2008年07月11日
大分県教委汚職事件のその後・・・・
<教員採用汚職>高校でも口利き 小学校からすべてで不正―――――
7月11日2時31分配信 毎日新聞
大分県の小学校教員採用を巡る汚職事件で、同県の高校教員採用でも不正が行われていたことが分かった。
収賄容疑で再逮捕された県教委義務教育課参事、江藤勝由容疑者(52)は中学教員採用でも不正な口利きをしていたことが判明しているが、
高校教員採用は同課とは別の課が所管しており、小学校から高校までの教員採用すべてで不正が行われている実態が浮かんだ。
小学校教員採用では江藤容疑者が、口利きを受けた受験生に最大100点以上を加点する一方、
「本来合格だった約10人を不合格としたとされる」。
最早、聖職とはいえまい・・・・・
この汚職事件での最大の問題点は「合格者」を「不合格」にしたことだ。
「不合格」を、コネ、ワイロで「合格」にするというのはあってはいけないことだが世の中の「情実」と、
コネもカネも力もない、国民大衆、庶民、腹立たしくも半ばアキラメモードが常に違いない・・・・・が、
「合格」を「不合格」にはどうしても納得がいかない!!???
皆さんはこのことをどう思っているのだろうか?
僕らの世代は少なくとも「教職」に対してはそれなりの「尊敬」の念を持っているのではないだろうか。
そして、教職者も子どもたちに学問を通して人としての生き方を、また、教職者自身、自らを鑑として「社会教育」をする・・・・・
それらに、大なり小なり「責任感」、「自覚」を常とするものと思っている。
「教員も労働者」というご意見もおありだろうが、それは思想的な一片で、多くの人々は、
その「先生」という響きに、聖域を感じているのではないだろうか。
先月だったが、小学校の時の同窓会があった・・・・・・
小学校時代の「先生」。やはり懐かしく、そして「いくつになっても親は親、子どもは子ども」といわれるように、
「先生は先生」
それが、日本という社会の通念ではないだろうか。
「合格」を「不合格」に!!
これでは、「先生」の社会に「裏社会」が存在していることを証明しているようなものではないか!!
それは「差別」。
どれほど優秀でも、コネ、カネのない者は裏でふるい落とされ不合格となる。
それほど優秀でない者でも「コネ、カネ」があれば手心、点数加算で合格となる。
これでは、水戸黄門の「悪代官の行政」そのままではないか。
つまり、 「不条理」、「不合理」のなんとも歪な社会ではないか、それが表での教育現場か。
一人の若者が懸命に努力をして「教職員採用試験」に臨む・・・・・・
「一生がかかっている」
そのことは僕らの恩師を見ていても「一生をかけてきた」を見る。
その「一生をかけた」、入口が「不正」にまみれていたのでは、こんなのは社会でもなんでもない、修羅の世界だ。
ほんの一部の、例外的な「大分県教委」だというのだろうか・・・・・・
早々に、テレビの報道では全国の教委は「自分のところではあり得ない」のコメントを寄せている。
それを信じたいが、噂がそれを打ち消す。
まさかの「教職員採用」がこの様だと言うことは・・・・・・
他の、国、地方自治体の「採用試験」ではどうなのだと言う大きな疑問が残る。
多くの国民が公教育に「6・3・3」と学問と社会を学ぶ。
まさに国民を愚弄する行政とはこのことではないか。
採用された教員の半数が「不合格者」。これが常態化していた・・・・・
不正が蔓延する「教育委員会」って一体なんなんだ!!???
そんな折も折、
「文科省汚職で参事官ら3人懲戒免職 国立大発注施設整備」
文教行政の頂点でもこのような不正でキャリア官僚に逮捕者・・・・・・
7月11日2時31分配信 毎日新聞
大分県の小学校教員採用を巡る汚職事件で、同県の高校教員採用でも不正が行われていたことが分かった。
収賄容疑で再逮捕された県教委義務教育課参事、江藤勝由容疑者(52)は中学教員採用でも不正な口利きをしていたことが判明しているが、
高校教員採用は同課とは別の課が所管しており、小学校から高校までの教員採用すべてで不正が行われている実態が浮かんだ。
小学校教員採用では江藤容疑者が、口利きを受けた受験生に最大100点以上を加点する一方、
「本来合格だった約10人を不合格としたとされる」。
最早、聖職とはいえまい・・・・・
この汚職事件での最大の問題点は「合格者」を「不合格」にしたことだ。
「不合格」を、コネ、ワイロで「合格」にするというのはあってはいけないことだが世の中の「情実」と、
コネもカネも力もない、国民大衆、庶民、腹立たしくも半ばアキラメモードが常に違いない・・・・・が、
「合格」を「不合格」にはどうしても納得がいかない!!???
皆さんはこのことをどう思っているのだろうか?
僕らの世代は少なくとも「教職」に対してはそれなりの「尊敬」の念を持っているのではないだろうか。
そして、教職者も子どもたちに学問を通して人としての生き方を、また、教職者自身、自らを鑑として「社会教育」をする・・・・・
それらに、大なり小なり「責任感」、「自覚」を常とするものと思っている。
「教員も労働者」というご意見もおありだろうが、それは思想的な一片で、多くの人々は、
その「先生」という響きに、聖域を感じているのではないだろうか。
先月だったが、小学校の時の同窓会があった・・・・・・
小学校時代の「先生」。やはり懐かしく、そして「いくつになっても親は親、子どもは子ども」といわれるように、
「先生は先生」
それが、日本という社会の通念ではないだろうか。
「合格」を「不合格」に!!
これでは、「先生」の社会に「裏社会」が存在していることを証明しているようなものではないか!!
それは「差別」。
どれほど優秀でも、コネ、カネのない者は裏でふるい落とされ不合格となる。
それほど優秀でない者でも「コネ、カネ」があれば手心、点数加算で合格となる。
これでは、水戸黄門の「悪代官の行政」そのままではないか。
つまり、 「不条理」、「不合理」のなんとも歪な社会ではないか、それが表での教育現場か。
一人の若者が懸命に努力をして「教職員採用試験」に臨む・・・・・・
「一生がかかっている」
そのことは僕らの恩師を見ていても「一生をかけてきた」を見る。
その「一生をかけた」、入口が「不正」にまみれていたのでは、こんなのは社会でもなんでもない、修羅の世界だ。
ほんの一部の、例外的な「大分県教委」だというのだろうか・・・・・・
早々に、テレビの報道では全国の教委は「自分のところではあり得ない」のコメントを寄せている。
それを信じたいが、噂がそれを打ち消す。
まさかの「教職員採用」がこの様だと言うことは・・・・・・
他の、国、地方自治体の「採用試験」ではどうなのだと言う大きな疑問が残る。
多くの国民が公教育に「6・3・3」と学問と社会を学ぶ。
まさに国民を愚弄する行政とはこのことではないか。
採用された教員の半数が「不合格者」。これが常態化していた・・・・・
不正が蔓延する「教育委員会」って一体なんなんだ!!???
そんな折も折、
「文科省汚職で参事官ら3人懲戒免職 国立大発注施設整備」
文教行政の頂点でもこのような不正でキャリア官僚に逮捕者・・・・・・
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