2019年09月06日

恨(ハン)は、朝鮮文化

恨(ハン)は、朝鮮文化


ソウルも戦犯企業条例を可決 釜山に次ぎ、不買促す
 【ソウル共同】韓国のソウル市議会は6日、特定の日本企業を「戦犯企業」と定義し、市などが今後その企業の製品を購入しないよう努力義務を課す条例案を可決した。同日午前にも釜山市議会で同様の条例が可決されたばかり。菅義偉官房長官は6日の記者会見で「不適切、不合理な主張に基づき不当に非難し、経済的不利益を及ぼす内容で、極めて遺憾だ」と強く反発した。

 韓国を代表する2都市で成立したことにより、全国でも相次ぐとみられる。今後どのように運用され、日本への影響がどうなるかは不透明だ。

 韓国紙、朝鮮日報によると、ソウル市は条例に反対の立場を示しているとされる。

<引用:9/6(金) 15:56配信 共同通信>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190906-00000122-kyodonews-int

恨(ハン)は、朝鮮文化においての思考様式の一つで、感情的なしこりや、痛恨、悲哀、無常観をさす朝鮮語の概念。朝鮮における、文化、思想において全ての根幹となっている。歴史学者古田博司は朝鮮文化における恨を「伝統規範からみて責任を他者に押し付けられない状況のもとで、階層型秩序で下位に置かれた不満の累積とその解消願望」と説明している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%A8

まあ、ね。「恥の文化」も幸福に離れないかもしれないが・・・

「恨(ハン)」の文化というのも人を幸せにはしませんね。

どちらかといえば「恥の文化」は自虐的、個人の内面の問題だから他人を傷つけることはあまりないが・・・

そこへ行くと「恨(ハン)」の文化は他人を執拗に攻撃することになる。

それは他人を傷つけるばかりでなく己をも不幸にすることが往々にしてある。

韓国内には「世論におもねった政治主導の不買運動は不適切」との批判があり、
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190906-00000052-kyodonews-int

>「世論におもねった政治主導の不買運動は不適切」

果たしてその論調は正しいのだろうか?

「世論におもねった」とは世論がそうう言ってる、あるいはそう思っていると取られかねない・・・

そうじゃあないだろうそうではなく政治主導が、その失態を隠すべく執拗に過去を取り上げて反日感情を煽る。つまり世論操作だ。

戦後から朝鮮半島、韓国との外交関係というかその関わりに強く接していた僕ら団塊世代は辟易しているというか、そういう韓国、国民に哀れみさえ覚える。

こちら側、日本サイドから見た情報からでしかないが、その日本における朝鮮半島の植民地政策にしてもそれは一つの民族問題として考えるならそれ自体は非業の歴史だとは思うが・・・
そのことを言ったら今日の米日関係も確かに軍事占領されてるとは言えその政権の卑劣さには忸怩たる思いはあるが、60年代、70年代をやり過ごしその意識の根底に日本国民としての「反米感情」というものは韓国人の「反日感情」ほどのものはない。
また政治においてそうした、あえて反米、親米という意識操作があったとは今日まで日常に感じたことはない。当然大空襲、原水爆投下というジェノサイドがアメリカ軍によってなされたという過去を内心しながらも。

ま、韓国の団塊世代、団塊世代に限らず現在は徴兵制度下にある。そして団塊世代はベトナム戦争では従軍させられている。

その辺を鑑みれば我々、戦後世代、団塊世代とは大きく意識に乖離はあるだろう。

しかし、今日のこの「反日」「恨日」にはどこかで解消させなくては次世代、未来の日本人、韓国人にとって極めて不幸な事だ。

ま、韓国の政権も政権維持のために、その意味では大人げない反日キャンペーンを繰り広げる。

「慰安婦問題」にしろ「徴用工問題」にしろだ。戦前、からの問題で100年にも及ぶ民族間の争い、いや「いざこざ」にどこかで終止符を打つべき時ではないのか。

まあ、韓国政府も韓国政府だが、日本政府も日本政府だとしか言いようがない.

まるで手柄を立てたような経産大臣、外務大臣の幼稚ぶりは「恥の文化」に「恥」ないようにしてもらいたいものだと・・・

そんなふうに思えてならないのだが、どうだろ?

恨(ハン)は、朝鮮文化

  


Posted by 昭和24歳  at 20:55Comments(0)

2019年09月06日

「未だ誰も云わない・・・」2006/7/28(金)

「未だ誰も云わない・・・」
2006/7/28(金)  


まるで贖罪が晴れたかのように欲望を繰り返す。非常識な・・・


とまでは言わないまでも、世間の上澄みだけを徘徊する、「為政者と一流知識人」たち。

実は、この国には他所の国を「心配」する資格は無い。

忘れたフリをしているのか、それとも知らん振りをしているのか、それも「為政者と一流知識人」とかの連中。

この国の凄惨な末路に生まれた国、世界。同じ事を、何度も何度も・・・殺したり殺されたり。
そして、その慟哭に責められるのは決まって、全ての自由と意志を剥奪された「民衆」だけ。

広島、長崎の地獄絵・・・容赦の無い空襲爆撃に阿鼻叫喚したのは何の罪も無い「民衆」。

つい・・・つい、昨日の出来事なのに。

小学校2年生の娘が言っていた・・・

保育園の時から大の仲良しだった男の子が、小学校に上がったら悪い子になったって。

娘は、その訳を話した。

それは、まるでトンボの尻尾を切るような、セミの羽を毟って転がすように・・・

小学校の1年で、「虐め」らしきものが合ったようだ。

その男の子は体が大きくて、とっても優しい子・・・でものんびりやで、直ぐに泣くんだと云う。

「大ちゃんね・・・『僕強くなるんだ』って」。
「僕、強くなって仕返ししてやるんだ」・・・と。


僕の家にも遊びに来る。色んな話をする・・・確かにのんびりや。人懐っこくて。
僕が「大ちゃん・・・可哀相だね」と、云うと、娘は悲しそうな顔をして頷いた。
どうやら、学校にはそう云う「事実」は無いらしい。

自国を滅茶苦茶にした、「為政者と一流知識人」。

何も知らない、知らされない「民衆」を足蹴に夜な夜な寛ぐ、「為政者と一流知識人」たち。
この国で、闇から闇へ葬られた数百万の戦災犠牲者。
その、一人一人・・・その「人を思う」事を知らない、「為政者と一流知識人」たち。

テレビに映る「鎮魂」は偽りの懺悔ばかり。
テレビの向こう側の「民衆」をコッソリ覗きながら正義を騙る、「為政者と一流知識人」たち。
他所の国を心配して、自分の国の「民衆」を・・・「心配」しない、「為政者と一流知識人」たち。

もうすぐ僕等もこの世から跡形も無くなるだろう。運が良くて、そこそこあと20年が良い所。
そうだ僕にとっての昨日の20年昔は「34歳」。まさか自分の54歳など想像も出来るはずも無かった。
そして、明日の20年は「74歳」。

喧しい、「為政者と一流知識人」たちの心配してくれる老後。

もっとも、その明日に100歳にもなろうと云う、「為政者と一流知識人」たちが現に、この国を案じると云うのだから案じられる「民衆」は滑稽。 作り話に怯え、作り話に構え。

つい昨日「悪の枢軸」と世界から呼ばれたこの国。今はなんと呼ばれているのだろうか・・・

「鬼畜米英、神国日本」

僕等の父や母がそうであったように、この国に存在した事すら失せる。

他所の国を「摩訶不思議」と嘲るが・・・

実はこの国、その「摩訶不思議」は今もなお絶えることなく継がれている、「為政者と一流知識人」たちの手によって。

「未だ誰も云わない・・・」
2006/7/28(金)  
  


Posted by 昭和24歳  at 17:42Comments(0)

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