2015年12月28日

不器用な月①

不器用な月①




それは、友人の突然の訃報だった。

一昨年の3月のことだ。毎年恒例の僕のシューベルトサロンでの演奏会のご案内を兼ねて近所のファミレスに児玉を誘った。

「ああっ、行くよ行くよ、今度はカミさんでも連れて行くかなぁ」

いつものように上機嫌で快諾してくれた。

児玉はイベント催事の仕込み業を県内のみならず北関東全域と手広くやっていた。
もちろん、その多忙の中にも僕の演奏会にはご光来いただいていた。ご同伴者は奥さんではなく息子さんであったが。
そしてその後も、月一、定例でやっているライブハウスでの演奏会にも都合のつく限り駆けつけてくれていた。
アレは一昨年の暮れの演奏会だったが、足利のデパートでの催事が片づかなくてとのことで演奏会終了後だったが、やはり息子さんと「悪かったなぁ」と例のあの調子ですまなそうに僕を労うように言っていたその時の児島が今でも僕の脳裏から離れない。
それから年が変わって、毎月のライブの案内、携帯のショートメールで欠かさなかったのだが、一度だけ「悪いなぁ」という返信があっただけでその後、決まって案内しても返信は来なくなっていた。
来なくなっていたというのも毎月のライブの案内は100通以上するので、まあ、児島のことだからさぞかし多忙なんだろうとあまり気にも留めることはなかった。
いつも、至って快活で元気な児島だったので夢々、その真逆を想像すらできないでいたのだった。

この3年ほどの短い時間に立て続けに音楽関係の仕事仲間だった先輩、後輩が亡くなった。
死因はいずれもガンだたが。そして僕の義姉も闘病の末逝った・・・・・
さらに、僕のバンドメンバーの兄、僕より一つ年下だったが脳梗塞で急逝した。さらにこのところ僕のライブには必ず来てくれていた岡島さん、昭和28年生まれだが飲食中にとある店でやはり脳溢血で急逝。
しかし間違っても児島にそんなことはないだろうと想像さえしなかった僕は決まって今年2月にもライブの案内のメールをした。
すぐに児島の携帯から返信が来た。

「おおっ、今度は来てくれるのかな」

と嬉しくなり受信ボックスを開くと・・・・・

「いつも、いつもご連絡ありがとうございます。主人は昨年の10月に他界しました。ト部様のご案内はいつも主人には伝えております。これからもお元気で頑張ってください」

そうだったのか。あれほど、人一倍元気だった児島が、一昨年の年末から一年としないうちに亡くなっちゃうなんて。
後にうかがったのだが、「誰にも言うな」ということだったらしい。今自分の身に起きていること「なんでなんだと」もちろん児島、当の本人が「真逆」の心境だろう。死ぬなんて想像もしていなかっただろうと。

児島と僕は同い年で、ある友人を介して親しく付き合うようになった。
児島は優秀だったようで、某進学校を卒業していた。一方僕は落ちこぼれで、というかあの時代エレキをやっていると不良だと言われたその時代に市内の某ダンスホールでエレキ弾いて小遣い稼ぎしてたのだから、不良も不良、その児島とは別物の人生だったのだが、児島の話では・・・・・

「俺、よく行ったよ。お前たちが演奏しているダンスホールへ、なからやばかったけどな」

まあ、その当時のダンスホールって言ったらタバコは当たり前で、シンナーやってる奴とか薬でラリってる奴とか、さすが「ヒロポン」はなかったけど、風邪薬のアンプル注射しているチンピラさんもいたし。もちろんそのダンスホールの用心棒は本物のヤクザ屋さんだし、ホールでケンカが始まると、まず警察は絶対来ません。本物のヤクザ屋さんが数人でドカドカ来るだけで蜘蛛の子が散るように収まりましたから、そんな時代でした。
まあ、ケンカが始まってもヤクザ屋さんが緊急出動してきてもバンドはしっかり演奏してましたけど。で、バンドの連中、基本、「不良」でしたから何が怖いたって「補導」のセンコーでした。
もっとも、補導のはバンドの連中をどうこうするわけではなく、タバコ吸ったり、シンナー吸ったり、薬でラリってる奴を補導するのがお仕事ですけど、まあ、ダンスホールとしてもバンドの連中を補導されたらたまりませんから、2階にあったホール、補導がモギリのところで押し問答してる最中にライトが点滅します。すると、ステージの後ろからダンスホールのママさんが、そっと扉を開けてくれて・・・・・

「ちょっと、あんたたちここに隠れていなさい」

そう言って、

「タバコとか変なもん持ってたらおばさんに預けなさい」

まっ、「変なもん」さえ持ってなければいざという時は逃げられるからです。まあ、あの時代です、ダンスホールの経営者ともなれば警察にもその筋の方とも深い絆があったようですし。

そんな昔、50年近く前を思い出して、児島「もう一度あの頃の曲やってくれよ」という、リクエストにお答えしての今年からのライブだったのに・・・・・


「聴いてるかい、児島。ほらトミさんが歌ってるよ『悲しき願い』『ストップザミュージック』『アンチェインマイハート』だぜ」

思えば、みんな不器用な生き方だったけど、児島は器用だった。
そのせいか、少し急いじゃったのかもしれないね・・・・・



Posted by 昭和24歳  at 12:39 │Comments(0)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

< 2018年06月 >
S M T W T F S
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
過去記事

Information
QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 11人
プロフィール
昭和24歳
昭和24歳
オーナーへメッセージ

削除
不器用な月①
    コメント(0)