2020年07月12日

「安倍晋三」論を嗤う

「安倍晋三」論を嗤う
「安倍晋三」論を嗤う

現実はともかくどうしてこうも多くの人たちが「安倍晋三」を論じるのだろうかと不思議でならない。

僕は第一次安倍内閣の時、小泉純一郎の時の副官房長官時代の時から「安倍晋三」の幼稚性に怪訝な気持ちを感じていた。

そして安倍晋三は内閣総理大臣になった。

しかし、内閣総理大臣という歴史上に名を遺す最高権力者の任にはどうしてもその不自然さは拭えきれなかった。

それは「小泉純一郎」という人物もそうだった、良くも悪くも典型的な日本型政治家でその意味では到底「民主主義」なるものを理解しえない日本人、大衆を扇動するだけの劇場型政治家としか見えなかった。

そして「安倍晋三」だ。およそが、重要閣僚になるための政治家としての経験が皆無。財務大臣の経験もなければ外務大臣、経産大臣等の主要ポストの経験もないまま官房副長官、党幹事長と、総理、総裁になるためだけの経験、それも門前の小僧の手習い程度でしかない、明らかに世襲も世襲、大店のボンボンがそのまま社長になるような。

もちろん最後の江戸幕府のような大老政治はあからさまだった。全て老中、官僚がの政治。その老中の決定に従うだけの官邸側近政治。

やってるように見えるが、実は何もやってない。そもそもそこに自身の「意思」などない官邸、事務方側近が作った「政策」を口パクするだけだから、何度でも同じことを言う「任名責任は痛感してます」と、ていうかそれすら安倍真相が任命したわけじゃあない。

指名しただけだから、安倍晋三のそれは「指名責任」任命責任は官邸の杉田和博副官房長官、泉洋人補佐官、北村滋内閣特別顧問をはじめとする官邸官房が安倍晋三の指名から任命するのだろう。

ま、そもそもが安倍政権の閣僚なんて誰でもいいわけだから次々とおかしな人事が行われる。ま、「安倍晋三」もおかしな人事の結果なんだろう。

まともな政治家が総理大臣になってしまっては官邸官僚の出番はなくなってしまう。したがって安倍晋三が強いのも何もしていないから、いや、何もできないからなのだ。

そらそうです東大法学部卒の国家公務員が「南カリフォルニア大学卒業」なんていう人間とまともに付き合うわけがない。

それにしても野党のトップの面々、このどこの馬の骨かもわからない内閣総理大臣に梃子摺る。

よっぽど北村滋国家安全保障局長に何か握られてるのかねぇ。国会でも攻めきれない、落としきれない。

亀井静香元金融担当大臣の元秘書が河井克行から300万円票の取りまとめとか。攻めきれない、落としきれない。

「総理の口からいえないから私が言う」って総理は何も考えてませんから言えません(笑)。

「安倍晋三」論を嗤う



Posted by 昭和24歳  at 21:53 │Comments(0)

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