2009年03月18日
捏造の“ニッポン民主主義”
>選挙できる自由1つ取っても、それをどう行使するか、
この国、本当は国民主導の“選挙管理委員会”が必要で、
それは“三権分立”の外に国民の“第四の権力”として国家、中央からではなく、
それぞれの地方自治体レベルで構成された自主組織、
それこそ本当の意味での“自由民主国民会議”のようなものが必要なのではないか。
国の最もたる基本は“憲法”であることは云うまでもない。
ならばその憲法は国民に全権、“主権”を置いている・・・・・・
ではその全権、主権を持つ“国民”とはこの国のどこに存在するのか。
それはどこにも存在しない・・・・・・
その際たる形が、捏造された“ニッポン民主主義”ではないか。
そしてその、捏造の“ニッポン民主主義”の諸悪根源がモノマネの“議会制民主主義”。
米国民主主義が全て正しいという風には思わないが、
新しい国家としてそれの統合には“連邦政府制度”が大きく作用している。
日本のように地方自治、県の“首長”が、官僚であったり、国会議員であったりの“天下がり”。
本来は、自治体でもその議会の中に“国家財政・外交・国防”等を、
さらに云えば予算・決算も議論する議会、委員会がこの幼稚な民主主義国ニッポンには不可欠であるのではないか。
国家が定めた、国家にとって実に都合のいい政治システム。
それは地方自治が“大統領制”で、中央が“議会制”代議員(士)制をとるという、
英国の国会を真似た、もしくは戦前までの選挙を経ない国会議員“貴族院・枢密院”をそのままで、
実は“選挙”の実態は国会議員の捏造そのもの。
実はこの国は“地方政治”を国家の“具”としか思っていない。
それは地方自治に殆どの“裁量権”を与えず、今なお中央政府からの出向官僚が、
まるで“逆参勤交代”のように、地方自治を管理監視監督に就けている。
地方行政の助役、参与、局長、部長などの役職はほとんどが若手キャリア官僚。
この群馬県の小寺知事も自治省から群馬県へ出向、
医務課長、企画課長、財政課長、秘書課長から総務部長、副知事、知事へと、
常に中央政府が地方自治行政の根幹を抑えている。
県警本部長も、税務署長も中央から若手キャリア官僚の出向。
因みに小泉チルドレンの片山さつき代議士も広島県のどこかの税務署長を“30そこそこ”でやっている。
要するに、市民、大衆、国民には主権は全く存在しない。
適当に働かせるために“手綱”を多少緩める程度の“自由”を与え、
その戸籍法で100%国民を監視、管理し、それでも不足と“住基ネット”。
>どう行使するか、
どうもこうも“行使”出来ないのが実態ではないでしょうか。
それは、まず国民にその意思が全くないと思わざろう得ない・・・・・
それは昨今のメディアが捏造する情報に踊りる“平和な国民”の姿。
“平和”が悪いわけではない。でもその平和が国家によって捏造されたものだとしたら、
100%の死亡率を指折りする僕ら世代はかまわないが、
今日生まれた子どもたち、明日生まれようとしている子どもたちにはどんな“平和”が待っているのだろうか。
少子化をいいながら子殺しを誘発するような福祉行政と、
承知の上で看過し、若者を享楽のみに誘引する行政・・・・・国家。
パチンコ賭博、管理売春。それらは犯罪の無罪を国家が捏造している。
1億円の裏金を貰った元首相が「みんなが言うのならそうでしょう」。
こんなのは、一民間人が裁判所で言ったらその場で“お縄を頂戴”することになる。
この国、本当は国民主導の“選挙管理委員会”が必要で、
それは“三権分立”の外に国民の“第四の権力”として国家、中央からではなく、
それぞれの地方自治体レベルで構成された自主組織、
それこそ本当の意味での“自由民主国民会議”のようなものが必要なのではないか。
国の最もたる基本は“憲法”であることは云うまでもない。
ならばその憲法は国民に全権、“主権”を置いている・・・・・・
ではその全権、主権を持つ“国民”とはこの国のどこに存在するのか。
それはどこにも存在しない・・・・・・
その際たる形が、捏造された“ニッポン民主主義”ではないか。
そしてその、捏造の“ニッポン民主主義”の諸悪根源がモノマネの“議会制民主主義”。
米国民主主義が全て正しいという風には思わないが、
新しい国家としてそれの統合には“連邦政府制度”が大きく作用している。
日本のように地方自治、県の“首長”が、官僚であったり、国会議員であったりの“天下がり”。
本来は、自治体でもその議会の中に“国家財政・外交・国防”等を、
さらに云えば予算・決算も議論する議会、委員会がこの幼稚な民主主義国ニッポンには不可欠であるのではないか。
国家が定めた、国家にとって実に都合のいい政治システム。
それは地方自治が“大統領制”で、中央が“議会制”代議員(士)制をとるという、
英国の国会を真似た、もしくは戦前までの選挙を経ない国会議員“貴族院・枢密院”をそのままで、
実は“選挙”の実態は国会議員の捏造そのもの。
実はこの国は“地方政治”を国家の“具”としか思っていない。
それは地方自治に殆どの“裁量権”を与えず、今なお中央政府からの出向官僚が、
まるで“逆参勤交代”のように、地方自治を管理監視監督に就けている。
地方行政の助役、参与、局長、部長などの役職はほとんどが若手キャリア官僚。
この群馬県の小寺知事も自治省から群馬県へ出向、
医務課長、企画課長、財政課長、秘書課長から総務部長、副知事、知事へと、
常に中央政府が地方自治行政の根幹を抑えている。
県警本部長も、税務署長も中央から若手キャリア官僚の出向。
因みに小泉チルドレンの片山さつき代議士も広島県のどこかの税務署長を“30そこそこ”でやっている。
要するに、市民、大衆、国民には主権は全く存在しない。
適当に働かせるために“手綱”を多少緩める程度の“自由”を与え、
その戸籍法で100%国民を監視、管理し、それでも不足と“住基ネット”。
>どう行使するか、
どうもこうも“行使”出来ないのが実態ではないでしょうか。
それは、まず国民にその意思が全くないと思わざろう得ない・・・・・
それは昨今のメディアが捏造する情報に踊りる“平和な国民”の姿。
“平和”が悪いわけではない。でもその平和が国家によって捏造されたものだとしたら、
100%の死亡率を指折りする僕ら世代はかまわないが、
今日生まれた子どもたち、明日生まれようとしている子どもたちにはどんな“平和”が待っているのだろうか。
少子化をいいながら子殺しを誘発するような福祉行政と、
承知の上で看過し、若者を享楽のみに誘引する行政・・・・・国家。
パチンコ賭博、管理売春。それらは犯罪の無罪を国家が捏造している。
1億円の裏金を貰った元首相が「みんなが言うのならそうでしょう」。
こんなのは、一民間人が裁判所で言ったらその場で“お縄を頂戴”することになる。
Posted by 昭和24歳
at 07:18
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