2017年02月08日

歌手の青山ミチさんが死去(67歳)

歌手の青山ミチさんが死去(67歳)


歌手の青山ミチさんが死去…「ミッチー音頭」
 「ミッチー音頭」などのヒット曲で知られる歌手の青山ミチ(あおやま・みち、本名・八木フサ子=やぎ・ふさこ)さんが1月、急性肺炎で亡くなっていたことが7日、分かった。

 67歳だった。告別式は親族で済ませた。喪主は長男、加藤大輔さん。

 1960年代、「涙の太陽」「叱らないで」などのヒット曲を生み、パンチのある歌声で人気だった。「ミッチー音頭」は他の歌手にもカバーされた。覚醒剤取締法違反で有罪判決を受けるなどし、近年は芸能活動から遠ざかっていた。

読売新聞 2/8(水) 7:18配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170208-00050003-yom-ent

神奈川県横浜市出身。父親がアメリカ人(在日米軍の黒人兵)で母親が日本人(八木キミ子)のハーフ。1961年、ジャズ喫茶が主催する素人ジャズコンクールで入賞したのをきっかけにポリドール・レコード(日本グラモフォン、現・ユニバーサル ミュージック)の目にとまり、翌1962年「ひとりぼっちで想うこと」でレコードデビューした。

パワフルでパンチのある歌声で、ミッチーの愛称で親しまれ、1963年には「ミッチー音頭」が、1965年にはエミー・ジャクソンと競作となった「涙の太陽」が大ヒットした。1960年代後半には生き別れたアメリカ人の父親を捜そうとしてニュースにもなる。その後日本クラウンに移籍した。

「風吹く丘で」の発売を控えた1966年11月に覚せい剤で逮捕され、レコードの発売がお蔵入りとなる(後に「亜麻色の髪の乙女」に改題され、ヴィレッジ・シンガーズの歌唱で大ヒットとなる)。1974年3月に万引きで現行犯逮捕、1978年10月に覚せい剤で逮捕され、芸能界から追放状態となる。その後、1999年にも3度目の覚せい剤による逮捕で実刑判決を受け、表舞台から完全に姿を消した。

その後は長らく消息不明だったが、娘と2人で生活保護を受けながら暮らしていることがテレビ番組「あの人は今!?」の調査でわかった。また、アメリカに父方の彼女の異父姉妹に当たる姉がおり、2009年に妹のミチを捜し続けて、彼女の情報提供を呼びかけていた[2][3]。

2017年1月、急性肺炎のため死去。67歳没[1]。

「ミッチー音頭」は遠藤賢司と大西ユカリがカバーする代表曲である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E3%83%9F%E3%83%81

青山ミチの「恋はすばやく」


ガス・バッカス、オリジナルの「恋はすばやく」


新宿「ACB」でよく見ました・・・・

バックバンドが「クレージー・ウェスト」。

ドリフターズの荒井注(荒井安雄)がいたバンドです。

青山ミチ、機能が誕生日だったんですね、僕と同い年、誕生日も僕と4日違いでした。

ご冥福をお祈りします、合掌。

歌手の青山ミチさんが死去(67歳)




Posted by 昭和24歳  at 10:01 │Comments(0)

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