2013年06月12日

雑感「戦後史の正体」。

雑感「戦後史の正体」。



「日本はアメリカの子分である」と認めよ!
外から見ればアメリカの子分であるのは明らかなのに、日本人だけが、心のどこかでは知りつつもそう認めない理由はどこにあるのか・・・


さて、孫崎享氏の「戦後史の正体」ですけど、youtubeを繰り返し見ました。

そこで、ずいぶん前に読んだ岸田秀氏の、

「日本がアメリカを赦す日」

それと読み比べるとかなり面白いです(笑)。

>「日本はアメリカの子分」それをはっきり認めれば、すべてがすっきり見えてくる。

その意味では、確かに優秀な外交官であったろう「孫崎享氏」だが・・・・・

その戦後史とやらを子供ながら生きてきた僕らからすると、特に目新しさはない、

すでに語り尽くされた「論より証拠」の羅列。

たしかに、吉田茂と岸信介の対比は「そうか」とも思うが、

その「戦後史の正体」の対談、元レバノン大使の「天木直人氏」の説に説得性を見る。

つまり、「敗戦」という、米国に「殺生与奪」を握られた時の指導者の心境は、

想像外ではなかっただろうか。

昭和21年の「経済同友会」の発足。

つまり、財閥解体後の「財閥」のトップはいづれも当時40代・・・・・・

当然、戦中の立役者が「パージ」される中にあって、

占領軍“GHQ”のお墨付きでその経済は政官をコントロールした。

孫崎享氏んの「戦後史の正体」ではその経済同友会が「岸ではダメだ」といって、

60年安保闘争を自作自演したというが、そこでは「何故ダメだったのか」には詳細ではない。

要約されるところでは「安保改定」は占領からの解放と

、米軍の撤退を求めたものだったと記されてはいるが・・・・・

では、何故「A級戦犯容疑者」の岸信介を自民党総裁にしつらえ、

内閣総理大臣にまでさせたのかが大いなる疑問だ。

その前後に触れる、時の総理、総裁の失脚にも占領軍との軋轢をいい、

数々の疑獄事件が日本政府、行政官僚、その中でも「東京地検特捜」の前身の創作だというが、

「日本人が日本人を」というが・・・・・・

そして今日の、政権交代での「鳩山由紀夫」「小沢一郎」のパージもその脈略にあるというが、

そこに「なぜそうなるか」が書かれてはいない。読み取れない。

つまり、事の本質は「アメリカが問題」なのか、「日本政治が問題」なのか。

では、どうすればいいのか「日本国民」その大衆は・・・・・・

突き詰めれば、そうしたことを放置したままの「言論」の怠慢、怠惰ではないだろうか。

それは「戦後史の正体」というより、今ではすっかり変容してしまったが、

なぜゆえに自民党が存在するのか?

そして何ゆえに日本共産党が存在するのか、その「正体」の方が問題なのではないだろうか。

雑感「戦後史の正体」。

  


Posted by 昭和24歳  at 19:42Comments(0)

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