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2016年02月14日
昭和48年備忘録
そんなある日、何気なく「報知新聞」を買ったところ、偶々目にとまったのが「ドラマー募集、オーディション有り」と云う記事。
「うむっ」と胸が高鳴った。
実は、その頃のスポーツ新聞の求人欄に「バンドマン急募」って云うのが結構あった。
僕は元々ギターもそれなりには弾けたので・・・・・
どうせバイトをするならのつもりでよくよくいいメンバーが見つからないなら「その道で」と思い幾つかのその手の事務所に出向いた。
それが、大体が「向島」のお座敷バンドとか、銀座とかのクラブのハコバン。
それに嵌ると辞められないので喉から手が出るほど仕事はしたかったが結局断る事にしていた。その手のバンドは。
その日の「報知」は求人広告欄ではなく「一般記事面」だった。
隅っこの方に小さくではあったが僕の目をくぎ付けにして離さなかった。
渋谷ジャンジャンの「松岡計井子ビートルズを歌う」と云うバックバンドのドラム募集記事だった。
兎に角、僕としては高崎ではそれなりに自信のある実力派ドラマーを自負していたものだから「ヨシッ」てなもんで、今にして思えば怖いもの知らずでオーディションを受ける事にした。
渋谷ジャンジャンは公園通りをNHK方向へ坂を少し上がった所、「山手教会」の地下にあった。
津軽三味線の高橋竹山、五輪真弓、山崎ハコの看板が目に付く当時都内でもトップクラスのライブハウスというよりは、小劇場だった。
と云うのも、演劇とかがメインのライブハウスだったようでオーナーの高嶋さんもそちらの系統だったようだ。
オーディション当日は、結構な数の「ドラマー」がジャンジャンに来ていた。
元々、ビートルズは好きだったのでオーディションの課題曲は全部知っていたし叩けるはずだと自信はあった。
たしか10番目くらいに順番で僕の番がきた。
「レットイットビー」と「ゲットバック」、そして簡単なソロをがテストだった。結局最後の3人に絞られ、また同じ曲で最終選考に入った。
他の2人も結構いけていた。その内の一人は「高校生」だと言っていた。
オーナーの高嶋さんが、
「渡辺君、君に決めたよ」と。
松岡さんや、名前は知らなかったがギターとベースの人と正式に挨拶をして少し興奮した。
「明日から、毎日昼通えるかな、レッスンしないと」
「わかりました。よろしくお願いします」
僕はやったーと思い、その足で俊雄ちゃんのアルバイト先の「アンリ」に急いだ。
「良かったな渡辺」
俊雄ちゃんは自分の事のように喜んでくれたのがありがたかった。
俊雄ちゃんも上野の美術展に出展するんだと張り切っていた頃だったので互いの成功を祈るかのようにその夜は祝杯をあげた。
「渡辺、今夜は俺が奢るよ。お祝いだ」
俊雄ちゃんは同じ東京デザインスクールに通う友達がバイトをしている上野松坂屋裏の居酒屋に招待してくれた。
「そうだ、畠山でも呼ぶか」
畠山とは、俊雄ちゃんの大学時代、ラグビー部の後輩で上野の「坂田貿易」に就職したばっかりで近くの寮にいると云う。
福島は郡山の出身で感じは厳ついのだが、東北弁の訛りの消えないひょうきんな奴、都市は僕と同い年だった。
4、5軒は梯子をしただろうかデザインスクールの友達も合流して大いに盛り上がったが、尾久のアパートに帰って、南京虫に餌食になったのは云うまでも無い。
翌朝、2日酔いでうなる俊雄ちゃんを他所に、尾久第五食堂で納豆定食を食べ、西池袋のお末ちゃんのアパートに急いだ。兎に角ジャンジャンの事を伝えなければとの思いで。
お末ちゃんは前夜は「雲助バンド」のライブ、西荻ロフトで遅かったらしく眠たそうな顔でドアを開けた。
「スミちゃんは」
「学校へ行ったみてえ」
西池袋のアパートはお末ちゃんとスミちゃんの「愛の巣」。
「ナベさん突然来るなよ」といつも言われていたので遠慮がちにノックをしたがもう昼近かったので
「どうしたん」とお末ちゃん。
「いや、じつはさ、ジャンジャンのオーディション受かっちゃってさ」
「あぁ、あのビートルズの」
高崎を出るときお末ちゃんには話してあった、それだった。
お末ちゃんはその手のものには興味が無く、折角昔の仲間が登竜門に入ったって云うのにそっけなかった。
「それでさ、陸送のバイトとか、夜勤のバイト出来なくなっちゃったんだ。昼リハーサルあるしバイト、何かねえかな」
当然、ジャンジャンでは今の所はギャラ出ないし、このままではアパート代も払えないと思うと、オーディションに受かったのはいいけど西口で野宿に、フーテンになりかねない。
「今、ダスキンのバイトやってるんだけど、ナベさん・・・・やる」
基本給は無いが、交通費と営業手当て、そして歩合がつくのだと云う。
「拘束されるわけじゃあないからいいんじゃあないの。バンドもできるしね」
「お末ちゃん、今日は行くの。そのダスキンへ」
「今日は夕方から行こうと思ってる。バンドもないしね」
「じゃあ、俺、これから、3時から2時間リハだからそれが終わったら直ぐ来るよ」
「渋谷からじゃあ、ダスキンは大塚だから、大塚の都電で待ってる」
お末ちゃん、そう言うと「飯行く」と何時もの池袋西口の食堂街へ僕を誘った・・・・・
「うむっ」と胸が高鳴った。
実は、その頃のスポーツ新聞の求人欄に「バンドマン急募」って云うのが結構あった。
僕は元々ギターもそれなりには弾けたので・・・・・
どうせバイトをするならのつもりでよくよくいいメンバーが見つからないなら「その道で」と思い幾つかのその手の事務所に出向いた。
それが、大体が「向島」のお座敷バンドとか、銀座とかのクラブのハコバン。
それに嵌ると辞められないので喉から手が出るほど仕事はしたかったが結局断る事にしていた。その手のバンドは。
その日の「報知」は求人広告欄ではなく「一般記事面」だった。
隅っこの方に小さくではあったが僕の目をくぎ付けにして離さなかった。
渋谷ジャンジャンの「松岡計井子ビートルズを歌う」と云うバックバンドのドラム募集記事だった。
兎に角、僕としては高崎ではそれなりに自信のある実力派ドラマーを自負していたものだから「ヨシッ」てなもんで、今にして思えば怖いもの知らずでオーディションを受ける事にした。
渋谷ジャンジャンは公園通りをNHK方向へ坂を少し上がった所、「山手教会」の地下にあった。
津軽三味線の高橋竹山、五輪真弓、山崎ハコの看板が目に付く当時都内でもトップクラスのライブハウスというよりは、小劇場だった。
と云うのも、演劇とかがメインのライブハウスだったようでオーナーの高嶋さんもそちらの系統だったようだ。
オーディション当日は、結構な数の「ドラマー」がジャンジャンに来ていた。
元々、ビートルズは好きだったのでオーディションの課題曲は全部知っていたし叩けるはずだと自信はあった。
たしか10番目くらいに順番で僕の番がきた。
「レットイットビー」と「ゲットバック」、そして簡単なソロをがテストだった。結局最後の3人に絞られ、また同じ曲で最終選考に入った。
他の2人も結構いけていた。その内の一人は「高校生」だと言っていた。
オーナーの高嶋さんが、
「渡辺君、君に決めたよ」と。
松岡さんや、名前は知らなかったがギターとベースの人と正式に挨拶をして少し興奮した。
「明日から、毎日昼通えるかな、レッスンしないと」
「わかりました。よろしくお願いします」
僕はやったーと思い、その足で俊雄ちゃんのアルバイト先の「アンリ」に急いだ。
「良かったな渡辺」
俊雄ちゃんは自分の事のように喜んでくれたのがありがたかった。
俊雄ちゃんも上野の美術展に出展するんだと張り切っていた頃だったので互いの成功を祈るかのようにその夜は祝杯をあげた。
「渡辺、今夜は俺が奢るよ。お祝いだ」
俊雄ちゃんは同じ東京デザインスクールに通う友達がバイトをしている上野松坂屋裏の居酒屋に招待してくれた。
「そうだ、畠山でも呼ぶか」
畠山とは、俊雄ちゃんの大学時代、ラグビー部の後輩で上野の「坂田貿易」に就職したばっかりで近くの寮にいると云う。
福島は郡山の出身で感じは厳ついのだが、東北弁の訛りの消えないひょうきんな奴、都市は僕と同い年だった。
4、5軒は梯子をしただろうかデザインスクールの友達も合流して大いに盛り上がったが、尾久のアパートに帰って、南京虫に餌食になったのは云うまでも無い。
翌朝、2日酔いでうなる俊雄ちゃんを他所に、尾久第五食堂で納豆定食を食べ、西池袋のお末ちゃんのアパートに急いだ。兎に角ジャンジャンの事を伝えなければとの思いで。
お末ちゃんは前夜は「雲助バンド」のライブ、西荻ロフトで遅かったらしく眠たそうな顔でドアを開けた。
「スミちゃんは」
「学校へ行ったみてえ」
西池袋のアパートはお末ちゃんとスミちゃんの「愛の巣」。
「ナベさん突然来るなよ」といつも言われていたので遠慮がちにノックをしたがもう昼近かったので
「どうしたん」とお末ちゃん。
「いや、じつはさ、ジャンジャンのオーディション受かっちゃってさ」
「あぁ、あのビートルズの」
高崎を出るときお末ちゃんには話してあった、それだった。
お末ちゃんはその手のものには興味が無く、折角昔の仲間が登竜門に入ったって云うのにそっけなかった。
「それでさ、陸送のバイトとか、夜勤のバイト出来なくなっちゃったんだ。昼リハーサルあるしバイト、何かねえかな」
当然、ジャンジャンでは今の所はギャラ出ないし、このままではアパート代も払えないと思うと、オーディションに受かったのはいいけど西口で野宿に、フーテンになりかねない。
「今、ダスキンのバイトやってるんだけど、ナベさん・・・・やる」
基本給は無いが、交通費と営業手当て、そして歩合がつくのだと云う。
「拘束されるわけじゃあないからいいんじゃあないの。バンドもできるしね」
「お末ちゃん、今日は行くの。そのダスキンへ」
「今日は夕方から行こうと思ってる。バンドもないしね」
「じゃあ、俺、これから、3時から2時間リハだからそれが終わったら直ぐ来るよ」
「渋谷からじゃあ、ダスキンは大塚だから、大塚の都電で待ってる」
お末ちゃん、そう言うと「飯行く」と何時もの池袋西口の食堂街へ僕を誘った・・・・・