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絶メン・アーカイブ
それは昭和39年東京オリンピックも終わりひとつの時代の終わりと始まりを象徴かのような空気が流れていた
そうだ、年率10%台の高度経済成長期の槌音に大衆、庶民の甍には競うようにしてテレビのアンテナが林立して行ったここ
高崎でも。
僕んちにも総天然色カラーテレビがきた、そう、正しく「カラーテレビが来た」だつた。
そう言えばそれまでの白黒テレビ、中々カラーテレビが買えなくて白黒ブラウン管にプラスチック製の偏光レンズみたいなのを吸盤で引っ掛けてカラーテレビ気分を味わっていたと言うなんとも滑稽な時代を懐かしむ今日この頃です。
まぁ、昭和39年なんて言ったらポッポ屋の親父の月給10万円くらいじゃなかった?
そんなわけで当時国鉄職員組合の指定店だった江木町の城田ナシヨナル電器店で親父、たしか夏冬ボーナス2回払いで…
たしか、24インチ、観音開きのゴージャスなやつだった。