2022年02月16日

金さんちの正恩ボンまたかいなぁピンポンダッシュ

金さんちの正恩ボンまたかいなぁピンポンダッシュ
金さんちの正恩ボンまたかいなぁピンポンダッシュ
子どもの頃「ピンポーン」ぴんぽんダッシュやったことあるひと?

カミングアウトします。

近所の庭の広い豪邸、中銀で「かまや」と言う呉服屋を営む本間さんちでピンポンダッシュ!!

ある時、ピンポンダッシュして陰でこっそりのぞいていると出てきたのが同級生の須賀正君。

後で聞いたら「僕のおばあちゃんちなんだ」だって。

須賀君、なんでもその頃貝沢町の方から東小へお姉さんと一緒に「越境通学」していて学校が終わるとそのおばあちゃんちでお母さんが迎えに来るのをいつも待ってるんだっとか言っていた。

須賀君のお父さんは駅の近く旭町の「ナショナル電器」の社員である種ブルジョワの香りがしてた。そう言えばいつも半ズボンを穿いてどこか東京の子どものような趣お母さんも、そこいらへんのオバサンではなくご婦人という趣だった。

その本間さんちの庭の脇の路地を抜けていくとやはり同級生の鉈峰真理子ちゃんと言う勉強ができて可愛い女の子の家があった。

そうだ、その真理子ちゃんと江積まさ子ちゃんが二人してよく僕の家に遊びに来た。
30年前の東小同窓会になんと、真理子ちゃんとまさ子ちゃんがそろって参加。二次会の中銀「レストラン・ミヤマ」で昔話に花が咲いたの言うまでもない

どういう訳か僕んちへは女の子しか遊びに来なかった。

多分それは1年生の時の交通事故でほぼ半年学校を休まなけれなならなかったからかもしれない。山田町、北原板金の北原ゆり江ちゃん学校帰りに「テスト」とか言って持ってきてくれた。

どうやら僕は「どらえもん」ののび太のような小学校生活だったのかも知れない。因みにジャイアンはマコちゃんと言う一つ年上の男の子。

そのジャイアンは社宅の子で僕たちが社宅の広場で遊んでいるといつも「ここはオマエ等の遊ぶ場所ではない」と言って砂をかけたり棒で叩こうとしたりする。とても意地悪な少年だった。

その社宅のジャイアン、今では何とも好々爺で東奔西走、人生を楽しんでおられる。



Posted by 昭和24歳  at 09:59 │Comments(0)

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