2010年06月15日
澤地久枝という反戦。
澤地久枝という反戦。

艦内でいじめにより自殺した少年、人間性を破壊する「軍隊」という組織、息子の遺体をずぼんのベルトでしか確認できない原爆直後の広島の状況、人生を自らの選択で選べなくなること、愛する人に手を伸ばすことができない瞬間―。戦争を知らない世代へ、戦争を知る人びとはいったい何を伝えようとしたのか。二人の案内人が導く戦争文学への旅。
昨日のTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」に、
ノンフィクション作家澤地久枝さんが出演されておられた。
澤地久枝さん、昭和5年生まれ。敗戦時14歳・・・・・・
番組内でお話しされていた、満州、現在の吉林省でポツダム宣言受諾、敗戦、終戦を迎え、
ソ連参戦にともないその吉林省で約1年間「難民生活」をおくる。
内地、帰還は焦土となった祖国、そして荒廃した社会情勢、荒みきった人間関係・・・・・・
「国家とは、国民を蔑にするばかりで、なんの助けもしてくれませんでした」
そういいながら、その現実は今もまったく変わっていないと・・・・・・
そして今のこの日本の政治状況は、極めて危険なところにあるとも。
ソコにある政権交代でいよいよ戦争を全く知らない世代が政治の中枢に収まり始めた。
戦争というものの本当の残虐さ、悲惨さ、非人道の様を一切知らない世代が、
抑止力をいい、軍備、軍事を言う、その事の恐ろしさは、
国民、無辜の命、300万人を失うというあの愚かな戦争に国を挙げて突入したこと。
その忌まわしき空気が何故か感じられる今日・・・・・・
その意味ではこの国の人々はあまりにも「無関心」が過ぎるのではないだろうか。
“トラウマになるような強烈な経験”
その恐ろしい体験をした世代が次々とこの国から消えてゆく・・・・・・
その体験、体現者とは、それは僕らの父母世代。
僕の父母も東京大空襲の最中に夥しい死臭を嗅ぎながら逃げ延びたという。
代々木上原に住んでいた父母は・・・・・・
東京大空襲の夜、姉夫婦の住む幡ヶ谷本町までの道すがらに、
甲州街道を越え水道道路のところで焼夷弾の絨毯爆撃で立ち往生したそうだ。
父母は余所者ということで防空壕には入れてもらえずその火の海の中を逃げ惑った・・・・・・
結果、防空壕に逃げ込んだ人たちは全員が“蒸し焼き”状態。
で、火の粉を振り払いながら火傷をしながらも逃げ惑った者が生きのびた。
一夜明けて夥しい屍・・・・・
折り重なるようにして性別の判別すらできぬその様は地獄絵。
それが父母たちが実際に体験した“現実”。
みなさん・・・・・・
想像できますか・・・・・・???
焼け野原に焼死体の山、新宿も渋谷も死体の山・・・・・・
想像できますか・・・・・・???
その惨状は広島長崎の原水爆でさらに悲惨な“地獄絵”が・・・・・・
僕らの父母世代は体験し、その多くの無辜の命が虫けら同然に国家から捨てられたのです。
それでも・・・・・・
国民の全てが犠牲になっても“国体”の護持、“皇室”は守らねばは時の政府中枢の精神構造。
南方、中国大陸ではほぼ壊滅状態の“大日本帝国陸・海軍”・・・・・・
その無謀な戦に引き込まれ、意味のない“死”に貶められた人々。
そこに、一切の“責任論”のないこの国の形は一体いかなる精神構造からなるものなのか。
そうした中で、“靖国参拝”如きに世論を玩ぶその“国家”とは如何に“陳腐”で滑稽な様に気付こうとしない・・・・・・
一国の首相からしてその戦争の、かの大戦の権化であったような“神国”の象徴に、
平和を“祈念”するという愚かしさ・・・・・・・
そしてそれを赦すこの国の“精神構造”は、そしてその“精神構造”の証明は、
例え“それ”が何度となく繰り返されようとも懲りることなくその淵に立つ・・・・・・
それを証明するが如き今日のこの国の事実。
この国という生き物は・・・・・・僕ら世代が消滅することを待ちわびている。
その証拠に、この国のどこにも“僕ら世代”がいない。
それはそう仕組まれた昭和40年代があったことに他ならない・・・・・・
戦後、昭和20年から昭和24年くらいまでに生まれた世代、
それがこの国の“良心”ではないだろうか。
見渡す限り・・・・・誰もいない。
国家のトラウマの真っ只中に生まれ、育った僕らがこの国の中に誰もいない。
これほど、団塊といわれて人口増の世代なのに・・・・・・
まあ、ソレも国家のトラウマのためなのかも知れないが。
澤地久枝という反戦。

艦内でいじめにより自殺した少年、人間性を破壊する「軍隊」という組織、息子の遺体をずぼんのベルトでしか確認できない原爆直後の広島の状況、人生を自らの選択で選べなくなること、愛する人に手を伸ばすことができない瞬間―。戦争を知らない世代へ、戦争を知る人びとはいったい何を伝えようとしたのか。二人の案内人が導く戦争文学への旅。
昨日のTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」に、
ノンフィクション作家澤地久枝さんが出演されておられた。
澤地久枝さん、昭和5年生まれ。敗戦時14歳・・・・・・
番組内でお話しされていた、満州、現在の吉林省でポツダム宣言受諾、敗戦、終戦を迎え、
ソ連参戦にともないその吉林省で約1年間「難民生活」をおくる。
内地、帰還は焦土となった祖国、そして荒廃した社会情勢、荒みきった人間関係・・・・・・
「国家とは、国民を蔑にするばかりで、なんの助けもしてくれませんでした」
そういいながら、その現実は今もまったく変わっていないと・・・・・・
そして今のこの日本の政治状況は、極めて危険なところにあるとも。
ソコにある政権交代でいよいよ戦争を全く知らない世代が政治の中枢に収まり始めた。
戦争というものの本当の残虐さ、悲惨さ、非人道の様を一切知らない世代が、
抑止力をいい、軍備、軍事を言う、その事の恐ろしさは、
国民、無辜の命、300万人を失うというあの愚かな戦争に国を挙げて突入したこと。
その忌まわしき空気が何故か感じられる今日・・・・・・
その意味ではこの国の人々はあまりにも「無関心」が過ぎるのではないだろうか。
“トラウマになるような強烈な経験”
その恐ろしい体験をした世代が次々とこの国から消えてゆく・・・・・・
その体験、体現者とは、それは僕らの父母世代。
僕の父母も東京大空襲の最中に夥しい死臭を嗅ぎながら逃げ延びたという。
代々木上原に住んでいた父母は・・・・・・
東京大空襲の夜、姉夫婦の住む幡ヶ谷本町までの道すがらに、
甲州街道を越え水道道路のところで焼夷弾の絨毯爆撃で立ち往生したそうだ。
父母は余所者ということで防空壕には入れてもらえずその火の海の中を逃げ惑った・・・・・・
結果、防空壕に逃げ込んだ人たちは全員が“蒸し焼き”状態。
で、火の粉を振り払いながら火傷をしながらも逃げ惑った者が生きのびた。
一夜明けて夥しい屍・・・・・
折り重なるようにして性別の判別すらできぬその様は地獄絵。
それが父母たちが実際に体験した“現実”。
みなさん・・・・・・
想像できますか・・・・・・???
焼け野原に焼死体の山、新宿も渋谷も死体の山・・・・・・
想像できますか・・・・・・???
その惨状は広島長崎の原水爆でさらに悲惨な“地獄絵”が・・・・・・
僕らの父母世代は体験し、その多くの無辜の命が虫けら同然に国家から捨てられたのです。
それでも・・・・・・
国民の全てが犠牲になっても“国体”の護持、“皇室”は守らねばは時の政府中枢の精神構造。
南方、中国大陸ではほぼ壊滅状態の“大日本帝国陸・海軍”・・・・・・
その無謀な戦に引き込まれ、意味のない“死”に貶められた人々。
そこに、一切の“責任論”のないこの国の形は一体いかなる精神構造からなるものなのか。
そうした中で、“靖国参拝”如きに世論を玩ぶその“国家”とは如何に“陳腐”で滑稽な様に気付こうとしない・・・・・・
一国の首相からしてその戦争の、かの大戦の権化であったような“神国”の象徴に、
平和を“祈念”するという愚かしさ・・・・・・・
そしてそれを赦すこの国の“精神構造”は、そしてその“精神構造”の証明は、
例え“それ”が何度となく繰り返されようとも懲りることなくその淵に立つ・・・・・・
それを証明するが如き今日のこの国の事実。
この国という生き物は・・・・・・僕ら世代が消滅することを待ちわびている。
その証拠に、この国のどこにも“僕ら世代”がいない。
それはそう仕組まれた昭和40年代があったことに他ならない・・・・・・
戦後、昭和20年から昭和24年くらいまでに生まれた世代、
それがこの国の“良心”ではないだろうか。
見渡す限り・・・・・誰もいない。
国家のトラウマの真っ只中に生まれ、育った僕らがこの国の中に誰もいない。
これほど、団塊といわれて人口増の世代なのに・・・・・・
まあ、ソレも国家のトラウマのためなのかも知れないが。
澤地久枝という反戦。
Posted by 昭和24歳
at 11:42
│Comments(1)
変な角度でものを見る人ですから
この方の著作は冷静に読む必要があるでしょう。
生い立ちに影響されているのではなかろうか
ヒガミが土台にある