2018年06月15日

私は貝になりたい 1959年度作品

私は貝になりたい <1959年度作品>


<あらすじ>
地方の町の小さな理髪店主人・清水豊松(フランキー堺)は、第二次大戦のさなかに召集され、上官から捕虜となったアメリカ軍の爆撃機搭乗員の処刑を命じられる。。。
戦後、故郷に帰り、再び理髪店でバリカンを握った豊松は突然、戦犯として逮捕される。軍事裁判にかけられ豊松は上司に命令されたと訴えるが聞き入れてもらえず、下された判決は絞首刑だった。
そして処刑の当日、絞首台の13階段を上る豊松は…




>上司に命令されたと訴えるが聞き入れてもらえず、下された判決は絞首刑だった。

なんか、財務省、自殺した近桐材局のノンキャリさんに似ているね顛末が。

改ざんせよ命令した当時の理財局長は「オトガメ」なし。

もっとも、行政の長が嘘弁ベンなんだからどうしようもないね。

しかしね、こうした映画のシーンは現実にあったわけです。戦後生まれの僕ら世代には切実なものとして伝わってくる。

ここにある「豊松」出ないにしても、僕の父だって似たようなものです。

そんな父の生涯は昭和18年31歳で徴兵されその戦争に人生を狂わされた多くの人間の中のひとり。

そしてその慟哭の中に生まれた僕らは、戦後ではあったがその一端をこの目で垣間見たそれが記憶の中にある

だからあの戦争を語れるのは僕らしかいない・・・・・

昭和20年8月15日以降に生まれた僕らだが僕の父、シベリア抑留から昭和22年に復員。

一変したこの世の中に慟哭したのは想像に難くない。

父、出征の年に生まれた三女、美沙子を思い浮かべながら高崎駅頭に立ったものの待っていたのは墓標だけだった。

そればかりではない妹二人、弟一人墓標もそこには並んでいた。

今、森友だ加計だと物議を醸し出している政権はあの戦争を創作し、事実を改ざんし隠蔽し・・・・・

この日本を底なし沼に引きずる込んだ軍、政官財閥の閨閥にある。

それが、北朝鮮を国難だといい、憲法改正を口にするとは片腹痛い限りである。

それにしてもだ、今日の政官財を見ていると、なぜ、安倍晋三なのかということが不思議でならない。

彼はその意味では「ノンキャリ」でただ父親、閣僚、総理候補の秘書していたというだけで異例の副官房長官に。

さらに、異例というよりありえない自民党の「幹事長」、さらに「官房長官」。

これは彼の祖父が、巣鴨プリズンから内閣総理大臣になったように、某国の占領政策の一貫にあるのだと推察できる。

つまり、その占領政策とは、彼に背くことはできない「システム」が・・・・・

私は貝になりたい <1959年度作品>



Posted by 昭和24歳  at 20:22 │Comments(0)

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