2011年10月26日

【訃報】どくとるマンボウ会葬記

【訃報】どくとるマンボウ会葬記

【訃報】どくとるマンボウ会葬記

酒と躁ウツと文学の日々。「航海記」から半世紀。おおどかに、時にシニカルに、来し方をふり返る。




「どくとるマンボウ」北杜夫さん死去
 ユーモアあふれる“どくとるマンボウ”シリーズや、大河小説「楡家(にれけ)の人びと」で知られる作家、芸術院会員の北杜夫(きた・もりお、本名・斎藤宗吉=さいとう・そうきち)氏が、24日死去した。

 84歳だった。告別式は親族で行う。

 近代短歌を代表する斎藤茂吉の次男として東京に生まれた。旧制松本高を経て東北大医学部に進学。卒業後の1954年、初の長編「幽霊」を自費出版した。

 60年には、水産庁の調査船に船医として半年間乗った体験をユーモアを交えて描いた「どくとるマンボウ航海記」を発表。「昆虫記」「青春記」などマンボウものを出版して人気を博した。

 同年、ナチスと精神病の問題を扱った「夜と霧の隅で」で芥川賞。64年には斎藤家三代の歴史を描いた「楡家の人びと」を刊行、毎日出版文化賞を受けた。「さびしい王様」など、大人も子供も楽しめる童話でも親しまれた。「青年茂吉」など父の生涯を追った評伝で98年、大仏次郎賞を受けた。

<引用:読売新聞 10月26日(水)3時1分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111026-00000081-yom-soci

まあ、一昔、いや、ふた昔前もこんな感じの時代があった・・・・・

どんな時代かっていうと、

「会葬の季節」

いわゆる、一世を風靡した人たちが次々と。

まあ、それは「生命」の経年変化の結果なんだけど。

「王将」の村田英雄さんとか、「別れの一本杉」の春日八郎さんとか・・・・・

「女船頭唄」の三橋美智也さんとか、まあ、御三家です。

あっ、忘れちゃならないのが「田原坂玄蕃」っていうか、アレ、

「お客様は神様です」とか「チャンチキおけさ」の三波春夫さんとか。

まあ、僕らが小学校高学年の頃の平凡、明星の時代でした(汗)。

で、「どくとるマンボウ」先生なんだけど、結構はまりましたね、まあ、アレです。

つまり、まあ、先生、世の中騒然としていた時代にあの書き物ですから・・・・・

そら、生まれが違います、お育ちも違います、っていうか、アレ、

今、80歳台の人たちって戦中、軍国少年、国民学校卒業してましたから。

つまり、大正モガモボの残り香っていうか、つまり、日中戦争イケイケドンドン、

まあ、日の丸振ってお祭り騒ぎしていた、あっ、昭和恐慌でしたけど・・・・・

まっ、御身分が違ってたんでしょうねぇ、その時代に松本高校ですから、東北大。

つまり、冷めてたんでしょうね、あの時代の「から騒ぎ」に。

まっ、「今の時代」似てるかも、つまり、「から騒ぎ」ですから、時代そのものが。

まあ、これからこの国、日本に生まれてくる子どもたち、どんな時代なんだろう?

で、福一の原発事故、放射能拡散にしても、元々がアメリカ製だし・・・・・

まあ、よくよく考えると、まさにアレ、

「狭い日本そんなに急いでどこへ行く」

じゃあないけど、「実験場」でした。まあ、効率いいわけです、なにするにも。

人口規模、人口密度、気候風土も、で、最終章が「明るいナショナル」国家ですから・・・・・

まあ、「TPPお化け」とかですから、チャンチキおけさです(笑)。

【訃報】どくとるマンボウ会葬記




Posted by 昭和24歳  at 17:53 │Comments(0)

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