2020年08月06日

広島の日にポツダム宣言全文を読む

広島の日にポツダム宣言全文を読む
広島の日にポツダム宣言全文を読む

ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだと。

広島長崎への原水爆投下は昭和20年8月6・9日だから、その「ポツダム宣言」が突きつけられる約2週間前だった。

巷間言われているのはアメリカ政府は「原子爆弾製造」に成功したのが同年7月16日。

まあ、沖縄戦は6月に集結していた。で、本土上陸作戦敢行だったのか否やだが、結局本土決戦になれば原爆投下はできなかったかもしれなかった。

何故なら、本土決戦ともなれば米軍、連合軍も上陸作戦を敢行しその原水爆の犠牲者になるかもしれないからだ。

で、同年8月8日に「日ソ中立条約」を一方的にソ連が破棄し参戦、まっ、広島原爆投下の後です。

そんなとき、日本政府は無条件を盾にする「ポツダム宣言」に、国体護持、もちろん天皇制維持の条件をつけるつけないで紛糾。

結果、広島原爆投下についでソ連の参戦、そして長崎水爆投下ですから、爆死した国民大衆浮かばれませんね。

連合軍、というよりアメリカ政府はどうしても「原子爆弾」の人体実験がしたかったのかもしれませんね、折角ですから。

どれくらいの効果があるか、そしてその後の世界戦略にあたって原水爆がどのように使えるかを検証するために。

しかし、7月のうちに、いや、8月の初めに「ポツダム宣言受諾」を表明していたら、「それ」はなかった。

一方日本政府は、愚かにも本土決戦、いや、戦力は互角だのような暴論に終始していた。

皆さん、僕ら世代はその実態を垣間見る、だから後世に伝え残したい。いかに政治が愚かしいことを、国民を犠牲にするかを。

もう一度、その「ポツダム宣言(訳文)」を読み直してみようではないですか。 日本の人民を欺きかつ誤らせ世界征服に赴かせた、
日本の人民を欺きかつ誤らせ世界征服に赴かせた、
右とか左とかではなく↓

ポツダム宣言 全訳
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/potsudam.htm#potudam



Posted by 昭和24歳  at 12:44 │Comments(0)

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