2016年04月29日

【高崎】見捨てられた街と金になる街

【高崎】見捨てられた街と金になる街


↑「Takasaki Square」だそうだ・・・・
小洒落た名前じゃあないか。


イオンモール.
17年秋、開店へ 高崎駅西口 /群馬

 高崎市の富岡賢治市長は6日の定例記者会見で、高崎駅西口に出店する「イオンモール高崎駅前」の開店が2017年秋になる見通しを明らかにした。

 14年3月閉店の「高崎ビブレ」跡地など約4万5000平方メートルに計画中で、14年5月に「16年開店」と発表していた。開店延期について富岡市長は「イオンが最高のものを作ろうとしている。テナントの詰めに時間がかかっているようだ」と語った。市は開店に合わせて駅や高崎高島屋と接続するペデストリアンデッキの整備、駐車場を含めた交通対策の検討などを進めている。【増田勝彦】

毎日新聞2015年8月7日 地方版
http://mainichi.jp/articles/20150807/ddl/k10/020/152000c

そう言えばあの頃の駅西口は昭和40年代になってもまだ戦後の風景だった。

その「イオンモール」のところは日通営業所で駅前通りロータリーに土産物屋が2軒、そう言えば「馬車屋」とか言ったおにぎり屋が。

そしてその隣は、なぜか「上野バー」とかいう留り木のそれが。で、その向こうは何もない。

昭和50年代、しばらくするとダイエーが群バス車庫跡に出来て、高崎倉庫跡にニチイができて・・・・・

そう言えば、高島屋がっ建ったところには何があったんだろうか?

定かでない記憶では旭町と通町に挟まれた界隈はえらく細い道で角にはおでん屋の「まずいや」、「富鮨」とか。

それは旭町で、そうそう、僕が初めて酒を覚えた屋号は定かではないが「はつね」だったか、ヤキトリ屋があった。

駅西口の北側はそれこそ戦後そのもののバラックにちょいと色をつけたような怪しげな飲み屋街があって・・・・・・

ナポリがあって、田舎町の独特な駅前食堂街、たしか、その両端ともアーケードになっていた。

南小の辻には屋台の飲み屋があって夜ともなるとそれとともに夜泣きの屋台が列をなした。そう、新町界隈に吉野藤とかがあった時代。

もちろん、その時代の繁華街といったら「高崎中央銀座通りであったことは言うまでもない。



Posted by 昭和24歳  at 20:00 │Comments(0)

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