2015年08月31日

ジャッキー吉川(ブルーコメッツ)

ジャッキー吉川さん
 (ブルーコメッツ) 
が出演!!



僕の目の前に神様が・・・・・
それは僕が15の時ドラムをやるきっかけを作ってくれた。



アレは昭和38年、僕が中学3年生の夏休み。僕は小さいころから夏休みになると渋谷本町の伯母家に一週間ほど過ごすことに。
昭和13年、15年、18年生まれの従兄と遊んでもらえるのがとても楽しみだった。
後楽園に連れててもらったり、京王遊園地、東京タワーと、その頃はまだ都電白山駅から後楽園前を巣鴨拘置所を左に眺めながら通った。

昭和39年。甲州街道と明治通りがぶつかる新宿三丁目の「松井ビル?」の地下に「新宿ACB」はあった。
昭和18年生まれの従兄、僕より6歳上だったからちょうど高校3年生のころでその従兄に連れられて初めて行った「ACB」。そしてその後何度となくその「ACB」を強請った。

そこで見たのが「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」の演奏と「尾藤イサオ」の♪悲しき願い♪。
当時、ドラム(小太鼓)習いたての僕はそれこそかぶりつきでその「ACB」2階席の手すりを握りしめながら「ジャッキー吉川」のドラムを食い入ったのを今も忘れない。
その後、♪ブルーシャトー♪でレコード大賞のジャッキーさんのテレビを欠かすことはなかった。

そんなジャッキーさんがある時僕の目の前に・・・・・

「嘘だろう!??」

僕は一瞬信じることができなかった。
そして、瞬時に50年前のあの時のジャッキーさんのドラムを叩く姿・・・・・
そして新宿ACBの2階席の手すりを握り締めながら食入るように見入っていた僕の姿が脳裏に過ぎった。
あの頃の「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」は尾藤イサオさん、内田祐也さんのバックバンド。
まだ、グループサウンズがデビューする2年ほど前の頃だった。
出演は、ロカビリーブームも去って、女性歌手の青山ミチさん、伊東ゆかり、中尾ミエさんなどが人気の時代だった。

ジャッキーさんのドラミングは腕を大きく振り上げて、体全体でリズムを取りながら叩く、実にパワフルなものだった。
そして、スティックのグリップもレギュラーグリップでほかのドラマーとは違ってフレーズも細かく、かつ、ダイナミック。
その後、僕もバンド活動をするときもいつもジャッキーさんのスタイルを思い浮かべて叩いた。

そんなジャッキーさんが、ある時、ひょんなきっかけで何度かお会いすることになり・・・・・・
もともと、10月3日(土)のシティギャラリー・コアホールでのコンサート開催を決めていたところ、
マネージャーさんを通じて出演をお願いしたところ快くご快諾いただき、まさに夢のような出来事が66歳になって実現したというわけです。

僕ら世代、いわゆる「団塊世代」なら「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」は忘れら得ない存在だと思います。
そして、なんといってもレコード大賞を受賞した「ブルーシャトゥ」は何度も口ずさんだことでしょう・・・・・・
そんな、ジャッキーさんが10月3日(土)、KINEZUKA倶楽部のコンサートで、その「ブルーシャトゥ」を叩いてくれるのです。

是非とも万障お繰り合わせのうえ、ご光来ください。

詳細については上記のポスター↑、をご参照ください。

またはお問い合わせ等は「黄昏て爺放談」へのメールでもいただければ幸いです。

ジャッキー吉川さん
 (ブルーコメッツ) 
が出演!!



Posted by 昭和24歳  at 14:01 │Comments(0)

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