2016年08月16日
ヴィンテージ高崎「消えたモノホン、消えそうなモノホン」
ヴィンテージ高崎「消えたモノホン、消えそうなモノホン」

喫茶「もりえ」・・・・・
昭和34年にはもうありましたし。
色濃く残る昭和の雰囲気-群馬・高崎電気館 映画「64-ロクヨン-」
「電気館は昨春NHKで放送されたドラマ版『64』でも使われていますが、この界隈の雰囲気全体が昭和の色濃い部分を感じさせるのでしょう」。6月放送のスペシャルドラマ「モンタージュ 三億円事件奇譚」(フジテレビ系)でも、沖縄の飲み屋街の設定で、電気館周辺が登場した。
山藤さんは「電気館は現役の映画館でもあり、ロケ現場になることで、その宣伝になることにも期待しています」と話す。(前橋支局 谷内誠)
◇
あらすじ 昭和から平成に移る中、7日しかなかった「昭和64年」。その間に少女誘拐殺人事件が発生する。当時、県警の刑事として捜査にあたった三上(佐藤浩市)は、平成14年の今は警務部の広報官として新聞記者らと向き合う日々を送る。少女の事件は未解決のまま「ロクヨン」の符丁で呼ばれるが、時効が近づき、警察庁長官が被害者の家を訪ねることになり、三上はその父親・雨宮(永瀬正敏)に面会の許可を求める。しかし、雨宮は警察に対する強い不満から面会を拒もうとするが…。
<抜粋引用:産経ニュース 2016.7.23 08:00更新>
http://www.sankei.com/premium/news/160723/prm1607230002-n2.html
>色濃く残る昭和の雰囲気-群馬・高崎電気館
まあ、昭和風に言ったら「レビュー」だろうか、劇場の趣です。
ここではエンターテインメントっていうか、芸能で使われる「レビュー(レヴュー)」です。
で、この度っていうか、昔の若いもの、今時じゃあないけど、言ったらSF的「今時」かもしれませんが・・・・・
まっ、昭和22年~24年生まれ、いわゆる団塊世代とかが20代だった「今時の若いモン」。
そんな連中が「まちなか」、レナウン娘もワンサカいたわけです。
昭和42年です。Gパンなんてダサい見本でした。もっともGパン、ジーンズショップなんてなかった。
今の砂賀町、レンガ通りに何軒か古着屋があってそこでGパンがヒマそうに揺れてました。
で、当時のファッショントレンドは言わずもがな「VAN」と「JUN」。
高崎には「VAN高」つうのがあって、まあ平凡パンチの表紙。で、細身のコッパンに綿ソックスにリーガルのスリップオン。
で、綿シャツをビシッと決めて、セーターを背中から巻いて「VANロゴ」のズタ袋を小脇に、女子はロングスカートでした。
そう言えば「JUN」は高崎にはなかったなぁ。だから前橋中央駅にあった「JUNショップ」まで行きました。
もちろん、三組の一丁来のスーツ。全部「JUN」で決めなければ意味ないので、靴はリーガル。
で、僕は当時エレキバンドやってたのでマシュルームカット(笑)。
で、その出で立ちで前橋千代田町の「赤城会館」のステージに立つんです。まあ、給料が4万円位の頃でした。
全部使っちゃいましたね「呑む・着る・エレキ」に。
そら、日本経済は高度成長するわけです。「VAN」だって「JUN」だって一式揃えたらリーガルまがいのスリップオンにしたって・・・・・
トラッドですから安くても5万円はくだらなかった、それにエレキだって普通に5、6万円してたし。
まあ、「呑む」が一番安かったかも。駅前の金華亭(今の朝飯)、馬車屋、で電車区んところの「ささき」。
で、南翔のところにはおばさんがの屋台おでん屋が出てたり、で、その頃は夜鳴きラーメンが駅前から田町あたりまでに5、6軒。
で、みゆきダンスホールで演奏したあとは成吉思汗で飲みながらラーメン、コンパルでナポリタンとか。
まあ、いつの間にか歌の文句じゃあないけど、僕の髪が肩まで伸びて結婚しちゃって、子どもが生まれて。
それでも給料は高度成長でした。中居団地ができた頃がピークだったんでしょうか・・・・・昭和ヨンキュー。
まさに分譲、公営と、マンモス団地で団塊世代が核家族、そこで生まれた団塊ジュニアで、わんさかわんさか。
で、「まちなか」に残ったのが跡取りと、戦中派世代でしたから、今の高崎中央銀座通りはシナリオ通りでした。
そんなわけで、レヴュー。つまり、「レ・ヴュー」、僕らが現役世代の頃に流行った「ディスカヴァー・ジャパン」じゃあないんです。
ヴィンテージ高崎を「レ・ヴュー」。
ヴィンテージ高崎「消えたモノホン、消えそうなモノホン」

喫茶「もりえ」・・・・・
昭和34年にはもうありましたし。
色濃く残る昭和の雰囲気-群馬・高崎電気館 映画「64-ロクヨン-」
「電気館は昨春NHKで放送されたドラマ版『64』でも使われていますが、この界隈の雰囲気全体が昭和の色濃い部分を感じさせるのでしょう」。6月放送のスペシャルドラマ「モンタージュ 三億円事件奇譚」(フジテレビ系)でも、沖縄の飲み屋街の設定で、電気館周辺が登場した。
山藤さんは「電気館は現役の映画館でもあり、ロケ現場になることで、その宣伝になることにも期待しています」と話す。(前橋支局 谷内誠)
◇
あらすじ 昭和から平成に移る中、7日しかなかった「昭和64年」。その間に少女誘拐殺人事件が発生する。当時、県警の刑事として捜査にあたった三上(佐藤浩市)は、平成14年の今は警務部の広報官として新聞記者らと向き合う日々を送る。少女の事件は未解決のまま「ロクヨン」の符丁で呼ばれるが、時効が近づき、警察庁長官が被害者の家を訪ねることになり、三上はその父親・雨宮(永瀬正敏)に面会の許可を求める。しかし、雨宮は警察に対する強い不満から面会を拒もうとするが…。
<抜粋引用:産経ニュース 2016.7.23 08:00更新>
http://www.sankei.com/premium/news/160723/prm1607230002-n2.html
>色濃く残る昭和の雰囲気-群馬・高崎電気館
まあ、昭和風に言ったら「レビュー」だろうか、劇場の趣です。
ここではエンターテインメントっていうか、芸能で使われる「レビュー(レヴュー)」です。
で、この度っていうか、昔の若いもの、今時じゃあないけど、言ったらSF的「今時」かもしれませんが・・・・・
まっ、昭和22年~24年生まれ、いわゆる団塊世代とかが20代だった「今時の若いモン」。
そんな連中が「まちなか」、レナウン娘もワンサカいたわけです。
昭和42年です。Gパンなんてダサい見本でした。もっともGパン、ジーンズショップなんてなかった。
今の砂賀町、レンガ通りに何軒か古着屋があってそこでGパンがヒマそうに揺れてました。
で、当時のファッショントレンドは言わずもがな「VAN」と「JUN」。
高崎には「VAN高」つうのがあって、まあ平凡パンチの表紙。で、細身のコッパンに綿ソックスにリーガルのスリップオン。
で、綿シャツをビシッと決めて、セーターを背中から巻いて「VANロゴ」のズタ袋を小脇に、女子はロングスカートでした。
そう言えば「JUN」は高崎にはなかったなぁ。だから前橋中央駅にあった「JUNショップ」まで行きました。
もちろん、三組の一丁来のスーツ。全部「JUN」で決めなければ意味ないので、靴はリーガル。
で、僕は当時エレキバンドやってたのでマシュルームカット(笑)。
で、その出で立ちで前橋千代田町の「赤城会館」のステージに立つんです。まあ、給料が4万円位の頃でした。
全部使っちゃいましたね「呑む・着る・エレキ」に。
そら、日本経済は高度成長するわけです。「VAN」だって「JUN」だって一式揃えたらリーガルまがいのスリップオンにしたって・・・・・
トラッドですから安くても5万円はくだらなかった、それにエレキだって普通に5、6万円してたし。
まあ、「呑む」が一番安かったかも。駅前の金華亭(今の朝飯)、馬車屋、で電車区んところの「ささき」。
で、南翔のところにはおばさんがの屋台おでん屋が出てたり、で、その頃は夜鳴きラーメンが駅前から田町あたりまでに5、6軒。
で、みゆきダンスホールで演奏したあとは成吉思汗で飲みながらラーメン、コンパルでナポリタンとか。
まあ、いつの間にか歌の文句じゃあないけど、僕の髪が肩まで伸びて結婚しちゃって、子どもが生まれて。
それでも給料は高度成長でした。中居団地ができた頃がピークだったんでしょうか・・・・・昭和ヨンキュー。
まさに分譲、公営と、マンモス団地で団塊世代が核家族、そこで生まれた団塊ジュニアで、わんさかわんさか。
で、「まちなか」に残ったのが跡取りと、戦中派世代でしたから、今の高崎中央銀座通りはシナリオ通りでした。
そんなわけで、レヴュー。つまり、「レ・ヴュー」、僕らが現役世代の頃に流行った「ディスカヴァー・ジャパン」じゃあないんです。
ヴィンテージ高崎を「レ・ヴュー」。
ヴィンテージ高崎「消えたモノホン、消えそうなモノホン」
Posted by 昭和24歳
at 11:36
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