2014年07月25日

寓話「終戦記念日の季節」

寓話「終戦記念日の季節」



狼と少年・・・


<防衛省>奄美市に陸自警備部隊
 防衛省は24日、南西諸島の防衛力強化の一環として、奄美大島北部の鹿児島県奄美市に、陸上自衛隊の警備部隊を配備し、同島南部の瀬戸内町に訓練拠点を整備する方針を固めた。配備には400億円程度が必要と見込まれ、8月末の2015年度予算案概算要求に駐屯地の用地取得費などを盛り込む。8月上旬に武田良太副防衛相が奄美市を訪れ、政府の方針を伝える。

【自衛隊員の思い】「命令なら戦場に行く」今年入隊した隊員は記者の問いにそう答えた

 警備部隊は離島防衛の初動を担う。防衛省は、6月に同島の調査を行い、部隊運用や配備環境に適した場所の具体的な選定を進めてきた。

<抜粋引用:毎日新聞 7月25日(金)2時31分配信>
ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140725-00000004-mai-pol

普通なら今は戦争が起きる時代ではない・・・・・

では、どこから、何を守るというのか?

特攻隊の特集を8月でもないのにNHKがやっていた。

テレビでは80歳を超えた元特攻隊の兵士が涙ながらに「海ゆかば」の戦友の話を。

実は、鹿児島県知覧の特攻隊、半数以上が出撃しなかったか・・・・・
出撃しても飛行機整備不良のため出撃間もなく不時着で帰還、生き残っていたと。
(特攻隊員1276人中605人が生還したことが判明)

その特別攻撃隊は時の事情から本来戦闘機が装備すべき機関銃も、交信用無線機も外されての出撃。

まさに確実に「死に行く」ためだけの出撃だった・・・・・・

出撃暗号交信は既に沖縄を占領していた米軍に傍受され、奄美あたりで簡単に補足されそのほとんどが撃墜された。
もちろん迎撃する機関銃も外され、ただ逃げるだけの、撃墜されるだけの命運。
それでも、無謀にも出撃命令は発令され続けていたと。

教員を夢見ていた学徒出陣の末の特攻。
そして、享年22歳その特攻隊員が母に宛てた手紙が朗読されていた。

今この時代では想像もつかないが、「御国のために」と息子をみすみす死地に追いやる・・・・・
なければならなかった、母親の心情は想像を絶する。

しかし、敗戦。その特攻隊「生き残り隊員」は振武寮(しんぶりょう)に収監、軟禁されたと。

『振武寮(しんぶりょう)とは、福岡の旧日本軍陸軍第六航空軍司令部内におかれた施設のことである。
軍司令部のあった福岡高等女学校(現福岡県立福岡中央高等学校)向かいである、福岡女学院の寄宿舎を接収して設置された。
所在地の現住所は福岡市中央区薬院4丁目14番地で、その跡地に福岡市九電記念体育館が建っている。』
<出典:Wikipedia>


「必死」とされていたはずの特攻隊には多数の生還者がおり・・・・・
その生還者たちは理由の如何を問わず福岡の振武寮という場所に集められた事。
特攻隊兵士を「軍神」として宣伝していた軍にとって、
生還者がいるという事が世間に漏れれば士気に関わると思っての措置であったと。

特攻隊には、使い物にならないような旧式の飛行機が廻され、
250キロ爆弾を積むために機関砲も無線機も取り外されての出撃であったと。
戦闘部隊としての飛行隊には最新鋭の飛行機が配置されたのは、それが天皇直属の部隊であり、
そこにポンコツを廻すわけには行かず、結果として特攻隊にポンコツが廻されたと。

特攻に出撃して後、グラマンと遭遇し、

「機関砲が外されていた」

そのため、雲の上に逃げるしか方法がなく、撃墜されて死んだ僚友の最後の言葉を伝えていた生還者の方は・・・・・
何度も涙で声を詰まらせながらその言葉を以下のように語っていた。

「今度生まれ変わったら、戦争のない世界で生きたい。そして教師になりたい。いい教師になって精一杯教えたい。」

そして、ニュース、報道番組では「テロ特措法」の話題で頻り。

「パパ・・・・・日本も戦争するの?」

一緒にそれを見ていた末娘が僕に聞いた・・・・・

「分からない。でも、パパのおじいちゃんもお父さんも戦争に行った。
でもパパの時代は誰も戦争に行かなかった・・・・・
でも世界中で今も戦争をしている。
だから、これから日本が戦争をするかしないかそんなことは分からない。」

心あるメディアはそれを教えている。

そのことに接するか、接しないか。そしてそれをどう感じるか、感じないか。
多分、末娘の世代の親たちは、

「全く戦争を知らない子どもたち」なんだろう。

その・・・・・

『許されなかった帰還 ~福岡・振武寮 特攻隊生還者たちの戦争~』

を見て、それをどう感じて、どう子どもたちに話すだろうか。

実は、ここ高崎にも特攻隊の飛行訓練基地、堤が丘飛行場があった。
全て、歴史の中にその片鱗さえ抹殺されているが・・・・・・
今ではその辺りに巨大ショッピングモール“イオン”が華やぎを見せている。

僕の話はくどい(笑)。

飲み仲間には、そのイオンと特攻隊飛行訓練基地となんの因果関係があるというやつもいる。
そして、貿易立国、日本が国際貢献は当たり前じゃあないかと言うやつもいる。
はたしてこの国が貿易で立国しているかいないか草臥れるが・・・・・

この国の行く末。

この国が戦争をするかしないかは、分からない。

ただはっきり言えることは、その犠牲者になるのは僕ら、僕らの子孫であることは間違いないのだから。

そう、だから、その「8月15日」はけして「終戦記念日」なんかじゃあない。

それは「日本が死んだ日」・・・・・

「今度生まれ変わったら、戦争のない世界で生きたい。そして教師になりたい。いい教師になって精一杯教えたい。」

そして今ここに「生まれ変わった」僕らがいる。

そして戦争のない世界に生きている・・・・・

そして、教師になった友人もいる。

いい教師になって、精一杯教えた教師もいる。

「8月15日」は「黙祷の日」

でも、それでは都合の悪い人がこの国の中心にいる・・・・・

寓話「終戦記念日の季節」




Posted by 昭和24歳  at 08:14 │Comments(0)

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