2013年05月17日
「新日本女性求む」占領軍用特殊慰安施設協会
「新日本女性求む」
占領軍用特殊慰安施設協会
敗戦、勝者の日本占領がはじまる。歴史上かつてなかった事態に不安と恐怖と臆測が渦巻くなか、政府は国体を護持し民族の純血を守る防波堤として、占領軍用特殊慰安施設協会(RAA)の設置を急遽、指示する……。日米双方の徹底取材で占領史の空白を見事に描ききった傑作ノンフィクション。『マッカーサーの二つの帽子』改題
橋下氏慰安婦発言:米報道官「言語道断で侮辱的」
【ワシントン西田進一郎】米国務省のサキ報道官は16日の記者会見で、日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)の従軍慰安婦に関する発言について「言語道断で侮辱的なものだ」と非難した。米政府が公式の場で、同盟国である日本の政治家を真正面から非難するのは極めて異例だ。
サキ報道官は「戦時中に性的な目的で連れて行かれた女性たちの身に起きたことは、嘆かわしく、とてつもなくゆゆしき人権侵害であることは明らかだ」と強調。米政府として、改めて慰安婦に対する深い同情の念を表した。
そのうえで「我々は、日本が近隣諸国と共に、これら過去に起因する事柄に対処し、それらの国々と前に向かって進んでいけるように関係を深めるよう取り組み続けることを期待する」と語り、歴史認識問題などの克服に向けて日本政府が取り組むよう促した。
<引用:毎日新聞 2013年05月17日 10時41分(最終更新 05月17日11時25分)>
ソース:http://mainichi.jp/select/news/20130517k0000e030147000c.html
「新日本女性求む」
基本的な発想としては戦時中の慰安婦施設と同様のものだが、慰安婦のように仲介業者を通さず、以下の広告に応じてきた一般女性たちが集められた
「戦後処理の国家緊急施設の一端として駐屯軍慰安の大事業に参加する“新日本女性”の率先参加を求む。
女子事務員募集、年齢18歳以上25歳まで。宿舎、被服、食料、全部当方支給」
新聞広告
当初は水商売の者を雇う予定であったが思うように集まらず、「新日本女性求む、宿舎、衣服、食料すべて支給」などの甘言をもって銀座などに広告板を設置し、また新聞広告で一般女性を募った。一日あたり約300人が応募した[。広岡敬一によれば、内容の詳細は広告に記載されておらず、これを見てやってきた女性の多くは水商売の経験のないもので、大半は仕事の中味を聞いて去っていったとされる。
そしてコレ、↓
「書評」ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』
ソース:http://www.geocities.jp/minase_bungei/h45.html
まあ、事実でしょう・・・・・
橋下さん言ってやれ、結局、これには日本政府も加担してたわけだし、
っていうか、日本政府が「戦後処理」と称して率先してでした。
つまり、日本政府もまずいわけです、そこを言われちゃうと、橋下さん(^^ゞ
まあ、アメリカ様に言ったところで・・・・・
「日本政府が勝手にやった」って言われちゃうでしょうね、敗戦国。
さて、いったい、いつまで「敗北を抱きしめて」なんでしょうか、孫子が(´;ω;`)
で、その日本政府の募集する「新日本女性に告ぐ」とした“新日本女性”とは一体何か?
これに呼応した「新日本女性」は東京だけで1360人もの新日本女性が登録を終え、この「大事業」に参加することになった。
8月28日にはとりいそぎ皇居広場前で「特殊慰安施設協会」の発足式が行われた。
宣誓―――
「・・・我等は断じて進駐軍に媚びる者に非ず。節を枉げ心を売るものに非ず。
やむべからざる儀礼を払い、条約の一端の履行にも貢献し、社会の安寧に寄与し、
以て大にして之を言えば国体護持に挺身せむとするに他ならざることを、重ねて直言し、以て声明となす」
この日、さっそく数百名の米兵達が施設の一つに赴いた。
そこに集められていたのはいずれも素人の娘たちで、ある女性はその日、23人の米兵の相手をさせられたと回想している。
推計によれば、女性が施設で一日に相手にした米兵は、15人から60人に及んだという。
元タイピストの19歳の女性は、仕事を始めるとすぐに自殺した。精神状態がおかしくなったり、逃亡する女性もいたという。
慰安施設の設置を依頼された東京都の防疫課長は与謝野光だった。
彼は歌人・与謝野晶子(1878~1942)の長男である。
すでに晶子はこの世の人ではなかったが、女性解放論者であった彼女がこのことを知れば、嘆き悲しんだに違いない。
ちなみに与謝野光は自民党衆議院議員“与謝野馨”の伯父にあたる。
ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』引用。
「新日本女性求む」
占領軍用特殊慰安施設協会
占領軍用特殊慰安施設協会
敗戦、勝者の日本占領がはじまる。歴史上かつてなかった事態に不安と恐怖と臆測が渦巻くなか、政府は国体を護持し民族の純血を守る防波堤として、占領軍用特殊慰安施設協会(RAA)の設置を急遽、指示する……。日米双方の徹底取材で占領史の空白を見事に描ききった傑作ノンフィクション。『マッカーサーの二つの帽子』改題
橋下氏慰安婦発言:米報道官「言語道断で侮辱的」
【ワシントン西田進一郎】米国務省のサキ報道官は16日の記者会見で、日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)の従軍慰安婦に関する発言について「言語道断で侮辱的なものだ」と非難した。米政府が公式の場で、同盟国である日本の政治家を真正面から非難するのは極めて異例だ。
サキ報道官は「戦時中に性的な目的で連れて行かれた女性たちの身に起きたことは、嘆かわしく、とてつもなくゆゆしき人権侵害であることは明らかだ」と強調。米政府として、改めて慰安婦に対する深い同情の念を表した。
そのうえで「我々は、日本が近隣諸国と共に、これら過去に起因する事柄に対処し、それらの国々と前に向かって進んでいけるように関係を深めるよう取り組み続けることを期待する」と語り、歴史認識問題などの克服に向けて日本政府が取り組むよう促した。
<引用:毎日新聞 2013年05月17日 10時41分(最終更新 05月17日11時25分)>
ソース:http://mainichi.jp/select/news/20130517k0000e030147000c.html
「新日本女性求む」
基本的な発想としては戦時中の慰安婦施設と同様のものだが、慰安婦のように仲介業者を通さず、以下の広告に応じてきた一般女性たちが集められた
「戦後処理の国家緊急施設の一端として駐屯軍慰安の大事業に参加する“新日本女性”の率先参加を求む。
女子事務員募集、年齢18歳以上25歳まで。宿舎、被服、食料、全部当方支給」
新聞広告
当初は水商売の者を雇う予定であったが思うように集まらず、「新日本女性求む、宿舎、衣服、食料すべて支給」などの甘言をもって銀座などに広告板を設置し、また新聞広告で一般女性を募った。一日あたり約300人が応募した[。広岡敬一によれば、内容の詳細は広告に記載されておらず、これを見てやってきた女性の多くは水商売の経験のないもので、大半は仕事の中味を聞いて去っていったとされる。
そしてコレ、↓
「書評」ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』
ソース:http://www.geocities.jp/minase_bungei/h45.html
まあ、事実でしょう・・・・・
橋下さん言ってやれ、結局、これには日本政府も加担してたわけだし、
っていうか、日本政府が「戦後処理」と称して率先してでした。
つまり、日本政府もまずいわけです、そこを言われちゃうと、橋下さん(^^ゞ
まあ、アメリカ様に言ったところで・・・・・
「日本政府が勝手にやった」って言われちゃうでしょうね、敗戦国。
さて、いったい、いつまで「敗北を抱きしめて」なんでしょうか、孫子が(´;ω;`)
で、その日本政府の募集する「新日本女性に告ぐ」とした“新日本女性”とは一体何か?
これに呼応した「新日本女性」は東京だけで1360人もの新日本女性が登録を終え、この「大事業」に参加することになった。
8月28日にはとりいそぎ皇居広場前で「特殊慰安施設協会」の発足式が行われた。
宣誓―――
「・・・我等は断じて進駐軍に媚びる者に非ず。節を枉げ心を売るものに非ず。
やむべからざる儀礼を払い、条約の一端の履行にも貢献し、社会の安寧に寄与し、
以て大にして之を言えば国体護持に挺身せむとするに他ならざることを、重ねて直言し、以て声明となす」
この日、さっそく数百名の米兵達が施設の一つに赴いた。
そこに集められていたのはいずれも素人の娘たちで、ある女性はその日、23人の米兵の相手をさせられたと回想している。
推計によれば、女性が施設で一日に相手にした米兵は、15人から60人に及んだという。
元タイピストの19歳の女性は、仕事を始めるとすぐに自殺した。精神状態がおかしくなったり、逃亡する女性もいたという。
慰安施設の設置を依頼された東京都の防疫課長は与謝野光だった。
彼は歌人・与謝野晶子(1878~1942)の長男である。
すでに晶子はこの世の人ではなかったが、女性解放論者であった彼女がこのことを知れば、嘆き悲しんだに違いない。
ちなみに与謝野光は自民党衆議院議員“与謝野馨”の伯父にあたる。
ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』引用。
「新日本女性求む」
占領軍用特殊慰安施設協会
Posted by 昭和24歳
at 19:02
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