2015年05月22日

【ポツダム宣言】詳らかに読んでいない(首相)

【ポツダム宣言】詳らかに読んでいない(首相)



ポツダム宣言「本当に読んでないようだ」 志位氏が皮肉


<前文略>

  志位氏は、自民党幹事長代理だった首相が月刊誌「Voice」2005年7月号の対談で、「ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだ」と語っていたと指摘。だが、宣言は1945年7月26日に米英中の名で発表され、同8月6日と9日の原爆投下後、日本が同14日に受諾を決定した。志位氏は「(宣言は)二つ原爆が落ちた後に『たたきつけられた』ものではない。事実誤認がある」と述べた。

 20日の党首討論では、志位氏がポツダム宣言について「日本の戦争について世界征服のための戦争であったと明瞭に判定している。総理はこのポツダム宣言の認識を認めないのか」と質問。首相は直接答えず、「その部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい。先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがある」と述べていた。

<抜粋引用:朝日新聞デジタル 5月22日(金)8時36分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150522-00000024-asahi-pol

>「その部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい。」

まあ、「読んでいる、読んでいない」以前の問題だろう・・・・・

そもそも「ポツダム宣言」それじたいが長たらしいものでもない。

そしてこうも言ったという↓

「ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだ」と・・・

広島長崎への原水爆投下は昭和20年8月9日だから、その「ポツダム宣言」が突きつけられる約2週間前だった。

巷間言われているのはアメリカ政府は「原子爆弾製造」に成功したのが同年7月16日・・・・・

まあ、沖縄戦は6月に集結していた。で、本土上陸作戦敢行だったのか否やだが、結局本土決戦になれば原爆投下はできなかったかも。

で、同年8月8日に「日ソ中立条約」を一方的にソ連が破棄し参戦、まっ、広島原爆投下の後です。

そんなとき、日本政府は無条件を盾にする「ポツダム宣言」に、国体護持、もちろん天皇制維持の条件をつけるつけないで紛糾。

結果、広島原爆投下についでソ連の参戦、そして長崎水爆投下ですから、爆死した国民大衆浮かばれませんね。

連合軍、というよりアメリカ政府はどうしても「原子爆弾」の人体実験がしたかったのかもしれませんね、折角ですから・・・・・・

しかし、7月のうちに、いや、8月の初めに「ポツダム宣言受諾」を表明していたら、「それ」はなかった。

一方日本政府は、本土決戦、いや、戦力は互角だのような暴論に終始していた。

皆さん、僕ら世代はその実態を垣間見る、だから後世に伝え残したい。いかに政治が愚かしいことを、国民を犠牲にするか。

もう一度、その「ポツダム宣言(訳文)」を読み直してみようではないですか・・・・・

右とか左とかではなく↓

ポツダム宣言 全訳
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/potsudam.htm#potudam

【ポツダム宣言】詳らかに読んでいない(首相)



Posted by 昭和24歳  at 14:00 │Comments(0)

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