2016年10月30日
ネグレクトの地獄絵(苫小牧)
ネグレクトの地獄絵(苫小牧)
主文
被告人を懲役15年に処する。
未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
生ゴミ、生米くらって餓
死免れた! 鬼母に遺棄された5歳の「地獄絵」
2007/12/18 19:58 J-CASTニュース
幼い長男(5)と三男(当時1)を自宅に1か月以上置き去りにし、三男を死亡させて死体を遺棄したとして、母親に懲役15年の判決が下された。生き延びた長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズで飢えを凌いでいた。2人とも「死んでいる」と思って自宅に帰った母親に、長男はそれでも、「ママ遅いよ」と駆け寄った。
「ママ、遅いよ」と駆け寄る長男の哀れ
苫小牧市の自宅に幼い長男と三男を1か月以上放置し、三男を死亡させて遺体を遺棄したとして、殺人と死体遺棄、保護責任者遺棄の罪に問われた無職・山崎愛美被告(21)の判決公判(杉浦正樹裁判長)が2007年12月18日、札幌地裁室蘭支部でひらかれ、懲役15年(求刑懲役20年)が言い渡された。裁判長が「幼い兄弟の飢えと苦痛は想像を絶する。計画的で非情で残酷な犯行」とまで形容した、「置き去り」のおぞましい実情とはどんなものだったのか。弁護側は「(被告の)不幸な生い立ちや、経済的な困窮」を挙げて情状酌量を求めていたが、判決や各紙の報道などから見える事件の実態はまさしく「地獄絵図」である。
事件は山崎被告が06年10月30日、自宅に鍵をかけた時から始まる。山崎被告は長男と三男の存在を疎ましく思い、部屋に放置して餓死させることを考えた。山崎被告はチャーハンを食べさせたあと、12月初旬まで交際相手の家に行ったままで2人を放置。1か月間以上あとに再び自宅の鍵を開けるまで、2人の幼子は飢えのなかで苦しんでいた。幼い三男は餓死したが、長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズを食べて命をつないでいたという。
山崎被告は裁判のなかで、長男が生きていることに驚き、長男は「ママ、遅いよ」と駆け寄ってきたと証言している。その後、山崎被告は三男の遺体を交際相手の家にある物置に遺棄した。自分を放置したにも係らず「ママ、遅いよ」と駆け寄る長男の姿はなんとも哀れだ。しかし、生きていた長男にとっては、弟の遺体を横に生活した体験は地獄ともいえる。
つづく↓
「(死んだ三男の)口の中に虫いっぱい入ってた」
2006年の12月事件である。
5歳、長男と1歳、三男を一ヶ月間「殺意」をもって放置し・・・・・・
結果、その一ヶ月間に三男、弟は飢えと寒さで死亡。
そしてその長男、5歳は死んでゆく1歳の弟、そして死後腐敗が進み異臭を放ち、
「口の中に虫がいっぱい」
そんな弟をそばに置きながら・・・・・・・
生ゴミ、生米、ケチャップ、マヨネーズ等で飢えと寒さをしのぎ生き延びていた。
そしてその母親というべきか殺人鬼というべきか、山崎愛美囚は、
その二人の「わが子の死」を確かめるために自宅に戻る。
「 山崎被告は裁判のなかで、長男が生きていることに驚き」
そんなオゾマシイ母親(?)の心中を疑うこともなく、
それは、安堵したかのように・・・・・・
「ママ、遅いよ」
と駆け寄ったという。
その後、その母親、山崎愛美は腐敗し、口中に虫の湧いている三男の口をガムテープでふさぎ、
段ボールに詰め込んで、当時交際相手であった男の家の物置に遺棄した。
当然、その後その長男、5歳は母親逮捕と同時に保護され、施設で養育されていると言うが・・・・・・
その長男のトラウマは想像を絶する。
おそらく、大阪の今回の事件もその様、地獄絵であったに違いない。
たまたま、苫小牧の事件では長男が5歳であったため何とか生き延びたが・・・・・・
大阪の事件の場合は長女3歳。
しかし、1歳の死にゆく弟をそばにしながらその衰弱する小さな体を、3歳の姉はいたわったであろう。
「大丈夫? 大丈夫?」
と、3歳の姉は、お姉ちゃんらしく、弟の身体をさすったであろう。
まあ、秋田の畠山綾香ちゃんの事件といい・・・・・・・
名古屋の森島勇樹(4)虐待死事件といい、母親の離婚、そして男性関係が発端。
「子どもが邪魔」
祖父母世代の僕らだが、そんな僕らがその時代にもソレはあっただろう。
そして僕らが被害者であった時代も、僕は知っている。
そして今日、この「飽食の時代」、いや、すでに飽食の時代は終わったのかもしれない。
それは・・・・・・
「飢餓の時代」
愛情に飢え、生活に飢え、経済的に飢え。
そうして、その社会では一番の弱者、幼い子どもが犠牲となる。
全てを防げるとは思えないが、昨日の大阪の事件にしても・・・・・・
社会はソレを警鐘しているにもかかわらず、行政はソレを忌避するかのよう。
ネグレクトの地獄絵(苫小牧)
主文
被告人を懲役15年に処する。
未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
生ゴミ、生米くらって餓
死免れた! 鬼母に遺棄された5歳の「地獄絵」
2007/12/18 19:58 J-CASTニュース
幼い長男(5)と三男(当時1)を自宅に1か月以上置き去りにし、三男を死亡させて死体を遺棄したとして、母親に懲役15年の判決が下された。生き延びた長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズで飢えを凌いでいた。2人とも「死んでいる」と思って自宅に帰った母親に、長男はそれでも、「ママ遅いよ」と駆け寄った。
「ママ、遅いよ」と駆け寄る長男の哀れ
苫小牧市の自宅に幼い長男と三男を1か月以上放置し、三男を死亡させて遺体を遺棄したとして、殺人と死体遺棄、保護責任者遺棄の罪に問われた無職・山崎愛美被告(21)の判決公判(杉浦正樹裁判長)が2007年12月18日、札幌地裁室蘭支部でひらかれ、懲役15年(求刑懲役20年)が言い渡された。裁判長が「幼い兄弟の飢えと苦痛は想像を絶する。計画的で非情で残酷な犯行」とまで形容した、「置き去り」のおぞましい実情とはどんなものだったのか。弁護側は「(被告の)不幸な生い立ちや、経済的な困窮」を挙げて情状酌量を求めていたが、判決や各紙の報道などから見える事件の実態はまさしく「地獄絵図」である。
事件は山崎被告が06年10月30日、自宅に鍵をかけた時から始まる。山崎被告は長男と三男の存在を疎ましく思い、部屋に放置して餓死させることを考えた。山崎被告はチャーハンを食べさせたあと、12月初旬まで交際相手の家に行ったままで2人を放置。1か月間以上あとに再び自宅の鍵を開けるまで、2人の幼子は飢えのなかで苦しんでいた。幼い三男は餓死したが、長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズを食べて命をつないでいたという。
山崎被告は裁判のなかで、長男が生きていることに驚き、長男は「ママ、遅いよ」と駆け寄ってきたと証言している。その後、山崎被告は三男の遺体を交際相手の家にある物置に遺棄した。自分を放置したにも係らず「ママ、遅いよ」と駆け寄る長男の姿はなんとも哀れだ。しかし、生きていた長男にとっては、弟の遺体を横に生活した体験は地獄ともいえる。
つづく↓
「(死んだ三男の)口の中に虫いっぱい入ってた」
2006年の12月事件である。
5歳、長男と1歳、三男を一ヶ月間「殺意」をもって放置し・・・・・・
結果、その一ヶ月間に三男、弟は飢えと寒さで死亡。
そしてその長男、5歳は死んでゆく1歳の弟、そして死後腐敗が進み異臭を放ち、
「口の中に虫がいっぱい」
そんな弟をそばに置きながら・・・・・・・
生ゴミ、生米、ケチャップ、マヨネーズ等で飢えと寒さをしのぎ生き延びていた。
そしてその母親というべきか殺人鬼というべきか、山崎愛美囚は、
その二人の「わが子の死」を確かめるために自宅に戻る。
「 山崎被告は裁判のなかで、長男が生きていることに驚き」
そんなオゾマシイ母親(?)の心中を疑うこともなく、
それは、安堵したかのように・・・・・・
「ママ、遅いよ」
と駆け寄ったという。
その後、その母親、山崎愛美は腐敗し、口中に虫の湧いている三男の口をガムテープでふさぎ、
段ボールに詰め込んで、当時交際相手であった男の家の物置に遺棄した。
当然、その後その長男、5歳は母親逮捕と同時に保護され、施設で養育されていると言うが・・・・・・
その長男のトラウマは想像を絶する。
おそらく、大阪の今回の事件もその様、地獄絵であったに違いない。
たまたま、苫小牧の事件では長男が5歳であったため何とか生き延びたが・・・・・・
大阪の事件の場合は長女3歳。
しかし、1歳の死にゆく弟をそばにしながらその衰弱する小さな体を、3歳の姉はいたわったであろう。
「大丈夫? 大丈夫?」
と、3歳の姉は、お姉ちゃんらしく、弟の身体をさすったであろう。
まあ、秋田の畠山綾香ちゃんの事件といい・・・・・・・
名古屋の森島勇樹(4)虐待死事件といい、母親の離婚、そして男性関係が発端。
「子どもが邪魔」
祖父母世代の僕らだが、そんな僕らがその時代にもソレはあっただろう。
そして僕らが被害者であった時代も、僕は知っている。
そして今日、この「飽食の時代」、いや、すでに飽食の時代は終わったのかもしれない。
それは・・・・・・
「飢餓の時代」
愛情に飢え、生活に飢え、経済的に飢え。
そうして、その社会では一番の弱者、幼い子どもが犠牲となる。
全てを防げるとは思えないが、昨日の大阪の事件にしても・・・・・・
社会はソレを警鐘しているにもかかわらず、行政はソレを忌避するかのよう。
ネグレクトの地獄絵(苫小牧)
Posted by 昭和24歳
at 19:31
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