにとっては中国をパートナーとした新しい東アジア秩序の形成を模索するものであったが、キッシンジャーがその東アジア新秩序構想において日本抜きで事を運ぼうとしていることを察知した日本政府及び田中角栄は、アメリカの先手を取ってでき得る限り早く日中国交正常化を果たすことを決断する。そしてニクソン訪中宣言からわずか1年2ヶ月という異例の早さで日中共同声明(1972年9月29日)に持ち込んだ。
なお、当時の自民党内では中華民国(台湾)を支持する勢力が圧倒的であり(石原慎太郎や浜田幸一なども親台湾派であった)、様々な権益が絡んでいたこともあり、国交正常化交渉にあたった外務官僚も省内ですら隠密行動を余儀なくされていた。また当然のことながら、中華人民共和国、中華民国の両政府はともに、他国による中国の二重承認を認めないため、日中国交正常化交渉を進めることは中華民国と断交することも意味していた。
時間的な制約があり、かつ国際政治状況から見ても差し迫った政策課題であったため、交渉にはあらゆる手が尽くされた。例えば、佐藤派から福田派に移った保利茂は、田中の意を受けて密かに訪中する日本社会党委員長、成田知巳に田中の親書を毛沢東に渡す様に託し、田中の日中国交回復を真剣に目指している事を中国側に伝えた。
1972年7月7日に内閣総理大臣に就任した田中角栄は、同年9月に自ら中華人民共和国を訪問した。
<出典:ja.wikipedia.org>
>田中角栄は、アメリカの先手を取ってでき得る限り早く日中国交正常化を果たすことを決断する。
つまり、「アメリカの先手を取って」ということは、
この時点で田中首相の中でのアメリカとのパワーバランスは対等だったということだろう。
そして、田中首相はその後「金脈」とか「ロッキード事件」とかを仕掛けられる・・・・
コレ、↓
ロッキード事件はアメリカ合衆国の当局が仕掛けた陰謀だ、という説がある。 ホワイトハウス在住記者ジュリー・ムーン(文明子)がヘンリー・キッシンジャー国務長官に「ロッキード事件はあなたが起こしたんじゃないんですか?」と問いただしたところ、キッシンジャーは「オフ・コース(もちろんだ)」と答えている。
<出典:ja.wikipedia.org>
つまり、田中角栄の失脚は「自民党の終わりの始まり」だった・・・・・
そら、アメリカだって宗主国のつもりだったんでしょうから「先手」取られちゃったら(^^ゞ
当時、田中首相は石油資源の外交による直接調達もいわゆる「メジャー」の琴線にとも。
そして自民党政権は「小泉時代」、その5年で、現実メルトダウンした。
その後の、安倍、福田、麻生政権の実態はモノのついでだったのかもしれない。
今、想像できるのは、沖縄返還等の功績はあるものの、それは官僚政治の時代だった。
そこへ、「官僚を使いこなす」平民宰相、田中角栄内閣総理大臣・・・・・
30年余の時を経て、まあ、「政治主導」とかの民主党政権、宗主国がそれを良しとしたか?
いきなり、辺野古基地「最低でも県外」の「先手」で挙句ボロボロに(^^ゞ
結局、菅、野田と「官僚丸投げ政治」で、消費税増税、自民党ですら成し得なかったそれ。
まあ、宗主国の思わく通りとすれば、安倍元首相に粉かけた大阪維新の会と、
民自残党に公明とがくっつく・・・・・
それ以外に「消費税増税法案」の実行はできない。
そして「国民の生活が一番」の小沢さんちだが、あれほど小沢さんを持ち上げていた、
あの、田中真紀子センセが「野田内閣」を信任したのはどうしたことか?
普通に、奇異に映ったのだが、あの日の衆議院「野田内閣不信任案採決」の場面・・・・・
ところで、今の若者にこの日本の社会はどう映ってるんだろうか?
アメリカ社会化する日本社会、「多様なは働き方」というが、一生賃金はそのまま。
たしかに、アメリカンドリームがアメリカにはあるが日本にはあそれがあるか?
いっとき言われた「ジャパンドリーム」は見事に水泡に帰した。
現実、一生アルバイトのまま、非正規社員のまま、それが普通と考える社会。
そういう社会になってしまうのではないか、豊かだった日本を知らない世代・・・・・
いや、今でも「豊か」なんだが、そこにある「格差」がそれを教えない。
民主党、その政権交代で失われたものは??