2019年04月03日

上州人気質

上州人気質


昭和の“市町村合併”

昭和三十年代の市町村合併で高崎市もずいぶんと大きくなった・・・・・・
それまではたしか人口六万人くらいではなかっただろうか。

高崎の北部、小鳥あたりは群馬郡六郷村。豊岡、八幡は碓氷郡・・・・・
そして多野郡片岡村、多野郡八幡村、佐波郡岩鼻村・・・大類も、飯塚も、江木も群馬郡ではなかったか。
因みに僕なんぞも戸籍簿は「碓氷郡豊岡村字引間・・・」とあるから可笑しい。

どっぷりと「下町」の街・・・「高崎」。
元はと言えば高崎は城下町で、糸偏の商人は信州や、果ては近江あたりから。
材木商は上越下越、薬は越中と相場は決まっていたようだ。
所謂、「高崎」は城下町として栄えた人造都市。

「カカア天下と空っ風」、上州名物には違いは無いが、痩せた土地で養蚕中心の農業・・・・・
「百姓」が高崎人、上州人の正真正銘である。
戦後は、横丁と言う横丁・・・職人街であった。
鍛冶屋、表具屋、竹屋、畳屋・・・畳屋と云えば、大方が「山田」。
先にも書いたが、それこそ「なんでだろ~~~」となるが、未だそれは謎のままだ(笑)。

年を追うごとに「殺風景」になる。時には、古き「高崎」を訪ねるのも面白い。
本来、この街にはこの街の形あっただろうに・・・・・
賛否はあろうが、二一階建ての絢爛な「庁舎」がこのご時世恨めしいと感じるのは僕だけだろうか。

ところでここ、上州はその昔はこの一帯を南限に「アイヌ民族」が居住したそうです。
僕なんか、その「DNA」そのもので、極めて太くて濃い「眉毛」、茶色い瞳に赤毛、そして髭は硬くて真っ黒。
聞くところによると(本当か嘘かは眉唾だが)、
それら先住民族と、朝鮮半島からの渡来民族の融合が土着型「上州人」と・・・・・・
それは、地名の由来を紐解けばかなりの信憑性で見て取れます。かと言って、その証拠を見せろと言われても困るのだが。

まあなんといってもここ上州は“災害”というものがほとんどない。
それ故にどうも土着型上州人は“のんきもの”・・・・・・
それは僕だけかもしれないけれど、なんというか、その“上州人気質”というものはある種、緊張感に欠けているいるのではと。

「僕だけかもしれないけれど」

やはりその理由としては、ご案内の自然災害が・・・・・
僕自身、59年からここに生きてきて、その自然災害に痛めつけられた覚えがない。

台風もどういうわけか遠慮がち。もちろん大雪も山間部を除いては関東平野の最北部までほとんどない。
まあ、海がないわけだからそういった気象からの災害は地形からもないのかもしれない。

上州人・・・・・・

あまり抑揚の無い語り口と開放的で豪放な「男衆」の気質。昔から、男衆のする仕事は無かったようです。
機織にしろ、養蚕にしろ女子の仕事でしたし、精々が出来上がった製品を町に運ぶくらいがいいところ。
後は、博打か・・・それは冗談ですが、
江戸の時代から今日に至るまで「博徒」ヤクザの発祥は上州とか言われ、国定忠治、大前田栄五郎。
詳しくは知りませんがその辺りの話は事欠かないようです。
近代でも、秩父事件、群馬事件とその殆んどが上州、武州の百姓の男衆の仕業だったらしい。

上州人・・・・・

極めて開放的で人間関係に拘りを持ちません。
来るものは拒まず、去るものは追わずと言うか、やっぱり根っからの上州人「呑気な父さん」。
分かり易く言えばお人好しの苦労知らずが昔からの謂れであったようです。
しかし戦国時代も終り(大分古い話だが)―――
この街、高崎が城下町を成し、商人があちらこちらから移り住むようになってからはその様相、徐々に変化してきたようだ。

豊臣、安土桃山も末期、大阪夏の陣も引けると、
ここ高崎は(その頃は高崎と言ったか)宿場町として栄え、小間物屋、米穀商・・・・・・
それらの商人が遠くは近江、越中、信州信濃から江戸への中間点として商業を起こし、

人造都市「小江戸」に生まれ変わったようだ。

二一世紀の現代ここ高崎の街で商う人々はそうした商人の末裔で、
元々一五〇〇年代、箕輪城から高崎に城が移築されるまで何も無かった所のようです。
もっとも古くは岩鼻、大類、木部などには屋敷城があり、
当然、安中、松井田、箕輪と言ったように上杉、武田の領地であったとか無かったとか。
また、織田信長の息子が甘楽郡の小幡城主で戦乱も終焉し、その「一五六〇年」頃に関ヶ原も終ってますから・・・・・・
あの時代の百年にこの高崎も仕上がったような物ではないでしょうか。

まあ、話はあちこちに飛びますが、上州人気質というか、“高崎人気質”
根っからの高崎っ子は、その昭和三〇年の頃の市町村合併で「高崎市民」となった・・・・・・
高崎駅を中心に5キロ圏内の百姓家の小倅、小娘が言うなれば「上州人」ではないだろうか。

何かあるとすぐに「矢でも鉄砲でも持って来やがれっ」って云う、短気で、呑気で、泣虫な「上州男気質」、
何分に癖がよろしくない。
その分と言うわけではないが、「上州女」はしっかりとしていて働き者でつまらないことには余りくよくよしない。
がしかし、一度こうと決め込んだら矢鱈滅多羅、梃子でも動かないし、曲がった臍はなかなかそう簡単には元には戻らない。
僕のところなんかはその見本が息をしているようなもので、ぼくも近在「百姓の小倅」、カミサンも「百姓の小娘」。

僕なんぞは、外じゃあ威張ってるくせに、家の中では滅法気の小さいトホホな上州男児で、
「かかあ天下」とは、よく言ったものと自分自身に感心するやら、呆れるやら・・・

でも、上州人少なくなりました。
と言うのも、高崎競馬、前橋競輪、桐生競艇、そして伊勢崎オートも売上はがた落ち、すってんてんな上州人です。
静かな高崎・・・・・新もん好きだけど、ややっこしいのはどうも苦手のようです・・・・・

“上州人気質”*

上州人気質



Posted by 昭和24歳  at 19:25 │Comments(0)

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