2015年03月25日

戦後(第二次世界大戦)70年とかだかが

戦後(第二次世界大戦)70年とかだかが



戦後の日本。とりわけ団塊世代のそれは・・・・・
そして以下の文は先日インド旅行から帰った知人との会話。


>「政府が家と働く場所を与えても、彼らはその家を売って、遊び歩いて、子どもをつくり、ああいう風に親は木陰で寝そべっていて、子どもを働かす」


戦後(第二次世界大戦)70年とかだかが。

事実は事実として、あの戦争を契機に自立可能なほとんどのアジア諸国は独立を成し遂げた。
そしてそれぞれの国が国家としてその風土に適したシステムで社会を構成し、多くは「資本主義経済」の中に生活している。
そこに民主主義があるや否やはそれぞれの国、地域、風土、そして歴史からの価値判断基準ではないかと思う。
確かにその「無抵抗主義」を標榜した独立の父を持つインドだがその価値観も何もかもの全てがそこに生まれ、そこに生活する人間の判断が良かれ悪しかれ基準となる。

まあ、言われるところの「宗教」にしてもその発生はそこにある風土に起因するのではないかと。
「自給自足経済」が、その「自給」をもたらす「土地」をめぐって争いが生じる。当然、その宗教も誰が言いだしたのか同じ神の下に数多の「宗派」が発生する。
思うに「季節感」のない風土には「時間」という概念がないのではないかと。キリスト教運命が元になっているのだろうか、その「西暦」にしてもそれは「西洋」の価値基準でしかない。
今日、科学的に「地球の公転」を1年とし、「自転」をひと月とするがそれも西洋科学文明の物差しでしかない。
おそらくが、それぞれの国、地域に「暦」は存在するのではないだろうか、とそう思う。

>インド全体では貧富の差は激しいが、ほんとの自由、てなんだろう?

極論だが、犬は自分見て「犬」とは思わないと思う。当然「猫」もだが(笑)。
しかし犬も猫も自分が同棲する人間と自分との関係の違いは本能的に察知しているはずだ。
その論で行くと、「貧困」とは外見で本来その人間「ヒト」の心とは全く別物で、僕も海外で物乞いする少年に出会ったことがあるが、その目はけして「可哀想」ではなかった。
それは、「諦め」というよりは「観念」といったようなもので、腹をくくった姿をその少年に見た。
そしてそこから抜け出すには、能力を付け、体力を付け成人を自覚した時に新たな世界へ飛び出す。

「IS」といった今の騒動もその一つの例なのかもしれない。
日本社会における、新興宗教もそうだろう。それの正邪はともかく、現況「救いの道」が閉ざさればそこに群れるしかない。

>民主主義と資本主義は両立できるか。

そもそも「民主主義」「社会主義」「共産主義」といった思想背景を有するものと「資本主義」といった貨幣経済を根本とする「理念」とは次元の違うものではないかと。
その「資本」の背景は旧ソ連、そして現中国に観るような「資本財」、その生産手段を「国家」が持つのか、いわゆる「私」する「資本・資本財」が資本、資本財を持たない、持てない民衆のその「労働」を「賃金」で買それを「生産手段」とする。
つまり、その経済行為を「国家」が管理するのか「私」、民衆の中の個人(財閥)が管理するのか、といったそこのところの違いではないかと。

まあ、現下、この国にあってはその個人の集団、資本を独占する財閥が国家を形成し、その中である意味法の秩序とかなんだがご都合主義的にそれら集団、資本の活動が自由に行われるよう立法されている。
その意味ではこの国、日本社会は大規模資本資材の供給者は民の衣を纏っていてもその中身は政治制度における「民主主義」のその上に位置すると見るべきではないか。
つまり、一見、民衆は自由のように見え、普通選挙が有りそれに国民大衆が一票を投じこの国の政治経済社会を動かしているかのように見えるが、その実態は投票率50%台で、得票率20%台の支配階層がそこにある資本を独占し司法、立法、行政で国家権力を背景に統治している。
そこのところでわかりやすいのが「中国」という「一国二制度」という軍事専横主義国家だろう。
まっ、「資本主義」は思想ではないわけだから、ただ「それ」をご都合主義で利用するだけかもしれないが、そうでない他国がそういう国とどういう経済活動を共有できるかは興味深い。

で、その共産主義国家だがそこには国家管理の統制経済で「国民」みんなが等しくその反映を享受できるとしている。
しかし、現実の「中国」はどうかというと、けしてそのような状況にはないようだ。
当然、北朝鮮もそうだし、いわゆる「思想」が統制する国家に繁栄はない。つまり、中国のそれは思想も方便、資本主義も方便(笑)。

まあ、かつての日本がそうだったように「農本主義」というか、自給自足経済。「食」にさえ困らなければ「農本」のない人が工業、商業を起こしその「農本」による生産物と交換経済する。
そしてそこに政府が「貨幣制度」を設けその貨幣をそこの流通に介在させ市場を形成する。
しかしそこにやがて「資本」という、その貨幣のみを用いた「経済社会」が欲望をもたげる。その結果が近代化であり、明治維新であった。

>奇妙な国です日本。

最近メディで話題になった「ピケティ」だが・・・・・
このあたりの「日本社会」の現状分析が面白い↓

「アベノミクスは格差を拡大する一方で、経済は低成長になるという最悪の事態に陥るリスクがある。」とし、賃上げの強化を主張。所得税の最高税率が高かった時代は格差が小さく経済成長率も高かったと分析し、高齢者を中心とした富裕層への課税を提言。固定資産税への累進制の導入や相続財産への課税も主張する一方で、低所得者層への課税の引き下げや若者に有利な税制改革を求めた。

引用:http://ja.wikipedia.org/wiki

>所得税の最高税率が高かった時代は格差が小さく経済成長率も高かったと分析

つまり、適正な所得再分配が行われていた結果ということだろう、日本の高度経済成長期には。
つまり、あの時代あそこで今日のような政策がとられ、最高税率も40%台、正規社員の数も制限され多くの賃金労働者が日雇い、非正規雇用であったなら当然問題視されている現況の年金医療等社会保障制度もその今日はあり得なかっただろう。
まあ、その時代の政官財も強固な「資本主義」がもたらした政治、そしてそこからの軍事国家体制からの戦争という教訓に照らして一縷の光明を糧に幸福を追求した結果が国民生活を豊かにした。

つまり、「幸福」に生活するのにはそんなにお金はいらないからだ。
衣食住事足りれば、あとは精々が人並みの快適な生活、余暇、そして自分への投資と、家族への投資等々。
つまり、あの時代に考えられた「医療・年金」制度は将来の社会保障を見据えた、幸福な老後のはずだった。
僕らが就職した時代、昭和40年代は中小零細企業でも「医療・年金制度」には加入させられていた。

そして、そこの所得税最高税率は70%台。
しかしそれの実態は、会社、事業経営者であれば、生活費までが「事業経費」とみなされ、本当に残った部分への最高税率がそれだった。
それが、最高税率は40%台になり、最低課税は先進5カ国で最も低い。

まあ、政府は「財政難」を念仏のように言うが、だったら何故所得税の最高税率、法人税率を引き下げるのか?
そして最低課税所得水準をさらに引き下げ、消費税を8%、さらに10%へと。
まっ、片方で「税収」が減るわけだから、もう片方で埋め合わせるしか方法はないことはサルでもわかるが。

戦後(第二次世界大戦)70年とかだかが





Posted by 昭和24歳  at 16:20 │Comments(0)

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