2007年12月25日

忘れてはならない“敗戦史”

昭和16年12月8日日米開戦。
そして、昭和20年8月15日、“ポツダム宣言受諾”、無条件降伏、敗戦、占領・・・・・

想像“IMAGINE”するといい。
ほぼその6年間に300万余の国民、壮絶の死。「300万人」という数がどれほどの数か、
想像“IMAGINE”するといい。

そればかりではない、それは“大東亜”というスローガンのもとに、朝鮮半島、中国大陸、南方アジア・・・・・・
もちろん、そこが全て「欧米の植民地」であったという事実は事実だが、
先人は、それを「大東亜戦争」といい、いわゆる“白人”の支配からアジア、黄色人種が独立する目途の戦争だったの意見も。
そして確かに、アジア諸国はその後の「独立運動」を経て、20世紀の中期以降にはそのほとんどがその“独立”を勝ち得た。
しかし、そこでのその「大東亜戦争」での各国の国民、大衆が被った死という犠牲をともなった悲劇をあがなえるものではないのではないか。

今日の政治にも見る、追従の外交・・・・・
明治、大正と、やはりその自覚亡き追従の外交が、不覚の中、日清、日露戦争へと導かれ、その末の“日中戦争”。
明治維新閥の驕りが、というよりは、その明治維新閥の世襲が、つまりはその「戦争を知らない子供たち」の軽挙妄動が、

「昭和16年12月8日」と引きずった。

そして、その明治維新閥、世襲の子供たちは、明治の戦争から“第一次世界大戦”での、その意味でのこの日本の「高度経済成長」に、
幼年、少年期を過ごし、世界では誰も信じることのない「神国ニッポン」と「現人神」の精神構造、本当に彼らがそうであったかは不確かだが、
少なくとも、挙国しての「洗脳教育」がそこでは行われ・・・・・・

“戦争を知らない子供たち”が軍神となり、国そのものが「軍国主義」と変容し、その意味では「勝ったことなどない」外国との戦争に、
「負けたことがない」と喧伝し、国論をあおり、結果、戦乱に、そして敗戦、占領・・・・・・

そこに、ただの一度も「外交」は見えない。
もっとも優秀といわれた“官僚”も、「進む」ことはできても「退く」ことのできない、
もちろんそこに生じる「責任」の一片のかけらもなく、その最後は敗戦占領、極東軍事裁判で処刑。

先の、防衛省事務次官ではないが、「逮捕拘留」されるまでその「退く」を知らず、
自分の女房まで、不起訴とはなったが「拘置所生活」を味合わせている。

国民は忘れてはならない・・・・・・
そして、それを知る国民は日毎、鬼籍へと歩を急がせる。
昭和24年生まれの僕でさえ、父母から聞き及んだその戦渦に記憶は薄くなる。

そして、その僕らが戦後生まれの「戦争を知らない子供たち」二世。
しかし、「戦争を知らない」といっても、占領下の耐乏生活、米政府の偽装援助物資、家畜のエサ用の「脱脂粉乳ミルク」とか、
「コッペパン」等々、
つぎはぎだらけだった服、足袋に下駄、やっとの思いの運動会でのズック・・・・・・
その意味では「戦争を」というより、「敗戦」は実感していた。もっとも今は忘れかけているが。だからこうして思い出している(笑)。

そして今、その「追従外交」。遣米、遣中で大国のご機嫌伺い。

「テロとの戦い」

もしアメリカ合衆国がその振上げた拳を下ろしたら日本はその「テロとの戦い」にどう終結させるというのか。

その敗戦、占領、講和。そして、その意味では軍事占領されたまま、制空権、制海域権も軍事管理下の中にあるこの国。

いったい、その「戦争を知らない子供たち」の官僚、財閥、政治家はこの国を・・・・・
僕らはもういい、なぜならもうすぐ終わる。しかし僕らの子や孫世代、あと20年後、30年後、この国がどこにいるのか。

下記に記すのは、僕らの少年時代のこの国の政策の根幹だ。
明日を創るには、昨日を知らなければならない。
これらのことと、“今”という時代がどうつながっているか、考えてみることも必要ではないだろうか。

政府というものが、国家というものが何を考え、どんな行動をするか・・・・・・


米国対日援助費及び終戦処理費の処理に関する質問主意書
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/019/syuh/s019001.htm

答弁書
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/019/touh/t019001.htm

当時の日本はアメリカ式編制による陸軍4個師団を筆頭とする占領軍経費を「終戦処理費」として負担しており、
初期には一般会計の50パーセントにも及んでいた。
昭和27年までの占領総経費は47億ドルとも言われ、各種朝鮮特需による売上の総計に匹敵する。
総額約五千百億円(1ドル360円固定以前の軍換算率により約四十七億ドル)

今の貨幣価値に換算すれば、51兆円規模の“思いやり予算”

占領軍受け入れに要した費用は一九四六年、一般会計の「三分の一」(!)で、名目は「終戦処理費」
一九六〇年出版の経企庁編「戦後経済史」
「占領政策」。アメリカの国策となったことへの「感謝」が国家予算三分の一の提供であり、今にいたる日本の対米追従外交ではないか。

終戦処理費に群がった――――

立花隆の「田中角栄の研究」によれば当時の土建業者“田中角栄”はその占領軍のための住宅建設、道路建造で莫大な『新円』を手にしたとか・・・・・・
当然、小佐野賢治はその雄で、占領軍バス、占領軍慰安施設(ホテル等)などの占領軍ビジネスで新興財閥となる。
もっとも小佐野賢治は戦中は軍需省民間無給委託ですでに軍需商人であった。
今日、政治の中枢にいる多くの政治屋、現在はその2世3世だがそれぞれが闇屋上がり、『終戦処理費』に群がった連中である。
元衆議院議長の堤康次郎、西武鉄道創業者も「農商務省官僚」であったし、
東急電鉄創業者の五島慶太も「農商務省官僚」で、官僚でありながら、政商として、戦前戦後を通じて“焼け太り”をした。
今もその延長線上にあることは言うまでもない。
ちなみに、あの「読売」の元社主、正力松太郎は戦前、戦中は特高警察、官僚、貴族院議員でもあり、戦後は衆議院議員、
初代科学技術庁長官と閣僚にまでなっている・・・・・・
つまり、官僚が、政治家が「読売新聞」、“ジャーナリズム”という「ペン」をも武器にしていた。


一億総懺悔

戦争に負けて、一時「一億総懺悔」という言葉がはやった。
この言葉を最初に使ったのは、ポツダム宣言を受けて鈴木内閣が総辞職したあと、敗戦処理のために登場した皇族の東久邇首相だった。

その意味は――――

「私たち臣民の努力が足りなかったので、戦争に負けた。天皇陛下に耐え難いご心痛をかけてしまった。
このことを国民すべてが懺悔しなければならない」

ということである。

さらにその言葉の意味は――――

この言葉によって、軍部や政府の戦争責任は、ひとまず国民全体に転嫁された。
もちろん天皇の戦争責任など論外である。
天皇は戦争の犠牲者であり、最後は耐え難きをしのんで、国民のために「英断」を下されたのだった。

そういうことなのである(笑)。
“悪いのは国民”天皇陛下をこんな目に合わせてしまって・・・・・
これほどのブラックジョークがあるだろうか(笑)。

そして――――
日本政府は銀座に「新日本女性に告ぐ」という巨大な看板を立てた。

看板には――――

「戦後処理の国家的緊急施設の一端として、進駐軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む」

と書かれていた。

その日本政府の募集する「新日本女性に告ぐ」とした“新日本女性”とは一体何か?

これに呼応した「新日本女性」は東京だけで1360人もの新日本女性が登録を終え、この「大事業」に参加することになった。
8月28日にはとりいそぎ皇居広場前で「特殊慰安施設協会」の発足式が行われた。

宣誓―――

「・・・我等は断じて進駐軍に媚びる者に非ず。節を枉げ心を売るものに非ず。
やむべからざる儀礼を払い、条約の一端の履行にも貢献し、社会の安寧に寄与し、
以て大にして之を言えば国体護持に挺身せむとするに他ならざることを、重ねて直言し、以て声明となす」

この日、さっそく数百名の米兵達が施設の一つに赴いた。
そこに集められていたのはいずれも素人の娘たちで、ある女性はその日、23人の米兵の相手をさせられたと回想している。
推計によれば、女性が施設で一日に相手にした米兵は、15人から60人に及んだという。
元タイピストの19歳の女性は、仕事を始めるとすぐに自殺した。精神状態がおかしくなったり、逃亡する女性もいたという。

慰安施設の設置を依頼された東京都の防疫課長は与謝野光だった。
彼は歌人・与謝野晶子(1878~1942)の長男である。
すでに晶子はこの世の人ではなかったが、女性解放論者であった彼女がこのことを知れば、嘆き悲しんだに違いない。
ちなみに与謝野光は自民党衆議院議員“与謝野馨”の伯父にあたる。

ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』引用。

そして今、この国の世情がどのようにしてあるか・・・・・・

“オキュパイド・ベイビー”(占領下の赤ん坊)もそのほとんどが「還暦」である(笑)。
さてと・・・・・



Posted by 昭和24歳  at 17:29 │Comments(0)

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