2008年07月31日

困難な時代。

昨日夕方から図書館に行った。
ひんやりと冷房の効いた館内はそのせいかたくさんの人で賑っていた。

一冊の写真集に目が留まった・・・・・
「昭和の東京写真記録」
と、いうものだった。

そこには昭和40年代そこそこの東京が写しだされている。
新宿、池袋、渋谷、田町、代官山・・・・・等等。

「ヘ~~~」っと思ったのは、
昭和42年で十条の「米軍グランドハイツ」に、池袋の「東京拘置所」。

今にして思えば、為政者、急いで己の不始末を拡散ばかりに、再開発を推し進めてのではないだろうか。
昭和40年といえば東京オリンピックの終わった翌年。
モノクロームに写しだされているその大都会の姿も今日の近代的都市を予見させるものは何処にもない。

米軍の大空襲記録写真・・・・・・
無条件降伏前日まで繰り返された「B-29爆撃機」による都市大空襲。

広島長崎の原爆投下を含め数百万の罹災者と死者。
その映し出された写真には、夥しい「死体」の山・・・・・・
それが、東京都心であり、今に浮かれるこの社会の真っ只中にあった。

原爆投下の予定地は、横浜、名古屋、京都、広島、長崎と・・・・・
それにしても、凄惨である。
今に、いくら強弁を繰りかえし「戦争」をいおうとも、
もう一度あの写真、映像を見たらその愚かしさの極みは否定できない。

親子で重なるようにして黒焦げの死体・・・・・・
その死体の山を、数万という死体を片付ける同胞。

口々に戦争反対、憲法9条を叫ぶより・・・・・・
その惨状を記録する、映像、画像を見せたらいい。
そこにいるのは僕らの兄弟姉妹であり、父母、祖父母・・・・・
そして焦土、瓦礫の渕に屯する戦災孤児。
彼らは今何処にいる?

たったの60年昔、いや、50年昔・・・・・・
この砂上の楼閣のような社会に刹那の「幸福感」も限りがある。
そして今日、その「死体、屍骸」の上に天を突くような高層ビル群と放蕩の徘徊。

目に焼きつくのは昭和20年から30年頃までの国会議事堂前の米軍「カマボコ兵舎」。
代々木グランドハイツと米軍接収の霞ヶ関・・・・・・・

この小さな地方都市でさえ・・・・・・
高碕15連隊跡には、米占領軍「カマボコ兵舎」。
今そこに、その事実を後世に知らしめぬままに、
21階建ての市庁舎が建立する。

半世紀前を今語るべきではないだろうか・・・・・・



Posted by 昭和24歳  at 09:08 │Comments(0)

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