2020年03月25日

竹内俊雄画伯と新島学園70周年

竹内俊雄画伯と新島学園70周年
竹内俊雄画伯と新島学園70周年
書籍文献に埋もれた自室でくつろぐ竹内俊雄画伯。

竹内画伯からの電話はしばらくぶりだった。
結構多忙な毎日のようだが、主に囲碁の会で東京銀座に足繁く通ってるらしい。

ご自宅にお伺いするとアトリエにはおらず居間というか物置というか書籍文献とご自分の描きかっけのデッサン、雑然と部屋に...

「お~い、渡辺君、ここだここだ。君、コロナは大丈夫だろうなぁ、ガハハーっ」と相変わらずだ。

「先生、またなんか新しい自慢ネタでも?」

「君は鋭いなぁ、わかるか、ガハハーっ」というとおもむろに分厚いアルバムらしきものを広げ...

「どうだ、君、布袋がさ、学園の70周年記念アルバムに理事長との対談の中で私の名前を出してるんだ。僕を擁護してくれた美術の竹内先生ってな」

一方、新島学園にも「生徒の個性を尊重すべきだ」と布袋を擁護した人物がいた。
その人物は氷室京介や松井恒松、山田かまちの小学校時代の担任であり、後にかまちの作品を世に送り出す人である(当時、新島学園高校の美術科非常勤講師だった竹内俊雄)。


巷間そう評判らしい竹内先生、そうしたその道に秀でた教え子が自分を今でも憶えていてくれることが相当嬉しいご様子。

ま、布袋の話をしてわかるのは先生の周りには僕しかいないから、また布袋ネタだろうなと思っていたところだが(笑)。

以前も、代々木体育館でのコンサートに招待されたと...

「渡辺君、サインもらってきてやるぞ、娘さんバンドやってるんだろ」

そう言って布袋寅泰のサインを「渡辺玲さんへ」と書いてもらってきてくれて、「どうだ、娘さん喜んだろ」って。

「先生、うちの娘、布袋もBOØWYも知らなくて、ふ~んって言って机の引き出しにしまっちゃったよ」

っていうと、「なんだ、失礼な子だなぁ」と憮然としてご機嫌斜めだった(笑)。

そんなわけで小一時間、あれやこれや自慢話...

「あ、君は沢庵が好きだったよなぁ、私が漬けた沢庵、美味いぞ」と言って一本土産にと。

こんかい、せっかくだから「かまち」の話聞こうと思ったんだけど、最近はあまり接点が無いようだ「かまち美術館」とは。

「私はああゆうのは苦手だ、好きじゃない」

まさに無冠の帝王、今のところは。山ほどある作品も買い手の言い値だとか...

「絵の具代、キャンパス代になればいいんだよ、300年後には号1億だから、ガハハーっ」と。

竹内俊雄画伯と新島学園70周年



Posted by 昭和24歳  at 11:57 │Comments(0)

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