2009年03月03日

恵比寿の隠れ家

それは「酒蔵」・・・・・・

恵比寿の「酒蔵」がいい。
それは恵比寿駅東口を北に降りると昔ながらの駅前マーケット風な所の一角に在る・・・・・・

あった。


恵比寿の隠れ家


明治通りからだと広尾の交差点を恵比寿駅方面へ来て―――
山手線内回りの高架線路沿いで、そこは昼、夕方はさながら横丁の市場の趣き。
今じゃあ、恵比寿“ガーデンなんとか”に混ざってそれなりの気取りを見せているが、
数年前までは戦後の「マーケット」を思わせる風情があった。

もっとも恵比寿から渋谷辺りまでの一帯、
一辻裏通りへ潜ろうもんなら彼方此方がその趣である。

そのんな臭いのする駅裏線路沿いの居酒屋“酒蔵”・・・・・

“酒蔵”のナス、キュウリの糠漬が絶品だ。

と云っても、専門はマグロ、蛸、ウニの、とにかく美味い魚を食わせる所。
そしてそこ・・・・・全く気取りがない。
いや、気取れないのかもしれないが、そこはなんと言ったって「恵比寿」だ。
その「気取らないのか、気取れないのか」がまた酒を美味くしてくれる。

お世辞にも「奇麗な・・・」とは云えないし、とてもじゃあないが「高級」な、とも違う。
なんとも云えない、
そう「趣」とでも云おうか、“酒蔵”だからこそのその雰囲気。
もちろんそこが「恵比寿」であると言うことも手前勝手だが必須条件であるのかもしれない。

肴の出し方がまた洒落ている――――

蛸ぶつ、鮪ぶつ、兎に角切り目がでかいのだ。
海栗も「船」でよこす。
まさに「ほお張る」といった風な食い方。
いや、食い方というよりは「喰らい方」と言ったほうが当たってるかも知れない。
ちょいと気取った白金あたりのお姉さんも終いには舌鼓でため息をつきながら、
恵比寿で「ヱビス」をあおっているから可笑しい。

馴染みの客などは、そこ“酒蔵”を知ったことのない同僚かお得意さんか、
はたまた社内不倫かは知らないが一応に自慢そうにそこを案内する光景が、また、そこらしい。

「ウワーッ、東京の恵比寿にこんなとこがあったんですか」

 とは、一見の客。

僕なんぞは恵比寿の工房の仕事帰りにたまたまこの“酒蔵”を知ったのだったが、
来客を案内するのはいつもここと決めていた。

季節ならば初夏。
マーケットの白熱灯が揺れだす頃には・・・・・なんてったってそこは恵比寿だ。
ファッションセンス200%のような兄さん、姉さんが、
細い四本脚の丸椅子とビールケースに腰掛けて鈴なりになるのがその“酒蔵”のいつもの風景。

もちろんそこには気取りの欠片も無い。
テーブルは縁取りモールのついたデコラ貼りの、その辺の町内会の会合で使うような奴で、
しかも端っこのほうが少しめくれていてビール、徳利の座りがよろしくないやつ。
そんなテーブルがカギの字になったわずか四、五坪の店で三つ四っつ―――
話も肴に花が咲き賑わうことになる。

「姉さん、お勘定―――」

「ハイヨ―――ッ五千両―――ッ」


思わず「ヨッ江戸っ子」っと言いたくなる姉さんだか、オカミさん。

オフィス帰りのレディが、

「ママさん、おビール」

なんて云おうもんなら――――

「悪いけど、ここには『おビール』なんて云うもんは無いよ―――、ビールならそこに入ってるからとっとくれ」

と、テーブル代わりになっている酒屋からの頂もんのような冷蔵ケースを指す。

「お客さん、ビール一本出して―――」

「ハイヨ―――」


っと、そこは知った客の席。
おまけに「ポーン」と威勢よく栓まで抜いて常連さん手馴れた様子だ。

勝手知ったる何とかではないが常連客、ビールは冷蔵のケースから自分で出す。
その冷蔵ケースは昔ながらの「水冷式」のやつで、
その水冷式の冷蔵ケースにもベニヤ板かなんかを載せてテーブル代わりにしている騒ぎ。
そこには恵比寿も糸瓜もない、まさに“酒蔵”なのだ。

賄いは、そろそろ還暦も間近といった趣の、昔のお姉さん二人と・・・・・
そのどちらかの、まさか真夫じゃあ無いだろう、ムスコと思しき四〇前後の若旦那風が長靴に鉢巻で客を捌く。
昼は魚屋なのだろうか“酒蔵”のカギの字の通りに面した角では鮮魚を商っている店がある。
兎に角威勢がいい―――――
威勢がいいと云うよりそれは、粋がいいと言ったほうがいいのかも知れない。

ナスとキュウリの糠漬は、丁度いい酸味加減で、酒にもビールにもなんとも心地好く酔いを誘う。

「美味い、兎に角美味い、滅法美味い!!」

こんな居酒屋は何処を捜してもないだろう。
しかもそれが東京のど真ん中、山の手のとま口、恵比寿なのだから。
さらに「しかも」、お勘定の方は“恵比寿価格”ではなく、下町、横丁のそれなのだから・・・・・
堪らないといえば堪らない。申し分が無いのだ。

久しぶりに去年、大分様変わりした恵比寿の駅を降りて“酒蔵”を訪ねた。
周りの超近代化をよそに昔ながらの年季の入った恵比寿アパート一階のマーケット、「市場」が夕方の買い物客が賑やかにしていた。
“酒蔵”の暖簾も――――“酒蔵”と記されたスタンドも出ていない。
魚屋は昔のままの賑わいで忙しくしていた。

〈まさか・・・・〉と、僕は心の中でつぶやいた。

しばらくその魚屋の前、“酒蔵”の前で立ち尽くす。

ここは何ひとつ変ってはいなかった・・・・・
山手線内回りの石垣も、そして朽ちかけたように昭和を留める「恵比寿アパート」も。
“酒蔵”のガラス格子引戸も看板も灯りがついていないだけで「定休日」とも「臨時休業」とも、
それを知らせる貼り紙はない。
兎に角昔のままなののに・・・・ましてや今日は土曜日。既に時計は六時を回っていた。
もしかしたら時代の成り行きで土曜は休みにでもしたのだろうか。
どうやら魚屋も客足は納まり一段楽してきたようなので、品を整え直す魚屋のおかみサンに聞いた。

「すみません・・・酒蔵、今日は休みなんでしょうか」

「酒蔵・・・ああ、そこのね」


そのオカミサン。怪訝そうに、

「酒蔵ねえ・・・閉めちゃったみたいよ。もう二年近くなるんじゃあないの」

<またか>と、いった風に・・・・・
ヘギに書かれた魚の値札を集めながら面倒くさそうに言った。

僕がここ、恵比寿アパートのマーケットに来たのは六年ぶりくらいだろうか。

「時々来るのよ・・・お宅みたいな人。なんで閉めたのかは私もよくわからないの。同じ場所にいてね。
随分と遺したんじゃあないの・・・結構お客さんついて繁盛してたしね」


ここは全く変っていない。
山手線の石垣沿いに空になった発泡スチロールの函の山。あの独特な「プーン」とする市場、それも魚の市場に臭い。
店仕舞いにホースで水をかけながら柄ブラシでゴシゴシと床を擦る音。

そう・・・・・全く何も変っていない。

「ゴーッ、ゴトッ」と、音を立てながら走り出す山手線の響きを聴きながら――――

僕は得もいえぬ淋しさに背中を押されるようにして、
その昔のままの雑踏の恵比寿市場の中を買い物客にまぎれるようにして通り抜けた。

ここにも昭和がなくなったのかな――――

オカミさんの、

「っらっしゃい!!」

が・・・・・

白熱灯の帷に過ぎった。



Posted by 昭和24歳  at 15:20 │Comments(6)

この記事へのコメント
うーん、昭和24歳さんの気持ち、わかるなー。
その逆に、昔の店や景色が、まだ残っていることを知った時は、何とも言えない喜びですよね。
高崎は、そういう街にしたいな~。

今日はお誘い頂いたのに、隠れ家へ行けなくて申し訳ありませんでした。m(__)m
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎 at 2009年03月03日 22:21
昨日はお世話様でした。
くみちょうさんとの激論、いい刺激になりました。
また、お誘いください。
Posted by 弥乃助 at 2009年03月04日 07:18
迷道院高崎さん

今も味わえるのは御徒町ガード下アメ横の“大統領”でしょうか・・・・
ここのモツ煮込みはイケます!!

次回は是非ご参加ください!!
まあ、まだまだ先の長い人生ですから・・・・・
死ぬまでは生きてます(笑)。
Posted by 昭和24歳昭和24歳 at 2009年03月04日 13:58
弥乃助さん

給食のカレー食べたいです!!

ああいった会、月一の定例にしておくといいですね。
都合のいい人で・・・・
Posted by 昭和24歳昭和24歳 at 2009年03月04日 14:01
旧いお店が消えていくのは寂しいですネ、

新宿の≪カチューシャ・歌声喫茶≫は
相変わらず元気です~☆

ど~ぞ、お見知り置きを・・・・
お心に留めていただけると嬉しいです☆
katiucha0206☆yahoo.co.jp
Posted by カチューシャ at 2009年03月04日 16:53
カチューシャさん

素敵ですね!!

高崎にも灯とか風というのがありました・・・・・

今度、行ってみようかな“カチューシャ”へ!!
Posted by 昭和24歳昭和24歳 at 2009年03月05日 00:43
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