2018年04月29日

【終生】青春に邂逅する(笑)

【終生】青春に邂逅する(笑)

人生とは偶然の連続。
そのひとつ一つ重なりあい道を創る。
僕の前に道はない・・・


「赤羽」

高崎から東京に出るには上野までは行かずに「赤羽」で降りる。赤羽は当時は高崎線と東北本線。それに京浜東北線が高架を走っていた・・・たしか。

赤羽を降りるとさらに狭い高架通路を渡って木戸で改札を受けて「省線」のホームに出る。
僕等は何故かそれを「省線」と呼んでいた。赤羽と池袋を往復する赤茶けた電車。窓も椅子も木製のやつでその車内は独特の油臭い匂いがしていた。
そして池袋に着くと山手線に乗り換え新宿、渋谷だった。

そう、しかし僕等にとっては、それこそが「東京」の入口、憧れの匂いだったのだった。

ロックミュージシャン

「夢」などと云う大それたものではないが、いや、傍目には大それた大馬鹿者に映ったに違いない。
僕の「ロックミュージシャン」。もちろん当時はそんな言葉すらなかった。ただの「エレキ小僧」、不良のなり損ない。
15の時からの「エレキバンド」生活、ダンスホール「社交」に石原の「群観ホテル」のダンスパーティーにと。

そして時は空前の「エレキブーム」。街中で猫も杓子も「テケテケテケ―――」。

「アストロノウツ」の太陽の彼方、「ベンチャーズ」の急がば廻れ。テレビでは連日連夜「エレキ、エレキ」。
終いにはナショナル、ビクターまでが「エレキギター」を作り始めた。

今では努々考えられない時代、さしずめ、「ゲームボーイ」ナショナルブランドで出すようなものだろう。
僕の場合そんな時代の中を、地元ではかなりの売れっ子バンド「ザ・プラネッツ」のドラマーとして過ごしてしまった。
そのお陰で「こんなはずじゃない」の思い過ごし、勘違いが「東京」行きを決めさせてしまった・・・・

とは云うものの、この歳、もうすぐ70になろうとしてるのに、未だ「テケテケテケ―――」(笑)。
しかしそれで食わせてもらっていたのだから人生、時には「思い過ごし、勘違い」も満更ではないのかも知れない。

そう―――

あの時代。多かれ少なかれ「横文字稼業」を夢見てその「東京」と云うブランドに同世代が群がった。

「カメラマン、イラストレーター、ファッションデザイナー」

等などである。

既に戦前生まれの服飾デザイナー、イラストレーター、カメラマンが世界に名を成すようになっていた頃。

やはり、ピカイチは「横尾忠則」。

画伯は昭和一一年生まれのようだからあの時代、世代の人たちが戦後生まれ、所謂「戦争を知らない子供たち」の感性を刺激したのだろう。
要するに「超」の付く「一流」はみんなその世代ではないだろうか。黒田清太郎、篠山紀信、山本寛斎―――

何れ、焼け跡世代が僕らの「明星」だった。

【終生】青春に邂逅する(笑)



Posted by 昭和24歳  at 07:13 │Comments(0)

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