2016年07月16日

高崎のザ・レジェンドB級グルメ“ひょうきんや”

高崎のザ・レジェンドB級グルメ
“ひょうきんや”


高崎のザ・レジェンドB級グルメ“ひょうきんや”
 (株)宝燦より無断転載ですm(_ _)m
http://www6.wind.ne.jp/housan/umai_hyoukinya.htm

東口、太陽誘電の東の独特なお趣で商っていた・・・・・

手打ちうどん屋「ひょうきんや」である。いや「あった」。

つまり今はもうないから「あった」のである。

先日、ひょんな事、というかコンサートの打ち上げ出隣の席に座られたのがその「ひょうきんや」の亭主であった御仁。

数日前のリハーサルでもお会いしていて、僕としてはどこかであった見覚えのある方だと・・・・・

さて、どこのどなただったろうかと、ずっと気になっていたのだった。

「どこかでお会いしていたような記憶があるのですが」

そう僕が言うと・・・・・

「さて、どこででしょうか?高崎で商売しておったもんですから、そんなところからかもしれませんねぇ・・・・・
私は沼田の出身で、高崎の柳川町で修行というか、仕込まれまして」

僕はてっきり「お水系かと思って・・・・・

「実は僕もバンドだったんですけど柳川町は長かったんですよ」

「あ~そうですか、私はほら、あの電気館の前の“松月”という食堂で仕上がったんです」

「松月」。隣には高崎二中の頃の同級生の家がやっていた小料理屋があって、その松月は記憶に薄くない。

そんなこんなで話が弾んで、聞けば「松月」で仕上がったあと信州佐久の南牧村とかで「うどん」の修行をとか。

「実は岩押でうどん屋を長くやってましてね、年も年で6年前に閉めました」

まあ、パット見、そう年には見えなかったのですが・・・・・・

「昭和22年生まれです。商売は繁盛していたんですけど、駐車場とかの問題、駐禁がうるさくなっちゃって、お客さんにも迷惑かけるしそんなこんなで潮時かと」

「ええっ?そのうどんやって“ひょうきんや”ですか?」

「知ってたんですか、うちの店?」

「知ってるもなにも、月一くらい、思い出したように食べたくなるんです、ひょうきんやの“野菜炒めうどん”が。で、カミさんも子供も好きで・・・・・そしたら、いつの間にか閉まっちゃっててガッカリしてたんです」

まさに「手打ちうどん」でいつも入口のところで面打ちする亭主。ニコリともしないで客の顔も見ようともしない無愛想で、そしたら女将さんは亭主に輪をかけて無愛想で、まあ、忙しくしてましてて、で屋号が「ひょうきん」なのにちっとも「ひょうきん」じゃあない。

僕がストレートにそう言うと、頭を掻きながら笑って・・・・・

「そうでしたか、まあ、とにかく忙しかったもんですから、そんなことを30年近く続けてました」

「いやぁ、もう一度食いたいですね“野菜炒めうどん”を、とにかく時期を置いて食べたくなるんです。舌が覚えてるんですねあの味を」

で、」そんなことから話は高崎のザ・レジェンドB級グルメ

もうやってないから食えない「高崎のザ・レジェンドB級グルメ」が僕のベストテンはという話になって・・・・・・

まあ、「ひょうきんや」さんはまだお隠れになって7年とかだから、それでもマイ・ベストテンに入ってる。

まあ、いずれも順位は付けがたいわけで、まずは「らっちゃんの焼きそば」、「富士屋の自慢焼き(太鼓焼き)&小倉アイス」、「オリタの「焼きそば」、「中熊のモツ煮」、大橋にあった「金華亭のホルモン焼き」、田町通りに出ていた屋台夜鳴き「本郷軒のラーメン」、高崎駅7・8番線にあった「大黒屋の駅そば」、昭和プールで売っていた「ボタンキョウ」、高崎駅前の「馬車屋のおにぎり」、そして「ひょうきんやの野菜炒めうどん」。

まあ、職人技だったんでしょうねぇ、それだもん女子高生のアルバイトがつくるどこかの「長崎ちゃんぽん」じゃあ味もへったくれもないわけです。

まあ、一つ一つ消えてゆくんでしょうか、未だ残ってる「高崎のザ・レジェンドB級グルメ」候補・・・・・・

あそこと、そこと、ここ。そう言えば通町の「三富士」が閉めちゃいましたね、まさに街の食堂で、亭主82歳なんだとか。

ところでみなさんの「高崎のザ・レジェンドB級グルメ」は???

高崎のザ・レジェンドB級グルメ
“ひょうきんや”




Posted by 昭和24歳  at 18:21 │Comments(2)

この記事へのコメント
高女の近くにあったラーメン店『やまだ屋』も数年前に閉めてしまいましたね

ひょうきん屋のご主人の弟さんのお店です

ひょうきん屋のご主人
とても性格の良い方だと母から聞いたことあります

やまだ屋さんもご夫婦して、とても感じの良い方でラーメンも美味しかったのに残念

ひょうきん屋の野菜炒めうどん
微かな記憶にあります

ある意味とても身近なお店です
Posted by マリンローズ at 2016年07月17日 00:22
へ~っ、そうでしたか。たしか高崎工業の裏手で稲荷町だったかと。僕もよく食べに行きましたよ。自転車で出前専門のお兄ちゃん、豊岡の方から通っていた背の大きな、メガネをかけた。「ひょうきんや」の弟さんだったんですか。
ひょうきんやのご亭主、悠々自適のようです。赤羽楽器閉店セールでキラキラと煌やくテナーサックスに見惚れ衝動買いしちゃって悪戦苦闘しているようです。まあ、「ひょうきんや」のうどんのように、シコシコ、ツルツルで頑張ってくださいと言っておきました。
Posted by 昭和24歳昭和24歳 at 2016年07月17日 11:41
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