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お問い合わせは、 info@gunmawen.net本広告は、30日以上記事の更新がされませんと自動的に掲載されます。 記事が更新された時点で、自動的に破棄されます。2008年05月11日
人々の絆、家族の絆
戦前、共同体を崩壊させて国家的統合で無謀な戦争に向かったように・・・・・・
今、国家は家族や地域を崩壊させることで人々の絆をなくし、国家に直接的“隷属”させようとしている。
国家は、「人々の絆、家族の絆を恐れている」。
それは、自分たちへの対抗力につながるものだからだ。
個として、一人ひとりの国民が感じ持つ意識、活動力を殺ぐ政策が今日の統制された“テレビ文化”・・・・・・
その中に見えるのはどのテレビチャンネルも、国営放送までが深夜に“お笑い番組”で若者の弱脳化を図っている。
時代だと言えばそれまでだが、“携帯電話”も国家による家族崩壊策のひとつではないか。
「家族間通話無料」
つまり、家族一人ひとりが“携帯電話”を持てということ・・・・・
それは、家族でさえ直接会話させず、さらに“メール”とかの手段で感情さえも殺ぎ、
あたかもそれが“繋がり”であるかのような幻想を持たせる“国策”。
昨今、異様な“自殺”、“集団自殺”、そして決定的弱者の無差別殺人の頻発。
戦前戦後の“それ”と比較する論調がメディアにあり、
「戦前、戦後の少年犯罪、家族間殺人(尊属殺人)は今日の比ではなかった」
だから、「今はそれほど深刻ではない」とでもいうメディアだが、確かに“数字”ではそうだ。
しかし、今日、その時代と比べたら、恐慌下でも、戦時下、戦後でもない、世界第二の経済大国“国家”のこの国において、
高度経済発展、バブル経済破綻とは言えその意味では世界最先端をいく国民生活、社会であるはずのこの国に・・・・・
なぜ、昨日今日を言えば“女子中学生殺人”、“女子高生殺人”が起こるのか?
ひとつには、その被害者も、さらに加害者も“社会崩壊”、そして“家族崩壊”の結果ではないのか。
ここの地域でも“放火事件”が相次いでいる。
そして、“緑化フェア”といいながらそこの“チューリップ”が悪戯に軒並み切り取られると言った事件・・・・・
これも“緑化フェア”といいながら、小泉政治の公共事業抑制策の中での“偽装公共事業”ではないのか。
そしてその“チューリップ犯”も、どこかでその“緑化フェア”という行政のシステムから外された善良であった輩の腹癒せでは・・・・・
「花と緑いっぱいの街並み」
しかしそれは取ってつけたような“植え込み”と“花飾り柵”の羅列。
しかも、それは歯抜けのような商店街、空き店舗の前に偽装の“華やぎ”を見せている。
さらに、某所公共用地には俄仕立ての大規模バガーデニング。期間中はともかくその後のケアはいったいどうするのか・・・・・・
まあ、へそ曲がりな意見と言われるかも知れないが、はたして「花いっぱいの、緑あふれる」ご時世か?
公金を使うならもっと他に深刻な案件は山ほどあるのではないのかとも穿ちたくなる。
国家は、「人々の絆、家族の絆を恐れている」。
つまりこの国の90%からの普通の国民の普通の“絆”であろう。
戦後、僕が知る限り、家内制の商工業でもなければ家族経済スタイルは夫、父親が外ではたらいれ、妻、母親が家庭を守る・・・・・
これが、いわば“家族経済”の合理性であった。夫、父親一人の働きで家族を養える。そして多少なりとも貯蓄(保険)もできた。
しかしそれが確実に崩壊する経済社会の中で、今日の様々な“事件”がおきていることは、
そしてそのことは、国家の政策が意図する中の現象としてあるのではないか。
広く言えば、夫の収入を政策的に削って、妻が外で働くことで家族の総収入を補填する。
つまりそこの“総収入”は一緒だが、家族の“時間”は分断されるし、基本的に家庭内での主婦の役割負担は増大する。
それをあたかも「女性の社会進出」というが、労働という意味では家族の柱が二人とも企業に拘束され父性、母性の役割も希薄になりひいては家庭崩壊にも繋がる。
そのことが顕著になってきているのが昨今の事象ではないのか。
「平和時に政府が借金を増やす理由は、富に対する課税を怠ったことに起因する。」
富裕層への課税強化は富裕層、成功者の国外逃避を招くとかの議論があるが、
そこに課税を怠っている中には、金融破たんで70兆円からの“公金”補填で救われ、今日莫大な利益を得ている大手都市銀、大企業の脱税、減税。
富に対する課税を怠ってはいないか。
今、国家は家族や地域を崩壊させることで人々の絆をなくし、国家に直接的“隷属”させようとしている。
国家は、「人々の絆、家族の絆を恐れている」。
それは、自分たちへの対抗力につながるものだからだ。
個として、一人ひとりの国民が感じ持つ意識、活動力を殺ぐ政策が今日の統制された“テレビ文化”・・・・・・
その中に見えるのはどのテレビチャンネルも、国営放送までが深夜に“お笑い番組”で若者の弱脳化を図っている。
時代だと言えばそれまでだが、“携帯電話”も国家による家族崩壊策のひとつではないか。
「家族間通話無料」
つまり、家族一人ひとりが“携帯電話”を持てということ・・・・・
それは、家族でさえ直接会話させず、さらに“メール”とかの手段で感情さえも殺ぎ、
あたかもそれが“繋がり”であるかのような幻想を持たせる“国策”。
昨今、異様な“自殺”、“集団自殺”、そして決定的弱者の無差別殺人の頻発。
戦前戦後の“それ”と比較する論調がメディアにあり、
「戦前、戦後の少年犯罪、家族間殺人(尊属殺人)は今日の比ではなかった」
だから、「今はそれほど深刻ではない」とでもいうメディアだが、確かに“数字”ではそうだ。
しかし、今日、その時代と比べたら、恐慌下でも、戦時下、戦後でもない、世界第二の経済大国“国家”のこの国において、
高度経済発展、バブル経済破綻とは言えその意味では世界最先端をいく国民生活、社会であるはずのこの国に・・・・・
なぜ、昨日今日を言えば“女子中学生殺人”、“女子高生殺人”が起こるのか?
ひとつには、その被害者も、さらに加害者も“社会崩壊”、そして“家族崩壊”の結果ではないのか。
ここの地域でも“放火事件”が相次いでいる。
そして、“緑化フェア”といいながらそこの“チューリップ”が悪戯に軒並み切り取られると言った事件・・・・・
これも“緑化フェア”といいながら、小泉政治の公共事業抑制策の中での“偽装公共事業”ではないのか。
そしてその“チューリップ犯”も、どこかでその“緑化フェア”という行政のシステムから外された善良であった輩の腹癒せでは・・・・・
「花と緑いっぱいの街並み」
しかしそれは取ってつけたような“植え込み”と“花飾り柵”の羅列。
しかも、それは歯抜けのような商店街、空き店舗の前に偽装の“華やぎ”を見せている。
さらに、某所公共用地には俄仕立ての大規模バガーデニング。期間中はともかくその後のケアはいったいどうするのか・・・・・・
まあ、へそ曲がりな意見と言われるかも知れないが、はたして「花いっぱいの、緑あふれる」ご時世か?
公金を使うならもっと他に深刻な案件は山ほどあるのではないのかとも穿ちたくなる。
国家は、「人々の絆、家族の絆を恐れている」。
つまりこの国の90%からの普通の国民の普通の“絆”であろう。
戦後、僕が知る限り、家内制の商工業でもなければ家族経済スタイルは夫、父親が外ではたらいれ、妻、母親が家庭を守る・・・・・
これが、いわば“家族経済”の合理性であった。夫、父親一人の働きで家族を養える。そして多少なりとも貯蓄(保険)もできた。
しかしそれが確実に崩壊する経済社会の中で、今日の様々な“事件”がおきていることは、
そしてそのことは、国家の政策が意図する中の現象としてあるのではないか。
広く言えば、夫の収入を政策的に削って、妻が外で働くことで家族の総収入を補填する。
つまりそこの“総収入”は一緒だが、家族の“時間”は分断されるし、基本的に家庭内での主婦の役割負担は増大する。
それをあたかも「女性の社会進出」というが、労働という意味では家族の柱が二人とも企業に拘束され父性、母性の役割も希薄になりひいては家庭崩壊にも繋がる。
そのことが顕著になってきているのが昨今の事象ではないのか。
「平和時に政府が借金を増やす理由は、富に対する課税を怠ったことに起因する。」
富裕層への課税強化は富裕層、成功者の国外逃避を招くとかの議論があるが、
そこに課税を怠っている中には、金融破たんで70兆円からの“公金”補填で救われ、今日莫大な利益を得ている大手都市銀、大企業の脱税、減税。
富に対する課税を怠ってはいないか。