2021年10月02日

歪な自民党総裁選で見えてきたもの日本の見えない「ベルリンの壁」

歪な自民党総裁選で見えてきたもの日本の見えない「ベルリンの壁」


東西ドイツの「ベルリンの壁の崩壊」は1989年秋11月9日(平成元年)はそれほど昔の話ではない、僅か32年前のことだ。

当然第二次世界大戦の敗北から西ドイツには米軍が駐留、そして東ドイツにはソ連軍が。

同じ敗戦国であった日本は東西、あるいは南北に分断される運命からは逃れられた。しかし、ここには見えない「ベルリンの壁」が歴然と存在することが証明された。

それは1951年9月、日本の独立を話し合う講和会議が、サンフランシスコ講和条約締結で米軍が駐留、軍事占領が為され日本政治は55年体制のもと、その見えない「ベルリンの壁」が造られこの55年体制の3世が跋扈する汚染された空気に国民は置かれた。つまり、戦勝国による分断統治は続くだろう。
その意味では野党も同じ配役について演じるだけで国民は埒外。その55年体制、そして60年安保と野党、「日本社会党」は内部抗争から分裂、その様相は今日の姿もさして変わるものではない。
政治家がこの国を動かしているわけではない、それは霞が関の約1万5千人のキャリア官僚だろ。国会議員衆参併せて710人では1万5千人のキャリア官僚に敵うはずもない。
しかも、この国にはいくつもの「見えないベルリンの壁」が存在する。霞が関もさることながら、虎ノ門、横田 etc
因みに、アンゲラ・ドロテア・メルケル独首相は幼年、少女期、青年期を東独で過ごしている。
  


Posted by 昭和24歳  at 10:47Comments(0)

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