2008年06月06日
世代の伝言。
別に“ジョニーの伝言”ではない・・・・・
昨日TBSラジオ“大沢悠里のゆうゆうワイド”でゲストの加藤登紀子が言っていた。
「私たちが言い伝えなければならないことってたくさんあるのよね」
って。(確かこんな語り文言だったと思うが)
ふと思った・・・・・
最近、娘がいろいろなことを訊いてくる。
何でもかんでもだ。
わからないことがあると何でもかんでも訊いてくる。
まあ、最近は中学2年ともなると僕の知らないことを娘が知っていることもあるが。
笑っちゃうのが・・・・・
「パパたちって、SLに乗ったことあるの」
「SL?・・・・・蒸気機関車のことか?」
「えっ?“蒸気機関車って・・・・???」
「SLのことだよ」

<ウィキペより拝借>
「だから、SLって、じゃあなに?」
「SLはな、スティーム・ロコモーティヴ(Steam Locomotive)・・・・・・
♪ロコモーション♪てぇ曲あるだろ・・・・・あれだよ、あれ・・・・
だから“SL”は日本語の造語で英語を縮めちゃったやつだ、日本人お得意の」
「ふ~ん、で、乗ったことあるの?」
「馬鹿を言え、乗ったことがあるかどころか、
信越線なんて昭和63年までだから、パパがオマエの頃にはあれしか走ってなかったんだぞ」
「ウソーーーッ!」
「4年生の秋の旅行は小諸の“懐古園”でな・・・・・
信越線でアプト式の碓氷峠を2両連結の蒸気機関車で登ったんだ。
トンネルに入ると先生が『オーイッ、みんな窓閉めろ真っ黒けになるぞーーー』って」
「エーーーッ、なんで、どうして???」
「あったりめぇだろ、汽車の煙がトンネルの中だ、そっくり窓から入っちまう。
それでも閉めない連中は顔中が煤だらけになってお目玉だ」
娘はいかにも「面白そう」という風に声を立てて笑った。
「懐古園ってな~に?」
「懐古園か・・・・・
“小諸なる古城のほとり 雲白く遊子哀しむ・・・・・”
未だ習ってないのか『島崎藤村』、
ほら・・・“椰子の実”音楽で」
「知らない・・・・」
と怪訝に頭を横にふる娘。
最近の音楽はビートルズやディープパープルは教えても椰子の実は教えないようだ(笑)。
懐古園の解説・・・・・
娘にとってはどうでもいいような話のようである(笑)。
「じゃあな・・・・オマエの通っていた保育園、ほら“法輪寺保育園”なっ、
あれはオマエ、1576年に高崎にできたんだぞ・・・・・」
「なにそれ???」
「『なにそれ』があるか・・・・・
豊臣秀吉の時代だ。ほれ、万博でやっただろう愛知、名古屋の殿様だ」
「それがどうかしたの・・・・・?」
てんで話しにならない・・・・・
世代の伝言。
“まだあげ染めし前髪の・・・・・”
その頃には、親父は用無しとなる。
しかし、伝え残すこと・・・・・
まだまだ、あるんじゃあないのかなと、
ふと、思った。
昨日TBSラジオ“大沢悠里のゆうゆうワイド”でゲストの加藤登紀子が言っていた。
「私たちが言い伝えなければならないことってたくさんあるのよね」
って。(確かこんな語り文言だったと思うが)
ふと思った・・・・・
最近、娘がいろいろなことを訊いてくる。
何でもかんでもだ。
わからないことがあると何でもかんでも訊いてくる。
まあ、最近は中学2年ともなると僕の知らないことを娘が知っていることもあるが。
笑っちゃうのが・・・・・
「パパたちって、SLに乗ったことあるの」
「SL?・・・・・蒸気機関車のことか?」
「えっ?“蒸気機関車って・・・・???」
「SLのことだよ」

<ウィキペより拝借>
「だから、SLって、じゃあなに?」
「SLはな、スティーム・ロコモーティヴ(Steam Locomotive)・・・・・・
♪ロコモーション♪てぇ曲あるだろ・・・・・あれだよ、あれ・・・・
だから“SL”は日本語の造語で英語を縮めちゃったやつだ、日本人お得意の」
「ふ~ん、で、乗ったことあるの?」
「馬鹿を言え、乗ったことがあるかどころか、
信越線なんて昭和63年までだから、パパがオマエの頃にはあれしか走ってなかったんだぞ」
「ウソーーーッ!」
「4年生の秋の旅行は小諸の“懐古園”でな・・・・・
信越線でアプト式の碓氷峠を2両連結の蒸気機関車で登ったんだ。
トンネルに入ると先生が『オーイッ、みんな窓閉めろ真っ黒けになるぞーーー』って」
「エーーーッ、なんで、どうして???」
「あったりめぇだろ、汽車の煙がトンネルの中だ、そっくり窓から入っちまう。
それでも閉めない連中は顔中が煤だらけになってお目玉だ」
娘はいかにも「面白そう」という風に声を立てて笑った。
「懐古園ってな~に?」
「懐古園か・・・・・
“小諸なる古城のほとり 雲白く遊子哀しむ・・・・・”
未だ習ってないのか『島崎藤村』、
ほら・・・“椰子の実”音楽で」
「知らない・・・・」
と怪訝に頭を横にふる娘。
最近の音楽はビートルズやディープパープルは教えても椰子の実は教えないようだ(笑)。
懐古園の解説・・・・・
娘にとってはどうでもいいような話のようである(笑)。
「じゃあな・・・・オマエの通っていた保育園、ほら“法輪寺保育園”なっ、
あれはオマエ、1576年に高崎にできたんだぞ・・・・・」
「なにそれ???」
「『なにそれ』があるか・・・・・
豊臣秀吉の時代だ。ほれ、万博でやっただろう愛知、名古屋の殿様だ」
「それがどうかしたの・・・・・?」
てんで話しにならない・・・・・
世代の伝言。
“まだあげ染めし前髪の・・・・・”
その頃には、親父は用無しとなる。
しかし、伝え残すこと・・・・・
まだまだ、あるんじゃあないのかなと、
ふと、思った。
Posted by 昭和24歳
at 18:12
│Comments(1)
こんばんは~~
おいしいお酒を飲みながら、久しぶりの自由時間。。。。
ゆっくりグンブロを。。とおもい。。。いろいろクリックしました 、
そしたら法輪寺の名前!!
えちこママ・・・私は法輪寺の保育園で育ちました(^.^)/~~~
お嬢さんより えちこママに法輪寺のことをお話したほうがいいとおもうよ(~_~;)
羅漢様・・・・
私たちがお昼ねするのは あの お寺の仏様の前でした!おぼえてますよ==!
天井に いろんな絵??がかかれ、お線香のかおりがして、確かお目覚めの音楽が、クロック。。時計の音の音楽だった!
急に記憶が蘇りましたわ♪
私が仏様が好きなのは、、そんな幼児体験からかも・・・・。
ありがとうございました。なつかしく想いおこすことが出来ました(^.^)/~~~