2013年06月04日

「米百俵コンサート」も今は昔?

「米百俵コンサート」も今は昔?


昭和24年2月11日。

きっと、臍の緒がついたままボロ切れの上に置かれた僕を見つめた父と母は・・・・・

300匁足らずの僕の産声に。

あの時代が一体どんな時代だったか、その多くを語らず逝ってしまった父母世代。

そうですね。そうなんです。

いま産声を上げて、生きようとする赤ちゃんにとっては、「あの頃」も「今」もない。

ひとつの「生命力」を携えて。

たしかに、団塊世代とかで多産な時代だったが、周りには死産もそして夭折も・・・・・

事実、僕のすぐ上の姉、昭和18年生まれ、お誕生を待たずに亡くなった。

おそらく今の時代なら死ななくてもすんだかもしれない。

そうですか、「アフリカ」が大事ですか。足下のこのニッポンはどうなんでしょう?

この20年で、すっかりこの国の形は変わってしまった。

「考える」ことをやめた「葦」は一体どうなるんでしょうか・・・・・

行動することを忘れた、人は一体どこへ行くんでしょうか?

「その先」が全く見えない、想像すらできない、しようととしない「葦」。

僕が年老いたせいなのか。嫌そうではない、ただただ澱み流れる時間に押し黙ったまま、

それはまるで病葉の世代。

人生のスタートラインだけがどんどん遠のく新社会人となる「君たち」。

「社会」が味をしめてしまったこの「格差社会」。

今では、「派遣村」も「ネトカフェト難民」も「ワープア」、それも聞かなくなって久しい。

少なくとも2009年、その時の空気には「生きる」「生きている」、というそれが見えた。

しかし、今はそれは全く見えない、報道されることもない・・・・・

つまり、それは解消していなくなったのではなく、ひとつの「社会」として完成してしまったのだろう。

「米百俵コンサート」

迷道院さんと文化センターへ出向いたとき・・・・・

そこへ一人のホームレスらしき青年。

ちょうどその時そこを通りかかった迷道院さん、

「あ~っ、もしよろしかったらこちらへおい出ください」

と、一枚のチラシを見せるとそのホームレスらしき青年が前のめりに倒れかかった。

と、まるでどこかで聞いたようなセリフだが・・・・・

まだ、30代半ばといったところだっただろうかそのホームレスらしき青年。

実に都合のいい、消費するだけの人間、労働するだけの人間。

それが、これから延々と続く、延々と、20年、30年、その先に見えるものは、なんとなく想像がつく。

次世代を創ってしまった僕ら世代は・・・・・

その時間の流れはあまりにも早すぎる次世代、考えることをやめたまま。

もう一度思い起こしてみたいあの時のことを・・・・・・

「米百表コンサート」
ソース:http://inkyo.gunmablog.net/c3008.html

あそこがひとつの原点だったようなおおよそを知るぼくら世代の。
「米百俵コンサート」も今は昔?




Posted by 昭和24歳  at 12:23 │Comments(1)

この記事へのコメント
米百俵コンサート、あの節は大変お世話になりました。
もう4年も経ったのかぁ。
あれから、いろいろなことがあったような無かったような、世の中は変わったような変わらなかったような・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎 at 2013年06月04日 22:08
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

< 2019年10月 >
S M T W T F S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
過去記事

Information
QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 21人
プロフィール
昭和24歳
昭和24歳
オーナーへメッセージ

削除
「米百俵コンサート」も今は昔?
    コメント(1)