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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション  at 

2019年09月19日

小沢一郎は山本太郎を創った

小沢一郎は山本太郎を創った


この国の形は戦後73年、何一つ変わっていない。



電気事業は戦時下の国家による電力管理から、連合軍占領下でGHQにより強権的に9分割され民営化された。

九つの電力会社が地域ごとに電力需給を行なわなければならないので、
中部山岳地帯の有数の水力電源地域と、首都圏や京阪神の電力需要地帯とが分割された、
結果日本は以前の水力中心の電力供給から、石油や核燃料など原料を海外に依存する体制をとらざるをえなくなった。

今日の“日本国民”生存権は残念ながら“米国”管理下にある。

その論拠は、エネルギーの主要部分はアメリカの支配下に置かれており、
このように、日本のエネルギー政策は“米国の利益”にかなう形で推進されている。

そこでの原発

日本の原発に使用する濃縮ウランの供給は米国の“基本的核戦略”の一環であり、
“日米原子力協定”は“日本の原子力発電所名”を具体的に述べ、これらへの“米国産ウラン”の供給を保障する形をとっている。

そして日本の電力9社は、その使用する原料の中に米国産以外の濃縮ウランを“30%”以上混ぜてはならないとされている。

ロッキード事件に始まり、細川内閣突然の総辞職。 そして建設汚職の中村喜四郎逮捕も日本の原子力政策、永遠のエネルギー、高速増殖炉“もんじゅ”は未完成。
これができれば、米国のウランは要らなくなるし、石油もいらなくなる。

しかし、その「もんじゅ」、建設に1兆円、70年かけて廃炉が決定、およそ2兆円って、日本人そんな馬鹿じゃあないはずだけど・・・

そしてありえないはずの“社会党村山政権”の発生。
そして当然の崩壊と、日本社会党の壊滅で、自衛隊は完全に合憲。そうした中での“安保容認”とその後の米軍基地予算の日本国負担の決定。

先の“牛丼騒ぎ”の米国からの“牛肉の輸入”問題はあれだけ危険だとわかっていても“安全を確認”なんだから外交レベルでのはなしではない。

小沢一郎を性善説とした場合、田中角栄の“帝王学”だろうか、田中角栄はその逐一を「見ておけ!」と言ったに違いない。
そして角栄の失脚から、謀反。

もはや政治生命の終わった角栄の下を“暗黙”に離反する。

竹下の、金丸の角栄の前での“だらしのない姿”を散々見せ付けられてきている小沢にしてみれば、その時点で、竹下も金丸も、またその他大勢の幹部も敵ではない。
おそらく、いや、必ずそうした政治家の恥部は全部角栄を通じて知っていた。

しかし自民党を離れ、小選挙区制を立上げ、何度新党を作っても結果は同じ。
しかし、このまま縦しんば総理大臣になったとしても このままでは全て米国の“ママ”の政策でしかない。

じつはそれには国民の革命的な支持が必要なのであると小沢は・・・

小沢一郎は本によれば、ロックフェラー次期頭目とは入魂だとか入魂でないとか。

あれほど張り切っていたのに小沢一郎。

「今は“アベ・シンゾーを米国は必要としている」とでも悪魔の囁きが。

そりゃあ、“シンゾー”に悪い(笑)。

小沢一郎は“国民”に期待したいんじゃあないだろうか。

小沢一郎は山本太郎を創った


  


Posted by 昭和24歳  at 20:55Comments(0)

2019年09月19日

“像の檻の中の小さな島国”

“像の檻の中の小さな島国”

巨大なアンテナ -
「象のオリ」「スペース・フェンス」

https://news.mynavi.jp/article/military_it-194/

少しだけ聞いて欲しいこと

この国が平和だなんて真っ赤な嘘・・・

“像の檻の中の小さな島国”

それがこの国の真の姿。

大人(国家)たちに勇気がないばかりにいつしか、それがこの国の真の姿。

昭和30年。実は“朝鮮戦争”に僕らの父、兄世代は実質狩り出されていた。日本海の魚雷掃討作戦に、戦死者も出てる。
そのことに口をつむぐ勇気のない大人たち(国家)。

12年後の昭和42年にはすでに“ベトナム戦争”が勃発。
米国領であった沖縄はそのベトナム戦争の最重要基地(米国の統治下)、厚木・横田・福生・座間・横須賀・佐世保・・・・・・
これらの米軍基地も米軍を最大に支援した重要な兵站基地。

それは僕らが18歳の頃でした。

実は、この国、戦争と背中あわせ、いや、戦争の渦中にあったのです。

朝鮮戦争とベトナム戦争はその悲劇とは裏腹にこの国に奇跡的な経済発展をもたらしました。
なんのことはない北朝鮮、韓国国民、ベトナム国民数百万人もの命を犠牲にしてのこの国の今日ともいえるのです(朝鮮特需、ベトナム特需)。

一方アメリカ合衆国でも猛然とした“反戦運動”の嵐が吹き荒れました。
奇しくも、その反戦運動がアメリカのベビーブーマー世代を直撃したのです。

イタリア系移民、ドイツ系移民、アフリカ系アメリカ人の若者が徴兵という名の下に数万人が犠牲になりました。

その頃、この国ではまるで何事もないかのような“経済発展”を謳歌していたのです。
この国の政府は、当然米政府もそうした若者の反戦運動をそらす為に“音楽・スポーツ・映画”で世情を工作しました。

この国の学生運動、労働組合運動も所詮は“像の檻の中の平和”の中での“内向き”な闘争でしかありませんでした。

結果、その当時の若者が“僕ら”です。

この国のなにが変わったでしょうか?
この国が、この国の人々が真に願う“平和”が今日はたして“約束”されてるでしょうか。
この国自身として。

政府、政治家の言葉を取れば、

どうやらこの国の“真の平和”を約束してくれるのはかつての占領国、“アメリカ合衆国”とのことです。

吉田茂元首相は、“日米安保”を捉えて・・・

「あれは占領を解除する為の条約だった。
ということは『講和によりこの国が独立後、出来るだけ早い内に“米軍”には引き上げてもらう』
それが条件だった」

そのように回顧録には記しています。

「岸はなんていう馬鹿なことをしたんだ」と、

“60年安保”を批准した“岸内閣総理大臣”を指していってます。

岸信介。東条内閣の商工大臣で満州国の実質総責任者。“A級戦犯”容疑者。
安倍晋三内閣総理大臣の祖父。

その経緯からも、“安倍晋三”はあってはならないと思っています。

“それに”

この国が平和だなんて真っ赤な嘘・・・

少しだけ聞いて欲しいこと



ぼくは2人の人間を殺した。

AK47と呼ばれる小型武器で。

小型武器とは、

ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。

でも、この武器は僕らの国では作っていない。

ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。

ぼくらのことを

チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。

小型武器を持って戦う兵士だからだ。

でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。

家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。

ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。

ぼくはその日から兵士になった。

ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。

逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。

ぼくの目の前で友達が殺されていった。

女の子は大人の兵士に乱暴された。

怖かった。

家に帰りたかった。

お母さんに会いたかった。

運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに

軍隊から逃げ出すことができた。

村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。

ぼくはみんなに「人殺し」といわれ学校ではいじめられた。

家族や親戚からも怖がられ
前みたいな幸せは戻ってこなかった。

悲しかった。

寂しかった。

あるのは絶望だけだった・・・。

ぼくは何度も死のうと思った。

そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。

ぼくは何のために生まれてきたのか?

ぼくはなぜ生きているのか?

ぼくは生きる価値がはあるのか?

ぼくにできることはあるのか?


「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」

ぼくはそう思った。

ぼくに何ができるか?


「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」

ぼくはそう思った。

ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。

ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。

ぼくには、ぼくにしかできないことがある。

今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。

ぼくの夢は学校の先生になること。

むずかしいかもしれないけど

あきらめずに夢を追っていきたい。

「ぼくは13歳 職業、兵士」
ウガンダの子ども兵からのメッセージより


  


Posted by 昭和24歳  at 12:00Comments(0)

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