2020年08月08日

令和の「東京裁判」を考える。

令和の「東京裁判」を考える。
令和の「東京裁判」を考える。

戦犯を裁くのは日本国民ではないでしょうか。


ヒロシマ、ナガサキ、東京をはじめとする都市で国民を真っ黒焦げに焼き尽くしたのは大元帥、そして日本政府。

300万の国民の生命財産を犠牲にしたその責任は「痛感」するだけでは赦されない。

令和の日本政府の長、「天皇陛下万歳」した以上は自らが述べた「森羅万象を司る私が最高責任者」にもう一度国民の手で開廷する「東京裁判」の被告席に座ってもらう。

もちろん現政権、そのお覚悟があってそこに任ずるのだろうし、戦後75年で時効とすることは犠牲者、300万の臣民と呼ばれた無辜の国民は赦すはずもない。

ヒロシマでの安倍首相の「言葉」はそうした犠牲者に唾したものだ。

祖父、岸信介大日本帝国政府内閣商工大臣、満州国総務次長、第56・57代内閣総理大臣の歴史的連続性の責任を痛感して国民の審判を受けなければならない。

重ねて、僕の父、シベリア抑留3年、叔父、フィリピンで戦死(殺害)の命に代えて申し渡す判決は情状酌量をもってしても現政府内閣閣僚は国外追放。



Posted by 昭和24歳  at 09:46 │Comments(0)

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