2011年06月26日

ギター工房「再起動」する。

ギター工房「再起動」する。

ギター工房「再起動」する。

その前に僕の「エレキヒストリー」とか。

僕が初めて“エレキ”を手にしたのは・・・・・・

昭和40年の夏、近所の仲間と行った榛名湖でのキャンプでのことだった。

当時はまだ“エレキバンド”といった趣ではなかった。

おそらく昭和30年代に流行った“ワイアン”の流れで、たしかスティールギターが、

そのバンドのリーダーだったように記憶する。

今でもある、榛名湖のボート乗り場のところの土産物店・・・・・・

そこの石段のところがステージだった。当然、珍しさというか、「生バンド演奏」なんて当時、

というか、榛名湖畔でそれを体験できるとは夢にも思っていなかった。

もちろん、“GS”、グループサウンズが登場するずっと前で、ベンチャーズもなければ、

ビートルズもない、今物売りにはっきりと焼き付いているその時のサウンド、シーンは・・・・・・・

♪ハウンドドッグ♪



まあ、15歳の僕は、それ以来、夢か現か幻かで“エレキ”の虜・・・・・・

まあ、アレです、高校野球がプロ野球への道であるように、10代の、若者の進化っていうのはすごいです。

早速僕は、牛乳配達のアルバイトと、音楽センターの掃除のアルマイトで・・・・・・・

当時、嘉多町にあった「サカイレコード」で、1万2千円くらいだっただろうか、「東京サウンド」のエレキを購入。

で、ひょんなことから、「マックス」の「ワイアンバンド」がエレキバンドに挑戦するってぇんで、

そこのリーダーの水野さんという人からスカウトされ、16歳にして、ダンスホール「社交」デビュー(^^ゞ

くどいが、「ベンチャーズ」は、まだいない。

やる楽曲と言えば、その♪ハウンドドッグ”から♪デイジーミスリージー♪・・・・・・・

それになぜか、「俺は河原の枯れすすき」とか、♪さすらい♪とか♪ナナ♪、

克美しげるのヒットもので、インストルメンツは♪レッドリバーバレー♪とか♪太陽がいっぱい♪とか(^^ゞ

もちろん当時は、「アンプ」なんてぇ気の利いたものはない、ラジオを改造したやつ。

まあ、16歳の僕に、ほかのメンバーはと言えば全員20代半ば、最高齢が28歳の飯塚さんだった。

つづく

ギター工房「再起動」する。







Posted by 昭和24歳  at 09:14 │Comments(1)

この記事へのコメント
 トランスレス真空管ラジオに切り替えスイッチが付いてて,MW,SW,PUと3つ切り替えられました。PUはレコードプレーヤーをつなぐポジションみたいでした。そこにつないだんでしょうか。
Posted by あのねあのね at 2011年06月26日 09:34
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